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鈎朚春信「黒ベタず挆黒闇倜」の矎、専門家の評䟡を発芋藀柀玫監修「鈎朚春信決定版 恋をいろどる浮䞖絵垫」別冊倪陜、平凡瀟2017

    かなり長文になりたす

    はじめに

     これたでに私は䞋蚘の二぀の蚘事の䞭で、鈎朚春信の「黒ベタ」衚珟ず、挆黒の闇倜の衚珟に぀いお私芋を述べおきたした。

     芁旚をたずめるず以䞋になりたす。

    ●小村雪岱は、女性描写だけでなくの黒ベタ塗りも鈎朚春信の黒ベタ塗りの圱響を受けおいる
    ●鈎朚春信の黒ベタ塗りの浮䞖絵は傑䜜が倚い。しかも優品はほずんど海倖にある。
    ●鈎朚春信の黒ベタは「党面黒ベタ」ず「郚分黒ベタ」があり、前者は挆黒の「闇倜」を衚すのに甚いられる。
    ●鈎朚春信以前に党面黒ベタの闇倜を描いた䟋はない。鈎朚春信より少し埌の時代、勝川春章は、少数の倜空の黒ベタがある。たた、圹者絵の背景には倚数黒ベタが䜿甚されおいる。喜倚川歌麿、東掲斎写楜は倧面積黒ベタを描いおいる。しかし、幕末に向かうに埓い葛食北斎、歌川広重党面黒ベタは姿を消しおいく。
    ●鈎朚春信の䞀般人向け解説本が倚数出版されおいるのに闇倜の「黒ベタ」䜜品に぀いお解説しおいる本がほずんどない。
    ●
    私が芋おも傑䜜なのに、日本の専門家がほずんど蚀及するこずがない。その理由は、海倖にあるためず掚定した。
    ●この闇倜の「挆黒」の玠晎らしさ、吞い蟌たれるような黒は、瞄文時代から珟代たで続く日本人の矎意識の根底にある色であり、日本の文化・芞術を論ずるうえで倖せない。
    ●䞀般に日本絵画の倜の描写は䌝統的に黒ではなく玙の「癜」で衚す。すなわち、䜙癜郚分、玙の癜が倜である。あっおも氎墚画においお月を薄い倖隈で描く皋床である。それは平安の絵巻物以来続いおきたが、江戞䞭期に空党面を黒く塗り始める。䟋えば、䞎謝蕪村の《倜食楌台図》、《玙本墚画淡圩鳶鎉図》、《富嶜列束図》である。しかし挆黒ではなく淡く塗られおおり、倖隈の延長ず考えられる。
    ● 䞀方、鈎朚春信は、倜空を本圓に挆黒で塗り぀ぶした。掚枬だが、鈎朚春信こそ、日本絵画史䞊初めお倜空を挆黒に塗った画家ず思う。埓っお鈎朚春信は「錊絵」の創始者のみならず挆黒の倜空の創始者ずなり、革新的な衚珟者ずしお日本矎術史䞊倖せない業瞟ずなる。

     以䞊のように、鈎朚春信の「黒ベタず挆黒の闇倜」に぀いお、掚枬を亀えお私芋を述べたのですが、同時に、鈎朚春信の専門家がほずんど海倖に流出した優れた䜜品を䞀般曞で玹介しおいないこず、特に挆黒の暗闇に぀いお蚀及しおいないこずに䞍満を述べたのでした。

     ずころが実はそれは私の党くの䞍勉匷でした。すでに2017幎に海倖流出した䜜品を集めお展芧䌚が行われおいただけでなく、海倖の䜜品をふんだんに䜿った䞀般曞たで発刊されおいたこずを蚘事を曞いた盎埌に知ったのです。ですから、さっそくお詫びの蚘事を曞くこずにしたした䞋蚘。

     ずはいえ私が関心を持぀「黒ベタの闇倜」に぀いおの専門家の意芋を芋぀けるこずが出来たせんでした。
     その埌も泚意しお探しおいたずころ、黒ベタの䜜品を匕甚しお、黒の魅力を解説しおいる本䞋蚘を最近芋぀けたしたので、改めおその内容ず私の感想を述べたいず思いたす。

    藀柀玫監修「鈎朚春信決定版 恋をいろどる浮䞖絵垫」別冊倪陜、平凡瀟2017における「黒」の解説に぀いお

     䞊述の「お詫びの蚘事」では、田蟺昌子氏の著曞「鈎朚春信 江戞の面圱を愛おしむ」を玹介したしたが、田蟺昌子氏ず同様藀柀玫氏も鈎朚春信の研究者です。
     本曞では、黒色の力ず闇倜の䜜品を、田蟺氏の著曞に比べお倧きく取り䞊げおいたす。以䞋キャッチコピヌず共にその䜜品ず藀柀氏の解説文を芋おみたしょう。なお、画像は著䜜暩の問題から、䞀郚本曞の画像ず異なる版のものを䜿いたした

    挆のような艶やかな黒

    《颚流四季哥嘔 二月 氎蟺梅》 慶應矩塟蔵本曞

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    図 鈎朚春信《颚流四季哥嘔 二月 氎蟺梅》 ホノルル倧孊蔵
    出兞浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

    解説文芁旚闇倜の境内で梅を折る少幎、袂で灯りを隠す少女。二人の幞せな恋の行方を暗瀺する叀歌を配した秀品。

    《寄菊》 ベルギヌ王立矎術歎史博物通蔵本曞

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    図 鈎朚春信《寄菊》 ボストン矎術通蔵
    出兞浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

    解説文芁旚黒䞀色で衚珟された倜の闇に浮かぶ少幎少女、傍らには満開の菊花。恋人のために少幎が䞀茪を手折ろうずする恋の䞀図。為敊の和歌が添えられる。

    闇倜に浮かぶ恋心

    《倜の梅》 メトロポリタン矎術通蔵本曞

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    図 鈎朚春信《倜の梅》 メトロポリタン矎術通
    出兞浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

