ずっと、ずーっと

世田谷区の児童公園で起きた殺人事件は、西世田谷署の小山田刑事たちの捜査でやや光明が見えはじめていた。
過去に少年事件を起こした少年が、高校を卒業するとすぐに、天童市から東京に出て成功している末吉盛夫が怪しいと小山田の刑事の勘が働いたからだ。
捜査本部へ戻った小山田たちは、すぐに監理官にその話をした。
「確かに、アリバイの無いのは怪しい。だが、動機は何なんだ。動機の解明と、証拠だな、証拠」
監理官の言う通りだった。
だが、そんなことは小山田には分かっていた。
捜査本部に戻るまでにそのことは熟考をしていたのだ。
「これは私の推測ですが、末吉は現在不動産ブローカーとして成功している。テレビや雑誌で取り上げられて、いわば有名人です。ですが、生い立ちが彼の人生に大きな影を落としていると思われます。父親は韓国人、母親は被差別部落の出身者。そのために小さいころからいじめられていたのです」
「それはそうだが、なぜ殺人事件を起こしたんだ」
「あくまで推理ですが、少年事件に熱心だった被害者は、高校を出て東京に行ったきりの末吉のことをずっと気にかけていたのです。今どうしているんだろう、ちゃんとした真人間として働いているのだろうか。また悪事に手を染めていないだろうか。そんなとき、何らかの手段で末吉が不動産コンサルタントとして成功しているのを知ったのです。父親は末期がんで余命いくばくもない。そこで末吉に直接会って音信不通になっている父親に会いにくるように説得したのではないかと思うのです」
小山田の顔は自信ありげだった。
「それは可能性があるな。でもそれなら別に殺しにまで発展するか」
監理官は、小山田の刑事としての勘に裏打ちされた、確証に近い推理であることを分かったうえで、確認するように突っ込んだ。
「そこなんですよ。彼は成功して世間に顔を知られる存在になった。だが、彼の生い立ちについては誰も知らない。もし、父親が韓国人で母親が被差別部落の出身だということが世間に知れたら、またいわれの無い中傷を受けるかも知れません。ですが、被害者は正義感の強い人です。もうすぐ死ぬ父親とひと目だけでも会ってくれとしつこく頼まれた。そこで突発的に殺してしまったのだと推察します」
「だが、刺したナイフは用意していたと考えられるぞ」
「多分脅かすだけのつもりだったのではないでしょうか。殺すつもりはなかった。末吉の話では被害者に本当に感謝しているように思いましたから」
「確かに分かるが、物証のひとつもなければ、任意に引っ張っても口を割らないだろ」
「そうです、そこです。問題は」
「末吉は車を持っているのか」
「はい、かなりの車好きで、今乗っているのはイタリア車のマセラッティです。会社の駐車場に停まっているのを確認しナンバーもメモしております」
小山田の相棒の窪坂が誇らしげに監察官に報告した。
「よし、Nシステムの総チェックをかけよう」
監理官は捜査本部に詰めている解析班に命じた。
「うまくNヒットしてくれるといいですね」
窪坂が懇願するような顔つきで呟いた。
「見つかるさ。絶対に」
小山田も力を込めて呟いた。
だが、犯行現場周辺は、環状八号線があり交通量は多かったので、少し時間はかかった。
「Nヒットしました。間違いなく当該車両です」
解析班の巡査部長が声を上げた。
小山田たちは、すぐに駆けつけた。
「運転者の顔は分かるか」
「いえ、背後からの画像しかありません」
その車両のナンバーが映っていたのは、事件現場からすぐ近くの環状八号線だった。
車で2,3分の位置だ。
「よし、改めて現場周辺の防犯カメラの映像を再チェックしろ」
いよいよ今回の事件の大きな山の麓にたどり着いたと小山田たちは感じていた。
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先日、仕事のため飛行機に乗りました。私のとなりには若い母親と2歳くらいの女の子が座りました。
すると、いきなり母親が「子供が泣くかも知れません。ご迷惑をおかけするかもしれません」と丁寧に言われました。
飛行機は気圧の関係で子供はどうしても我慢出来ずに泣き出すことがあります。大人やある程度言葉を理解できるくらいの年齢ならば我慢するのですが、仕方ないことなのです。
「大丈夫ですよ。子供は仕方ないですから」と言いましたが、その母親は必死になって子供の気を逸らそうと、本を読んだり、絶えず話かけていました。
聞くと、前回、離陸したあとすぐに泣き出してしまい、となりのサラリーマンに凄い目で睨まれたこと、客室乗務員から「このように泣く子供さんは次からは乗せないでください」と言われたそうです。
ひどい話です。単身赴任している父親に会わせるために飛行機を使わざるおえない子連れの客に、子供が泣くなら乗せないでくれという航空会社があるんですね。
電車のなかでも、バスのなかでも、子供をつれた母親に嫌な目つきをするババアやジジイをよく見ます。
私も経験があります。電車に乗っても、ホテルに泊まっても、赤ん坊を連れていると、世間の目の冷たいことを体験しました。
「子供の声は騒音である」として保育所建設に反対する市民が多い日本という国。いつからこんな国になったんだろう。
私が子供のころは、怖い大人もいたけど、それ以上にやさしい大人も多かったような気がします。
子供を忌避する日本社会は深く、静かに、沈んでいくのではないかと心配です。
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港町横浜と、神戸の違いは、街のスケール感の違いもありますが、神戸は六甲山系がせまり、北野地区に代表される魅力的な坂道が多くあること、横浜はそうした地形的なメリットは少ないものの、圧倒的なアミューズメント施設の多さで、あらゆる年齢層も楽しめる街。
ひとことで言えば、神戸は大人の街、横浜はファミリーで楽しめる街という位置づけだと勝手に思っています。
中華街の凋落度合いが酷いのと、横浜は行きつくしたので飽きているという個人的な要素もあり、今は神戸が好きになり始めているというのが現状です。
では、続きをどうぞ。





