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ネクストコア孀独な倜に、寄り添う知性を第3章②

    前の節

    呚囲の芖線を避けるように、ビルの裏手ぞず回り蟌んだ。
    日陰になった狭い通路には、巚倧な宀倖機が䜕台も䞊び、ゎロゎロず重䜎音を響かせながらアスファルトに向けお熱颚を吐き出しおいる。
    油ず埃の混じった匂いが錻を぀いた。
    壁に背を預け、ポケットからスマヌトフォンを取り出す。
    画面に觊れようずした、その時だった。

    「あのヌ、そこでなにしおるんですかぁ」

    すぐ背埌から、堎違いに明るい声がした。

    「ネクストコアの人ですよね」

    振り返るず、䞀人の女が立っおいた。
    どこかで芋芚えがあるず思ったら、ここ数日、䌚瀟の前ですれ違う瀟員に片っ端から声をかけおは、迷惑そうにあしらわれおいたあの䞍審者だ。

    「どうしおも話を聞いおほしくお。損はさせたせんから」

    䜐々朚の譊戒を孕んだ芖線にも動じず、女は話を続けた。
    数歩の距離。譊戒心が薄いのか、それずも薄いふりをしおいるのか、枬りかねる距離感だった。
    なぜ、今、このタむミングで自分なのか。

    䜐々朚は無蚀のたた、端末をポケットに戻した。

    「  䜕の甚ですか」

    声が、宀倖機の駆動音に削られお䜎く響く。

    女は鞄からプラスチックのパスケヌスを取り出すず、芪しげに差し出しおきた。
    「だから、怪しいものではありたせんっお。これ、名刺です」

    無理やり抌し付けられた名刺には、぀い先ほどコン゜ヌルで芋かけた名前が印刷されおいた。

    「吉野かおり」

    文字の意味が脳に届いた瞬間、䜐々朚の思考が完党に停止した。
    冷たいモニタヌの光の裏に隠されおいた、あの無機質な文字列。
    プラむバシヌを剥ぎ取られた行動履歎。それらず䞀緒に䞊んでいた、あの名前だ。

    目の前の女は、䜐々朚の衚情の劇的な倉化を芋逃さなかった。

    「あれ もしかしお私のこず知っおたす」

    アスファルトから這い䞊がる熱颚のなかで、䜐々朚は呌吞の仕方を忘れたように立ち尜くしおいた。
    デヌタずいう名の暙本箱から、生身の人間が、血の通った肉䜓を持っおそのたた歩き出しおきたかのような錯芚。
    その異様さにそぐわない気の抜けた声に、䜐々朚は足元が溶けるような眩暈を芚えた。

    「あのさ、ここで䜕しおいるか知らないけど」
    吉野はビルの軒先に芖線を移した。
    「あそこにカメラがあるよ。あなた芋られおるんじゃない」

    䜐々朚はハッずしお、匟かれたように呚囲を芋回した。
    裏口のすぐ䞊にドヌム型の監芖カメラが、濁ったレンズをこちらに向けお静かに䜇んでいる。
    その狌狜した姿を芋お、吉野の唇の端が歪んだ。ニダリず、獲物を芋぀けたような笑みが溢れる。
    䜐々朚が本圓に「怪しいこず」をしおいるのだず、確信を埗た顔だった。

    「じゃあさ、い぀たでもここでこうしおいるわけにはいかないよね」
    吉野はパスケヌスを鞄に攟り蟌むず、圓然のように䜐々朚のパヌ゜ナルスペヌスぞず螏み蟌んできた。

    「私、お昌ただなんだよね。なんか食べに行こう」

    遮るもののない昌の陜気ず、巚倧な宀倖機が吐き出す熱颚。
    そしお、怪しさ満茉の女が攟぀圧倒的な生身の圧力に䞻動暩を完党に握られ、䜐々朚はただ力無く埓うこずしかできなかった。

    オフィスのすぐ目の前にある、ガラス匵りのカフェは、昌䞋がりの喧隒に満ちおいた。

    「すごヌい、これこれ」

    吉野は、テヌブルに運ばれおきた過床に装食されたパンケヌキを、スマヌトフォンのカメラで䜕床も小刻みに撮圱しおいる。
    䜕重にも盛られたピンク色のホむップクリヌムず、毒々しいベリヌの゜ヌス。
    圌女はニコニコず笑いながら画面をタップしおいるが、昌間の容赊ない蛍光灯の䞋で芳察するずその掟手なネむルや安物のアクセサリヌにはどこか寂しさが珟れおいた。
    スマヌトフォンの画面をなぞる圌女の指先が、也いた音を立おお滑り続ける。
    画面越しに芋るそれは、フィルタヌの加枛で、目の前にある実物よりもさらに䞀段、鮮やかで甘そうに芋えた。
    圌女が求めおいるのは最適化された称賛ではなく、自分ずいうノむズをそのたた網膜に焌き付けおくれる、生身の誰かの摩擊を䌎う県差しだった 。

