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菜那花とお兄さんはアタラヤで 7

    第1話は こちら から

    前話(第6話)は こちら から



     燦々と降り注ぐ太陽の光をキャップのつばで遮りながら歩く。平日の昼間でも、商店街には同い年くらいの子が歩いていて、いよいよ夏休みに入ったことを感じさせる。とは言っても自主参加の夏休み講習があり、佳央ちゃんと一緒に参加する予定だから、今のところ夏休みの特別感は感じられない。
    目元をキラキラと輝かせながら歩く子たちはおしゃれで、可愛いなと思う。肩を出して歩くなんて恐ろしくてできず、無難なTシャツに大きめシルエットで風通しの良いパンツを履くのが精いっぱいだ。シースルーの服は再びタンスの肥やしになろうとしている。
     商店街は、雨の日は雨を凌げていいけれど、夏になると熱気がこもってむわっとしている。サウナのような蒸され具合に、入口に立っているだけで顔を歪めてしまう。少しでも和らげるためにミストが噴射されているが、そうしてようやく風通しの良い商店街の外と同じくらいの心地になれる。水が直接肌に触れる分涼しいかもしれないけれど、私はあまり好きではない。
     時折学校で見た事のある顔とすれ違いながら、商店街に並ぶ店に目を向ける。文房具店、薬局、服屋、雑貨屋。どれもこじんまりとしていて、個人経営店が多い。きっと防犯カメラは無いだろう。
     お兄さんがせーかいだと言ってくれた私の推理が本当に合っているのなら、きっと夏休みも同じことを繰り返す気がする。むしろ夏休みの方が比較的自由時間が多いから動きやすい。
     あの後、自分が言ったことだけれど信じられなくてしばらくぼんやりとしていたら、阿呆みたいやんな、とお兄さんは言った。でもそういうことや、とも言った。自分では思いつかないかもしれないけれど、追い詰められると自分が持ってないものを得るために無我夢中で突き進んでしまう。たとえそれが犯罪だとしても、それに気が付かないくらい夢中になって、正常な判断ができなくなる。
     滑らかにお兄さんの口から出てくる言葉は、まるでお兄さんも経験したことがあると言っているように感じた。もしかしたらそうなのだろうか。昔聞いたという万引きの話が、本当はお兄さんのことである可能性も捨てきれない。
    「井上さん?」
     前から歩いてきていた男の子と目が合う。キャップを被っていて一瞬誰か分からなかったけれど、優真くんだ。
     わ、と声を漏らしてから、やっほ、と言って手のひらを振る。
    「あんまり久しぶりな感じしないね」
    「まだ夏休みが始まって三日目だからじゃない?」
    「今日はおでかけ? ひとり?」
    「これから塾」
     肩に掛けていたトートバッグを軽く揺らした。かしゃりと、おそらくペンケースに入った文房具がぶつかる音がした。
    「夏休みなのに勉強なんて熱心だね」
    「夏休みだから勉強するんだよ」
    「夏休み講習には行くの?」
    「行くよ、午前中だけだから。昼からは塾」
    「勉強三昧じゃん、せっかくの休みなのに疲れない?」
    「もう慣れてるから大丈夫」
     わずかに目を伏せた優真くんは変わらず笑みを浮かべているけれど、何故か心はぎゅっと締め付けられて、言葉が喉から出てこない。
    「井上さんはなにしてるの?」
    「うーんと、おでかけ。散歩」
     万引き押し付け犯を探すために商店街に来たとは言えない。こんな暑い中散歩なんて変わってるね、と言われてしまったけれど、変な心配を掛けさせないためにも自分を犠牲にするのは仕方がない。
    「でもなんか、探してるように見えたけど」
    「え、見てたの?」
    「さっきまでそこの飲食店で休憩してたから」
     優真くんが指差した飲食店は、商店街の通路側が全面ガラス張りになっていて、右も左もよく見渡せそうだ。確かにこの辺りを何度も行き来していたかもしれない。どうして同じところをぐるぐる回っているのだろうと、目に留まってしまったのだろう。飲食店での万引きはないと踏んでいたから完全に見落としていた。
    「ん-……この間万引きを疑われたっていう話をしたの、覚えてる?」
    「うん」
    「ちょっと気になることがあったから、もしかしたら会えないかなと思って」
    「会うって? 万引きだって言ってきた人?」
     そう、と言うのと同じタイミングで頷く。
     いちゃもんを付けるためにわざわざ探していると思われてしまっただろうか。定かではない憶測の正解を確認するためにわざわざあの男の子を探すのは、もし推理が外れていた時、男の子に失礼になりかねない。万引き犯のくせに疑いをこちらにかけてくるなんて、と不快にさせてしまうだろう。けれど私は本当に万引きをしていないのだから、自分の無実を証明するためには他の可能性を探していくしかないのだ。
    「僕は、井上さんは万引きしてないって思ってるけど、相手は井上さんのことを知らないから、急に話しかけられたら驚くと思う。だから、やめたら? このことはお互い、なかったことにした方がいいんじゃない」
    「なかったことにはならないよ」
     もし本当に、褒めてもらいたくて万引きの罪を被せて、万引きだって言ったのなら。失敗してしまった時のことは、きっと忘れられないと思う。悔しくて、次は絶対に成功させてやろうって意地になってしまう気がする。
    「だから私も、なかったことにはしない。ちゃんと向き合う。向き合って、本当のことを知りたい」
     優真くんは何も言わなくて、商店街の雑踏が大きく聞こえる。優真くんの唇がいつもよりも細くなって、何か言いたげに動いているけれど、視線を逸らされてそれっきり。
     じゃあねと場を離れようとしたところで、目の前の雑貨屋から警察官が出てきた。警察官二人に挟まれるような形で出てきた男の子は私服姿だったけれど、確かに見覚えがあって、私に万引きだと言ってきた男の子だった。
     目が合うと、男の子は強く私を睨みつけてきた。


    第8話は こちら から

     
     
     

    透子

     
     
    薮透子 | ヤブ トウコ | 小説 / エッセイ / 月記 など。 好きな時に好きな文章を書いています。 ▼活動場所まとめ https://lit.link/yabotoko

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