メインコンテンツへスキップ
見出し画像

『水曜どうでしょう』初期の歩みから見えた「どうでしょう」らしさの完成|第58夜

    🚩はじめての方はこちら
    📖第1夜から読める連載まとめ(目次ページ)

    前回の第57夜では、『水曜どうでしょう』なぜ「本音」が30年愛され続けるのかについて考えました。

    前回は、『水曜どうでしょう』が出演者やスタッフの本音まで隠さず映したことで、視聴者は「作られたテレビ」ではなく、「本当に4人が旅をしている」と感じられたことを考えました。

    その積み重ねが、30年経っても愛され続ける理由の一つになっていたのです。

    今回は、『水曜どうでしょう』初期の歩みから見えた旅番組への転換点について考えていきます。

    画像
    水曜どうでしょうを代表する海外企画の一部

    『水曜どうでしょう』と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、海外を旅する姿かもしれません。

    ヨーロッパ21カ国完全制覇や、アメリカ横断、ベトナム縦断など、大きなスケールの企画は番組を代表する作品として語られています。

    しかし、その原点をたどると、北海道212市町村カントリーサインの旅という、北海道だけを舞台にしたローカル企画へ行き着きます。

    『水曜どうでしょう』の転機として1997年10月放送の「ヨーロッパ21カ国完全制覇」がよく挙げられます。

    確かに、この企画によって番組の知名度はさらに高まり、『水曜どうでしょう』は全国のファンへ届く存在になりました。しかし私は、この転機はヨーロッパで突然生まれたものではなかったと考えています。

    これまで第54夜から第57夜までを振り返ると、その理由が見えてきます。北海道212市町村カントリーサインの旅では、サイコロで目的地が決まり、4人がその場で反応し、予想外の展開を受け入れながら旅を続けていました。

    番組は台本よりも、その瞬間に生まれる会話や空気を大切にするスタイルを少しずつ完成させていきます。

    画像
    初めて凱旋門を見たとき、4人が本当に感動してるのが伝わってきた

    さらに、この旅では4人それぞれの役割も自然と固まっていきました。責任感を持って旅を前へ進めようとするミスター。

    予測できない出来事に全力で反応する大泉さん。

    その様子を楽しみながら旅を動かしていく藤村D。

    そして、一歩引いた視点から、その様子をありのまま記録する嬉野D。

    この4人の関係性こそが、『水曜どうでしょう』という番組の設計図だったのだと思います。

    前回考察したように、「本音」をそのまま映すという姿勢も、この頃にはすでに完成していました。

    行きたくない場所を引けば本当に落ち込み、疲れれば弱音を吐き、笑えばスタッフまでおならをしてしまう。そのすべてを隠さず放送するからこそ、視聴者は旅を一緒に体験しているような気持ちになれたのです。

    つまり、『水曜どうでしょう』を面白くしていたのは、北海道という場所ではありませんでした。サイコロのルールでもありません。

    4人が本気で旅をし、その本音をそのまま映すという番組の作り方こそが、本当の魅力だったのです。

    だからこそ、舞台が北海道から海外へ変わっても、番組は面白さを失いませんでした。ヨーロッパ21カ国完全制覇は、新しい番組を始めた企画ではありません。

    北海道で何度も旅を重ねる中で完成した『水曜どうでしょう』という番組の型を、そのまま海外へ持ち出した企画だったと言えるでしょう。


    画像
    「アメリカ合衆国横断」では、笑いの中心が”衣装芸”へと変化した

    後の解説では、『モザイクな夜』の影響を受けた初期のサブカルチャー色の強い番組から、「旅」が番組の中心へ変わっていったことが紹介されています。

    しかし、その変化は単に企画内容を変えたという話ではありませんでした。旅という舞台を手に入れたことで、『水曜どうでしょう』らしさを、より自由に表現できるようになったということなのです。

    北海道を走っていても、ヨーロッパを走っていても、面白さの本質は変わりません。予定どおりに進まない旅、思わずこぼれる本音、4人の絶妙な関係性。

    その設計図は、すでに北海道212市町村カントリーサインの旅で完成していました。だからこそ、その後30年にわたって、世界中を旅しても『水曜どうでしょう』は『水曜どうでしょう』であり続けられたのだと思います。

    こうして振り返ると、北海道212市町村カントリーサインの旅は、一つの人気企画というだけではありませんでした。

    後に続く数々の名作の原点であり、『水曜どうでしょう』という番組そのものを完成させた、最初の設計図だったのです。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回、第59夜は「『水曜どうでしょう』は、なぜ制作者にも愛される番組になったのか」について考えていきます。

    この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……

    A. 『水曜どうでしょう』は、北海道で番組の型が完成していたと思う
    B. やはりヨーロッパ企画が本当の転機だったと思う

    どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
    (コメントには必ずご返信させていただきます)
    今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。


    👉次の記事
    ▶ なぜ制作者に愛される番組になったか|#59

    👈前の記事
    ▶ 大泉洋の本音がなぜ30年愛されるのか|#57

    📖連載まとめ(目次ページ)に戻る



    --
    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。


    あなたへのおすすめ