
【二次創作小説】アイドルマスターTOURS ~それぞれのColor~(中編-3)
前回
プロデューサーと咲季を見送った直後。
森林に囲まれた環境から生まれたのであろう、
湿った土や草木の匂いが鼻腔をつき、
梅雨の時期特有の重々しい湿気に来訪を歓迎された。
そんなやや不快な感覚を他所に、
遠くから聞き覚えのある声がしたから振り返ってみると、
黒色の帽子を曇天に向かって高く掲げ、それを左右に大きく振りながら
こちらへと走ってくる人物の姿が見えた。
その人物は器用に水たまりをかわしながら、
真っ直ぐに駆け寄ってくるかと思いきや、
息を切らして膝立ちになってしまった。
「袖屋さん、見えてるんですから別にそんなに急いで
ここまで走って来なくてもよかったですよ!」
「い、いえ、こちらもちょっとした事情がございまして、
ご案内は必須だと思いましたので……!」
ことねが手を差し伸べると、
走ってきた彼女、袖屋 璃空さんは
すみません、ありがとうございます、と
ことねの手を取って
ぜーぜーと肩で息をしながら、顔を上げた。
袖で額の汗をぬぐい、帽子を被りなおし、ふぅと一息つき、
咳払いをすると満面の笑みを作って私達を迎えてくれた。
「改めまして、初星学園ご一行の皆様!
本日はお足元が悪い中、お越し頂きありがとうございます!
トレーナーさんは初めましてですね!
私はツアースタッフの袖屋 璃空と申します。
御用があれば何なりとお申し付けくださいね!」
彼女は折角被りなおした帽子を取って、深々と頭を下げた。
敬礼ということなのだろう、本当に律儀な人だ。
彼女の服装はいつ会っても同じ。
アルファベットのMを背景に、ト音記号が重なったロゴマークが入った黒い帽子を被っている。
恐らくMUSICの頭文字でもあり、MIXING PARADEのMでもあるのだろう。
実際、MIXING PARADEの衣装の中にはト音記号のアクセサリーが付属した
ものもあるから、それを意識したデザインだとは思う。
長袖の部分が緑色で、
それ以外の部分はほとんど黒色の生地で覆われたジャンパー。
その裏地は青色らしく、アイドルとは異なり、
全く華々しい色使いがなされていない。
アイドルより出しゃばらない、
徹底的に裏方を意識したデザインをしている。
顔を上げた彼女は曇天に負けない笑顔のままで、
ジャンパーの正面を閉じず、開きっぱなしの隙間から、
カラフルなMIXING PARADEのロゴマークが顔を覗かせた。
裏方だけれども、アイドル達と立っている場所は一緒。
そういう意図を感じた。
トレーナーも丁寧に袖屋さんに挨拶を済ませると、
彼女は私達の案内を始めた。
「ご覧の通り、本日は体育館をいくつか丸ごと貸切った状態ではあるので、部外者が入ることはできません」
彼女はほら、と進行方向を指差した先には、
体育館らしき大きな建物の前に警備員が待機しているのが見えた。
「こういうのって、
駐車場の入り口の時点で部外者を追い返しそうなものですけれど、
もしかしてすでに予約があったからでしょうか?」
Voトレーナーの問いに、
袖屋さんは進行方向を向いたまま、何とも言えない声でそうなんですよ、と返す。
「この場を見ての通り、第四体育館までありますので、
すでに先客がいたみたいなんです。
幸いにもアイドルとは縁遠いご年配の方々の集まりらしく、
外に今日の情報が漏れる心配はないとは思いますけれどね」
呼吸を置くように一度唸って、彼女は言葉を続ける。
「でも、プロデューサーさんが無理やり部外者の
利用をキャンセルさせるような人じゃなくて良かった、
とも取れますし、練習場所の確保は難しいところですよね」
彼女が言いたいことはよく分かる。
事務所が違う者同士でそれぞれの楽曲を持ち寄ってパフォーマンスの練習をするには時間も場所も限られている。
楽曲の精度を上げるために本場を知る人たちが直接教えないと、
目の肥えたファンはまがい物と断じることだってあるかもしれない。
ファンも一貫してマナーが良い人ばかりではないから、
都内のスタジオに集合するリスクも生まれ始めた。
結果として人目に付きにくい郊外の体育館を貸切っているわけなのだろうが、そうなると今度は一般の施設利用者とも摩擦が起きる可能性もあるわけだ。
そう考えると今更ながらとんでもない企画だとは思うけれど、
MIXING PARADEのプロデューサーや
袖屋さん達スタッフが見えないところで
頑張ってくれているんだ。
Re;IRISでは他所の事務所の曲の練習にはまだ参加していないけれども、
今回は教える立場、時間も有限。
責任は重大だ。
「……じゃあ、今日はしっかりと『初』の監修をしないといけませんね」
ことねが驚きの声を出して並走してきた。
「お?やっぱいつになくすごくやる気あるじゃん!」
「当然。合同レッスンの度に
そんなに周りの人に気を遣う必要があるんだったら、
何が何でも完璧に仕上げないと。
ことねももっと責任の重さを感じなよ」
すると袖屋さんはくすくすと肩を揺らし、
後ろ歩きをしながらこちらを向いた。
「月村さん、そこまで気を張らなくても大丈夫だと思いますよ。
皆さん、全国に名を馳せるアイドル達ですから、
すぐにモノにしていかれると思います」
再び彼女は進行方向へと素早く向き直る。
「今日いらっしゃっているアイドルの皆さんも、
ゼロからの指導ではないと耳にしましたし、
あまり無責任なことは言えませんが、
交流を楽しんではいかがでしょうか?……ねっ」
彼女は行く手にあった大きな水たまりを軽快に飛び越えた。
朗らかな声で語りかける彼女に一切悪意は感じなかった。
責任はあるけれど、そこまで深刻に捉えなくてもいいのかな……?