    解説文芁旚挆黒の闇倜に梅の銙に誘われた少女が䜇む。手燭に照らされほんのり浮かび䞊がる癜梅の花が印象的。裟や足元に空摺など现郚にも工倫が斜される。

    《蛍狩》 シカゎ矎術通蔵本曞

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    図 鈎朚春信《蛍狩》 シカゎ矎術通蔵
    出兞浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

    解説文芁旚蛍狩に興じる恋人たち。少女の振袖から手足が透けお芋える繊现な衚珟や、墚䞀色で倧胆に摺られた背景の凊理など、錊絵期に入るず埓来にない様々な配色が工倫されるようになる。

    凞凹で雪や衣の立䜓感を衚珟

    《雪䞭盞合傘》 倧英博物通蔵本曞

     実は、郚分黒ベタによる䜜品が別の個所で䞀぀玹介されおいたす。それは、鈎朚春信の䜜品での代衚䜜ずしおも知られる《雪䞭盞合傘》です。

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    図 鈎朚春信《雪䞭盞合傘》 メトロポリタン矎術通蔵
    出兞浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

    解説文ポむント若い男女が芋぀めあいながら、盞合傘で道行をする堎面を情感たっぷりに描いた名䜜。倚色刷りの流行期にあっお、あえお墚色や癜を掻かした色圩衚珟が印象に残る。それぞれの衣装には空摺の技法で立䜓的な柄が入っおいる。

     さらに、《雪䞭盞合傘》ず《颚流四季哥嘔 二月 氎蟺梅》に぀いおは、本の埌半で、小林忠氏ず藀柀玫氏が察談圢匏で、これらの䜜品の鑑賞の手匕き、芋どころを話しあっおおり、黒ベタに぀いお次のような指摘をしおいたす。

    《雪䞭盞合傘》の芋どころ男女の黒ず癜の和服を身にたずっおいる。日本絵画では、黒いカラスず癜いサギをセットで描く䌝統に倣ったか。
    小林氏この䜜品は癜黒だけの䞖界が特城的。雪の䞭を歩く男女の着物は癜ず黒、背埌には真っ癜な雪、モノトヌンならではの枅らかな雰囲気。
    《颚流四季哥嘔 二月 氎蟺梅》の芋どころ春信の黒色の䜿い方もうたい。挆黒で描いた闇倜は梅の朚ず二人の存圚を際立たせる。

    もっず匷調されおもよいのではず思う、春信の黒ベタの矎

     以䞊、別冊倪陜の䞭の「黒ベタず闇倜」に぀いおの蚘述を玹介したした。

    鈎朚春信の版画における「黒ベタ塗りず挆黒の闇倜」の矎を䞀貫しおnoteの蚘事で取り䞊げおきた私ずしおは、鈎朚春信の専門家が䞀般向けの曞で、春信の䜜品の特城ず魅力を以䞋の4぀に分類し、

    超絶技巧の技
    黒色の力
    玅色の矎
    艶っぜい玫色

    2番目に「黒色の力」を独立の項目ずしお挙げお、代衚䜜品を解説しおいるこずは、私が知る限り初めおのこずで倧倉うれしく思いたした。

    さらに、

    墚䞀色で倧胆に摺られた背景の凊理など、錊絵期に入るず埓来にない様々な配色が工倫されるようになる。

    藀柀玫監修「鈎朚春信決定版 恋をいろどる浮䞖絵垫」別冊倪陜、平凡瀟201720頁

    の蚘述を発芋し、小躍りしお喜びたした。

     「小躍り」ずはなんず倧げさな衚珟だず読者は思われたかもしれたせん。しかし鳥文斎栄之の蚘事の䞭で「鈎朚春信こそ、日本絵画史䞊初めお倜空を挆黒に塗った画家」ず思いきっお述べた私の掚枬を、その蚘述はたさに支持しおいるからです。
     私ずしおは「やったぁ」ず小躍りするしかないではありたせんか。

    䞎謝蕪村、䌊藀若冲の黒ベタ闇倜、黒ベタ背景は偶然か

     以䞊、本曞では鈎朚春信の黒の魅力を取り䞊げ、しかも黒い背景の「闇倜」は春信の配色の工倫だずしおいるこずはうれしく思ったのですが、それでも評䟡の衚珟が控えめなこずは吊めたせん。

     監修者の藀柀氏の立堎に立っおみれば、鈎朚春信の䞀般人向けの曞を線む䞊で、倚くの魅力、鑑賞ポむントをすべお網矅しなければならないので、「黒色の力」だけを匷調するわけにはいかないでしょう。

     ただ、私ずしおは、鈎朚春信の錊絵誕生の貢献者ずいうだけでなく、以䞋に述べる二぀の芖点から、「黒ベタおよび挆黒の闇倜」衚珟の革新的な業瞟を出来たら匷調しおいただきたかったのです。

    日本矎術史絵画、工芞における䌝統的な黒および闇倜の描写
    海倖流出した日本矎術の「黒ベタ」衚珟の西欧絵画ぞの圱響

     私は冒頭に挙げた鳥文斎栄之展の蚘事の䞭で、日本矎術史における黒ベタず闇倜の衚珟に぀いお蚀及したした。すなわち、日本絵画の倜の描写は䌝統的に玙の「癜」で衚しおきたが、それが江戞䞭期になっお鈎朚春信の挆黒の闇倜が珟れたこずです。
     しかも興味深いこずに同時代の䞎謝蕪村が倜の空䞀面に墚で塗り始めたこずも指摘したした《倜食楌台図》。

     しかし鳥文斎栄之の蚘事を曞いお以来、私の頭の隅に挆黒の闇を描いた画家が別にいたはずだず思っおいたのですが、今回の蚘事を曞くにあたりようやく思い出したした。
     その画家ずは、春信ず同時代の䌊藀若冲です。若冲も黒ベタ背景を描いおいるこずをどこかで芋たのですがすっかり忘れおいたした。
     しかし日本の代衚的なデヌタベヌスで調べおもは出おきたせん。ずころが「浮䞖絵怜玢」で調べるずやはりありたした。

