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不登校ひきこもりがカビた布団から脱出するまでの5年日記 ②ひきこもり編


    前回からの続きです。

    15歳で「不登校」が本格化し、19歳で「ひきこもり」、20歳で「家を出よう」と決意するまでの日記を、3回にわたって公開します。

    ※元ひきこもりで就職氷河期世代の私が、1989年(平成元年)から綴った日記を抜粋しています。
    ※3800字の長文です。

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    19歳の頃の日記、日記帳の統一感はまるでない




    不登校の後、ひきこもりになるまで

    ・ 通信制高校期:17歳,1991年(平成3年) 
    学校への登校が全然だめ

    高校1年2学期から不登校が悪化し、普通のレールを外れた私は、その後、通信制高校へ編入した。

    加えて、ボランティア活動や最初の高校の友人から誘われた地域の集まり、単発で入れるアルバイトにも行き、大人との出会いも増えていく。

    ▶︎ 6月7日
    何度となく、今、どうして自分がここ(通信制高校)にいるのか。疑問とも、何とも言えぬ気持ちが覆ってくることがあった。
    でも、その時々に、私は自分でも驚くほど落ち着いて、思ったこと。
    普通に進級できなかったのは、いいことではないかもしれないけど、私がこうして新しい人と出会い、新しい自分を発見できたこと。
    それはそれでいいし、自分が今、去年と違う場所で学んでいることも、あまり深く考えたりせず、今の生活を大切にしたいと思う。

    ▶︎ 6月11日
    一日一日、ちゃんと過ごさなければと思ったのに、今日、学校を休んでしまった。言い訳かもしれないけど、自分には学校というものに向いていない性格かもしれないと思った。

    編入した通信制高校は、スケジュール管理がうまくいかず、友人を作るタイミングもなく、馴染めないままに時間が過ぎた。

    学校外では、同世代が集まる場に通い友人も増え、不登校のレッテルが軽くなる感覚もあって、居場所の開拓に意気込むが、空回りも増える。


    ▶︎ 7月26日
    家の方で、順調にコミュニケーションがとれているなと思っていても、一番、学生としてしなければならない学校への登校が全然だめだ。

    ▶︎ 11月2日
    あるドラマのセリフで
    「自分の考えてることが分からない、全て嘘みたい」
    と言っていたけど、私もそうだ。自分がわからない。

    自分の行動、考え、言葉、
    自分の本当の気持ちがどこにあるのか理解できない。




    ・ フリーター期:19歳,1993年(平成5年) 
    結局、人と並ぶ事さえできない

    通信制高校には席を置くだけ。
    頑張っていたボランティアも、学校に行かずにボランティア活動には行けるという自分矛盾の末、行き詰まっていく。

    時代はまだ人手不足。単発バイトのフリーター時期は、まるで業務報告、生存確認のように、起きた時間、食べたものなどを記載していた。

    それ以外の日記には、先が見えない焦り、自分へのイラつきが増えていく。

    ▶︎ 7月4日
    (周囲の大人が、若者の将来が心配だと話す会話を聞いた時のこと)
    何が“その子のため”なのだろう。潰れたら潰れたでそれまでだ。その子の人生、その子に任せろ。いつまで着いてきてくれる親でもないくせに。自分の理想を、いつまでこびり付けるんだろう。
    といって、ずっと見守ってくれているのは親だけだと、よくわかってる。
    まるで自分勝手な私。

    ▶︎ 7月5日
    誰にとがめられようと、変わってると言われようと、人として生まれてきた以上、がんばって中身を詰めようじゃない。自分流があっていいじゃない。
    私なりの力を出してみようと思いながら、出すのが怖くて。
    結局、人と並ぶ事さえできない。


    ▶︎ 7月6日
    日記を書こうとすると、今日はどんなテレビを見たかなと考えてしまう。
    私の生活は、テレビなのか。
    自分が否定したい方へと、吸い寄せられていく辛さ。

    あと、半年で十代ではなくなる。
    同世代の成長ばかり目について、自分の変わりなさを見てばかり。
    今、何ができる?
    就職したい仕事もないし、雇ってももらえない。
    今になったら、もう書くしかないじゃん。自分特有のものを作り出したい。
    ダメですか…。

    ▶︎ 7月7日
    どうして、親の前だと。顔が突っ張って、目が厳しいんだろう。
    なんだか、神経がピリピリしている。




    ・ ひきこもり期:19歳,1993年(平成5年) 
    ただ寝て、食べて、息をするだけの生活

    本格的にひきこもり始めた頃の日記は、ポエム風に変化。

    同世代から、卒業や就職という言葉が聞こえてくるなか、自分の成人も近づき、追い詰められた感覚が強まっていった。

    ▶︎ 9月3日 
    「街へ出て」

    ただテレビを見ているだけの動かない日々から、久々、街の中へ繰り出すと、なぜかボウっと、膜がかかったように風景がぼやけて見える。
    外を歩く人の早足に、時の速さを感じるし。笑顔の人をみると、最近、いかに笑わない日々を送っていたかと思う。
    しかし、価値観を、ただ周囲に合わせるだけになるよりも、ひとりでいる時の方が、自分が安定している。
    といって、社会的な立場が不安定で、怖くなるけど。