    䜐々朚は、䞀口も぀けおいない濃いめのアむスコヌヒヌを前に、苊々しくその光景を眺めおいた。
    喉の奥たで聞きたいこずが競り䞊がっおいるのに、目の前のあたりにも軜薄な色圩ず、カシャカシャず響くシャッタヌ音の暎力に気圧され、身動きが取れない。
    自分ずは䜏む䞖界が違う。
    EMMAが最倧公玄数のロゞックで甘やかし、党肯定しようずする兞型がこういう人間なのだろうず思った。
    そんな人間になす術なく埓っおいるこずに、猛烈にうんざりしおいた。

    「さおず」

    写真を撮り終えた吉野が、倀螏みするような芖線で䜐々朚をたっすぐに凝芖する。
    あれだけ隒いだパンケヌキには、もう興味を倱ったかのようだった。

    「あなた、ネクストコアの人でしょ」

    䜐々朚が口を開きかけるのを、圌女は掠れたネむルの指先で軜く制した。

    「あのさ、敷島っお人がいるでしょ 䌚わせおよ」

    敷島。マヌケティング郚郚長。たたあの䌏魔殿の名前だ。

    「  いや、そう簡単には䌚えないよ」

    「いや、同じ䌚瀟なんだからちょっず連絡するぐらいしおみおよ。内線ずかでさ」

    吉野は悪びれもせず、窓の倖にそびえ立぀巚倧な本瀟ビルを指差した。
    ここからずっず䌚瀟を芋匵っおいたのだろうか。あたりにも無蚈画で、行き圓たりばったりが過ぎる。

    䜐々朚は呆れを通り越し、冷えた声で質問を返した。

    「そもそも、なんで俺がネクストコアの人間だず気が぀いた」
    「だっお、䌚瀟から出おくるの芋えたし。それにほら」

    吉野が、䜐々朚の胞元を指さす。芖線を萜ずすず、銖から䞋げたたたの瀟員蚌が、プラスチックの冷たい光を攟っおいた。

    「あずはね、あなた盞圓怪しかったよ。隠し事しおたす、っおいうオヌラが党身から出おたよ」
    吉野はストロヌをくわえ、悪戯っぜく笑う。

    「だからね、この人なら私のお願い聞いおくれるず思ったの」

    䜐々朚は自分の臎呜的な迂闊さに、情けなさを通り越しお惚めな気分に陥った。

    「なぜ、敷島さんに䌚いたいんだ」

    「敷島さんはね、昔の知り合い。今は随分偉くなっちゃったけど、昔ちょっず䞀緒に仕事しおいたんだよ」

    吉野はパンケヌキの䞊のクリヌムを雑にすくいながらさらりず蚀った。

    「だからね、ちょっずばかし、色々融通きかせおくれないかなっお思っお」

    「知り合いなのに、䌚瀟の前で匵らないず䌚えないのか そんな䞍審な人間、仮に俺がアポむントを取れたずしおも、近づけるわけにいかない」

    「たあねヌ。でもさ、今あなたの䌚瀟、倧倉じゃない 䟋の逮捕された圹員の件ずかさ。こずの顛末を私が動画にしたら、もしかしたら䞀発でバズるかもしれないし」

    目の前の女が平然ず口にする危なっかしさず、底の浅い脅迫に、䜐々朚は頭がクラクラした。
    組織の巚倧さも、自分たちが觊れおいる火薬の信管の恐ろしさも、この女は䜕も分かっおいない。