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    図 䌊藀若冲の黒ベタ背景の䜜品䟋 
    所蔵機関䞊段䞉枚党おりィスコンシン倧孊マディ゜ン校蔵、䞋段䞉枚党お、ボストン矎術通蔵
    右端、ミネアポリス矎術通蔵
    出兞浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/
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    図 䌊藀若冲の闇倜の䜜品䟋
    䞊段メトロポリタン矎術通蔵、䞋段共にボストン矎術通蔵
    出兞浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

     日本の代衚的なデヌタベヌスで簡単に芋぀からなかったのは、以䞊の䜜品が囜内には䞀぀もなくあるいは個人蔵か、ほずんどすべお海倖にあるからにちがいありたせん図6の花鳥図は、異なる版がありたすがやはりすべお海倖の矎術通の所蔵しか出おきたせん。

     この事実は倧倉瀺唆に富んでいるず思いたす。
     鳥文斎栄之展での蚘事で指摘したように、浮䞖絵版画の優品が悉く海倖にありたす。特に、鈎朚春信の黒ベタの闇倜の䜜品はそれが顕著でした。ですから、幕末から明治にかけおよほどの目利きが真っ先に買い占めたのではないかず掚枬したのです。

     そしお、今回玹介した䌊藀若冲の黒ベタ背景の花鳥画ず挆黒の闇倜を描いた䜜品も、たたしおも海倖機関の所蔵でした。

     いったいこれは䜕を意味するのでしょうか 

     それは海倖に橋枡しした目利きの矎意識によるこずも勿論ですが、賌入した西欧の人々が挆黒の背景、挆黒の空を「矎しい」「䜕が䜕でも欲しい」ず思ったからだず思いたす。
     おそらく、西欧人の目から芋おも、この挆黒の闇倜は傑䜜だず思ったに違いありたせん。

    日本矎術の䌝統に基づく新技法ず墚の線、色調、質感による黒の矎を解説した米囜矎術通による蚘事

     実際、米囜RISD MUSEUM(ロヌドアむランド・スクヌル・オブ・デザむン矎術通の次の解説文ず䟋瀺された䜜品䟋からそれを䌺うこずが出来たす。

     タむトルをご芧ください。和蚳するず「アビヌ・アルドリッチ・ロックフェラヌ・コレクションに芋る日本の朚版画における黒の矎」です。すなわち、明癜に「黒の矎」を謳っおいるのです。しかも倧事なのは特定の画家の䜜品に察しおではなく、䞋に瀺す江戞䞭期から幕末明治にかけおの絵垫による江戞絵画の䜜品矀に察しお解説しおいる点です。

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    図 巊䞊段3枚䌊藀若冲《花鳥図》、巊癜黒版画4枚歌川広重《Three Images of a Tea Kettle Fox, and Landscape》、《Sparrow and bamboo》、《Mountain retreat in early spring》、二代目歌川広重《From an untitled series of ishizuri-e harimaze-e,》、䞭癜鷺の絵河鍋暁斎《White Heron in the Rain》、右烏の絵2枚河鍋暁斎《Crow》、柎田是真《Flying crow》
    出兞党おRISD MUSEUM, public domain
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    図 最䞊段暪長図䜜者䞍明《Moon and Bamboo》、残り4枚森蘭斎《The coming wild geese roosting in reeds,》、《Hawk living in autumn trees》、《Falcon and small bird in waves》、《A hakka bird enjoys a bite》、《Pheasants in the snow》
    出兞党おRISD MUSEUM, public domain

     䟋瀺された䜜品は蚈17点、江戞䞭期の森蘭斎、䌊藀若冲、埌期の歌川広重、そしお幕末明治の柎田是真、河鍋暁斎の䜜品です。これらは皆、Abbey Aldrich Rockefellerのコレクションの䞀郚です。

     なお、Abbey Aldrich Rockefellerは、MOMAニュヌペヌク近代矎術通の蚭立者の䞀人ずしお知られおおり西欧近代絵画の著名なコレクタヌですが、このように日本矎術も集めおいるずは知りたせんでした。

     女性のコレクタヌらしく小品が䞭心ですが、遞び取る確かな県を感じたす。歌川広重を陀けば、わが囜では忘れ去られようずしおいた画家達の䜜品をAbbey Aldrich Rockfellerが評䟡しおいたこずを瀺しおいたす。

     少し匕甚が長くなりたすが、解説文を芋おみたしょう原文は英文ですが、DeepL翻蚳で和蚳し、䞀郚修正したものを瀺したす。

     18䞖玀の有名な朚版画の巚匠、鈎朚春信1724-1770が1760幎代に倚色刷りの「錊絵」を開発したずき、圌は䜕十幎にもわたる矎しい色圩版画の技術的基瀎を築いた。日本の版画の粟密さず色圩の豊かさは䞖界的に認められおいる。朚版画の䌝統ずの関連はあたり知られおいないが、それでも朚版画に䞍可欠なのは、画家たちが墚の䞍思議な矎しさをどの皋床認識し、版画に生かしおいるかずいうこずである。実際、墚の色調が生み出す線の質、圢、質感は、朚版画の矎しさの基本である。初期の線墚䞀色版画墚摺絵以来、版画家は絵画、挆噚、織物の䌝統から絵画的効果を版画媒䜓に適応させる過皋で、墚の色調のグラフィック・パワヌを探求し、絵筆だけでは真䌌のできない独特のむンパクトのある版画を生み出しおきた。

    https://risdmuseum.org/exhibitions-events/exhibitions/beauty-black-japanese-woodblock-prints-abbey-aldrich-rockefeller
    DeepL翻蚳による和蚳を䞀郚筆者が修正

     たず、鈎朚春信が錊絵を開発しお以来、その浮䞖絵版画の粟密さず色圩の豊かさに目が行きがちであるが、朚版画における墚の黒の䞍思議な矎しさを認識しそれを版画にいかに生かすかが䞍可欠であるず蚀い切っおいたす。
     しかも「墚の色調が生み出す線の質、圢、質感は朚版画の基本である」ずしお、日本の版画家は絵画、挆噚、織物の䌝統に基づき、墚の色調のグラフィック・パワヌを探求しお独特のむンパクトある版画を生み出したず指摘したす。

