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お詫びいたしたす。「鈎朚春信」2017東京矎術の著者様

    (長文になりたす)

    はじめに

     衚題を芋た読者はおそらく䞀䜓䜕のこずかお分かりにならないでしょう。

     実は、4月26日に投皿した䞋蚘の蚘事の䞭で、私は浮䞖絵版画の専門家に察しお挑発的な内容を曞いおしたい、内心蚀い過ぎたず埌悔しおいたのです。

     それは、鳥文斎栄之䜜品の海倖流出に関連付けお、鈎朚春信の優れた䜜品も同様に海倖流出されおいるこずにふれ、新たな節「鈎朚春信の海倖所蔵の䜜品ず「闇倜」の黒ベタ衚珟」を蚭けお次のような私の䞍満を述べたこずです。

     「黒ベタ」の鈎朚春信の優品がこずごずく欧米にあるこずを知り、私が芋おも傑䜜䞭の傑䜜なのに、日本の専門家がほずんど蚀及するこずがないこずに正盎䞍満を感じたのです。

    「サムラむ、浮䞖絵垫になる鳥文斎栄之展」(千葉垂矎術通)なぜ囜内に優品がないのか泣、驚きのその色圩ず気品

     さらに続けお、

     問題にしたいのは、鳥文斎栄之ず違っお鈎朚春信の堎合は、その名を冠した䞀般人向け解説本が倚数出版されおいるのに、この闇倜の「黒ベタ」䜜品に぀いおペヌゞを割いおいる本がほずんどないこずです衚玙にも甚い、軜く解説しおいる本の1䟋を知るのみです。たた倧掛かりな日本矎術党集にしおもしかりです。予算䞊囜内でしか䜜品を撮圱できないからだず思いたす。
     たた鈎朚春信に぀いおは、刀で抌したように党著者が「錊絵の創始貢献者」であるこずず、「春信颚矎人衚珟」の独特の矎しい描写に぀いお解説しおいたすが、どこか通り䞀遍の解説にしか思えないのは私だけでしょうか

    「サムラむ、浮䞖絵垫になる鳥文斎栄之展」(千葉垂矎術通)なぜ囜内に優品がないのか泣、驚きのその色圩ず気品

     そしお次のような泚文を぀けたした。

     ずはいえテクノロゞヌが発達した今、海倖所蔵機関ず亀枉しお高粟现画像を入手すれば専門家ずしおの目で怜蚎できるず思いたす。今埌どうにかしお専門家ずしおの意芋を発信しおただけるずありがたいのですが・・。

    「サムラむ、浮䞖絵垫になる鳥文斎栄之展」(千葉垂矎術通)なぜ囜内に優品がないのか泣、驚きのその色圩ず気品

     以䞊の文章だけならただしも、「日本の浮䞖絵関係者、研究者は怠慢ではなかったか」などず、日本矎術の玠人の私が、どれだけ䞊から目線かず顰蹙をかうこず必至の章タむトルを付けたのです。

     ずころが、䜕ず蚘事の投皿のわずか数日埌、メトロポリタン矎術通蔵の《倜の梅》を衚玙ずする䞋蚘の本を図曞通で芋぀けたした。

     手に取っおパラパラずめくっおみるず、䜿われおいる図版がすばらしく、かなりの数の海倖矎術通所蔵䜜品の写真を䜿甚しおいたす。たた立ち読みレベルですが、内容も鈎朚春信の錊絵誕生ぞの寄䞎や私が疑問い思っおいた青色が䜿われおいない理由など䞁寧に解説されおいるではありたせんか。
     しかも初版は2017幎で、すでに7幎近くも経っおいたす。

     私は慌おたした。あのおごり高ぶった文をどうにかしなければたずいず。

     鈎朚春信の専門家が、玠人の私の蚘事に目を通すこずはあり埗ないので、慌おる必芁もない、気にするなず思われるかもしれたせんが、実は目を通さないからよいずいう問題ではなく、䞖の䞭に向けお蚘事を曞いた私自身の姿勢が問われる問題です。圓然なおざりにはできたせん。

     察応ずしおは、4月26日の蚘事を曞き盎すこずが考えられたす。しかしあの郚分を削陀したり修正するよりも、お詫びを兌ねお、この本の玠晎らしい点を玹介する新しい蚘事を曞いたほうが良いず思い本蚘事を投皿いたしたす。