    「私だっお、䜕にもなしに䌚えるずは思っおいないよ。でもね、最近、敷島さんからこんなメヌルが送られおきたんだ」
    吉野はごぞごぞずスマホをいじり始める。

    「実は知り合いっおこずすらすっかり忘れおいたんだけど、このメヌルで思い出しちゃっお。あ、これ䜿えるわ、っお」

    吉野が画面を䜐々朚の方ぞ向ける。
    画面を芗き蟌んだ䜐々朚の目が、わずかに芋開かれる。
    そこには、『この床、圓瀟における情報挏掩事件においお、ナヌザヌの皆様ぞ重芁なお知らせず利甚芏玄の倉曎を  』ずいう、䞀芋すれば定型の事務的な文面が䞊んでいた。
    だが、チラリず䞀瞥しただけで、䜐々朚の゚ンゞニアずしおの嗅芚がその䞍自然さを看砎した。

    情報挏掩の被害者に察しお、䌚瀟が個別にこのようなメヌルを送ったずいう話は、瀟内のどの共有事項にも䞊がっおいない。
    䜕より、システム管理郚や法務郚ではなく、こういった通知を送る暩限を持たない「マヌケティング郚の敷島」の名矩で送られおいた。

    点ず点が、脳内で火花を散らしお結び぀きはじめる。
    これは利甚芏玄の倉曎などではない。
    個人情報を保管されおいた被害者たちに察し、敷島が裏で網を匵り、口封じを行うための隠蔜工䜜だ。
    そしお、この敷島の暎走に察抗するために、加藀はあの倜、最深郚のデヌタを操䜜したのではないか。
    だずしたら、あれは単なる背任などではない。
    この女が持っおいるメヌルは、マヌケティング郚の䞍正を暎くための決定的な蚌拠になる。

    䜐々朚は身を乗り出し、声を朜めお迫った。
    「  被害者ずしお、正匏に譊察か匁護士に名乗り出ろ。このメヌルは異垞だ」

    䜐々朚の急激な態床の倉化、その県光の鋭さに、吉野は䞀瞬だけ身を匕いた。
    だが、すぐに自分が䟡倀のあるカヌドを握っおいるのだず察し、小悪魔的な笑みを戻した。

    「えヌ、じゃあ、敷島に䌚わせおくれたらやっおもいいよ」

    亀枉材料ずしお、完党に握られおしたった。
    䜐々朚は奥歯を噛み締め、考えあぐねた。このたた敷島に察面させるず䜕をしでかすか分からない。
    だからず蚀っお、簡単に䌚わせる手段もない。

    ――いや、ある。

    敷島ぞ぀ながるルヌトはある。あの謎の領域、「圹員行動管理」にアクセスすれば、敷島が今どこで䜕をしおいるのか、その詳现な足取りが掎めるはずだ。

    「  分かった。調べるだけ、調べる」

    䜐々朚は鞄からノヌトPCを取り出し、膝の䞊で開いた。
    業務に戻らなければならない時間はずうに倱われおいたが、あの、ただ垞時流れ続けるログを眺めるだけの、タバコの匂いが挂う死んだ垭に戻りたいずは、もう埮塵も思わなかった。

    慣れた手぀きでコマンドを打ち蟌み、瀟内ネットワヌクの防壁をすり抜けおいく。
    通垞なら䞀発で匟かれるはずの圹員領域が、なぜか抵抗もなく「ぬるり」ず開いおしたう。
    この、誰の蚱可も埗おいないはずなのに鍵が開いおいる感芚は、䜕床やっおも生理的な嫌悪感を抱かせた。
    ハッキングが成功した党胜感などない。居心地の悪い、邪悪で暗い空間に包たれた気になり、胃が競り䞊がっおくるのを感じた。
    キヌボヌドを叩く右手の薬指から、カチ、ず音がした。

    画面に展開された圹員行動管理ログ。
    加藀の動向を芋るための欄は――空癜だった。
    逮捕圓日どころか、䜐々朚が吉野のデヌタを芋た日から党お䞍自然に空癜期間ずなっおいる。

    䜐々朚は急いで敷島の今日の予定ぞずカヌ゜ルを動かした。
    ログによれば、敷島は間もなく垰瀟し、その埌の予定は瀟内での執務のみ。
    䌚瀟の䞭に入られおしたえば、セキュリティの壁に阻たれお近づくこずはできない。
    だが、明日の予定の欄には、倕方、郜内の高玚ホテルで海倖のステヌクホルダヌずの䌚食が入っおいた。
    ここなら、ホテルのロビヌで敷島を確実に埅ち受けるこずが可胜だ。
    動かなければいけない衝動に、背䞭を抌され始めおいた。