立ち止まって、袖屋さんが飛び越えた水たまりに映る私を見る。
そこには今日集まる皆と同じ、
MIXING PARADEのロゴが入ったTシャツに身を包んだ私がいた。
表情は……ライブ前の、戦いに行く前の顔をしている。
ここまで重い責任を感じているのは何故だろう?
プロに恥をかかせないため?
それはある。
初星学園の名前に泥を塗らないため?
もちろんそれもある。
でも出てくる理由が全部外向きだ。
私は……私自身はMIXING PARADEでどうしたいんだろう。
最初は実力を試す機会だと思って意気込んでいたけれど、
結局一度も他所の事務所と共演できていない。
……やっぱり、
MIXING PARADEのプロデューサーと会って話さなきゃダメだ。
「どしたん?置いてくぞー?」
ことねの声ではっと我に返った。
何も不安なことはありません、と書いてあるような、
憎たらしい顔が視界に入る。
でも、ここに来る前にあんまり気を張るなって言ってくれてたよね。
今しがた袖屋さんからも後押しがあったみたいで……。
いつもありがとう、ことね。
「ことね、今すごくむかつく顔してるよ」
「はあああ!?人が気にかけてやってんのにいきなり悪口かよ!」
「水たまりで自分の顔を見てみなよ、
今鏡なら地面にたくさん落ちてるんだから。
……ああ、見たショックでこの後に支障が出たら困るから
やっぱり見なくていいよ」
「お前の方こそ今すぐ水たまりでそのツラ見やがれ!
むかつく顔してるってそっくりそのまま返してやるからな~!」
地団太を踏むことねの頭に軽くVoトレーナーがチョップする。
「ほら、大人がいる前で喧嘩しないの。
月村さんもからかわないの」
「あたしが悪いんですかぁ~!?」
「あなたたちいつもこういうやり取りしてるんでしょう?
だったら乗らないの」
「それはそうですけどぉ~!」
……やっぱり、私の口は思ったことと違うことを言ってしまうことがある。
ありがとうって素直に言えばいいだけなのに、難しいな。
袖屋さんに倣って水たまりを飛び越えて、
先を歩く3人と合流した。
「花海さんは本日いらっしゃらないようですが、
いつもこんなやり取りを?」
袖屋さんの語尾に呆れが混じった汗の絵文字を幻視した気がする。
「ええ、この2人……いえ、3人はいっつもこうみたいで。
普段は頑張り屋で良い子たちなんですけどねぇ」
「……アイドルも人間ですから、
色んな人がいて良いと思いますよ」
前を行く大人組の会話に耳を傾けていると、
ことねが横から小声で話しかけてきた。
「どうせさっきのもいつものだろ?」
「……ごめん」
彼女は溜め息をついて、いいよ、と言うと前に向き直った。
「それが原因で今まで他所のアイドルの
誰とも会話できなかったと思うんだけどさ、
ここまで来たんだからお前のやり方でやってみればいいんじゃね?
その結果玉砕しても、後悔はないっしょ?」
「だから、きっかけが他人から話しかけられて
仲良くなれたことねには言われたくないよ」
ことねは急所を突かれたかのようにぐっと呻き、
それはそうだけど、と言い淀む。
「でもよくよく考えてみたらお前もお前で壁を作ってたわけじゃん?