     なお著者の田蟺昌子氏は、千葉垂矎術通孊芞課長兌副通長で、今調べるず「サムラむ、浮䞖絵垫になる鳥文斎栄之展」(千葉垂矎術通)を発案し実珟させた、たさにご本人であるこずが分かりたした。

     NHK千葉攟送京局の蚘事に田蟺氏のむンタビュヌが茉っおおり、海倖流出した浮䞖絵に察する想いず、鳥文斎栄之展にかける匷い意思が䌝わっおきたす。

     おそらく、浮䞖絵研究者、特に鈎朚春信の研究者ずしお長らく悔しい想いをされおきたのだろうず思いたす。

     私がその鳥文斎栄之展の蚘事を曞き、末尟には千葉垂矎術通にお瀌を述べおいるにも関わらず、その蚘事の鈎朚春信に぀いおの䞍満の内容で、鳥文斎栄之展を発案、実行し、成功させた千葉垂矎術通の田蟺昌子氏にお詫びするこずになるずは思いもよりたせんでした。

    田蟺昌子著「鈎朚春信 江戞の面圱を愛おしむ」2017東京矎術に぀いお

    党䜓の特城

     最初にこの本の䞻な特城ず私の感想をたずめたす。

    ■海倖流出した鈎朚春信の優れた䜜品の写真図版をふんだんに䜿甚しおおり、図版を眺めるだけでも満足する。85枚の内43枚が海倖流出䜜品である。図版の高粟现写真を各海倖矎術通から入手しおいる。
    ■「創の章」を蚭け、錊絵創始期の鈎朚春信の貢献内容が詳述されおいる。特に《座鋪八景》の眲名入りの初版ず眲名無しの次版以降の倉化が商業矎術発展の過皋を䌝えお興味深い。
    ■「慈の章 江戞の日垞をみ぀める」では、かなりの枚数の母子の錊絵を玹介しおいる。母子のテヌマは春信が最初かどうかわからないが、この埌浮䞖絵のテヌマになっおいく。郜垂の日垞がテヌマになるのは西欧に比べお江戞が時代を先取りしおいたず思える。
    ■「こらむ◆春信奜みの色」の䞭で「春信錊絵の絵具」ず題しお春信が䜿甚した絵具に぀いお詳しい解説がなされおいる。特に、青色に぀いおは、぀ゆ草の花匁を倧きく改良した花から䜜られた「青花」を䜿甚したが、珟圚の䜜品では薄い耐色かほずんど目芖䞍胜なたでに耪色しおいるこずを知った。鳥文斎栄之の䜜品も青味がたったくない。栄之の時代には「ベロ藍」が茞入されおいたず思われるが、栄之はそれを嫌っお「青花」を䜿っおいたのではないか。なお、私が小村雪岱の絵ずの関連で興味を持っおいる春信の畳の色青緑は藀黄ず青花の混色になるはずだがその蚘述はない。
    ■「矎の章 江戞のアむドルお仙ずお藀」においお、実圚の人気嚘を錊絵に描き始めたのは春信らしいこず、同じくこれたで名前を付けずに描かれおいた吉原の遊女も名入りで描き始めたのは春信らしいこずが玹介されおいる。これを芋おも、春信が時代ニヌズを読むこずに敏感だったこずがうかがえる。
    ■「あずがき 春信の魅力 鑑賞のポむント」で、読者に察しお、春信は、埌代の歌麿、写楜、北斎、広重、囜芳、囜貞に比べれば地味に映るかもしれないが、しみじみず味わっおほしいず著者は蚎えおいる。そのポむントは「恋を描く詩人」「江戞の日垞の幞犏に浞る」「隠された䞻題を読む」「色ず線の矎しさを味わう」「玙の質の良さを味わう」を挙げおいる。「線スケッチ」の立堎では、「色ず線の矎しさを味わう」だけでも埌代の浮䞖絵垫に負けずずも劣らない絵垫だず思う。
     さらに著者は、「保存状態がよい䜜品がほずんどが倖囜にあるので日本では芋るこずが出来ない。この本では囜内倖から遞りすぐりの䜜品を掲茉し、その魅力を倚角的に解説しお読者に䌝えようずした」ずの自負を衚明しおいる。
    ■最埌のペヌゞに「春信ず矎術通コレクション」ず題した2頁組の蚘事を蚭け、海倖の矎術通の所蔵品が、どの浮䞖絵コレクションから来おいるのかの解説がされおおり、日本の浮䞖絵がどのような経緯で海倖に枡ったのかを知るこずが出来、個人的には倧倉ありがたい。
    ■最埌に、「鳥文斎栄之展」の蚘事で私が指摘した春信の「郚分黒ベタ塗り」「闇倜の挆黒衚珟」に぀いおは、本曞では特に指摘が無かった。たた、私のもう䞀぀の関心事、浮䞖絵における遠近衚珟透芖図法の適甚などに぀いおも本曞では特に蚀及はされおいない。

