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美容と食に共通するポジティブパワー。 -「人生、幸せになったもん勝ち」の法則-

皆さま、こんばんは。

先日、フォローしているRanさんの投稿を読み、生鮮販売時代の記憶が久々に呼び起こされる内容がありましたのでご紹介します👇

Ranさんのとっても元気な言葉と、かわいい挿絵が合わさったエネルギーを浴びていると、脳内で幸せホルモンが出まくる、私の大好きなnoterさんです😊

Ranさんの詳しいお話や過去の投稿は、ぜひゆっくりじっくりとご覧いただくとして。

今回着目したいのは、投稿内のがん患者さんの言葉や院内美容医療のパートで触れられていた、「美容が与える効果は、直接的な因果関係だけでなくメンタルにも強大なパワーがある」というお話です。

これは、私が生鮮販売時代に抱いていたマインドと完全に同じなのでは?

今回は、そんな気づきをテーマにお届けしたいと思います。

1. 食=薬という過度な信仰の罠

生鮮販売時代の私は、自然栽培(自然農法)、化学肥料・農薬不使用の生鮮野菜や、添加物不使用の加工食品を提案するセレクトショップを運営しておりました。

いわゆる「感度の高い」と言われるお客様たちが中心。

マクロビやビーガンといった野菜中心の食生活を送る方や、体の不調からそういった品目を取り入れる方など、特定の目的を持った女性の購買層に多くご来店いただいておりました。

日々の接客の会話の中で、気にかかることが多々ありました。

それは、彼女たちが「食を薬や免罪符として取り入れている」ことです。

例えば、ある有名なマクロビのパン店主さんは、がん治療の一環として塩抜きを実践されていました。

その行為が正しいとストイックに臨んだ結果、仕事中に突然お亡くなりになるという痛ましい出来事がありました。

過度な塩分制限が直接的な因果関係となっていた可能性が高い事例です。

それ以外にも、普段からオーガニック食材など体にいいものを摂取していたにもかかわらず、スキルス性のガンに侵され数ヶ月でお亡くなりになった知人もいます。

もちろん、これらは一つの事例であり、すべての結果を食に結びつけるつもりはありませんが、確かなのは「食は薬ではない」ということです。

個人の自然治癒力や免疫力の程度は千差万別です。

どんなに体に良いものを摂取したとしても、それが即座に健康や延命とイコールになるわけではないという事実を、私たちは忘れがちです。

過度な思考や信仰にベクトルが向きすぎることは、時に致命的な危険を招く可能性を孕んでいます。

過去の私自身、自分が扱う生鮮食品を摂取し続けた結果、健康診断でC判定だった数値がオールAになった経験もあります。

しかし、だからこそ「効果の良し悪し」を客観的かつ注意深く見極める必要があるのです。

2. オーガニック信仰が生み出すバグ

店舗運営時代、表立って声を上げることはありませんでしたが、接客させていただくお客様の中には、過度に痩せすぎている方や、まとう覇気(エネルギー)に明らかな違和感を覚える方が少なからずいらっしゃいました。

私が扱うような品目に救いを求めて来られる方は、先述した「薬としての要素」を第一の目的として捉えすぎる傾向にあります。

体質的にお肉が受け付けないといった、肉体からの自然なサインに従って求めるのであれば話は別です。

しかし、「オーガニックな品目を取り入れさえすれば、健康でいられる、安心でいられる」と思い込んでいるのだとしたら。 長い間の接客経験と現場での会話を通じて、私ははっきり断言します。

その答えは、断じて「NO」です。

3. 私が考える食の定義とは

ここまでの話を聞いて、「だったらなぜ、そういった品目を取り扱っていたのか?」と疑問に感じる方もいらっしゃるのではないかと思います。

私自身がそれらの品物をセレクトしていた最大の理由は、普段スーパーや小売店では決して経験することのできない、食本来の「圧倒的な味覚」を提供するためでした。

感度が高いから、あるいは薬的な要素があるから取り扱うのではなく、シンプルに「美味しいから」が絶対的なワードだったのです。

味覚を通じた感動は、他の五感へも波及していきます。

本来、人は「美味しい」「嬉しい」「楽しい」といった素直でポジティブな感情を、人生を重ねる過程でインプットされているはずです。

私が提供していたのは、どちらかと言えば、その感覚を「取り戻す・思い出す作業」でした。

私にとっての食の絶対定義は、まず「美味しいこと」。

安心・安全な栽培過程や、栄養価・機能性といったサプリ的要素は、あくまでその次にくる副次的な効果に過ぎません。

販売拠点が都市部の中心であったこともあり、ただ市場流通の品を仕入れるだけでは競合他店舗との差別化は図れない。

そういった戦術的な背景も、店舗運営の基盤にはありました。

食とは、自分自身で味覚を楽しむだけでなく、「誰と」「どんな時に」その時間を過ごすかによって、幸福感や人生の彩りをさらに深めてくれるもの。

その共有する時間が心身を健やかに機能させる側面を何よりも大切にしていました。

食は体にも効きますが、心にも強烈に効くのです。

その結果として人生に小さな余白が生まれ、その余白がさらに「生きる」を心の底から楽しめるようになる。

生鮮販売の現場では、常にそんなことを考えながらご案内をさせていただいたように思います。

これは私個人の一つの考えに過ぎませんが、Ranさんの投稿にあった言葉の通り

「人生って幸せになったもん勝ちだよね!!」

シンプルに、この言葉をテーマに食を楽しむこと。

それこそが最強であり、食としての在り方の根源なのではないかと感じています。


環境面から見た食(後編)へと話が続いていきます👇


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