今日は否が応でも春日さんと先生はやるんだし、
コミュニケーションを取らないといけない以上は
ガチンコでぶつかるしかない……というか、
だからプロデューサーの前で一番に今回の合同レッスン参加の表明を出したんだろ?」
「それは―」
そうなのだけれど、
あの時は悔しさと勢いで参加表明を出した。
もう逃げ出さないために、自分で退路を塞いだんだ。
「前に進もうとしてるお前は立派だから、
お前らしくやりゃいいんだよ。
―それに、佑芽に似てるって咲季からの前情報もあるんだし?
あたしも春日さんとあんまり話したことはないけど、
あの佑芽と似てるんだったらそんなに気を張らなくていいと思うけどな」
立派……ね、本当にありがとう。
佑芽に似てる、か。
でもその言い方だとことねが佑芽も春日さんも舐めてるように聞こえるけれど、多分明るい性格とか小さな悩みくらいなら気にしない性格とか
そういう話なのだろう。
「うん、ありがとう」
「へへ、素直に言えるじゃねーか」
「べ、別に私は最初からそのつもりだし」
はいはい、とことねはケタケタと笑ったが―
「月村さん、藤田さん、そっちじゃないですよ~」
体育館の入り口に袖屋さん達の姿はなく、
体育館から逸れた脇道にいた。
慌てて大人組に追いつくと、
まぁそっちだと思いますよね、と袖屋さんは苦笑いした。
「え?もしかして第一体育館ではない?」
ことねの質問にはい、と袖屋さんが歩きながら答える。
「荷物が運び込まれてるからこっちだと思いますよね。
でも考えてみてください、
たった数名だけで一番大きな体育館を使うのは変じゃないですか?」
確かにそうだけれども、
大量の荷物が運び込まれてたからてっきりそういうものだと思ってた。
「皆さんが使うのは第三・第四体育館ですが、
体育館というよりも剣道場とか、
こじんまりとした建物を想像してもらった方が良いかもしれません」
「なんだ~。でもそれもそうか、
今日参加してるアイドル全員合わせても多分10人くらいだもんな~」
「……そう、ですね」
……?
気のせいかな、今袖屋さんの反応が少し遅かったような。
そんな違和感を吹き飛ばすように突然彼女は明るい声をあげた。
「あっ、見てください、DRAMATICSTARSの皆さんですよ!」
皆さんというかあと一人足りない。
袖屋さんがおーい、と手を振ると、
大きく手を振りながら柏木 翼さんがこちらへと駆け寄ってきた。
「皆さんおはようございます!
藤田さんはこの間ぶりですね!」
「柏木さぁん!おはようございます!
その節は大変お世話になりましたぁ!」
ことねは深くお辞儀すると、
柏木さんは照れくさそうに片手を頭に添えて一礼した。
「いえいえ、お世話になったのはこちらもです。
初めて組んだユニットでとても良いライブを届けることができました。
これからもよろしくお願いしますね」
この和気あいあいとしたやり取りを見た大人組は温かく微笑んでいた。
……いいなぁ、こんなにキラキラして見えるんだ。
「……お疲れ様です」
大人組が急に後ろから声をかけられたからか、
二人とも一瞬肩がすくみ上がった。
「さ、桜庭さん、お疲れ様です!」
「急に後ろから声をかけて申し訳ありません。
袖屋さん、そちらの方は?」
彼に説明を求められて、Voトレーナーは一通り説明をし終えると、
彼は素っ気ない態度でそうですか、よろしくお願いします。
とだけ返事をした。
やっぱり何を考えているのか分からなくてちょっと怖い。
と、思っていたら今度は私の方を向いてきた。
「君は、月村 手毬さんだな」
彼の眼鏡の奥にある鋭い眼光に目を貫かれた気がした。
「あ、はい……」
消え入るような声が出てしまっただろうか……。
蛇に睨まれた蛙ってこういうこと?