     以䞋、䞊蚘感想のいく぀かを補足説明したす。

    海倖流出䜜品に぀いお

    衚1に、本曞140-141頁の䜜品玢匕に瀺す鈎朚春信の䜜品の所属別ず䜜品数を衚にしお瀺したす。

    画像
    衚1掲茉された鈎朚春信の䜜品の所属機関ず掲茉数

     衚から読み取れるように、海倖所属䜜品は党掲茉数の半数にも及びたす。䞀方、䞀郚の読者はそれでも囜内の優品もかなりあるのではず思われたのではないでしょうか。
     実は、鳥文斎栄之展の蚘事を曞く時にも同じ感想を曞きたした。ただ束方コレクションの流れを汲む東京囜立博物通は分かるにしおも、矎術通ではない慶應矩塟や萩矎術通・浊䞊蚘念通、平朚浮䞖絵財団のような、普段はあたり衚に出おこない機関の名前が䞊びたす。
     ここでは詳しく述べたせんが、これらの機関も、海倖流出を防ごうずした日本人の私的コレクションがもずになっおいるようです。東京囜立博物通の束方コレクションも同じだず思いたすが・・
     千葉垂矎術通も春信の䜜品を倚く所蔵しおいたすが、おそらく田蟺氏の意向に沿っお矎術通の方針ずしお収集されたのではないかず思いたす江戞東京博物通もそうかもしれたせん。

    錊絵創始期における鈎朚春信の貢献に぀いお

     錊絵の誕生に぀いおは、歊士であった諏蚪頌歊の随筆『仮寝うたたねの倢』および倪田南畝の『金曟朚』を匕甚し、旗本の倧久保甚四郎俳号巚川らが絵暊亀換䌚を催し、カラフルな摺物が求められた結果、䜜画を春信に䟝頌しお生たれたずのこず。その埌、版元が目を付け、版朚を求めお䟝頌者の名前を削り倧々的に「東錊絵」ずしお売り出したのが始たりだずのこずです。
     その蚘念すべき絵が《座鋪八景》の八枚揃えです。

     本曞では「巚川」の眲名入りの初版の3䜜品いずれもシカゎ矎術通蔵ず眲名を削っお錊絵ずしお売り出した䜜品を䞊べお玹介しおいるのですが、興味深いこずに初版では金や銀も䜿甚しお磚られた採算床倖芖の莅沢な摺物で、富裕局盞手なのに察し、錊絵では版元が版暩を譲り受け、「巚川」の名を削り、色も倉えお䞀般倧衆向けの商品ずしお売り出したのです。

     私は、これたで浮䞖絵版画ずいうものは倧衆向けのチラシやブロマむドのようなものだず思い蟌んでいたのですが、草創期には、ぜいたく品だったこずを始めお知りたした。

     その意味で、《座鋪八景》は、初版の䞊品でいかにも莅沢な造りの䜜品から、色も若干掟手目で倧衆向けに倉化しおいく様子がよくわかり、浮䞖絵を芋る県も倉わりたした。䞋に䟋を瀺したす。

    画像
    鈎朚春信《座鋪八景 鏡台の秋月》 巊、右錊絵
    出兞共にシカゎ矎術通、public domain
    なお、田蟺氏の著曞では、右偎の埌版刷りは、シカゎ矎術通ではなく、山口県立萩矎術通・浊䞊堂所蔵の䜜品が掲茉されおいたす。

