
幾何公差の読み方入門——寸法公差との違いと、なぜ公差域が57%広がるのか
図面に、見慣れない記号の入った枠が並んでいる。
「⌖ φ0.2 Ⓜ A B」
読み方がわからないまま、とりあえず寸法公差だけ見て加工を頼む——製造業で10年やっていても、意外とここで止まっている人は多いです。
これが幾何公差です。この記事では、寸法公差との違いを1つの穴の例で説明し、なぜ幾何公差にすると公差域が57%広がるのかまで数字で示します。
寸法公差だけでは決まらないもの
まず、寸法公差でできることを確認します。
板の厚さを 2.50±0.03 と書けば、2.47〜2.53に入っていればOK。これは寸法公差で完結します。
では、板に開けた穴の位置はどうでしょうか。
「端から50±0.1、下から30±0.1」と書けば、位置は指定できます。これも寸法公差です。座標公差とも呼びます。
一見、これで足りているように見えます。ですが、ここに落とし穴があります。
問題:斜めにずれると、公差が広がってしまう
「±0.1」で指定した穴の位置が、どこまでずれてよいかを図にしてみます。
横に±0.1、縦に±0.1。つまり許される範囲は、0.2×0.2の正方形です。
公差域の形 面積
0.2 × 0.2 の正方形 0.0400 mm²ここで問題になるのが角です。
正方形の角、つまり斜め45度の方向を見てください。中心から角までの距離は、
0.1 × √2 = 0.1414 mm
斜めなら0.1414mmずれても図面上は合格です。真横なら0.1までしか許されないのに、斜めなら0.1414まで許される。
同じ「位置のずれ」なのに、方向によって基準が変わってしまっている。 これが座標公差の弱点です。
穴にピンが入るかどうかは、**方向に関係なく「中心からどれだけずれたか」**で決まります。方向で基準が変わるのは、機能から見ればおかしいわけです。
幾何公差なら、公差域が「円」になる
幾何公差の位置度を使うと、公差域を円で指定できます。
⌖ φ0.283 A B
これは「穴の中心が、直径0.283mmの円の中に入っていればOK」という意味です。方向は関係ありません。
先ほどの「斜め0.1414mmまで許す」と同じ条件を円にすると、半径0.1414 → 直径0.283の円になります。
面積を比べます。
指示のしかた 公差域 面積
座標公差 ±0.1 0.2角の正方形 0.0400 mm²
位置度 φ0.283 直径0.283の円 0.0628 mm²面積比は1.571倍。公差域が57%広がります。
「甘くなった」のではありません。機能上ずれても構わない範囲を、正しく全部使えるようになったのです。
座標公差では、円の外側にあたる部分——角以外の斜め方向——を、理由もなく捨てていました。それを回収した結果が57%です。
公差が広がれば、加工は楽になり、不良は減り、コストは下がります。 これが幾何公差を使う実利です。
⚠ 逆向きの換算も知っておいてください。位置度φ0.2 を座標公差に直すと ±0.0707 相当です。図面に「φ0.2」とあるのを「±0.1くらいだろう」と読むと、実際より甘く見積もることになります。
データムとは何か
幾何公差の枠には、たいてい A や B という記号がついています。これがデータムです。
データムは、測るときの基準のことです。
「端から50mm」と言っても、どの端から測るかが決まっていなければ、測る人によって答えが変わります。データムは「この面を基準にして測ってください」と図面で指定する仕組みです。
A = 第1基準(たいてい、いちばん広い面や取付面)
B = 第2基準(Aに垂直な面や、位置決めの穴)
⚠ 順番に意味があります。 「A B」と「B A」では、測り方が変わって結果も変わります。並び順は書いてあるとおりに読んでください。
データムがあるおかげで、設計者・加工先・検査部門の3者が同じ測り方をできるようになります。これが幾何公差のもう1つの価値です。
現場でよく出る記号4つ
全部で14種類ありますが、実務で頻出するのはこのあたりです。
平行度:基準面に対して平行か。取付面やレール座面でよく使う
直角度:基準面に対して垂直か。柱や立ち上がりの面
平面度:その面自体が平らか。基準は不要(データムなし)
位置度:穴やピンの位置。今回の例。ボルト穴の指定で頻出
⚠ 平面度にはデータムがつきません。 「その面だけで決まる」性質だからです。データムが要るのは、他の面との関係を言う場合だけです。
Ⓜ(マルエム)は何か
位置度の枠に Ⓜ がついていることがあります。最大実体公差方式といいます。
ざっくり言うと「穴が大きめにできていたら、位置のずれをその分だけ多めに許してよい」という指示です。
穴が大きければ、多少ずれてもピンは入る。だったら位置の公差を追加で認めよう、という考え方です。組み立てられるかどうかが判断基準になっています。
⚠ Ⓜ は組み立てのための穴に使うものです。位置そのものが機能に効く場所(位置決めピンなど)には使いません。
図面を書く側・読む側で気をつけること
すべてを幾何公差にしない。厚み・長さのような単純な寸法は、寸法公差のままでよい
位置度を使うなら、データムを必ず指定する。データムのない位置度は測れない
検査できるかを考える。指示はできても測定器がなければ意味がない
加工先に確認する。幾何公差に慣れていない工場だと、見積もりが跳ね上がることがある
最後の点は実務的に大事です。図面をきつくすると値段が上がります。 幾何公差は公差を広げられる道具なので、うまく使えば逆に安くなります。
まとめ
**寸法公差は「大きさ」、幾何公差は「形・姿勢・位置」**を決める
座標公差 ±0.1 の公差域は 0.2角の正方形(0.0400 mm²)。斜めなら 0.1414mm までずれても合格
同じ条件を位置度で書くと φ0.283の円(0.0628 mm²)。公差域が57%広がる
広がるのは甘くなったからではなく、捨てていた範囲を回収したから
位置度φ0.2 は座標公差 ±0.0707 相当。甘く読み間違えない
データムは「測る基準」。A・Bの順番に意味がある
頻出は平行度・直角度・平面度・位置度の4つ。平面度にデータムはつかない
Ⓜ は組み立て用の穴に使う。位置決めピンには使わない
「読めない記号」が「公差を57%広げられる道具」に変わると、図面を見る目つきが変わります。
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