
『水曜どうでしょう』大泉洋、韓国でも深夜バス地獄から逃げられない|第48夜
前回の第47夜では、「韓国食い道楽サイコロの旅」の第一夜を通して、なぜ旅が始まる前の企画発表がシリーズ屈指の名場面になったのかを考えました。
行き先を知らない大泉洋さんの生の表情と、韓国という答えへ少しずつ近づいていく車内の会話が、目的地に着く前から一つの物語を作っていました。
そして第二夜では、いよいよ韓国での旅が動き始めます。
しかし、グルメ旅という名前から想像するような、料理をゆっくり楽しむ旅にはなりません。蔚山へ着いても食べられず、次の釜山へ移動してもまた食べられない。
目的地へたどり着くたびに期待が裏切られ、最後には大泉さんが何度も苦しめられてきた深夜バスが待っていました。

(引用元:DVD「韓国食い道楽サイコロの旅」より)
金浦空港で最初の行き先を決めた一行は、ソウルから飛行機に乗り、蔚山へ向かいます。昼食のために遠く離れた街まで飛行機で移動するという時点で、すでに普通のグルメ旅とは大きく違っています。
当時は韓国の街についてほとんど情報を持っておらず、蔚山空港から目的地へ向かうタクシーも激しい渋滞に巻き込まれました。
どこへ向かっているのか。無事に着けるのか。今のようにスマートフォンで地図や店舗情報をすぐ確認できる時代ではなく、知らない街を進むこと自体が一つの冒険になっていました。
食事を目的に移動しているはずなのに、画面に映る時間の多くを占めるのは、飛行機やタクシーによる移動です。
ようやく蔚山の鯨料理店へたどり着きますが、ここで待っていたのは料理を楽しむ時間ではありませんでした。
誰が食べられるのかを決めるカードによって、「全員食えない」という結果が出てしまいます。韓国まで来て、さらに飛行機で蔚山まで移動したにもかかわらず、4人は目的だった料理を食べられません。
普通の旅番組であれば、目的地へ着いた瞬間が一つの達成になります。ところが『水曜どうでしょう』では、目的地へ着いても何も解決しません。蔚山はゴールではなく、次の移動を始めるための通過点になってしまうのです。
次の目的地は釜山です。一行は再び移動し、ハルメパジョン(有名な食堂名)へ向かいます。蔚山で食べられなかった以上、今度こそは韓国料理にありつけるのではないかと期待したくなります。
しかし、釜山でも再びカードが登場し、またしても「全員食えない」が選ばれます。

(引用元:DVD「韓国食い道楽サイコロの旅」より)
蔚山へ着いても食べられない。釜山へ着いても食べられない。この繰り返しによって、グルメ旅のはずだった企画は、少しずつ別のものへ変わっていきます。
おいしい料理を紹介する旅ではなく、食べられないまま次の街へ運ばれていく人たちを見る旅になっていくのです。
ここで面白いのは、誰も「もう食べよう」とルールを止めないことです。大泉さんは当然のように文句を言い、鈴井さんの引きの弱さを責めます。
それでもカードの結果は覆されず、全員が次の展開を受け入れて進んでいきます。
『水曜どうでしょう』では、理不尽なルールそのものよりも、それに従わされる人間の反応が笑いになります。大泉さんが抗議するほど、企画の無茶さが視聴者にも伝わります。
一方で、どれだけ文句を言っても旅を続けるからこそ、大泉さんは単なる被害者ではなく、この番組に欠かせない中心人物になっていきました。
後年の解説では、この第二夜は全体として大きな盛り上がりに欠けていたとも振り返られています。
蔚山へ行き、釜山へ移動し、二度も食べられないという出来事は起きていますが、それだけではまだ企画全体を決定づけるほどの爆発力にはなっていませんでした。
そんな空気を変えたのが、第二夜の最後に決まった深夜バスです。
釜山で次の行程を決めた結果、夜通しバスで移動することになります。その瞬間、番組の空気が少しだけ変わります。
過去のサイコロシリーズで、深夜バスが大泉さんを何度も苦しめてきたことを知っているからです。
深夜バスが決まっただけで、まだ乗車もしていません。それでも出演者もスタッフも、そして視聴者も、この先に何が待っているのかを想像できます。
座席で眠れない、体が痛くなる、翌朝には疲れ切っている。そうした記憶が積み重なっているからこそ、「深夜バス」という言葉だけで一つの見せ場になるのです。

(引用元:DVD「韓国食い道楽サイコロの旅」より)
普通の旅番組では、移動は目的地と目的地をつなぐための時間です。できるだけ短く編集され、到着後の観光や料理に時間が使われます。しかし、『水曜どうでしょう』では、その移動こそが物語になります。
どこへ行くのか分からず、たどり着いても食べられず、また次の街へ向かい、最後には深夜バスに乗せられる。その終わらなさが、旅の面白さを作っていました。
藤村Dたちが後にこの回の記憶をそれほど鮮明には持っていなかったという話も、逆に興味深く感じます。
すべての場面が強烈な名場面だったわけではありません。それでも、蔚山から釜山へと移動し、食べられない状況を重ねたからこそ、最後の深夜バスが効果を持ちました。
笑いは、必ずしも大きな事件だけから生まれるものではありません。期待して、裏切られ、次こそはと思い、また裏切られる。
その小さな積み重ねがあって初めて、最後の一手が大きく見えることがあります。第二夜は、まさにその「助走」を描いた回でした。
鈴井さんは後年、韓国へもう一度行き、この企画で訪れた場所を巡ってみたいと語っています。当時は思うように韓国料理を食べられなかった一方、その後はキムチが好きになり、日常的に食べるほどになったそうです。
旅の最中には味わえなかったものが、時間がたってから本人の中に残っていくというのも、旅の不思議なところです。
『水曜どうでしょう』が30年愛され続けている理由の一つは、旅の成功だけを見せなかったことにあります。
食べられなかったことも、渋滞に巻き込まれたことも、深夜バスが決まってしまったことも、すべてが4人の記録として残されています。
目的地へ着いても終わらず、次の移動へ押し出されていくからこそ、視聴者もまた「この先はどうなるのか」と旅を見続けてしまうのです。
(※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)
次回、第49夜は「韓国グルメ旅は、なぜ「全員食べれる」が名場面になったのか」について考えていきます。
この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。
📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……
A:旅では目的地や食事を予定どおり楽しみたい
B:予定外の移動や失敗も、後から振り返れば旅の思い出になる
どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。(コメントには必ずご返信させていただきます)
今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。
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