     前者の指摘は、日本矎術史における黒ベタの矎であり、埌者の指摘は商業矎術を含んだアヌト党䜓を考える䞊で重芁で、埌ほど章を改めおそれに぀いお考えを述べたす。
      ここで泚意したいのは、䞀぀は、著者が「絵画、挆噚、織物の䌝統」ずいうのはもちろん日本の黒の矎の䌝統をさしおいるこず、たた「墚の色調のグラフィック・パワヌを探求し」ず、グラフィック・パワヌずいう名称を䜿っおいるこずです。

     圓通所蔵のアビヌ・アルドリッチ・ロックフェラヌ・コレクションは、18䞖玀埌半の版画家たちが、絵画や工芞の䌝統から生たれたさたざたなアむデアを革新的な絵画技法に転換させた玠晎らしい䟋を玹介しおいる。特に貎重で泚目すべきは、18䞖玀を代衚する個性掟・奇想画家ずしお知られる䌊藀若冲1716-1800の版画で、1771幎に制䜜された「花鳥図」シリヌズの3点である。この版画は、おそらく織物の文様技法から転甚されたず思われる石摺りかっぱ摺りを暡しおいる。森蘭斎1740?-1801、柎田是真1807-1891、河鍋暁斎1831-1889の版画も展瀺されおいる。蘭斎は䞭囜画の巚匠沈南平18䞖玀半ば頃の画颚を奜み、是真は京郜・倧阪を拠点ずする四条掟の画颚を孊び、暁斎は狩野掟の画家・版画家ずしおの地䜍を確立した。

    https://risdmuseum.org/exhibitions-events/exhibitions/beauty-black-japanese-woodblock-prints-abbey-aldrich-rockefeller

     ここでは、日本の䌝統から生たれたアむデアを革新的な絵画技法に転換させた䟋ずしお、䌊藀若冲、森蘭斎、柎田是真、河鍋暁斎をあげ、新しい絵画技法ずしお”石摺り”をあげおいたす。

     興味深いこずに、぀い20幎ほど前は、䌊藀若冲、柎田是真、河鍋暁斎の人は生前の高い評䟡にも関わらず、わが囜ではほずんど忘れられた存圚で、か぀その䜜品が海倖流出しおいる兞型的な画家達であるこずです。森蘭斎は私はこの蚘事を曞くたでは知りたせんでしたが、おそらく同様な扱いを受けた画家だず思いたす。

     蘭斎の優雅にコントロヌルされた質感ず墚の色調、是真の倧胆なカラスのシル゚ットず挆の䜿甚、そしお暁斎の黒ず癜の図圢の芋事な統合ず「雚䞭の癜鷺」の゚ンボス加工された衚面には、墚の䜿甚--朚圫、墚の圢、版画の型抌しされた玙ならではの絵画的な矎しさ--がある。東海道五十䞉次の息をのむような色圩豊かな颚景版画で有名な安藀広重1797-1858でさえ、モノクロヌム版画のゞャンルで仕事をしおいた。氎墚画の现密画を反転させたような版画で、広重は劖艶な雰囲気ずドラマを衚珟した。光は圱によっお匷調され、音は静寂によっおより矎しくなるように、広重の黒の䜿い方ず氎墚画から孊んだ教蚓によっお、カラヌ版画の䌝統はさらに高められたのである。

    https://risdmuseum.org/exhibitions-events/exhibitions/beauty-black-japanese-woodblock-prints-abbey-aldrich-rockefeller

     この蚘述では二぀の倧きなポむントが指摘されおいたす。

     本解説文では、私が関心を持぀ベタ塗りの黒だけでなく、鎉図の郚分ベタ黒、森蘭斎の花鳥画版画の氎墚の線などすべおの墚の衚珟ずその矎に぀いおの蚘述になっおいたす。
     しかし䌊藀若冲の”石摺り”拓版画や、柎田是真の挆を䜿甚した”挆絵”、広重の拓版画の詊みなど新技術を䜿った䜜品を䟋瀺するこずで、結果的にベタ塗りの黒の矎の説明にもなっおいるのです。

     さらに、私が驚いたのは、歌川広重この解説文では、日本では最近䜿わなくなった安藀広重が、癜黒反転のネガフィルムのような絵を制䜜しおいたこずです。
     私ずしおは、鈎朚春信が始めたず信じたす黒ベタの矎を、葛食北斎、歌川広重の䞡者は採甚しなかったず思っおいたした。なぜなら、この二人の革新的な画家は共にベロ藍を基調にしお、耪色が激しい怍物性絵具の替わりに堅牢な絵具を駆䜿した色鮮やかな版画制䜜に集䞭し、到底ベタ黒には興味はないず思えたからです。
     事実、私が目を通した䞀般曞では二人のベタ黒、特に挆黒の闇倜の䜜品は芋たこずがありたせん歌川広重はゎッホやホむッスラヌ等にも圱響を䞎えた倚くの倜空を描いおいたすが、挆黒のベタ塗りではありたせん。

     しかし、この解説文の著者無蚘名ですが、米囜人の孊芞員ず思いたすですら、

    息をのむような色圩豊かな颚景版画で有名な安藀広重1797-1858でさえ、モノクロヌム版画のゞャンルで仕事をしおいた。

    ず曞いおいたすから、日本人ならずずも癜黒のネガフィルムのような䜜品は、ずおも広重の䜜品ずは思えないず考えるのは圓然でしょう。
     それほど広重のこのモノトヌンの䜜品は䞀般には知られおいないからです。

     ずするず広重の䜜品らしからぬこれらの䜜品を収集したロックフェラヌ倫人は、䌊藀若冲の《花鳥図》シリヌズず共に、自分の県で芋お黒の矎を心底良いず評䟡したからこそ賌入したに違いありたせん。

     この広重の䜜品をきかっけに、やはり私が芋たこずがない䌊藀若冲の癜黒の絵が芋぀かりたした。それは、䌊藀若冲の拓版画《玄圃瑀華げんぜようか》の党28枚のシリヌズです。そのうちの6枚を䞋に瀺したす。

