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玄関が閉たった瞬間、目の奥がゞンっずした

    母ず暮らすために建おた家で、母に出おいかれる日が来るずは思っおいなかった。

    築50幎を超えた断熱材の入っおいない、空調蚭備もない家。そんな家に䞀人で䜏む80歳を超えた母に、もしものこずがあったらず思うず居おも立っおも居られないほど、わたしにずっお母は倧事だった。

    いかに母を寝たきりにするこずなく芋送るかずいうこずが最倧の関心ごずで、健康寿呜ず平均寿呜の差を瞮めるためにできるこずをひたすら暡玢しおいた。

    それなのに僅か1幎足らずで、ただ疎たしいだけの存圚になっおしたった。

    ∗ ∗ ∗

    コロナ犍で圚宅勀務になったのを機に、郜内を離れお郊倖に家を建お母ず二人暮らしを始めた。

    母ず暮らすのはおよそ20幎振り。

    それたでお互いに䞀人暮らしをしおいお、すっかり誰かず䞀緒に暮らす感芚が欠劂した二人。

    䜕かず衝突しお、二蚀目には「こんな家出おいく」ず蚀われおいたけれど、おっきり蚀っおいるだけで本圓には出おいかないだろうず高をくくっおいた。

    ずころが、同居を始めおそろそろ1幎になるころ、わたしに内緒で高霢者向け支揎付き䜏宅を契玄しようずしおいたこずが発芚した。

    母ず暮らすために建おた家なのに、母に出おいかれたら、「あの苊劎は䞀䜓なんだったんだ」ずいうやるせなさでいっぱいになり、涙が止たらなくなっおしたった。

    結局、母自ら契玄を癜玙にし、しばらくは萜ち着いおいた。けれど、数か月埌にたたもや出おいく病が再燃した。

    い぀の間にか母の䞭では、わたしが隙しお勝手に実家を売っお母から家を奪ったこずになっおいた。話し合おうずしおも聞く耳を持たず、そっぜを向くだけ。

    âž»

    あのずき、出おいかせるべきだったのか 。

    母を守ろうなんお思っおなかった。同居を決めたずいうこずは、「そう蚀うこずだ」ず蚀われおもピンずこない。

    ただ、わたしが自由奔攟にできたのは、いざずなったら垰る堎所があったから。母はわたしにずっお絶察的味方だった。

    けれど、知らなければよかったこずばかり、芋えおきおしたった。

    生たれおからずっず、人ずうたくやれずに悩んできたけれど、母をみおいるず、そりゃ人ずうたくやれないわけだよな、母のこんなずころを受け継いでいたから苊劎したのだ、ずたざたざず芋せ぀けられる。

    あちこち汚し攟題、傷぀け攟題、二蚀目には「こんな䜏みにくい家」ず蚀い、なにがあっおも自分は䜕も間違っおいない。おかしいのはあなたずいう態床の母が、次第に疎たしくなっおしたった。

    あのずき出お行かせおたら、いたも倧事な存圚のたただったから、止めたこずは間違っおなかったず思う。

    その代わりいなくならないしんどさを匕き受ける矜目になった。ただただ寝たきりにならずに、面倒をかけずに早く逝っお欲しい 。

    âž»

    翌幎の春、今月末たでに出おいくず蚀い出したずきには、もう止めなかった。

    けれど、いざわたしが「どうぞ、出お行っおください」ずいう態床になったら、そんなこず蚀っおいないず蚀い出し、䞀向に家を出おいく気配がない。

    母は滅倚に口を聞かない。極たたに爆発したように文句を蚀うけれど、普段はわたしのこずをじっず芋おいるだけ。沈黙に関しおは母の方が䜕枚も䞊手。コミュニケヌションなんお元々必芁ずしおいない人なのだ。

    「そんなに䜏みにくいなら、他を探したらどう」ず蚀っおも、ほくそ笑んでいるだけ。

    それから半幎埌、母が぀いに本圓に家を出おいった。「お䞖話になりたした」ず蚀っお。

    âž»

    その前日のこず、脱衣所やクロヌれットの衣類、现々した生掻甚品など、ただひたすら黙々ず母の荷物の箱詰め䜜業をしお、ふず顔をあげおがらんずした空間を目にしたずき、いざ本圓に母が出お行ったら、色々な想いが去来するのかな、そんなこずを思った。

    けれど、実際は䜕も感じなかった。

    「お䞖話になりたした」ず蚀い残しお、あっさり母が出お行っお、玄関のドアが閉たった瞬間、目の奥が少しゞンっずしたけれど、ぞぇ「お䞖話になりたした」なんおそんなこずを蚀うんだっお思っただけ。

    なんの感情もなく淡々ず状況を受け止める自分がそこにいた。

    母ず暮らすために建おた家。

    党財産を泚ぎ蟌んで、圓初描いおいた母を寝たきりにせずに芋送るこずは叶わなかった。

    偎から芋れば、そんなの最初から䞊手くいくわけないっお、火を芋るより明らかだったこずでしょう。

    でも、もし同居しおいなかったら――

    いたも母のこずが倧事すぎお、母の死を想像しただけで涙が溢れお、もしものずきは䞀緒に棺桶に入りたいず考えおしたうほど、母の死を受け入れられないたた残されるこずになった。だから、この同居は本圓の意味で芪離れするために必芁だったのだ、そんな颚に感じおいたす。

    母の荷物のない芋慣れない空間が広がっおいお、いたはそれを芋るたびハッずしお、あゝ出お行ったのだ。その事実だけが、ただ静かに胞に萜ちおいく。

    そしお、疎たしいずたで感じおいたのに、いざ離れたらどうしおいるかな、ちゃんず荷解きできたかななんお、そんなこずを぀い考えおいたす。

    âž»

    いたもこの目にハッキリず焌き぀いおいる光景がある。

    それは、初めお新居に足を螏み入れお、䞊り框に腰をかけお靎を脱ぎ、立ちあがろうずしお仰け反っお、埌ろの壁に匷かに頭を打ち、倒れ蟌んだ母の姿。

    それだけ匱っおいお、い぀寝たきりになっおもおかしくない状態だった。

    それから2幎、寝たきりにしないための詊行錯誀は功を奏し、䞀人暮らしできるだけの身䜓を取り戻し、皮肉にも母は出おいった。

    ∗ ∗ ∗

    毎月のようにホテルに泊たりに行ったり、枩泉に行ったり、海倖旅行もした。そうやっお時々䌚うのがよかったのだ。

    別々に暮らしおいた20幎間の空癜は倧きすぎた。

    今になっお思う。同居するのではなく、スヌプの冷めない距離がいい。同じマンションの別の郚屋に䜏む。そうしおいたら、いたも時々お茶ずかしおいるんじゃないか、ず。

    けれど、䞀床同じ空間で時間を共にし、割り切れない想いを抱えながらもお互いの「個」を突き぀け合わなければ、気づけなかったのだろう。

    💬 匿名で質問できたす。
    「ここ、もう少し知りたい」「これっおどういうこず」など、気になったこずがあれば、気軜に送っおください。


    📘身䜓線
    序章至れり尜くせりの瀟䌚で、自分自身の䞻導暩を握る

    📘栄逊線
    序章脳の「嚯楜」か、现胞の「材料」か

    📘思考線
    成功しなくおも、人生は十分面癜い

    📘自己玹介ストヌリヌ
    振り返っおみれば、人生は正解のない問いを考えお決断するこずの連続

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