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『水曜どうでしょう』北海道212市町村カントリーサインの旅が残したもの|第62夜

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    📖第1夜から読める連載まとめ(目次ページ)

    前回の第61夜では、『北海道212市町村カントリーサインの旅』で使用されたカントリーサインカードが、なぜ30年近く経った今でも記憶に残り続けているのかについて考えました。

    カードは単なる行き先を決める道具ではありませんでした。出演者だけでなく視聴者まで旅へ参加させ、北海道を知るきっかけとなり、旅の思い出そのものを保存する存在になっていました。

    そして第54夜から振り返ってきた『北海道212市町村カントリーサインの旅』も、今回で一区切りです。

    この企画では、ミスターという存在、大泉さんの本音、藤村Dと嬉野Dの役割、偶然に身を委ねる旅のルールなど、『水曜どうでしょう』という番組を支える数々の要素を見てきました。

    今回は、それらを振り返りながら、『北海道212市町村カントリーサインの旅』は、なぜ30年語り継がれる伝説になったのかについて考えていきます。


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    カントリーサインの旅は車一台で道内を走り切るミスターの「合宿」企画
    (引用元:DVD「カントリーサインの旅」より)

    『水曜どうでしょう』には数え切れないほどの人気企画があります。ヨーロッパ21カ国完全制覇、ベトナム縦断1800キロ、原付シリーズ、サイコロの旅。どれも番組を代表する名作として語られています。

    しかし、それらの面白さを支えている土台は、実は『北海道212市町村カントリーサインの旅』でほとんど完成していました。


    第54夜では、企画を考えたミスター自身も、北海道の広さをまだよく知らず、制作陣も出演者も、そして視聴者も同じ目線で旅へ出発していたことを紹介しました。

    番組を作る人だけが答えを知っているのではなく、全員が未知の北海道を発見していく。この姿勢が、『水曜どうでしょう』らしい空気を生み出していました。

    さらに、目的地をカードで決めるという発想は、番組の主導権を人から偶然へ委ねました。


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    カントリーサインカードを引く瞬間までは誰も次の行先を知らない
    (引用元:DVD「カントリーサインの旅」より)

    さらに、この旅では4人の役割も少しずつ固まっていきました。

    企画を考え、旅を前へ進めようとするミスター。何が起きても全力で反応し、その場の空気を笑いへ変える大泉さん。

    旅を動かしながら出演者と一緒に笑う藤村D。そして、一歩引いた視点から、その瞬間を余すとこなる記録する嬉野D。

    この4人の関係性は、最初から完成していたわけではありません。

    「ミスター」という呼び名が生まれ、上下関係が少しずつ変化し、大泉さんが本音を隠さず話し始めることで、自然体の空気が育っていきました。

    その積み重ねが、後の『水曜どうでしょう』という番組の魅力そのものになっていったのです。

    私は、この企画で最も大きかったのは、「失敗してもいい」という番組の価値観が生まれたことだと思っています。

    遠くを引けば落ち込みます。眠ければ弱音を吐きます。予定どおりに進まなければ焦ります。それでも番組は、それらを隠しませんでした。

    普通のテレビなら編集で切り取られてしまうような場面も、そのまま放送することで、視聴者は「演じている人たち」ではなく、「本当に旅をしている4人」と出会うことになります。

    だからこそ、30年経った今でも、私たちは彼らの表情や言葉を鮮明に思い出せるのでしょう。


    さらに、この企画では制作陣自身も旅を楽しんでいました。藤村Dは出演者と一緒に笑い、嬉野Dは旅そのものを楽しみながらカメラを回していました。

    その姿勢は、後に「制作者にも愛される番組」という『水曜どうでしょう』独特の文化へつながっていきます。

    出演者だけではなく、スタッフまで含めて応援される番組。そんな作品は、テレビの世界でも決して多くありません。

    だから30年経った今でも、新作が作られ、イベントが開かれ、多くのファンが集まり続けているのでしょう。


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    番組で使われたカードは視聴者プレゼントへ
    (引用元:DVD「カントリーサインの旅」より)

    そして忘れてはならないのが、カントリーサインカードという存在です。

    一枚のカードが偶然を生み、視聴者を旅へ参加させ、北海道という土地を自然に覚えさせ、さらに旅の思い出まで保存してくれました。

    単なる小道具だったカードは、『水曜どうでしょう』という番組そのものを象徴する存在へ変わっていったのです。


    こうして振り返ると、『北海道212市町村カントリーサインの旅』は、一つの人気企画ではありませんでした。

    偶然を受け入れること。本音を隠さないこと。4人それぞれの役割。スタッフも楽しむ空気。視聴者まで旅へ参加させる仕組み。

    そのすべてが、この企画の中で少しずつ完成していきました。

    だから私は、この企画こそ『水曜どうでしょう』という番組の設計図であり、その後30年間愛され続ける理由が最初に詰め込まれた作品だったのだと思います。

    伝説になったから語り継がれているのではありません。

    この旅で生まれた番組の作り方が、その後も一度も変わらなかったからこそ、『北海道212市町村カントリーサインの旅』は、今でも『水曜どうでしょう』最大の原点として語り継がれているのでしょう。


    (※記事中の画像は、作品紹介および考察を目的として、解像度を下げて引用しています。著作権は各権利者に帰属します。)


    次回からは、新たな章へ入ります。

    ここで完成した『水曜どうでしょう』らしさが、北海道という舞台を飛び出し、全国、そして世界へ広がっていく姿を、一つずつ振り返っていきたいと思います。

    この連載は、これからも『水曜どうでしょう』の魅力を一つずつ読み解いていきます。「❤️スキ」「👤フォロー」で応援いただけると励みになります。


    📌今回の内容を踏まえて、皆さんは……

    A. 『北海道212市町村カントリーサインの旅』こそ、『水曜どうでしょう』最大の原点だと思う
    B. その後の海外企画から『水曜どうでしょう』は本当に面白くなったと思う

    どちらに近いでしょうか。理由もあればぜひコメントで教えてください。
    (コメントには必ずご返信させていただきます)
    今後の『水曜どうでしょう』考察の参考にさせていただきます。


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    ■運営者(ユウナ)について
    このnoteでは『水曜どうでしょう』をテーマに執筆しています。以下の別アカウントでは、普通の会社員だった私が、FIREを達成するまでの資産形成の実体験を記録しています。

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