
【アリ物語3】何かを持って、何かを失った
アリとキリギリスの第3話です。
フィクションです。お楽しみください。
第1,2話はこちら。

次の日の朝。
アリは、目を覚ました。
いつものように、
すぐに起き上がろうとした。
そして、はっとした。
今日は、何をすればいいのだろう。
森にいたころなら、
朝起きた瞬間に、やることは決まっていた。
食料を探す。
運ぶ。
しまう。
足りないものを確認する。
明日の分を考える。
来週の分を考える。
冬の分を考える。
考えることは山ほどあった。
でも、今は違う。
ここは、森ではない。
アリは、もう森を出ている。
では、どこへ向かうのか。
どこへ行けばいいのか。
誰に会えばいいのか。
何をすれば正解なのか。
アリは、起き上がったまま、しばらく動けなかった。

昨日、カメに言われた言葉を思い出した。
「決めなきゃいけないのかい。
それとも、決めたいのかい」
アリは、あのときすぐに答えられなかった。
でも、朝になって少し分かった気がした。
自分は、決めたいのかもしれない。
でも決められなかったら不安になるから、
決めたいというのとは違うのかな。
決めなきゃいけないと思っているのかな。
どこへ行くか。
何をするか。
何のために歩くか。
それが決まっていないと、
足元がグワングワンする感じがする。
アリは、あたりを見回した。
池の水面は、昨日と同じように揺れていた。
カメはまだ眠っているのか、
姿は見えなかった。
草の先には、朝露がついている。
風が吹くと、
小さな水の粒が、ポタッと落ちた。
アリは、その様子を見ていた。
別に、誰かに急かされたわけではない。
今すぐ出発しろと言われたわけでもない。
何もしないと叱られるわけでもない。
それなのに、胸の奥がそわそわした。
何もしないでいることが、
こんなに落ち着かないものだとは思わなかった。

アリは、池のほとりを少し歩いた。
どこへ向かうわけでもなく、
ただ歩いた。
右へ行ってもいい。
左へ行ってもいい。
同じ場所に戻ってきてもいい。
それなのに、
何度も何度も、頭の中に声が浮かんだ。
これでいいのか。
こんなことをしていていいのか。
そろそろ何か決めた方がいいんじゃないか。
アリは立ち止まった。
アリは、足元の小さな石に腰かけた。
空を見上げた。ふぅーというため息が漏れた。
その瞬間、アリは黒い影が通るのを感じた。
空が一瞬、暗くなった。
アリは、考えるより先に、草の陰に身を隠していた。
何かが通った。
それが何だったのか、よく分からない。
でも、アリの足は震えていた。
何を考える間もなく、反射的に隠れた。
なんだろう。これ。
とても不思議だったが、すごい汗をかいていた。
自分を落ち着かせるために、
しばらく、何もしないことにした。
何もしないことにした、
と言ってしまうあたりが、
自分らしいなと思った。
結局、何もしないことすら、
決めないとできない。
アリは、少しだけ笑った。
そのときだった。

少し離れた草むらの向こうから、
小さな声が聞こえた。
笑い声だった。
何羽からのアヒルたちが、
何かを囲んで遊んでいるようだった。
アリは、はじめは気にしないようにした。
自分には関係ない。
今は、どこへ行くかを急いで決めなくてもいい。
そう言われたばかりなのだ。
でも、次の声が聞こえたとき、
アリの足が止まった。
「お前は、こっちに来るなよ」
その声は、笑い声に混じっていた。
なぜか、聞こえてしまった。
草むらの向こうをのぞくと、
小さな広場があった。
そこに、何羽かのアヒルの子たちがいた。
真ん中には、
甘そうな木の実が転がっている。
そのまわりで、アヒルの子たちは楽しそうにしていた。
少し離れたところに、
小さなアヒルの子が一羽いた。
その小さなアヒルの子は、
広場の方を見ているようで、
見ていないようだった。
入りたいのか。
入りたくないのか。
分からない。
でも、そこから離れようとはしていなかった。
アリは、胸の奥が少しざわっとした。
知らない子だ。
知らない場所だ。
自分には関係ない。
そう思った。

けれど、足はもう、
その小さなアヒルの子の方へ向かっていた。
「どうしたんだい」
アリが声をかけると、
小さなアヒルの子はびくっとした。
そして、すぐに顔をそむけた。
「別に」
アリは、その「別に」を聞いて、
また胸の奥がざわっとした。
別に、ではない。
アリは、小さなアヒルの子の横に座った。
「入らないのかい」
小さなアヒルの子は、土をいじりながら言った。
「分からない」
「分からない?」
「入りたいけど、入れてって言って、
だめって言われたら嫌だし。
でも、ここに一人でいるのも嫌だし」
アリは、何か言おうとした。
言葉は、すぐに出てきた。
「じゃあ、何か持っていけばいいんじゃないかな」
小さなアヒルの子が、顔を上げた。
「何か?」
「甘い実とか、パンくずとか。
みんなが喜ぶものを持っていけば、きっと……」
そこまで言って、
アリは止まった。
小さなアヒルの子が、じっとアリを見ていた。
「そっか、何か持っていけばいいのかな。」
アリは、それを聞いてハッとした。
なんでこの小さいアヒルの子が何かを持たないと
仲間に入れてもらえないと思った。

