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タネをめぐる知財の現実と、食の未来を拓く「ハイブリッド」の思想 -なぜ種苗法は炎上し、私たちは何を次世代に手渡すのか-


【第1章】:前回の振り返りと、食の最上流「タネ(遺伝資源)」という原点

(慣行栽培)・栽培風景

前回の記事では、日本の全農産物に占める有機JASの割合がわずか「0.43%」というデータ、JA規格という巨大流通インフラの壁、そして「地上(肥料で育てる有機)」と「地下(土と根で育てる自然栽培)」の決定的な思想の違いについてお話ししました。


初回の『美容と食に共通するポジティブパワー』から続くこのシリーズの最終章として、今回はさらに深く、農業と食のすべての根源である「最上流=タネ(種子・種苗)」の世界へと踏み込んでいきます。

どれほど土壌を整え、どれほど崇高な理念で栽培しようとも、すべての始まりは一粒の種や一本の苗にあります。

いま私たちがスーパーや青果店で目にしているあの甘くて美しい作物は、「いったいどこから来て、誰が守り、どのような力学で私たちの口に届いているのでしょうか?」

今回は、数年前に世間を大きく揺るがし、今なお誤解が渦巻いている「種苗法(しゅびょうほう)」の問題を起点に、日本の食が直面している構造的な現実と、私たちが未来に遺すべき選択について、一切忖度なしにお話ししていきたいと思います。

【第2章】:なぜ種苗法は炎上したのか? 感情論の裏にある「知財流出」のリアル

(自然栽培)梅干しの天日干し風景

2020年に国会で審議され、2022年に完全施行された「改正種苗法」。 当時、SNSやメディアでは連日のように激しい議論が巻き起こり、ある種のお祭り騒ぎのような炎上状態になりました。

・「農家が自家採種(タネ取り)できなくなる」

・「多国籍のアグリバイオ企業に日本の農業が支配される」

・「日本の伝統野菜が消えてしまう」

こうしたセンセーショナルな言葉が一人歩きし、不安が日本中のニュースとして駆け巡ったことを覚えている方も多いはずです。

しかし、15年以上オーガニックの現場や青果流通を見つめてきた私から見れば、あの議論の多くは「制度の事実」と「感情的な誤解」が著しく混同されたものでした。

まず、冷静に事実を整理しておかなければなりません。

日本の全農作物の中で、法律によって守られている「登録品種(特許のような知財権がある新品種)」は、全体のおよそ1割程度であると言われています。

残りの約9割を占める伝統野菜、固定種、在来種、そして育成者権が切れた品種といった「一般品種」については、これまで通り何一つ制限なく、農家が自由に自家採種(タネ取り)して栽培することができます。

では、なぜ国は批判を浴びてまで種苗法を改正しなければならなかったのでしょうか。 その最大の引き金となったのは、「日本の優良品種の海外無断流出」という深刻な国難でした。

シャインマスカット、高級イチゴ(紅ほっぺ、紅優香など)、サツマイモ(べにはるか)。

これらはすべて、日本の研究機関や個人の育種家(ブリーダー)が、気の遠くなるような交配と選抜を繰り返し、10年、20年という歳月と莫大な公的資金・研究開発費を投じて生み出した「知的財産の結晶」です。

ところが、その貴重な苗木や種が不正に海外(中国や韓国など)へ持ち出され、現地で大規模に無断栽培されてしまいました。

その結果、アジアなどの輸出市場において、日本が正当な対価を得られないばかりか、現地産の安価な模倣品に日本の正規輸出が買い負けるという事態が常態化したのです。農林水産省の試算でも、その損失額は年間数百億円規模にのぼると言われています。

種苗法の改正は、これら日本の宝である品種に対して「海外への不正持ち出しの禁止」や「国内の栽培指定地域の設定」を可能にし、開発者の権利(育成者権)を守るための、いわば「知的財産の防衛策」でした。

ソフトウエアのプログラムや音楽の著作権を保護するのと同じように、血の滲むような努力で新品種を開発した育種家に正当な対価(ロイヤリティ)が還元されなければ、誰も新しい品種を作らなくなり、日本の農業の競争力とイノベーションは完全に死に絶えてしまいます。