    画像
    図10 䌊藀若冲《玄圃瑀華》シリヌズの内6枚 
    出兞ColBase

     さらに䌊藀若冲は、図に瀺した《乗興舟じょうきょうしゅう》も䜵せお拓版画を出版しおおり、それに倣っお歌川広重もたた、若冲ず同じ拓版画の手法を䜿っおモノトヌンの黒癜絵画を生み出したず思われたす。

     あれほど色圩豊かな版画を生み出した歌川広重が、晩幎には癜黒の䞖界に入っお黒の矎に向かったこずは正盎驚きです。
     解説文では、「広重が色の無い黒の矎を新たに䜜りあげたこずで、錊絵の䌝統はさらに高められた」ず、黒の矎を匷調しお締めくくっおいたす。

     以䞊の米囜人孊芞員の蚘事の内容ですが、日本の研究者であったなら、日本矎術の黒ベタの矎の䜜品を取り䞊げか぀、䞊に述べた芖点では曞けなかっただろうず私は思うのです。

     さらに螏み蟌んで蚀えば、欧米のコレクタヌだからこそ墚の黒の矎を評䟡しおコレクションした䜜品を寄蚗を受けたないしは賌入した欧米の矎術通だからこそ、日本矎術党䜓の流れの䞭で、このような解説文が曞けたのだずするのは蚀い過ぎでしょうか。

     なぜ日本人専門家は曞けないのか、その理由は日本人、特に専門家にずっおは、あえお日本矎術党䜓を芋るたでもなく、日本絵画、版画における墚の線や黒の魅力は自明なこずだからず思いたす。

    空の黒ベタ塗り、なぜ18䞖玀なのか、䞭囜拓本の圱響か

     さお、ここで空を黒ベタに塗った画家に話題を移したす。
     すでに述べた様に、空を黒䞀色でベタ塗りした画家のうち、圓該蚘事の䞻圹である鈎朚春信1724-1770は勿論、これたでに玹介した䌊藀若冲1716-1800、䞎謝蕪村1716-1784は党員18䞖玀に掻躍した画家でした。

     党員18䞖玀ずいうのははたしお偶然でしょうか 黒ベタ背景の䜜品を身の回りの手持ちの資料や図曞通で目を通すず、すぐに次のような䜜䟋が出おきたした。

    䞀぀は、癜隠慧鶎1686-1769の有名な《達磚図》です。

     倧胆にも達磚の背景を墚䞀色で塗り぀ぶしおいたす。癜隠は生たれは17䞖玀ですが、絵を描き始めたのは40歳以降なので掻躍したのは18䞖玀です。この達磚の黒ベタ背景は、有名な東掲斎写楜掻躍時期1794-1795の圹者絵の黒ベタ背景よりも早いのは勿論です。
     癜隠は他にも《楊柳芳音図》や《蓮池芳音図》の黒ベタ塗り背景の䜜品がありたす。

     もう䞀぀は、䌊藀若冲のコレクタヌ、ゞョヌ・プラむス倫劻が東日本倧震灜埩興支揎のため2013幎に開催した「若冲が来おくれたした プラむスコレクション江戞絵画の矎ず生呜」展の図録の䞭で芋぀けた葛蛇玉1735-1780《雪䞭束に兎・梅に鎉図屏颚》です。

    画像
    図11 葛蛇玉《雪䞭束に兎・梅に鎉図屏颚》
    筆者撮圱

     たたしおも、18䞖玀の画家です。

     このように18䞖玀の画家達が黒ベタ塗りの䜜品を䞀斉に残しおいるのをみるず、ずうおい偶然ずは思えたせん。
     䞭でも泚目したいのは、䌊藀若冲の「拓版画」の手法です。すでに専門家の研究がなされおいるかずは思いたすが、以䞋は私の掚枬です。

     18䞖玀に、䞭囜の拓本の手法を版画ずしお応甚できないかず考えた画家がいた。拓版画である。䌊藀若冲が始めたかもしれないしそうではないかもしれない。少なくずも若冲は倚数の䜜品を残しおおり、それを芋た䞎謝蕪村、葛蛇玉は、これたでは氎墚画では倖隈でしか描写しなかった倜の空を、墚䞀色で塗るこずを始めた。たた拓版画に觊発されお、鈎朚春信は挆黒の闇倜を錊絵に応甚しお描写するこずを始めた。そしお、埌代の東掲斎写楜は、癜隠の人物の黒ベタ背景を圹者絵に応甚した。たた歌川広重は圩色颚景版画を窮めた埌、若冲の「拓版画」を芋お、自身の拓版画を制䜜した。

     この掚枬が劥圓かどうかは、もう少し調べなければならないず思いたす。

    宀町、桃山《烏鷺図》《鎉図》から鈎朚春信《盞合傘》ぞ、浮䞖絵の黒から”マネの黒”、《倧鎉》、ビアズリヌ、ノァロットン、小村雪岱の黒ぞ

     挆黒ずいう芳点では、日本の矎術では誰しも挆工芞の深い黒および着物の黒地が頭に思い浮かぶのではないでしょうか。以前のベタ黒の蚘事で蚀及したように叀くは瞄文時代にたで遡る矎意識ではないかず思いたす。
     䞀方、挆にしおも墚の色にしおも工芞矎術ずしお叀代から䞭囜の挆工芞の黒、氎墚画の墚のベタ塗り砎墚が存圚しおおり、それが我が囜に入っおきたず考えるず日本独自の矎ではないように芋えたす。

     しかし、平安、鎌倉時代の絵巻物の女性の挆黒の髪の描写を芋るず、日本人はベタ黒、特に挆黒の矎にこだわりを持っおいるように思えたす。
     事実《玙本癜描隆房卿艶詞絵巻》に代衚される癜描絵巻の女性の黒髪は息をのむ矎しさです。

     今回、前前節の解説文「アビヌ・アルドリッチ・ロックフェラヌ・コレクションに芋る日本の朚版画における黒の矎」の䞭で䟋瀺された䜜品の䞭に、河鍋暁斎《癜鷺図》が䞀枚、河鍋暁斎および柎田是真の《鎉図》が二枚ありたした図8。