なんかこんな場面、覚えがあるな。
アリの頭の中に、
昔の景色が少しだけ浮かんだ。
小さな穴。
輪になって笑うアリたち。
その外側に立っている自分。
それから、両手いっぱいに抱えた食べ物。
「すごいじゃん」
「それ、ちょうだい」
その日から、
アリは輪の中に入れた。
そのはずだった。
でも、
次の日も。
その次の日も。
アリは食べ物を運んだ。
気づけば、
仲間になるために持っていったはずなのに、
仲間でいるために持ち続けていた。
そんな苦くて淡い記憶を思い出していた。

その小さいアヒルの子は
「なぜか、自分だけが他のアヒルの子と
比べて小さくて仲間に入れてもらえないんだ。」
「たしかに小さいかもしれないね。」
「でも、小さいから何だってんだ!」
「じゃあ、あいつらと友達になれなくてもいいの?」
「うーん。」
アヒルの子は少し考えた。
「さみしいけど。」
「さみしいけど?」
「でも、何か持ってこないとだめなら、
あんまり遊びたくないかも。」
「でもさ、
何か持っていかないと入れてくれないなら、
それって、友だちなのかな」
その小さいアヒルの子は、見た目に寄らず、
結構、しっかりしるなとアリは思った。
「小さいっていうのは、今だけの話なので、
きっと、あともう少ししたら、
同じくらいになるんだ。」
「じゃあ、もう一度、チャレンジしてみる?
でも、もし、また断られたら?」
「お兄ちゃんは、いったい僕の味方なの?敵なの?」
アリは、ハッとした。
「敵じゃない。味方、味方。
でも、何度かチャレンジしてるんでしょ。
それで何度も断られているんでしょ。」
「そうだよ。」
「でも、味方に入れてもらえないと困るもんね。」
アヒルの子は少し不思議そうに言った。
「えっ、何で困るの?」
「誰かに見られたら、恥ずかしくない?」
アヒルの子は、空を見た。
「誰かって、あの鳥のこと?」
アリも空を見た。
さっきの黒い影は、もうなかった。
「退屈は退屈だけど、誰かに見られても
いいんじゃない?」
「へ、へぇー。。。」
アリは、自分が恥ずかしくなった。
自分は仲間外れにするようなやつはダメだ。
もし納得いかなかったら
喧嘩してでも仲間に入れてもらって
友達をたくさん作るように、
親に言われた。
「アリさん。僕は、今日チャレンジしてみるけど、
別に絶対にあの仲間に入らないと
いけないと思わないよ。
何か持っていかないといけないんだったら、
別の友達を探すよ。」
アリは、自分が情けなくなった。
アヒルの子は、何も持たずに歩いていった。
アリは、その後ろ姿を見ていた。
自分の手が、なぜか少し重く感じた。

だけど、このアヒルの子は、
別に小さいままでも、
自分で友達を選んでいる。
アリは、自分の手を見た。
何も持っていないはずなのに、
まだ何かを握っているような気がした。
気づくと、いつのまにかアヒルの子は
もう一度アヒルの子たちの群れの中に入って
仲間に入れてもらえるように話をしに行ってた。
しばらくして、
帰ってきた。
アヒルの子はちょっぴり怒っているみたいで、
「やっぱり、入れてもらえなかったよ。
でもいいんだ。あんなやつらと
仲良くしようと思わない。」
アリは素直にアヒルの子に聞いてみたくなった。
「ねぇアヒルくん。
どうして、そんなに自信があるんだい。」
「自信?別に自信とかはないよ。
ただ、お友だちを作りたいから、
話をしてるだけだよ。」
「僕が小さかった頃、
実は同じように仲間外れにされて
僕は自分がとってきた食べ物を
持っていったら、その日から仲間に
入れてもらったんだ。」
「そうなんだね。」
「でも、アヒルくんは本当に、
すごいと思うよ。
そうやって、今の自分のままで
友達と思ってもらえる人を
探そうとしているところが。」
「僕は、勝手にアリさんは友達だと
思っているよ。だって、こんなにいっぱい
お話してくれるじゃん。」
「えっ、僕を。」
「うん。お友だち。えへへ。
今日はあいつらとは
友達になれなかったけど、
アリさんと友達になれたから
とってもうれしいよ。
おうちに帰ったらお父さん、お母さんに
報告しよう。」
アリは、何か言おうとした。
でも、言葉が出なかった。
アヒルの子は、もう池の方へ歩き出していた。
何も持たずに。
少し楽しそうに。
アヒルの子は、仲間に入れてもらえなかった。
でも、負けたわけではなかった。
アリは昔、仲間に入れてもらえた。
でも、その日から何かを持ち続けることになった。
休職288日目

突撃だ~!
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