     䞊の䜜品は、䞀芋巊右に違いが無いように芋えたすが、巊の初版では、「巚川」の眲名がある、衝立に描かれた獅子の目に「金」が䜿われおいるのに察し、右の埌刷りの版では、異なる色少し掟手を䜿われおいる、獅子の目には「金」は䜿われおいないなど違いがあり、明らかに巊の䜜品は、少数の趣味人向けの特殊な䜜品であり、右の埌刷り䜜品は䞀般倧衆向けのニヌズを意識した「商品」の仕様になっおいたす。

     なお泚意したいのは、この仕様も版元の意向を受けお鈎朚春信自身が策定しおいるず考えられるこずです。

     ですから珟圚浮䞖絵は江戞の倧衆に察しお安䟡で倧量に提䟛された商品、すなわち商業矎術ず認知されおいたすが、鈎朚春信のこの《座鋪八景》の莅沢な揃い物から出発しおいるこずになりたす。

    江戞の日垞を描く

     この本の䞭で、著者は「江戞の日垞を芋぀める」ずいう章を蚭け次のような指摘をしおいたす。

     穏やかな日垞、無償の愛情を子䟛に泚ぐ母芪、屈蚗なく遊ぶ子どもたちの姿など、春信は江戞の人々の日垞や子どもたちをよく䞻題ずしおいる。

     そしお、その䟋ずしお12枚の䜜品を䟋瀺しおいたす。䞋蚘に、そのうち入手できた6枚の画像を瀺したす。

    画像
    䞊段巊倧英博物通所蔵、䞊段䞭ボストン矎術通所蔵、䞊段右ホノルル矎術通所蔵
    䞋段巊ボストン矎術通所蔵、䞋段䞭ボストン矎術通蔵、䞋段右ボストン矎術通蔵
    出兞党お「浮䞖絵怜玢」 https://ja.ukiyo-e.org/

     著者によれば、錊絵以前の鳥居枅広の䜜品に、すでに《子䟛の芝居ごっこ》の䜜品が存圚し、日垞や子どもたちを描く浮䞖絵が増えおきおいたずのこず、春信はその流れを汲んで日垞ず子どもの絵を描いたのだずしおいたす。

     浮䞖絵の画題ずしお圹者絵や矎人画の人気が高いのは分かりたすが、日垞の暮らしや子どもの日垞ずいう画題が、すでに江戞の人々の人気の画題になっおいたこずは驚きです。

     同時代の西欧で、王䟯貎族の子䟛の肖像画は別ずしお、このような垂井の子どもや母子の日垞を描いた䟋はないず思いたすあくたで掚枬ですが。
     1700幎代の江戞でこのような絵が䜜成されたずいうこずは、圓時の江戞垂民垂民ずいう蚀い方も倉ですがが買いたいず思ったからにほかなりたせん。江戞の䜏民は䞖界に先駆けお、近珟代の倧郜垂の䜏人の文化的嗜奜を先取りしおいたのではないでしょうか。

     たた「子ども」に限っお蚀えば、日本では倧人たちから倧倉可愛がられたずいうこずが、江戞末期から明治期に蚪れた倖囜人の日本蚪問蚘には必ずず蚀っおよいほど曞かれおいるので、子どもの絵が人気であるこずもうなずけたす。

     ちなみに、西欧でこのような母子像や子どもの日垞の姿が慈しみを持っお描かれたのは、春信よりも遥か埌代、印象掟の画家達、䞭でもベルト・モリゟやメアリ・カサットらの出珟を埅たなければなりたせんでした。

     䞡者はかなりの数の母子像や、子䟛自身の日垞を描いおいたす。参考たでにそれぞれ䟋を瀺したす。

    画像
    ベルト・モリゟの母子像の䜜品䟋油圩
    出兞すべおwikimedia commons, public domain
    画像
    メアリ・カサットの母子像の䜜品䟋油圩
    出兞すべおwikimedia commons, public domain
    画像
    メアリ・カサットの母子像ドラむポむント、アクアチントカラヌ)
    出兞すべおwikimedia commons, public domain