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工場夜景の写真を撮りたくて、まず旅行会社の夜景ツアーに参加しました。地元、川崎市のボランティアさんが案内してくれました。
その人によると、夜景の撮影スポットのほとんどが私有地なので、無断で入ることは出来ないということでした。だから、旅行会社が主催するツアーに参加して欲しいということだったのです。
でも、私は集団行動が苦手なので、次からはひとりで撮影しに行きました。
しかし、夜間でひとりだけで、撮影するのはやはり怖かったです。
では、続きをどうぞ。



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福島県いわき市薄磯地区。
ここへ訪れたとき、なんて素敵な海辺の町なのだろうと思いました。
海岸すぐに町並みが続き、そこには平穏に過ごす人の息遣いが感じられたものでした。
町のはずれには中学校があり、校舎の窓からはいつも海が見えるだろうと思うと、ここで育つ子供たちは、故郷に思い出が深いんだろうなと思っていました。
そして、次の年、この静かな海辺の町を大津波が襲ったのです。
では、続きをどうぞ。






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山形県天童市で被害者が関わった少年事件の調査を終えた西世田谷署の小山田と窪坂のふたりの刑事は、帰郷していた。
その日、高校を出て天童から東京に出て、今は成功している末吉盛夫の会社に向かっていた。
渋谷から原宿に向かって歩いて6分ほどの場所に末吉の会社が入るビルがあった。
「彼が何か星に結びつけば良いですね」
「捜査は空振ってなんぼだ。期待しすぎるとロクなことはないぞ」
小山田は冷静な口調だった。
小山田の刑事としての勘が、末吉がホンボシに近いというサインを送っていた。
灰色の10階建てのビルは、それほど大きくはないが、築年数が浅い綺麗なビルだった。
末吉の会社は5階にあった。
営業内容は不動産コンサルタント。
社長をしている末吉は、大手の不動産会社に勤めていたが、独自の理論で賃貸物件の開発を手がけ、多くのデベロッパーと共同でマンションや新興住宅地の開発など手広く手がけ、その実績と、語り口の柔和さと爽やかなルックスで、コメンテーターとしてテレビ出演もしているという。
「ものすごく若いのに大成功ですよね」
「そうだな。持って生まれたものが違うんだろう。俺たちとは無縁の世界さ」
エレベーターを降りると、正面に会社の受付があり、社長に取次いでもらって、応接室に案内された。
しばらくすると末吉が現れた。
身長は180センチくらいある大柄な男だが、顔が小さく、バランスが良い体型で、爽やかな笑顔だった。
「ご苦労さまです。末吉です」
物腰も柔らかく、まったく威圧感はない。
それは末吉がまだ25歳ということもあるだろう。
「お若いのに立派ですね」
小山田は尊敬するような眼差しで挨拶した。
「いえいえ、ただ単に運が良いだけですよ」
「高校を卒業してからすぐに東京にいらしたんですよね」