しかし彼はじっと私を見据えたまま微動だにせず、
一つ息を吸い込んで会話の綱を引いた。
「君とは、いや、僕もまた、
MIXING PARADEのメンバー全員と
そこまで交流できているわけではない。
京都出身の者同士、今後ともよろしく頼む」
先に行ってる、と柏木さんに言い残すと、
桜庭さんは一瞥もせず、
すり抜けるように私の横を通り過ぎて行った。
全員がきょとんとして場に僅かな沈黙が訪れたが、
柏木さんが私の名前を呼び、静寂を破った。
「薫さんが自分の出身地を話題に出すことは珍しいので、
あんな態度を取ってはいますが、
彼なりに歩み寄ろうとしてくれているのだと思いますよ」
そう言う柏木さんともそんなに話したことはないけれど、
ことねの話を聞く限り良い人だから信じてもいいだろう。
「そう……でしょうか」
「はい。ですから、月村さんのペースでいいので、
オレ達とも仲良くしてもらえたら嬉しいです!」
そう言い残すと、
「待ってください、薫さ~ん!」と彼はその場を離脱した。
ああ、ことねもあんな風に誘われたんだな。
あまり他人のせいにはしたくないけれど、
あの時、もっと早く話しかけてもらえてたら……。
いや、自分のことを棚に上げちゃいけないか。
私達が移動を再開してしばらくすると、またことねが話しかけてきた。
「柏木さん、いい人っしょ?」
でも今その笑顔見たら自慢されてるみたいでちょっとイラっとする。
「ええ、とってもいい人だね。
きっかけを簡単に作れて羨ましい限りだよ」
「棘のある言い方だな~。
でも、桜庭さんみたいに不器用でも
歩み寄る姿勢を見せてもらえたら
少しずつだけど距離が縮まると思わね?」
イライラも少し引くほど、
いつになく的を得た発言だった。
「ことねにしては的確なアドバイスだね。
咲季に隠れて変なものでも食べた?」
「食ってねーし!
そしてあたしらの前以外でそういう発言をするなよ!」
「……わかってる」
そういえば教育方針とか言って
この思っていることとは違うことを口に出してしまう癖を
矯正すべきかどうかなんていう相談を
咲季とことねはしてたんだっけ。
親でもないのに余計なお世話だと思ったけれど、
結局咲季の提案のまま、
つまり矯正せずにここまでやってきたんだよね。
私としてはその方が助かるけれど、
この企画においては矯正した方が良かったんじゃないか、と
思う面もある気がする。
ただ、それは私ではない気がするから、
ありのままの自分を受け入れてくれた
咲季とことねのような友達ができたら一番良いのだけれど、
そんなに甘くはないだろうな。
……って、あれ?
なんでさっきの2人は私達とは逆の方向に行ったの?
逆は駐車場と第一体育館しかないはず。
「袖屋さん、あの2人もレッスンですか?」
「……まぁ、そうですけれど……」
袖屋さんの歯切れが悪い。
搬入の手伝い?
でも手伝いならそう言ってくれるはず。
「天道さんは今日は欠席ですか?」
「天道さんは遅れて来るという連絡は入ってますね」
「……そうですか」
何か違和感がある。
『初』は女声パートしかない楽曲だから
少人数で小さな体育館で練習を行うことは分かるけれども、
天道さん抜きで男声曲の練習をするにしても
たった2人だけで第一体育館を使うわけがない。
そしてその第一体育館には大量の荷物の搬入……。
ちらりと後ろを振り返ってみると、
桜庭さんと柏木さんに合流している人物の影が見えた。
「あれは……」
私の声に呼応するように場の3人も振り向く。
「恐らく櫻木さんと、如月さんですね」
亜麻色の髪と藍色の髪の人物が天道さん抜きの
DRAMATICSTARSと駐車場の方へ向かっている後ろ姿が目に入った。
だとすると……。
「第一体育館ってもしかして男女共通曲の練習に使うのでしょうか?」
「そうです!」
「わっびっくりした!」
突然食い気味に反応してきた袖屋さんに驚きを隠せなかった。
彼女はすぐに謝罪してくれたが、私の中で新たな疑問が生まれた。
「でも男女共通曲って、新曲の話ってありましたっけ?」
「いえ……桜庭さんと櫻木さん、あと渋谷さんで
次のライブは組むそうなので、その練習は行うと聞いております。
でも如月さんに関しては本当に荷物搬入のお手伝いだと思いますね」
言うこと全部に含みを感じる。
如月さんは『初』の合同レッスンに参加することは伝わっているのだろう。
「手毬、そんなに気になんの?
……あっ、さては誰を指導することになるのか予想してんな?」
それは……あるかもしれない。
でも、さっきから人数に関する問いかけに対して
メインスタッフらしからぬ歯切れの悪さが気になって仕方ないんだ。
何かを隠してる気がして。
でも彼女を問い詰めるのもなんだか申し訳ない。
「別に。ほら、行きましょう」
さっきの話から察するに、
櫻木さんは恐らくこっちには来ない。
とすれば、あと可能性が残るのは
天海さんと星井さんを除いた765プロの方々と、
櫻木さん抜きのilluminationSTARSの2人か。
……ほとんど面識がない。
というかやっぱり人が少ない気がする。
今後のMIXING PARADEがどうなるかはわからないけれども、
今日少しでも仲良しになれたらいいな。
空は一部の隙間もない曇り。
今はまだ雨は止んでいるが、
この後すぐにでも再び降り始めるだろう。
それが波乱の予兆だったなんて、
絵物語みたいなことは起こるわけがないだろうしね。
次回