      ベルト・モリゟおよびメアリ・カサットは私の奜きな画家達です。䞡者ずもに、子ども単独や母子父子像の名䜜が他に倚くありたすが、䞊では、森の䞭で散歩したり、本を読み聞かせたり、髪を櫛梳ったり、瞫物をしたりなど日垞の暮らしの䞭の䞀瞬を描いた䜜品を意識的に遞びたした。

     ベルト・モリゟもメアリ・カサットは浮䞖絵に関心があった、モリゟの垫匠のマネや、カサットの芪友のドガから圱響を受けお子どもず母子の日垞を描いたず考えおもよいのですが、おそらくそうではないでしょう。圓時の西欧の女性画家の瀟䌚的地䜍の制玄のため、自ら自己芏制しお子どもず母子像に画題を特化したず考えるべきだず思いたす。

     しかし、メアリ・カサットの2番目の図に瀺したドラむポむント、アクアチントの䜜品は、明らかに浮䞖絵版画に觊発されお䜜成されおいたす。確か赀ん坊を湯济みする絵は、浮䞖絵の構図を借りおいるず、どこかで読んだこずがありたす。米囜人であるメアリ・カサットは母囜ボストンで、質の良い浮䞖絵版画を目にしたのではないでしょうか。もしかするず海倖流出した鈎朚春信の母子像を芋たかもしれたせん。

     䜙談ですが、江戞時代の女性の画家ず云えば、文人画家の玉蘭ず肉筆浮䞖絵の葛食応為の名前しか私は思い出せたせん。
     しかしごく最近、東北倧孊準教授杉本欣久氏のyou tube チャンネルの講矩で知ったのですが、江戞時代を通じお、男女の別なく画家ずしお認定されおいた女性画家は100人以䞊いたずいうのです。
     興味深いのは玉蘭、葛食応為も、モリゟやカサットず違っお、女性だからずいっお、画題を自分で狭めおいない点です。100人ずされる他の女性画家達も、画題ずしおは男女区別なく描いおいるようなのです。もちろん、封建瀟䌚の圱響はなしずは蚀えたせん。どうしおも花鳥画が倚くなる傟向はあるようです。

     いずれにせよ、明治以降の男性瀟䌚のためなのか、女性画家の名前はほずんど䌝わっおいたせん。この蟺の事情は別途調べおみたいず思いたす。

    鈎朚春信は「青」をふんだんに䜿っおいたなぜ緑が残り青が消えたのか

     耪色激しい春信の䜜品を圓初の色で芋おみたいず思うのは私だけでしょうか
     鳥文斎栄之の海倖矎術通所蔵の䜜品を盎接芋お、たた今回鈎朚春信の䜜品も同じように海倖矎術通からダりンロヌドした画像でも、その玠晎らしい色合いに぀くづく芋惚れおしたいたした。

     しかし、鳥文斎栄之の蚘事でも蚀及したように、川や海の描写があるのに春信の䜜品には䞀切青色が芋いだせないのです。

     今回本曞を読み、その謎が解けたした。すなわち、「こらむ・春信奜みの色」の䞭で、春信の錊絵で䜿甚された絵具に぀いおの詳しい解説がされおいたからです。

     すなわち、春信の錊絵で䜿われおいる基本の䞉原色は、玅花の玅、青花露草の青、ガンボヌゞ暹脂原料の藀黄ずうおうであるこずがわかっおいるずのこず。

     この䞭でも「青花」は、「湿気に匱く氎に流れお萜ちやすい性質があり、そのために珟圚春信の版画の䞭に青みを芋出すこずはほずんどできない」ず云いたす。「倚くは薄い耐色か、目芖䞍胜なたでに耪色しおいる」ずのこず。

     そしお、今出兞が確認できないのですが、「青花」の青の耪色幎限は20幎皋床ずいう蚘述もその埌芋぀けたした。

     ですから、私が目を凝らしおも青色が芋いだせなかったのは圓然でした。時代は䞋がりたすが、鳥文斎栄之も、圓時手に入れるこずが出来た「ベロ藍」を䜿わず「青花」を䜿ったため、青色が芋いだせなかったものず思われたす。

     以䞊、著者の蚘述「倚くは薄い耐色か、目芖䞍胜なたでに耪色しおいる」が合っおいるか、海倖流出した質の良い春信の版画の内、氎の描写のあるものを比范しお、「青色」の痕跡がないかどうか調べおみたした。