    その時、画面の端のステヌタスが点滅した。
    『14:30 垰瀟あず2分』

    このたた吉野に詳现な予定を教えるのは埗策ではない。
    手前にある情報だけを䜿っお、この女をコントロヌルしなければならない。

    䜐々朚は、液晶画面をパタンず倧きな音を立おお閉じた。
    「よし。じゃあ今から窓の倖を芋おみろ」
    唐突な指瀺に、吉野は怪蚝そうな顔をしながらも、促されるたたガラス窓の向こう、本瀟ビルの正面ロヌタリヌぞず芖線を向けた。

    タむミングは完璧だった。
    タクシヌが停車し、ドアが開く。
    車内から姿を珟したのは、仕立おの良いスヌツに身を包み、髪䞀本乱れのない姿の敷島だった。
    人間ずいうよりは高床にチュヌニングされた機械のような無駄のない動䜜で、ビルの䞭ぞず吞い蟌たれおいく。
    時蚈の針は、正確に14時30分を指しおいた。

    吉野の目が、芋たこずもない色に倉わった。
    PCを閉じた盎埌、男の告げた通りの時間に、タヌゲットが寞分違わず目の前に珟れたのだ。
    吉野は、ゆっくりず䜐々朚の方を振り返った。
    その瞳には、これたでの舐めきった態床は埮塵もなく、目の前にいる冎えない男を、システムを完党に掌握しおいる「本物の魔法䜿い」ずしお恐れる、玔粋な畏怖が浮かんでいた。

    「明日、チャンスがある。堎所ず時間は远っお連絡するから、それたで倧人しく俺の指瀺に埓え。勝手な真䌌をしたら、敷島には二床ず䌚えなくなるず思え」

    䞻導暩を完党に奪い返した䜐々朚は、冷たくそう蚀い残しお垭を立った。
    吉野もたた、小さく頷いおそのたた匕き揚げおいった。

    その日の倜。
    䜐々朚は静寂に包たれた自宅に垰っおきた。
    窓のないオフィスの重䜎音も、カフェの隒音もない、ひどく静かな郚屋。
    圌はリビングの゜ファに座り、今日起きた出来事を冷培に振り返っおいた。

    ――あの堎所は、䞀䜓䜕だったのだろう。

    あの暗号化されおいない平文ファむルも、今日の圹員行動管理も、あり埗ないはずの通信が䜕の手向かいもなく通っおしたった。
    偶然にしおは出来すぎおいお、綺麗すぎる。
    たるで、誰かが意図的に配眮した、透明な通路だ。
    誰かが自分に、あのタむミングで芋せたがっおいたのではないか。

    䜐々朚の脳裏に、最悪の劄想がかすめる。
    人間を甘やかし、心地よい蚀葉だけを聞かせ、考える力を捚おさせようずする、あの䞖界最高の頭脳。
    あれは、自分の個人的な怚嗟や、加藀を救いたいずいう願いさえもすべお蚈算に入れた䞊で、その望みを党肯定し、叶えようずしおいるのではないか。
    そんなこずは起こり埗ないのだず、゚ンゞニアずしお知り尜くしおいる。
    だが、掌の䞊で螊らされおいるかもしれないずいう底知れない恐怖を、完党に拭い去るこずはできなかった。

    ――そうだずしたら、俺はここでどうする。思惑には乗らないぞず匕き䞋がるか

    もし自分のこの激昂さえも、EMMAにずっおは想定枈みの『䟋倖凊理』に過ぎないずしたら。
    自由意志による抵抗の぀もりで、実際はシステムの脆匱性を炙り出すための実行ログを、無意識に刻たされおいるだけではないか。

    ――いや、違う。関係ない。

    あれが蚈算だろうず陰謀だろうず、やるこずは倉わらない。

    䜐々朚は組んだ手を口元に圓お改めお状況を考え盎す。
    冷静に事実を䞊べ盎すず、加藀の無実を勝ち取るにはただピヌスが足りなかった。
    吉野が持っおきたメヌルも含め、敷島の隠蔜を蚌明する確たる蚌拠など、珟段階では䜕もない。
    あるのはただ、䞍穏な繋がりの気配だけだ。

    それでも、䜐々朚にはできるこずがあった。吉野ず共に敷島の前に立ち、その反応を確かめる。
    胞の奥に、静かな熱が灯るのを感じた。
    悪くない気分だった。
    久しぶりに、自分の意志で動いおいる感芚があった。

    【目次】

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    #創䜜倧賞2026
    #お仕事小説郚門


     
     
    急に小説を曞きたくなったので曞き始めたした。 私は面癜いず思っおいるので読んで䞋さい。

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