「そうです。はじめは目黒の小さい不動産屋でしたね。そこで不動産のイロハを学び、そこから大手の不動産会社の賃貸専門の店にスカウトされまして、そこを二年で辞めて自分の会社を持ったんです」
「ご結婚はされていますか」
「いえ、まだですよ。ほとんど24時間、365日仕事みたいなものですから」
「ところで、天童にいたころ真壁さんという警察官とお知り合いになりましたよね」
小山田がその質問をしたとき、一瞬であるが末吉の表情が曇った。
そのことを小山田は見逃さなかった。
「はい、お恥ずかしい話ですが、若い頃やんちゃをしていまして。それで真壁さんには大変お世話になりました。今、私がこうやっているのは真壁さんのお陰だと本当に感謝しています」
「真壁さんがお亡くなりになったことはご存知でしたか」
「はい、ニュースで知りました。出来ればお葬式にも出たかったのですが、私は世間に顔を知られていますから、かえってご迷惑になると思い、行きませんでした。だから、毎日天童の方向に手を合わせています」
「そうですか、失礼な質問ですが真壁さんが亡くなられた3月14日の夜から翌日の朝まで何をしていらっしゃいましたか。一応、真壁さんになにかしら関係している方に聞いているものですからご容赦願います」
真壁はスマホでスケジュールを確認した。
「その夜は何も書いていないので、仕事が終わってから帰宅して、翌日は訪問する会社にそのまま向かいました」
「そのことを証明する人はおられますか」
「いえ、ひとり暮らしですから」
「どなたか訪ねられた方はいませんか」
「いませんね」
きっぱりと言い切った。
小山田は被害者との関係を詳しく聞き、最後に会ったときの確認などをして会社を後にした。
「小山田さんはどう見ました」
会社のビルを出たところで窪坂が聞いてきた。
「お前には分からなかったか」
「・・・・・」
「ガイシャの話を聞き始めたときに彼の顔に一瞬斜線がはいった」
「分かりませんでした」
「徹底的に奴を洗うぞ」「はい」
小山田たちはすぐに捜査本部に戻り監察官に報告した。
#8に続く。
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いつアメリカが北朝鮮を攻撃するのか、ひやひやしていたら、オリンピックで、緊張は緩和ムード。
昨年11月ころから、ネトウヨのアホや、頭の足りない連中が「早く北朝鮮をたたきつぶせ」などとネットに沸いてきていましたが、今の状況にイライラしてるんじゃないかと考えられます。
ただ、私はまだアメリカは北を攻撃する可能性が高いと思います。
トランプ大統領に限らず、この状況はアメリカが戦争を起こす条件が十分すぎるぐらいあるからです。
過去の歴史において、アメリカに反旗を翻し、アメリカに牙を向いてきた政権は必ず武力を使って潰してきました。
共和党でも民主党でも同じです。アメリカは常に戦争をしていかなければ経済が回っていかないからです。
ただひとつ、トランプは政治家ではなく、悪徳商人のようなものですから、このまま北朝鮮クライシスを維持しておけば、日本のポチのような土下座外交する安部首相のような人が高額な武器をいっぱい買ってくれるのです。
だから、北朝鮮は潰さないでおこうという考えもあるように思います。
どうなるのでしょうか。
では、続きをどうぞ。