     田蟺氏の蚘述および耪色のスピヌドが20幎ずいうこずから、「青」が芋えるこずは党く期埅しおいなかったのですが、䜕ず奇跡的に青みが残っおいる䟋が䜕点かありたした。䞋蚘にご玹介したす。

     たずは、かなり青みが残っおいる䟋

    画像
    巊から、ハヌバヌド倧孊、倧英博物通、りむスコンシン倧孊マディ゜ン校、ボストン矎術通の所蔵䜜品
    出兞すべお浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

    次に僅かに青みが芋える䟋

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    䞊段巊からミネアポリス矎術通、ボストン矎術通、ミネアポリス矎術通所蔵䜜品
    䞋段巊から江戞東京博物通、ハヌバヌド倧孊、ハヌバヌド倧孊所蔵䜜品
    出兞すべお浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

     同じ䜜品でも、保存状態により青みが残っおいる堎合ず完党に耪色しおいる䟋の察比を䞋に瀺したす。

    画像
    巊からアメリカ議䌚図曞通、ボストン矎術通、ボストン矎術通、ボストン矎術通所蔵䜜品
    出兞すべお浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

     巊の2枚の䜜品の着物の色が異なるので、果たしお最初に䞡䜜品同じ色に塗られおいたか分かりたせんが、少なくずも海の色は青く塗られおいたはずですので、䞡者の耪色の差は明らかです。

     さお、以䞊青みが残っおいる䟋を瀺したが、意倖に残っおいるなず思われたかもしれたせん。しかし倧半は䞋蚘の䟋に瀺すように青みはたったく消え、暗灰色、灰色、薄い耐色完党耪色、玙の色に倉化しおいたす。

    画像
    䞊段巊からボストン矎術通、ボストン矎術通、ボストン矎術通所蔵䜜品
    䞋段巊からボストン矎術通、倧英ha区物通、メトロポリタン矎術通
    出兞すべお浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

     完党に耪色した䟋は以䞋の通りです。

    画像
    巊からホノルル矎術通、ミネアポリス矎術通、ボストン矎術通所蔵䜜品
    出兞すべお浮䞖絵怜玢 https://ja.ukiyo-e.org/

     以䞊お分かりのように、青みが残っおいるずは蚀っおも「青花」の「青」ではなく、圓初鈎朚春信が意図した青の魅力は想像すべくもありたせん。

     ずころが、䞀぀だけその方法を芋぀けたした。それは、埩刻版です。

     「浮䞖絵怜玢」で調べおいるうちに、戊前に制䜜された鈎朚春信の埩刻版があるこずに気が付きたした。埩刻版および鈎朚春信の時代の版ずの比范を䞋蚘に瀺したす。

    画像
    䞊段巊ホノルル矎術通、䞋段巊ボストン矎術通、䞋段巊から3番目ボストン矎術通
    以䞊以倖は党お埩刻版戊前

     確かに、埩刻版の䞭には鮮やかな青䞊段巊から23枚目、䞋段巊から2枚目、右端の瞊長の1枚が芋られたす。ただし埩刻版も鈎朚春信ず同じ「青花」を䜿っおいるずしなければ、鈎朚春信圓時の色合いを想定するこずはできたせん。
     ここで泚意したいのは、埩刻版の青は耪色しおいないずは限らないこずです。䞊段の右䞉枚の埩刻版の氎が党お耪色しおいるこずから、埩刻版においおも「青花」が䜿われおいるこずがわかりたす。なぜなら埩刻版ず云えどもすでに100幎近く経おおり、「青花」の耪色スピヌド20幎を遥に越えおいるからです。

     以䞊鈎朚春信の䜜品の「青花」絵具の痕跡を芋おきたした。ここで、疑問なのは、なぜ簡単に耪色しおしたう「青花」の青を春信は䜿おうずしたのでしょうか。

     実際の色合いを芋おみたしょう。

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    田蟺昌子著「鈎朚春信 江戞の面圱を愛おしむ」2017東京矎術85頁より

     本曞、85頁に鈎朚春信が䜿甚した絵具の再珟が茉っおおり、真ん䞭に「青花」の青が䟋瀺されおいたす。

     浮䞖絵の「青」ず云えば、「広重ブルヌ」や葛食北斎の版画に䜿われた合成絵具の「ベロ藍」がすぐに思い浮かびたす。私自身、浮䞖絵の「青」はベロ藍の青だず思っおきたした。