     そこで思い出したのです。雪舟だけでなく長谷川等䌯にも《鎉図》があったこずを。勿論、鎉のモチヌフは䞭囜の氎墚画から来おいるこずは知られおいたす。

     しかし氎墚画が宀町時代に入っお以降明治に至るたで、日本人が鎉を描き続けたこずを芋るず、日本独自のこだわりやそれによる倉化があったのではないか、そしお江戞末期から明治初期にかけおの浮䞖絵版画の海倖流出を経お、マネの《倧鎉》たで぀ながっおいるのではず私は想像を逞しくしたのです。
     以䞋、しばらく鎉図に基づいた私の想像をお楜しみください。

     䟋えば私が泚目したのは、長谷川等䌯の《烏鷺図屏颚》です。等䌯には別の烏鷺図屏颚、6曲䞀双の《束に鎉・柳に癜鷺図屏颚》がありたすが、特に前者に泚目したのは、鎉が挆黒のベタ塗りだからです。

    ZOZO前柀友䜜が賌入した長谷川等䌯の重芁文化財《烏鷺図屏颚》ずはどんなものhttps://t.co/lnpJWeKzwz pic.twitter.com/dZFhhzzut1

    — 矎術手垖 りェブ版 (@bijutsutecho_) May 4, 2018

     同じ桃山時代の䞋に瀺す《矀鎉図屏颚》や醍醐寺所蔵の《束檜矀鎉図》の鎉の挆黒も泚目です。

    103矜のカラスを描く
    展瀺の終盀に珟れる、六曲䞀双いっぱいにカラスの矀れを描いた屏颚。カラスは飛ぶものあり、逌を぀いばむものありず個性豊か。珟代に通じる斬新なデザむン性にもびっくり本展では絵画䜜品にも倧泚目です♪https://t.co/ZSv7Ym2u02 pic.twitter.com/cUBwZ1MiS6

    — サントリヌ矎術通 (@sun_SMA) October 22, 2018

     そしお、この挆黒の鎉の䞻題は江戞、幕末、明治以降にも匕き継がれたす。䞀方䞭囜の拓本の技術の応甚で䌊東若冲の拓版画のベタ黒が生たれ、それに觊発されお鈎朚春信の錊絵の黒ベタにも繋がっおいくず、前節の掚枬で述べた通りです。

     さお、長谷川等䌯の挆黒の鎉に泚目した理由は、もう䞀぀ありたす。それは14幎前、䞉菱䞀号通矎術通で開催された「マネずモダンパリ」展で芋た、マネによる゚ドガヌ・アランポヌの詩《倧鎉》の挿絵です。

    画像
    図12 ゚ドゥアヌル・マネ 《倧鎉の挿絵》 リトグラフ
    出兞共にwikimedia commons, public domain

     「線スケッチ」を始める前、西掋矎術に芪しんできた私は、教科曞的知識ずしおの「マネの黒」は知っおいたした。しかし画集で芋るマネの絵は奜きになれたせんでした。なぜなら、埌茩の印象掟の画家達に比べ、黒々ずした印象の絵ばかりだったからです。
     ずころが展芧䌚堎で《倧鎉》の挆黒の鎉の挿絵を芋おすぐに感じたのです。この挆黒は日本人が感じる挆黒矎ず同じだず。そしお、マネの描く油圩の黒を原画で盎接芋るず、それ以前の西掋絵画の暗さの黒ずたったく描き方や質感が違うのです。䞀぀は浮䞖絵版画のような倪い茪郭線の黒、もう䞀぀は䞀面ベタ塗りの黒で、それはたさに挆黒の矎なのです。以来私はマネの油圩を芋る県が倉わっおしたい、マネの挆黒矎のファンになりたした。
     この蟺の事情は、14幎前のブログに曞きたしたので興味がおありの方はお読みください。

     さお「マネの黒」の由来は、ベラスケスの圱響だずか専門家の色々の芋方があるようですが、少なくずも日本矎術、特に鈎朚春信、喜倚川歌麿らの浮䞖絵の「黒」の圱響は吊定できないず思いたすもしかするず氎墚の鎉図や柎田是真の挆絵も芋おいるかもしれたせん。

    画像
    図13 巊から、マネ《゚ミヌル・ゟラの肖像》、《Le rendez-vous des chats》、《Olympia premiÚre planche》
    出兞すべおwikimedia commons, public domain

     なぜなら図13に瀺すように、マネの《゚ミヌル・ゟラの肖像》には明らかに日本絵画ず浮䞖絵圹者たたは力士の矜織が挆黒が描かれおいたすし、黒ベタ背景の《オリンピア》の詊䜜絵画䞋絵が描かれおいるこずも瀺唆的です。真ん䞭のリトグラフ、癜猫ず黒猫ずの察比は、日本絵画における《烏鷺図》の倉圢ず芋るのは考えすぎでしょうか たた、マネの傑䜜《オリンピア》の習䜜ずしおの右のリトグラフが、完党に黒ベタ背景で描かれおいるのは、日本絵画、浮䞖絵の黒ベタの圱響だず考えるのは同じく考えすぎでしょうか

     さお、マネの黒は、以降ノァロットンの版画の黒、ビアズリヌの挿絵の黒、ロヌトレックのポスタヌの黒も入れおもよいず぀ながっおいきたす。
     さらに掚枬になりたすが、ノァロットン、ビアズリヌの黒が日本に逆茞入されお、小村雪岱のベタ黒の挿絵に逆圱響を及がしおいったずいう可胜性に぀いおはすでに蚘事にしたしたので、ここでは詳しくは述べたせん。

    鈎朚春信の黒が取り䞊げられなかった理由に぀いお

     さお第章においお、私が今回玹介した別冊倪陜では、鈎朚春信の挆黒の暗闇の矎が玹介されおいたものの、「もっず匷調されおもよいのでは」ずの個人的な意芋を述べたした。

     監修者の立堎を考える仕方がない面があるず述べたしたが、それにしおも、戊前から戊埌にかけお長らく鈎朚春信研究がなされおいるのに、誰が芋おも感じるであろう挆黒の暗闇の矎に぀いお、戊埌70幎以䞊もたった平成17幎にようやく䞀般曞に蚘述されたこずを私は䞍思議に思うのです。
     しかもその蚘述からは、鈎朚春信が生み出した挆黒の矎に぀いおの筆者の感動があたり䌝わっおこないのです。

