オーガニックという「現実」の正体と栽培の裏側 -本当に美味しい食を未来に残すために私たちができること-
【第1章】:前回の補足と、オーガニックの罠(栽培方法と農薬は別物である)

前回の記事『美容と食に共通するポジティブパワー。 -「人生、幸せになったもん勝ち」の法則-』では、食を過度に薬や免罪符として扱うことの危険性と、心身の健康にはシンプルに「美味しい」「楽しい」というポジティブな感情こそが最強のパワーになる、というお話しをしました。
今回は視点を少し変え、私が生鮮販売の最前線に立っていたからこそ見えた、「環境面(システム)からの食」について深く掘り下げていきたいと思います。
世間一般で「オーガニック」や「自然派」と総称される界隈には、大きく分けて「自然農法」「自然栽培」、そして「有機栽培」という全く異なる概念が存在します。
ここでまず、消費者である皆さんが無意識に陥っている「最大の罠」を明確に修正しておかなければなりません。
それは、「栽培方法(有機か自然か)」と「農薬の有無」は、全くの別物として扱われているという事実です。
スーパーなどでよく見かける、国が定めた「有機JAS認証」のマーク。
実はこの規格、一定の基準を満たし、国から使用を認められた農薬(指定農薬)であれば、それを使用してもJAS認証は降りる仕組みになっています。
つまり、「有機JAS認証=農薬不使用」にはならないのです。
(※ちなみに、日本の表示ルール上「無農薬」と表記することは優良誤認にあたるため禁止されています。
正しくは「栽培期間中農薬不使用」です。
もし、「無農薬」と堂々と謳っている業者がいたら、食品表記のルールを知らない証拠ですので注意してください。)
【第2章】:宗教から派生した地下を見つめる「自然農」と、地上を追う「有機」の決定的違い

では、この前提に立った上で、それぞれの栽培方法の核心に迫ります。 まずは、国の認証システムの外側に存在する究極のアプローチです。
一番元の概念である「自然農法」は、実は特定の宗教的・思想的な考え方から発生しました。
「人間が余計なものを加えることは土を汚す(肥毒)」という哲学のもと、農薬はもちろん、有機肥料すら土に混ぜることを一切拒絶します。
しかし、この極限の思想のままでは一般市場へ広く流通させるには高いハードルがありました。
そこで、この「農薬を使用せず、肥料も使わない」という本質を受け継ぎつつ、近代的な農業技術として実用化し、商業ベース(ビジネス)として最適化されたのが「自然栽培」です。
自然栽培(自然農法)の最大の特徴は、作物の「地上(見栄えや大きさ)」ではなく、「地下(土壌と根の張り方)」に着目している点にあります。
人為的な肥料(自然界の生物を除く)を与えられない作物は、自らの力で地中深く根を張り巡らせます。
この凄まじい生命力により、台風で倒されても自力で再び起き上がるほどの力強さを持ちます。
(例 自然栽培の稲作等)
一方の「有機栽培」とは、化学合成肥料を使用しない代わりに、動物性や植物性の「有機肥料」を用いて栽培する方法です。
自然栽培が「地下」を見るのに対し、有機栽培は肥料を与えることで「地上」の作物の成長姿に着目し、作物が成長するのに必要とされる「窒素」「リン酸」「カリ」の三要素を人為的に与えながら収穫までを経過観察していく方法により栽培が行われます。
各成分の主な役割と特徴
・窒素(N)
役割: 葉や茎を大きく成長させる
別名: 「葉肥(はごえ)」
不足すると: 葉の色が薄くなり、全体が小さく育たなくなる
多すぎると: 葉ばかりが茂り(つるぼけ)、病気や害虫にかかりやすくなる
・リン酸(P)
役割: 花や実の付きを良くし、発根を促す
別名: 「花肥・実肥(はなごえ・みごえ)」
不足すると: 花が咲かない、実が大きくならない、色づきが悪くなる
特徴: 不足すると影響が出やすいが、過剰症は起きにくい
・カリ(K・カリウム)
役割: 根の発達を助け、暑さ・寒さ・病害虫に対する抵抗力をつける
別名: 「根肥(ねごえ)」
不足すると: 根が弱り、茎が倒れやすくなり、病気に負けやすくなる
特徴: 植物全体を丈夫にする「健康維持」の働きがある
有機栽培は、収量を一定量確保する事を目指し、安定的にビジネスとして循環できるようにしながら、自然栽培までの厳格な基準を緩和した栽培形態と言えます。
しかし、有機肥料であっても過剰に与え続ければ土壌に「肥毒」ができ、ただ「有機の基準に従っただけ」の美味しくない作物が生まれてしまうリスクがあることも事実として知っていただきたい部分です。
人間の作為を極限まで排し「地下」を創る自然栽培と、コントロールを用いて「地上」を追う有機栽培。
生産者の「作物を生育するための信念」の決定的な違いがありながらも、どの栽培方法を選択して作物を育てるか意思決定が行われ栽培が行われているのです。
【第3章】:データが示す残酷な現実と、巨大システムの規格