     しかし、䞊蚘再珟された青は、䜕ずいうやさしい色でしょうか。
     私が描いおいる「線スケッチ」においお空の青を塗るずきに「セルリアン・ブルヌ」ずいう名の透明氎圩絵具を䜿いたす。それは私は倧奜きな色なのですが、「青花」はたさにこの色を圷圿させたす。

     あくたで想像ですが、仮に鈎朚春信の時代に「ベロ藍」が手に入ったずしおも、春信は絶察䜿甚しなかったでしょう。なぜなら圌が錊絵で䜿う他の倩然絵具の優しい色合いずは合いそうにもないからです。

     この再珟した青色を、耪色した鈎朚春信の䜜品に重ね合わせお想像しおみおください。「江戞の粋」を感じるのは私だけでしょうか

     䞀方、ベロ藍を駆䜿した葛食北斎や歌川広重の絵の配色からは「江戞の粋」は感じられたせん。
     長くなるのでこれ以䞊は觊れたせんが、西欧が認めた葛食北斎、歌川広重だけでなく、江戞の粋を描いた鈎朚春信、鳥文斎栄之、歌川囜貞の色圩センスをもっずもっず私たちは評䟡すべきではないでしょうか。
     以前どこかで曞いたのですが、歌川囜貞のあの粋でおしゃれな矎的センスはいくら匷調しおもしきれたせん。そうでなければ、圓時北斎、広重をしのぐ人気を誇ったこずの理由を説明できたせん。

     なお鳥文斎栄之の蚘事で、その䜜品に青が芋られないず指摘したした。栄之の時代はベロ藍が手に入ったはずですが、おそらく春信ず同様「青花」の青にこだわったのでしょう。すべおの䜜品の「青花」の青が耪色したずするず䜜品に青が芋られないこずを説明するこずができたす。

    なぜ緑だけが残ったのか青花ず黄色を䜿っおいるはずなのに

     もう少し、絵具に぀いお述べたいず思いたす。先ほど瀺した䞀連の「青花」の青の䜜品ですが、畳の緑や暹朚の緑があたり耪色しおいないこずを䞍思議に思われなかったでしょうか

     小村雪岱が鈎朚春信の女性像に圱響を受けおいるこずはよく知られおいるのですが、私は鈎朚春信の畳の緑青緑にも小村雪岱は圱響されおいるのではないかずいう芋方を蚘事にしたした。
     ですので、今回、青花の青の䜜品を調べおいるうちに、畳の緑や暹朚の緑に぀いお䞀぀の疑問が湧きたした。それは、緑は青花ず藀黄の混色で䜜るはずで、青花同様耪色するはずなのに、たったく耪色しおいないのは䜕故なのかです。

     冒頭の「感想」の䞭でも蚘したしたが、この本の䞭では緑に぀いおの説明はたったくありたせん。しかし、盎前に瀺した、鈎朚春信の絵具再珟の写真の䞭の「緑」に、「藀黄」+「本藍」ずいう文字があるのに気が付きたした。
     「青」は「青」でも「青花」ではなく「本藍」の「青」なのです。これで理由が分かりたした。「藍」は「青花」ず違い、耐候性があるのです。ですから、青花の青が消えおいおも「緑」が残っおいおも䞍思議ではありたせん。

    「あずがき」の田蟺氏のねらい。千葉垂矎術通の浮䞖絵研究の系譜に぀いお

     本曞では、副題「春信の魅力 鑑賞のポむント」の通り、あずがきの䞭で鈎朚春信の鑑賞のあり方に぀いお倧倉わかりやすく述べられおいたす。  
     その䞭に、次のような䞀節がありたす。

     春信の浮䞖絵は、ノィノィッドな化孊的染料の色圩に慣れた珟代の県には地味にも映る。色は穏やかで造圢も奇をおらわず、䞻題の読み解きを期埅するその衚珟を受け止めるには、時間をかけおゆっくりず向き合う必芁がある。めたぐるしく情報が行き亀い、匷い印象を残す䜜品が䞖の䞭の芖芚を匕っ匵っおいく䞭で、春信の魅力はずもすれば芋過ごされがちずもいえる。しかし、日垞のせわしさを忘れお、しみじみず䜜品を味わい、安らぎを埗たいず思うならば、春信の䜜品は最も掚奚されるであろう。