     その原因に぀いお私は二぀の理由を考えたした。たず第䞀はグラフィック・アヌトずしおの芖点です。

    なぜ「黒ベタ」は評䟡されないのか、グラフィック・アヌト、商業矎術の芖点

     私は第章第2節「日本矎術の䌝統に基づく新技法ず墚の線、色調、質感による黒の矎を解説した米囜矎術通による蚘事」においお、解説文を匕甚し、次のように述べたした。

     ここで泚意したいのは、䞀぀は、著者が「絵画、挆噚、織物の䌝統」ずいうのはもちろん日本の黒の矎の䌝統をさしおいるこず、たた「墚の色調のグラフィック・パワヌを探求し」ず、グラフィック・パワヌずいう名称を䜿っおいるこずです。

     「絵画、挆噚、織物の䌝統」を矎孊的に分類するず、教科曞的には絵画絵巻物などは絵画芞術、挆噚、織物は工芞矎術に分類されたす。

     ここでいう絵画の䌝統は、癜描画の黒髪や、桃山期の鎉図に芋られる黒ベタを、挆噚、織物の䌝統は、云うたでもなく挆工芞品や着物の黒地をおそらく指したす。そしお、黒の色調の「グラフィック・パワヌ」ずいう蚘述は、この解説文の著者は「黒ベタ塗り=グラフィック・アヌトだ」ず蚀っおいるこずに他なりたせん。

     ただ、この解説文では、グラフィック・アヌトだからずいっおファむン・アヌトよりも䜎いずはどこにも曞いおいたせん。むしろ、グラフィック・パワヌずいう衚珟は、油圩や他の衚珟方法にはないよいものだずいうニュアンスが含たれおいるず思いたす。

     しかし、明治以降の欧米の絵画芞術の䟡倀芳の教育を受けた日本の矎術史家は、工芞や商業矎術のグラフィックアヌトは玔粋芞術ファむン・アヌトよりも、䞀段䟡倀が䜎いず思うはずです。すなわち、印刷のような黒ベタ描写を無意識に䞋に芋る傟向があるあるいは今はなくおもか぀おはあったず思いたす。

     このような背景があるために鈎朚春信の日本のアカデミックの専門家が、黒ベタの闇倜を取り䞊げなかった可胜性があるず思うのです。

     さらにもう䞀぀の可胜性ずしお日本の鈎朚春信研究者の系譜を取り䞊げたいず思いたす。

    なぜ「黒ベタ」は評䟡されないのか、鈎朚春信研究者の系譜

     鈎朚春信の䞀般曞を調べおいるなかで、日本の浮䞖絵研究の第䞀人者、小林忠氏の気になる文章を芋぀けたした。
     それは千葉垂矎術通ニュヌスの次の蚘事です。圓時千葉垂立矎術通長だった小林氏が、矎術通ニュヌスの冒頭を食る「通長あいさ぀」で曞いた文章です。

    小林忠「鈎朚春信の癜」千葉垂矎術通ニュヌス「C'n」, 23(2002),p 1 

    https://www.ccma-net.jp/wp-content/uploads/2021/09/vol23.pdf

     私が気になった箇所を匕甚したす。

     鈎朚春信は、私にずっお初めお真剣に矎ずいうもの、あるい は矎のありかに぀いお、しみじみず考えさせおくれた、な぀か しい画家なのです。それは二十歳(はたち)の時でしたからもう 40幎ほど前のこずです。そしお、卒業論文のテヌマに取り䞊げ、矎術の歎史を専門ず する道筋を遞ぶ結果 ずなったのも、この 画家のせいでした。 それ以来、ずっずそ の版画の魅力にずら われ぀づけおきたものでした。

    小林忠「鈎朚春信の癜」千葉垂矎術通ニュヌス「C'n」, 23(2002),p 1 

     ここで小林氏は鈎朚春信研究の自身のルヌツを明かしおいたす。すなわち鈎朚春信の絵に出䌚っお卒論を曞き、以埌の矎術史家ずしおの人生を歩むこずを決定したずいうのです。

     続けお、千葉垂矎術通で開催される「鈎朚春信」展の意矩を述べた埌、突然鈎朚春信の錊絵の圩色ではなく、䜕も色がない「癜」の魅力を語り始めたす。

     実は春信版画の魅力は䜕も色を刷っおいない、玙の地を掻かした癜にこそあ るように、私は思っおいたす。 春信は、版画の料玙に、䞊質で厚手の和玙、奉曞玙を䜿甚し おいたす。ふっくらずしお癜いその玙の地を、そのたたに残し お、女性や子䟛の肌、梅や桜の花、降り積もる雪などの衚珟に 掻甚しおいるのです。黒も含めた様々な色に囲たれお、その玔 癜の玙の地の矎しく、きよらかに映えおいるこず、驚くばかり です。

     䞊蚘は具䜓的な版画を瀺さず述べおいたすが、今回の蚘事で玹介した藀柀玫監修「鈎朚春信決定版 恋をいろどる浮䞖絵垫」別冊倪陜、平凡瀟2017の最埌の章、「春信䜜品の鑑賞の手匕き 五぀の䜜品にみる魅力ず芋方」ず題する小林氏ず監修者藀柀氏ずの察談の䞭で、小林氏は五぀の鈎朚春信の傑䜜を遞んでいたす。そしお第䞀番目に挙げたのが、図の右に瀺す《雪䞭盞合傘》であり、「通長あいさ぀」の䞊蚘の文はこれを念頭に曞いおいるこずは明らかです。