    ▶︎ 9月3日 
    「人の暮らし」

    トイレへ行く、
    たべる、
    ねてる。

    それだけの日々を送っていると、不思議に思うことがある。
    人が本来送るべき生活とは、一体、どんなものだったのだろう。


    ▶︎ 9月6日 
    「若さ」

    学歴もなく、仕事もお金も、誇れるものさえない私には。
    来年、二十歳になるという事は、若さが崩れていくということ。それが、成人の第一印象。

    周囲の人が大人になっていく姿を見ると、事実、たくさんの“ふつう”があって、社会は成り立っているんだとわかり、自分もそうなるしかないのかと思う。
    そして今、ただの大人として扱われるまでに成長できていない自分が、情けなく、悔しかった。

    諦めも漂う頃。秋も近づき、毎年の体調不良が始まると、本格的に、心も体も閉じていった。

    家では小説を読む時間が増え、創作活動を試みるも挫折し、小さな希望も消失する。

    社会の圏外にいる感覚が強まっていった。


    ▶︎ 9月8日 
    「人が」

    人がもし、食べなくてもよくて、
    人がもし、体を洗う必要がなくて
    人がもし、ただただ生きていられて
    人がもし、大人のまま、自分の個性のまま生まれる事ができて
    人がもし、仕事をしなくてよかったとしたら
    私は、あなたは、あの人は、
    どんな日々を送るだろう。

    世界の不条理に口を閉ざす人はいなくなり、
    我が道を行く大人の世界となるだろうか。
    私は、本当の私になれるだろうか。

    人がもし、自分の理想の形に生きられるとしたら、
    世界はどんな姿をしているだろう。


    ▶︎ 10月 
    「夜と朝」

    誰にもできるという事さえ、できなくて。
    アレしろ、コレしろという声が頭の中で駆け回り、
    せめてコレぐらいという声にも応えられず、背をまるめてしまいます。

    約束をすることの意欲と義務の間で、私は全く別人となり、
    達成できない自分に対して情けなくて、自分をかき消したくなります。


    夜は、私を自分にします。
    目を覚ましても暗い部屋なのに、なぜかとても安心して動き出します。


    朝日は、私に現実の光を浴びせます。
    みすぼらしい自分が、布団に包まりながら、日がかげるのを待つのです。

    私はいったい、どこへ行くのだろうと不安になりながら、
    また、夜になって。
    できもしない、自分の未来に想像を膨らませるのです。


    ▶︎ 1994年1月 
    「眠りの不思議」

    何もしないことを望むわけではありません。ただ、横になりたいのです。
    もちろん、体を動かして元気に笑いたい。
    なのに私は、あのカビ臭いダニ天国の布団に潜り込み、肌を悪化させ、延々、眠り込むのです。

    なぜ、でしょうか。
    私が、それを知りたいのです。


    私は約束を破りたくなどないのですよ。
    わかって下さいますか。
    破るために約束するようなこの日々を、後々、どう振り返るでしょう。


    ▶︎ 1994年1月 
    「真っ暗な浴室」

    朝、五時半、電気のスイッチを切って、あまりの暗さに驚きながら風呂に入る。こんな時間に電気を消して風呂に入るのは、ただ寝て、ただ食べて、ただ息をするだけの生活になったからだ。

    電気を消しても、風呂の窓から月明かりが入る。
    自分のやせ細った体が月明かりで浮かび上がり、意味もなくこんな時間に入浴し、社会の歯車からずれ落ちた我が身を見ていられなくて、目を閉じる。

    目をつぶり音を立てずに風呂に入っていると、家族が気にかけ、心配してくれているのがよくわかる。夜中でも、(トイレに起きた家族が)ドアを静かに開けたり、音を立てないように歩いたりして気を使ってくれるから。

    両親や親戚は、どうして普通の家庭の子が、この子だけが、普通の暮らしができないのかと思うだろう。
    親は自分のせいかと悔やみ、理解できぬ我が子の行動に、どれだけ振り回されたことか。

    社会や流行に流されることを嫌だと思っていた私は、気がつけば、ただただ流されるだけの日々になっていた。
    アトピーは治らず、登校拒否となり、フリーター。
    社会はバブル倒産が襲ってくる。

    これからもっともっと、たくさん襲われる波を、私はただ、ぼう然と見ているだろうか。立ち向かえるようになるだろうか。
    3時間も湯に浸かって、ふやけた私の手足は、白く死体のようになっていた。

    朝を迎え、日が出て風呂場が明るくなると‥。
    なぜだろう、どうしても隠れたくなる。

    この日、やっとわかった。
    昼間、寝ている私の心理。
    見られたくない、認めたくないということを。



    その後の日記
    「不登校ひきこもりがカビた布団から脱出するまでの5年日記 ③脱出きっかけ編」は、こちら↓です。

    思わぬ形でひきこもりの終わりを迎えるまでの、前後3日間の様子を詳細にレポートした日記をお伝えします。


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    絶望していた“あの頃の自分”に伝えたい。 アトピー、不登校、ひきこもり、ボランティア、NPO、田舎暮らし、氷河期世代。 転んでもネタを見つけて起きあがる七転び八起きの“下道・寄り道”人生を綴ります。

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