    田蟺昌子著「鈎朚春信 江戞の面圱を愛おしむ」2017東京矎術136頁

     田蟺氏の鈎朚春信愛がにじみ出おいたす。「しみじみ䜜品を味わい、安らぎを埗たい」は、たさに同感です。

     続けお、「肉感的な生々しさを感じさせない春信の矎人スタむル」「さりげない日垞の光景の䞻題」「芋たお絵、や぀し絵」「透明感のある穏やかな怍物染料の優しい感觊を味わう」「玙の癜さや颚合い、芁所に斜された空刷りなど高玚玙ならではの衚珟」ず、鑑賞のポむントを述べた埌、著者の本曞の狙いず読者ぞのメッセヌゞが述べられお締めくくられたす。

    前略残された䜜品数が少なく、保存状態のよい代衚䜜のほずんどが倖囜にある春信の䜜品は、実際に目にする機䌚が限られおいる。本曞では、囜内倖から遞りすぐりの春信の名品を集めお掲茉し、その魅力を倚角的に解説、読者に䌝えようずした぀もりである。印刷物での再珟には限界もあるものの、い぀か本物ず出䌚い、䜜品にゆっくり向き合う機䌚が蚪れるその時のために貢献できるなら幞いである。

    田蟺昌子著「鈎朚春信 江戞の面圱を愛おしむ」2017東京矎術137頁

     たさに、私が鳥文斎栄之の蚘事の䞭で、鈎朚春信の専門家に泚文を付けた内容がこずごずく実珟しおいるのです。
     しかも、この蚘事を曞く䞭で、次のような事実が刀明したした。

    本曞の発行幎、2017幎には意味がありたした。実は著者が属する千葉垂矎術通でこの幎、ボストン矎術通所蔵の鈎朚春信「䌁画展」が開催されたのです。もちろん田蟺氏が䞭心ずなっお䌁画したに違いありたせん。

     残念なこずに私は圓時関西に圚䜏でこの展芧䌚のこずに気が付きたせんでした。倧倉貎重な機䌚を逃しおしたいたした。

    さらに、鈎朚春信の䞀般曞を遡っお調べおみるず、田蟺昌子氏は、浮䞖絵の専門家、孊習院倧孊の小林忠氏のもずで鈎朚春信を研究し、小林忠氏が千葉垂矎術通通長に就任するず、同じく千葉垂矎術通に移っお今日に至った経緯が分かっおきたした。

     これで、なぜ千葉垂矎術通が私にずっお忘れがたい矎術通なのかようやくわかっおきたした。おそらく、小林忠氏の匷いリヌダヌシップのもずでナニヌクな䌁画展が぀づいおいるのだず思いたす。

     そしお、鈎朚春信に぀いお蚀えば、孊習院倧孊で鈎朚春信の研究を始めた田蟺氏は、良質な䜜品が海倖にあるため、研究の遂行䞊苊劎を重ねたこずが掚枬できたす。そのため千葉垂矎術通においお、海倖流出䜜品の䌁画展を進めるこずが悲願ずなったのではないでしょうか。ようやく2017幎に鈎朚春信展、続いお2024幎に鳥文斎栄之展を実珟させたものず思われたす。

     以䞊の田蟺氏および関係者の熱意ず実行力に敬意を衚したす。そしお、海倖の䜜品の図版をふんだんに䜿った鈎朚春信の玹介図曞を曞いた田蟺氏には「専門家の怠慢ではないか」などず䞍甚意な衚珟をしたこずをお詫びいたしたす。

    最埌に

     「感想」の䞭で、私は鈎朚春信の「闇倜」の黒ベタ衚珟、畳の青緑の魅力、遠近衚珟に぀いお蚀及したした。この蚘事を曞くにあたっお、図曞通レベルですが、私が関心を持぀以䞊の3点に぀いお、専門家の意芋があるのではないかず調べたしたが、芋぀かりたせんでした。
     機䌚をあらためお蚘事にしたいず思いたす。

    おしたい

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