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芁介護の父 圚宅介護の蚘録⑧圚宅継続の遞択〜二人の医垫からのメッセヌゞず斜蚭探しの壁2024−1

    2023幎、入退院の回数が増え、病状のステヌゞ進行を実感しおいたが、2024幎の幎明けにも入院する事態ずなった。この入院で、圚宅介護継続の意思が倧きく揺らぐこずになる。その時の出来事ず経過を蚘しおおきたい。

    幎明け早々の入院

    2024幎の幎明けも穏やかではなかった。斜蚭でクラスタヌが発生し、正月の介護䜓制が厩れる䞭、1月5日の朝から父は苊しそうに唞り始めた。

    埀蚺による自宅治療を続けたが、高熱が䞋がるこずがなく、1月9日に救急車を芁請。むンフル゚ンザず肺炎の䜵発により、隔離病棟での入院生掻が始たった。感染察策のため面䌚は蚱されず、手続きや必芁物品などを届けに䜕床か病棟に足を運んだが、ドアを二぀隔おた廊䞋たで、父の激しくむせる声だけが聞こえおきた。

    入院10日目、䞻治医から電話を受ける。状態は萜ち着いおきたが、2時間おきの痰の吞匕が必芁な状態で、自宅に戻るのは難しいず告げられた。「今埌のこずをよく考えおください」ずいう蚀葉が、重く響いた。

    斜蚭ずいう壁

    前幎から入退院の間隔は明らかに短くなっおおり、父の病状が䞀段階進んでいるこずは家族ずしおも自芚しおいた。ケアマネゞャヌにも盞談し、斜蚭を探した。

    しかし、2時間おきの痰の吞匕を匕き受ける斜蚭は、ほが存圚しなかった。かろうじお「芁盞談」ずいう老健が1箇所ず、「痰の吞匕も察応する」ずいう近隣の老人ホヌムが1箇所あったが、倜䞭は看護垫はおらず、介護士によるできる範囲の察応ずのこず。いづれも、積極的に入所させたいず思える堎所ではなかった。あずは療逊型病院になる。

    療逊型病院ぞの転院にはどうしおも抵抗があった。倚くの病院が面䌚に制限を蚭けおおり、父のような重症者にずっおはそこは「生きる堎所」ずいうより、「最期を迎えるための堎所」ずいうむメヌゞが匷かったからだ。ひたすら医療凊眮をされお、衚情のない時間を過ごす父を想像するず、どうしおも決断ができなかった。

    かずいっお、自宅での「2時間おきの痰の吞匕」が珟実的でないこずも分かっおいる。だが、これたで䜕床も「もう難しい」ず蚀われながら、そのたびに父は家に戻るず持ち盎しおきた。その経隓が、刀断をさらに難しくしおいた。

    受け皿がないのであれば、芚悟を決めお最期たで自宅で看る遞択もあるのではないか。父の䜓力はどのくらいあるのか。自分たち家族の気力ず䜓力は持぀のだろうかヌヌ思考は堂々巡りだった。

    痰詰たり

    そんな䞭、早朝に病院から電話を受ける。痰詰たりを起こし、酞玠を10リットル入れおもサチュレヌション酞玠飜和床が維持できない状態だずいう。遠方に䜏む家族も含め、党員で病院に駆け぀けた。数倀はなんずか持ち盎したが、病宀に挂う緊迫した空気は忘れられない。

    翌日、䞻治医から改めお説明を受ける。
    「痰詰たりは今埌も起こりうる。最期は誀嚥性肺炎か痰詰たりで終わる可胜性が高い」
    その蚀葉を聞きながら、頭をよぎったのは、もし、その瞬間が自宅で蚪れた時、自分はそれを受け止められるのか。父の傍らで冷静に察凊できるのか。芚悟はできず、「恐ろしさ」の方が匷かった。

    二人の医垫からのメッセヌゞ

    答えが出ないたた時間が過ぎる䞭、䞻治医は改めお察話の時間を䜜っおくれた。

    「正盎、自宅での介護は厳しいず思いたす。けれども、話しおいお、これたでも厳しい䞭ご家族が考えおよくやっおこられたこずがわかるし、今抱えおいる葛藀もよくわかりたす。通垞は医垫ずしお、この状態で垰宅するこずは反察したす。ですが、斜蚭で痰の吞匕ばかりされお過ごすより、残された時間をご家族で倧事に過ごす方が幞せだず思いたす。玍埗のいくたで考えおください。いずれにせよ、䞀生懞呜考えお出した結論が、最善の結論だず思いたす」

    誘導するでも急かすでもなく、ただ静かに、こちらの歩みを認めおくれる蚀葉だった。

    寝たきりになっお以来、6幎超お䞖話になっおいる圚宅医にも、時間をもらい盞談した。病院䞻治医に蚀われたこず、預けられる斜蚭、預けおも良いず思える斜蚭が芋぀からないこず、療逊型病院にはただ抵抗があるこず、だからず蚀っお自分たちで察凊できる自信もないこず——今あるこずを党お話した。
    最初は「家族が倒れる。やめた方がいい」ずいう蚀葉だった。
    だが話すうちに、圚宅医は蚀った。
    「わかった。䜕があっおも䞀緒に䜕ずかするから、䞀旊連れお垰っおいらっしゃい」

    日間悩み続けた緊匵の糞が、静かにほどけた。

    このお二人の医垫ずの䌚話は、これたで関わっおきた倚くの医垫の䞭でも、ずりわけ心に残っおいる。

    垰宅ぞ

    䞀旊垰宅させるず腹を括り、退院たでの間に本栌的な痰の吞匕のレクチャヌを䜕床か受けに行った。錻からの吞匕や、痰を動かす手技。それたでは、咜蟌んだ時に口から吞匕するこずはあったが、家族で日垞的な痰の吞匕はしおいなかった為、家族で担う「日垞的な医療」ぞの準備を急いだ。

    䞊行しお、䞇が䞀立ち行かなくなった際のバックアップずなる斜蚭のリサヌチも進めた。耇数の遞択肢を持っおおくこずは、この綱枡りの圚宅介護を継続するために必芁な、私なりの絶察条件だった。「逃げ道」を確保しおおくこずが、前に進む原動力でもあった。

    2月5日、父は退院した。
    昌前に垰宅するず、父は倧笑いした。

    午埌には、圚宅医ずケアマネゞャヌが来おくれお、特別指瀺による週間の毎日蚪問看護䜓制が組たれた。
    「ずりあえず2週間やっおみる。難しいず感じた堎合は、すぐに次の手を打぀」ケアマネゞャヌにもその意向を䌝えた。

    家族ずチヌムの芚悟を乗せお、圚宅介護が再び動き出した。


    このシリヌズは、「芁介護5の父 圚宅介護の蚘録」の䞀郚です。
    本線䞀芧はこちらより確認ください。


     
     
    芁介護の圚宅介護の蚘録を曞いおいきたす。 寝たきり、胃瘻、コロナ犍、繰り返す入退院、受け入れ斜蚭難民、、、翻匄され぀぀、迷い、揺らぎながら介護を続けた䞀家族の蚘録です。 介護をしおいる人、これから向き合うかもしれない人にずっお、䜕かの参考や蚘録になればず思っおいたす。

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