
医療はなぜ市場に向かうのか #0 はじめに
医療は「崩壊」しているのか
医療崩壊という言葉が、いつの間にか当たり前のように使われるようになりました。
ニュースでも、SNSでも、専門家の発言でも、それはまるで疑う余地のない状況であるかのように語られています。
確かに、医療の現場は厳しい状況にあります。長時間労働、担い手不足、財政逼迫、いずれも否定しがたい現実です。
それでもなお、この「崩壊」という言葉には、どこか引っかかりを覚えます。
もし本当に医療が崩壊しているのだとすれば、私たちの日常は、これほど静かに続いているでしょうか。
救急車は走り、病院は機能し、多くの医療者が今日も淡々と仕事をしています。
どこかが壊れ始めていることは事実です。
しかしそれは、一瞬で瓦礫の山となるような劇的な崩壊ではありません。
むしろ、次第に壊れていくことを前提に、なお回され続けている──そうした状態に近いのではないでしょうか。
医療が壊れているのではなく、壊れていく状況を医療が引き受けているのです。
医療をめぐる議論は、しばしば似た地点で足踏みします。
「診療報酬が偏っている」
「無駄な医療が多い」
「患者の認識が甘い」
「医療者の働き方が問題だ」
いずれも一理ある指摘です。しかし同時に、どれも十分な説明にはなっていません。
なぜでしょうか。
それは、これらの議論が医療の内部だけを見ているからです。
医療は単独で存在する制度ではありません。それは、国家が設計した社会の一部です。
現場で生じている歪みは、医療者の倫理や努力だけに帰せられるものではありません。制度運用の巧拙だけでも説明しきれません。それらを前提として成立してきた社会モデルそのものが、すでに機能不全を起こし始めているのです。
この過程で、ある段階から、公共であった医療に圧力がかかるようになりました。市場化の名のもとに、財政問題の解決方法の一つとして混合診療の導入が必要であるなどと言われ始めました。
それでも私たちは、どこかでこう考えていないでしょうか──最後は誰かが何とかしてくれるのではないか、と。
本稿は、この前提を疑うところから出発します。
日本の医療を壊すためでも、擁護するためでもなく、まず理解するために進めていきます。医療という窓を通して見える景色から、私たちがこれからどのような社会を目指すのか、それを静かに問い直す試みです。
答えは簡単ではありません。
しかし、考えないままでいられる段階は、すでに過ぎています。医療を語るとき、感情を完全に排することはできません。けれども、感情だけで答えを出すこともまた不可能です。
まず第1章では、日本の医療がどんな前提で成立してきたのか、戦後医療制度の歴史を確認します。
続く第2章で、日本の医療がその性格を変えて、市場に向かい始めたのはいつだったのかを振り返ります。
第3章では、その医療が市場へ向かう転換はなぜ起こったのか、その背景と根本理由を考察します。
これらを踏まえて、第4章で、現在日本の医療で起きている問題の錯綜の原因を突き詰め、最後の第5章で、その解決方法を探ってみます。
医療はなぜ市場に向かうのか #1 第1章 日本の医療はどんな前提で成立したのか
医療はなぜ市場に向かうのか #2 第2章 日本の医療はいつ市場に向かったのか
医療はなぜ市場に向かうのか #3 第3章 医療はなぜ市場に向かうのか─静かに入り込む選別の論理
医療はなぜ市場に向かうのか #4 第4章 国家・財政・人口─なぜ誰も守ると言わなくなったのか
医療はなぜ市場に向かうのか #5 第5章 私たち個人はどこに立てるのか─選ばされる社会で、引き受けるということ
医療はなぜ市場に向かうのか #6 おわりに