では、これらの栽培方法で育てられた作物は、日本市場のどれくらいを占めているのでしょうか。
農林水産省の直近データ(令和5年度実績)が示す事実は残酷です。
国内農産物総生産量に占める「有機JAS格付数量」の割合は、わずか【約0.43%】。
認証を取得していない自然栽培等を含めても、日本の全耕地面積の1%にも満たないのが現実の数値として認識されています。
なぜ、これほどまでに普及しないのでしょうか。
そこには「巨大システムの壁」が存在します。
日本の農業流通を支えるJA(農協)という巨大インフラは、大量の作物を安定供給するために「規格(決められた箱のサイズ、重さ、形)」を厳格に定めています。
形も大きさも自然に委ねられる自然栽培や有機栽培の作物は、そのほとんどが規格外として二束三文で弾かれてしまいます。
結果として、除草剤や機械化で極限まで効率良く作られた「慣行栽培」の作物と、途方もない手間暇をかけた「自然栽培」の作物が、全く同じ土俵(価格競争)に乗せられてしまうのです。
私がかつて主戦場としていたマルシェ(直売所)も例外ではありません。
消費者は「生産者の顔が見える、直接触れ合える」という情緒的感情を優先し、中身が慣行栽培であっても「手作り感」に意思決定を委ねてしまうケースが多い。
そして、栽培方法や市場価格状況から値付けをされた結果、より手間暇をかけた作物が効率よく栽培が行われたもの比べ求められない事が常態化しているという側面があることも否めません。
【第4章】:真のオーガニック先進国とは? 日本が目指すべき「自立」のシステム

私はかつて、この1%未満の希少な作物をメインとしたものと並行して添加物不使用の加工食品を、自らセレクトショップや実店舗の運営をしていましたが、実際に自然栽培(自然農法)や有機栽培で栽培された作物が、これまでのデータにより論じてきた「99%が慣行栽培」という日本の環境状況を踏まえ、私たちはどう向き合うべきでしょうか。
もう一つの現在の状況も把握しておかなければなりません。
今、農業未経験の「新規就農者」がいきなり自然栽培や有機栽培に飛び込んでくるケースが以前に比べ確実に広がってきています。
彼らが目指すものは純粋に作物を「味わい、知ること」を念頭に置いている事です。
又、「オーガニック先進国」と言われるアメリカのデータを見てみましょう。
実はアメリカの有機農地割合は、全農地の【約0.6%】程度と言われています。
消費が旺盛なだけで国内生産が追いつかず、大量に輸入している構造がわかるかと思います。
私たちが目指すべき姿は、ヨーロッパの「自立モデル」です。
オーストリアは全農地の【約26%】を有機農地が占め、デンマークやスウェーデンは「学校給食や公的機関の食堂の60〜90%を有機にする」という国家政策(公共調達)を導入しています。
まとまった需要を国が保証することで、農家は安心して有機転換できるのです。
では、日本にこのモデルを当てはめた場合として考えた時に、どうでしょうか。
この合理的な巨大システムが支配する国で、農家の努力や個人の想いだけでシェアを10%、20%へと引き上げることは不可能です。
食は、ただ私たちの体を満たすだけのツールではありません。
「何を選択し、選択したものを食する」という日々の行為は、自分の死後、未来の子供や孫たちが生きる次世代へ、どんな環境と土壌をバトンタッチするのかという「未来への投資」そのものです。
この1%未満の希少な姿を、ヨーロッパのように社会インフラの次元へと引き上げていく。
そのためには、私たちが本物を味わい、選び、そして「学校給食や地域の公共調達にこれを組み込んでいく」という他国の知見を考慮し、強烈な需要(声)を市場や行政に声を積み重ねていく事が求められているのではないかと感じます。
みなさんが口に運ぶ行為がどんな生活を彩り、人生を豊かにしていくのか。
真摯なその声が、次の世代のシステムを創り出すといえます。
前の投稿でもお話した通り、「人生は幸せになったもん勝ち」とポジティブな気持ちで「食」を思考するのが本来の根源ではないかと私は思っています。
しかしその「幸せ」は、次の世代の日本という集合体に繋ぎながら、今この瞬間から考えていかなければいけない課題は様々な側面から浮かび上がってきます。
味わうこと、環境に配慮すること。
両輪を念頭に置きながら、次世代へどうバトンタッチしていくか?
小さな声の集合体をより大きな声として伝えること、発信すること。
ぜひこの投稿を通して考えてみてほしいと願っております。
お読みいただき、ありがとうございました。
今回の投稿から派生した世界のお話です👇
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