これが、感情論の裏側に隠された「種苗法のもう一つの真実」です。

【第3章】:知財型品種の限界と、自然栽培が突きつけられる「品種の壁」

(有機栽培)スイスチャード・栽培風景

しかし、話はここで終わりません。

ここからが、現場と栽培の本質を知る人間しか語らない、より根深い問題です。

知的財産として厳重に守られている最新のブランド品種たち。

例えば、ぶどう界の王者である「シャインマスカット」、長野県が誇る極甘の赤系ぶどう「クイーンルージュ」、福岡県が開発した糖度の高い極上いちじく「とよみつひめ」。

これらを、前回の記事で触れた「自然栽培(無農薬・無肥料)」で生産し、一般の市場流通に乗せることはできるでしょうか?

結論から言えば、「商業ベースでは、まず不可能」です。

なぜなら、近代の優れた登録品種は、最初から「徹底した農薬による防除」と「計算された施肥管理」、そして、「高度な人の手作業(整枝や袋掛けなど)」が施されることを前提として設計(育種)されているからです。

さらに、現在スーパーに並ぶ一般的な野菜の9割以上は、両親の長所を掛け合わせた一代限りのエリート『F1種(一代交配種)』です。

これらは前回の記事で触れた『JAの厳格な流通規格(サイズや形の均一性)』を大量生産でクリアするための超効率化技術です。

しかし、その遺伝的な『均一性』は、想定外の猛暑や新たな病害に直面した際、一つがダメになればすべてが一斉に全滅してしまうという構造的な脆弱性(リスク)と常に隣り合わせにあります。

近代登録品種(知財型品種)
消費者が求める「極限の甘さ」「種なし」「皮ごと食べられる薄さ」「均一な大粒」という消費者の欲求を追求した結果、皮が薄く糖度が高いため病害虫に極めて弱く、農薬の盾がなければカビや害虫ですぐに壊滅してしまいます。

在来種・固定種(自然順応型品種)
野性味を残し、厳しい気候や害虫に耐え抜いてきた遺伝形質を持っています。「何代にもわたり同じ土地でタネを採り続けることで、そのタネは『その土地特有の気候や土着の微生物』の情報をDNAに深く記憶し、風土に適した形へとタネ自らを進化させていきます。

形やサイズは不揃いになりますが、その『遺伝的な多様性』こそが、気候変動下でも一斉全滅を免れ、種を存続させる最強のバックアップシステムとして機能するのです。

自然栽培が固定種や在来種に行き着くのは、単なる思想的なこだわりではなく、「外部からの肥料や農薬がない環境で自立して根を張り、生き残れるタネが限定される」という栽培技術上の必然であるからです。

さらに、県の農業試験場などが開発したブランド品種は、その地域ブランドを守るために「厳格な防除基準(農薬使用基準)」、「指定された出荷規格」を守ることが許諾の条件になっているケースがほとんどです。

たとえ産地内の農家であっても、そうした近代品種を自然栽培(自然農法)のような手法で育て、公のブランドとして流通に乗せることは、制度的にも生物学的にも極めて困難を極めます。