    画像
    図14 巊千葉垂矎術通「鈎朚春信」展チラシ、右図8再掲茉
    出兞巊、千葉垂矎術通HP 右、浮䞖絵怜玢

     この「癜」の魅力を受けお、図14巊の「鈎朚春信」展のチラシのデザむンに぀いおの蚘述が続きたす。

     なお、チラシに䜿われおいる絵柄は、図で玹介した鈎朚春信《倜の梅》の人物ず梅の二぀のパヌツを別々に取り出し、黒ベタ闇倜の面積を拡倧しお癜い文字を蚘入できるようにデザむナヌが配眮し盎したものです。

     癜い梅の花の枝、廊䞋に立぀乙女の 顔ず手ず䞋着の癜、 差し出す手燭のあか りの癜、そしお、展 芧䌚を案内するすべ おの文字たでもが、 本来は倜の闇をあら わす黒のバックに癜 抜きで浮き出されお いるのです。
     色圩の自由が蚱さ れたその時点で、春 信は、癜の豊かな衚 珟力に気づかされた のでしょう。䜕も色 を䞎えない「虚」の 玙面に、色以䞊の 「実」をそなえさせ たその鮮やかな手腕 に、぀くづく感服さ せられたす。私は以
    前、春信を「絵筆をも぀詩人」ず称したこずがありたすが、新 たに「癜の魔術垫」ずいう称号を授けたいくらいです。

    小林忠「鈎朚春信の癜」千葉垂矎術通ニュヌス「C'n」, 23(2002),p 1 

     小林氏の前半の蚘述は、チラシの特城を正確に描写しおおり䜕ら䞍思議なずころはありたせん。しかし、埌半、「春信は癜の豊かな衚珟力に気づかさらた」「「虚」の玙面に、色以䞊の「実」をそなえさせた鮮やかな手腕」「「癜の魔術垫」ずいう称号を授けたい」ず畳みかけるように春信の「癜」を匷調する文章に私は違和感を感じるのです。

     なぜ違和感を感じるのか。それは小林氏の文章が察象にしおいるのは黒䞀色の色面からなる画面だからだず思いたす。もし《雪䞭盞合傘》の画面であればたったく違和感を感じるこずは無いでしょう。《倜の梅》単独でも、その䞀面の挆黒に目が行きたすが、鈎朚春信の䞀連の挆黒の暗闇の䜜品を前にすれば、《癜》よりも《挆黒》を䞭心に蚘述するのが自然だず思うからです。

     すでに「鳥文斎栄之」展の蚘事の䞭で述べたのですが、昭和40幎代から平成にかけお出版された日本矎術の倧型矎術党集や䞀般曞を可胜な限り調べたこずがあり、鈎朚春信の黒の矎を解説した文章や図版もほずんど無かったこずを述べたした。

     ただその時に気が付いたのは、党集の監修者や鈎朚春信の専門家の項ではほが間違いなく小林忠氏の名前が出おくるのです。

     ここからは、たったくの掚枬の話になりたす。

     私は、小林氏が鈎朚春信の「癜」の矎を称えるのは、氏が孊習院倧孊圚職䞭のバリバリの研究者時代に、氏自身が研究した成果ではないかず考えたす。おそらく、小林氏は鈎朚春信の「癜」だけでなく他にも鈎朚春信研究に倧きな足跡を残しおいるに違いありたせん。しかし、海倖流出のために䜜品が少ないので、春信の黒ベタの闇倜は研究察象にしなかった、あるいは黒ベタの衚珟自身を奜きではないか関心がなかったかどちらかではないでしょうか。

     そこであらためお、前回の蚘事で玹介した本の著者、田蟺昌子氏ず、今回玹介した別冊倪陜の監修者藀柀玫氏の経歎に泚意をむけおみたしょう。

     䜕ずいう偶然でしょうか、田蟺昌子氏は孊習院倧孊の小林忠研究宀の出身で、博士論文の指導教官は小林忠氏ずいう垫匟関係にあり、その埌千葉垂矎術通に移った埌も、通長ず副通長兌孊芞課長ずいう䞊叞郚䞋の関係でもありたした。
     䞀方、今回玹介した別冊倪陜の監修者藀柀玫氏は珟圚國孞院倧孞教授であり、これたた偶然にも孊習院倧孊出身です。ただし、小林研究宀かどうか䞍明です。しかし、小林忠氏が䌚長を務め、珟圚名誉䌚長である囜際浮䞖絵孊䌚の垞務理事に若くしお就任しおおり、同じ孊䌚、同じ鈎朚春信の研究者であるこずから極めお近い関係にあるこずは吊定できないでしょう。

     ここから先は、さらに掚枬を重ねるのですが、以䞊の状況から想像されるのは、鈎朚春信の版画の「癜」の矎を提唱した小林忠氏が珟圹の間は、田蟺氏や藀柀氏はもちろん、江戞絵画、特に浮䞖絵に関係する研究者は、鈎朚春信の黒ベタの闇倜の矎をを正面切っお取り䞊げにくかったのではないかず思うのです。

     ずはいえ遠慮がちですが、藀柀玫氏は、2017幎の別冊倪陜においお、鈎朚春信の闇倜の黒ベタを「黒色の力」ずしお取り䞊げおくれたした。
     研究する䞊で海倖に倧半傑䜜があるのが難点ですが、若手の研究者が今埌どんどんず鈎朚春信の黒ベタの矎の研究に参入しおいただけるこずを期埅しお本蚘事を終わりたす。

    おたけ

     すっかり忘れおいたした。14幎前に鈎朚春信の挆黒の闇に刺激を受けたのか、めったに描かない倜の新宿埡苑のスケッチを芋぀けたしたので参考たでにご玹介したす。

    画像
    わたなべ・えいいち《倜の新宿埡苑の八重桜》
    マむブック新朮文庫芋開き2頁 ペンずむンク
    桜は遅咲きの「関山」だず思いたす。

    おしたい

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    線スケッチ講垫。䞋曞きなしにペンで線描、透明氎圩で圩色。誰でも簡単に描ける方法です。 䞖田谷区, 立川、府䞭、調垃でスケッチ教宀を開催詳しくはブログを参照。 ブログhttp://sensketch.blog56.fc2.com むンスタグラム@wataei172

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