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トヨタの新型業務用タクシーです。シエンタをベースにしていますが、なかなかカッコイイです。
じつは、クルマで何が一番欲しいかと聞かれれば、迷わずロンドンタクシーと答えるくらい好きなんです。
日本でも一時光岡自動車というメーカーが売り出しましたが、それは買えませんでした。
今回の新型タクシーはそのロンドンタクシーに少し似ているんんです。
ですが、残念ながら、LPガス使用なのですね。一般の人も買うことは出来るようなのですが、さすがに手が出ません。
ガソリン車か、ハイブリットで発売してくれれば買うのですがねー。
では、続きをどうぞ。




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事件の捜査のために山形県天童市に来た西世田谷署の小山田刑事たちは、被害者が警察官時代に関わった二件の少年事件の関係者を当たっていた。
一件目の少年は立派に更正し、父親の工場で働いていた。
二件目の少年は、暴力事件を起こして逮捕されたが、その後のことは天童署でも分からないとのことだったが、元同僚の話だと、被害者はその少年のことは何かと気にかけていたということだった。
前日、少年課にいた元捜査官に話を聞いたところ、、父親は韓国人で、母親は部落出身者で、少年は小学生のころからいじめられたり、差別されたりして、相当鬱屈した子供時代だったということが分かった。
その家は、町外れにぽつんと建つ古びた一軒家だった。
表札には末盛とある。築年数は相当経っているようで、外壁の塗装は剥がれ、茶褐色の色が侘しい感じの家だった。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、なかから人が出てきた。
50歳代の女性である。
「警察の方ですね。私はここの妻の妹ですが、姉の夫は入院中でして、何を話せば良いのか・・・」
不意を突かれた感じがして、小山田は戸惑った。
「息子さんはどうしましたか」
「姉がもうずいぶん前に死んで、独り身の私がこちらに住んで父親と子供の面倒を見ておりました。息子の盛夫はこちらの定時制高校を出てすぐに東京に行って生活しております」
「その息子さんはこちらには帰ってくるのですか」
「はい、東京に行ってから数回はあったのですが、数年前からはまったく来ておりません」
「こちらに帰ってないと」
「はい、そうです」
彼女の話によると、息子の盛夫は、中学校に入ると粗暴になって、たびたび暴力事件を起こした。
とくに小学校六年生のとき、病気で母親を亡くしてから、どんどん粗暴になっていたということだった。
だが、本来は頭もよく、優しさのある男の子だったと、少年の叔母に当たる女性は話した。
ただ、被害者との関わりは、少年本人と警察官だった被害者のふたりの間のことで、家ではほとんど口を聞かないので、知らないとのことだった。
小山田たちは、元少年の父親が入院している病院を訪ねた。
総合病院の相部屋の一室にその父親はいた。
4人部屋の一番窓際のベッドだった。
病気のせいか顔色がひどく悪かった。
小山田たちは丁寧に挨拶し、来た理由を説明した。
「息子さんとは会っていないのですか」
「もう何年も会っていません。でも、東京で成功して、自分の会社を持ち、有名人になってテレビにも出てますよ」
小山田たちは驚いた。
粗暴な少年がひとり東京に向かい、都会という荒波を乗り越えて成功者になっているという事実。
こんなこともあるのかと、内心うれしかった。
同じ警察官として被害者は、人殺しの犯人を捕まえることしかない自分たちとは違って、過ちを犯した少年と真摯に向き合い、正しい方向に向かわせていたことを誇りに思った。
少年の父親は末期の癌だった。
医者から告知されていた。
父親は出来れば死ぬ前に息子に会いたいと言った。
親としては当然の思いだろうと小山田たちは父親に同情した。
小山田は、父親から聞いた息子の会社の住所と電話番号で、東京に帰ったらすぐに息子に会いにいき、そのことを伝えると約束した。
「可哀相ですね、あの父親。息子に会いたいだろうに」
「息子の気持ちも分かる気がする。悲惨な思いでしかない故郷に帰りたくないということだろうな」
「息子は父親が重病だということを知らないみたいですね」
「だろうな。早く知らせたいよ」
小山田たちは、帰りの新幹線でこんな会話を交わしていた。
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京都の町を歩いていると、この間口の狭い、奥の長い町家で、人々はどのような生活をしているのかと思いをめぐらせています。
自分が、こんな町で生まれたて育ったならどんな人生を送っていたのか、そんなことを考えて歩くのが面白いんですね。
では、続きをどうぞ。





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