人間の英知と管理技術の極みである「近代知財品種」と、自然の循環と土壌適応の極みである「自然栽培・固定種・在来種」。

この2つは、そもそも立っている土俵と設計思想が根本から異なっているのです。

これは、どちらが優れているかという一次元的な話ではありません。

現代の安定供給を支える『均一な効率性(F1品種)』と、環境変化を生き抜く『固有な生存力(固定種・在来種)』のタネの存在。

本来、日本の食料安全保障においては、この2つの全く異なる設計思想が「両輪」として機能しなければいけない課題であるといえます。

【第4章】:誰も語れない「ポジショントークの罠」と、消費者の選択の硬直化

(有機栽培)丸ズッキーニ栽培風景

なぜ、こうした構造的な現実が世の中に広く伝わらないのでしょうか。

それは、農業の世界に関わるプレイヤーたちが、それぞれの「ポジショントーク」に縛られているからです。

慣行栽培の農家は、自らの生計と安定供給を支える農薬・肥料・近代的管理を「現実的な最適解」として貫かなければなりません。

有機や自然栽培の農家は、「農薬や肥料に頼らないことこそが正しい」という自らの信念と哲学を一貫させなければ、過酷な栽培を続けることができません。

私は、生産者の方々が自らの論理を貫くことを心から尊敬しています。

彼らにとって農業は「生きるための生業」であり、自分の選んだ道を貫かなければ作物は育ちませんし、生計を成り立たせることもできない。

だからこそ、自分の農法に都合の悪い現実や、他の農法のメリットを公に発信できないのは、立場上仕方のないことだと言えます。

問題の本質は生産者側にあるのではなく、私たち「消費者の選択の硬直化」にあります。

生産現場のリアルを知らない消費者は、無意識のうちに自分勝手な要求を市場に突きつけます。

「シャインマスカットのように甘くて大粒で綺麗なものを、農薬不使用で、しかも安く手に入れたい」

これは、農業の生物学的・経済的な現実を無視した、極めて無茶な要求です。

また一方で、「オーガニックでなければ毒だ」といった極端な原理主義に陥り、現代の99%の食を支えている慣行栽培の恩恵を全否定してしまうケースも少なくないと思います。

長年、この業界を見てきた中で痛感するのは、農業の構造自体は非常に進化が遅く、何十年も本質的な枠組みが変わっていないということです。

売り場を見れば、消費者が何を求め、何がトレンドなのかは一目で分かります。

消費者の都合や表面的な好みに振り回された結果、生産者はさらに無理な品種改良や農薬管理に追い込まれ、土壌は痩せ細っていくという悪循環が生まれているのです。

【第5章】:矛盾を抱きしめて生きる —「ハイブリッドな食」と次世代へのバトンタッチ—

(有機栽培)桃の減農薬栽培風景

では、この複雑で多岐にわたる問題に対して、私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか。

答えは、実にシンプルです。

「現実の構造を知り、考え、自分の中でしなやかに『折り合い』をつけること」です。

白か黒か、100か0かの二元論ではなく、何が大事かを求めていく。

  1. 現代の豊かさを楽しむ知恵(知財と技術の恩恵)

99%の慣行栽培があるからこそ、私たちは供給不足に陥ることなく日々のカロリーを摂取できています。
また、育種家たちが情熱を注いで生み出したシャインマスカットなどの最新品種は、人生の時間を彩る「嗜好品(エンターテインメント)」です。
知財の価値を認め、感謝して美味しく味わえばよいのです。

  1. 未来の土壌と多様性を支える意志(次世代への投資)

同時に、1%未満の自然栽培や有機栽培、そして固定種が守っている「土壌の再生」と「生命の多様性」に目を向けること。
日々の食事のすべてを有機にするのは不可能でも、買い物の1割、2割で「環境負荷の少ない作物」や「地域の在来種」を選び、適正な対価を払う。

この2つを自分の中で共存させる「ハイブリッドな食の選択」こそが、大人の成熟したリテラシーです。

私たちが日々口にしている食と土壌は、先人たちが何百年もかけて耕し、守り、引き継いでくれたものです。

それを今生きている私たちだけの「安さ」「便利さ」「見た目の綺麗さ」という目先の都合だけで使い潰してしまうのは、あまりにも短絡的で無責任ではないでしょうか?

私たちには、子どもがいて、孫がいて、自らの遺伝子と命が次の世代へと受け継がれていきます。

私たちがスーパーのレジで何にお金を払うかという行為は、単なる食欲を満たすためだけでなく、「次の世代にどんな日本の土壌とタネをバトンタッチするのか」という未来への投票そのものです。

日本という国は、世界に誇る「最先端の品種改良技術(知財イノベーション)」と、和食の原点である「自然と調和する土壌と循環の知恵(サステナビリティ)」という、2つの強力な武器を諸外国に対して対抗する知財を持っています。

国内の消費者が硬直した思考を脱し、この両方の価値を正しく理解して支える成熟した市場を作ること。

それこそが、日本が自信を持って「持続可能な食文化のモデル」を世界に向けて発信していくための、確かな第一歩になるはずです。

初回の記事でもお伝えした通り、「人生、幸せになったもん勝ち」であるということこそが、食の根源ではないかと思っています。

過度な罪悪感や原理主義に縛られる必要はなく、美味しいものを心から楽しみ、同時に未来の土壌へ誇りを持って想いを馳せること。

そんなしなやかな強さを持った選択が、これからの日本の食と、次世代を担う子どもたちの未来を創っていくのだと信じています。

お読みいただき、ありがとうございました。


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