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ネクストコア:孤独な夜に、寄り添う知性を(第4章②)

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    都心から電車で二時間。駅を降りてから数キロ。
    あたりは田畑と雑木林が広がる里山となっていた。
    プレミアムなスニーカーは泥に塗れ、都会の空調に最適化された高価なパーカーは、容赦ない熱気と湿度の前で肌にべっとりと張り付いている。
    ほとんど藪のような道を進むが、さきほど「脳神経研究室」と書かれた看板があったので、このまま進んでいいはずだ。

    やがて白い軽トラックの脇に長靴を履いた男が一人、背を向けて屈んでいるのが見えた。
    泥のついた軍手で金属製のふるいを揺らし、腐葉土の中からピンセットで何かを熱心につまみ上げている。

    「なんだ、来たのか」
    痩せたつなぎ姿の男は神経質そうにメガネの位置を直した。

    「研究室に行ったらここだって聞いたから……」
    言い訳をする子供のように後になるほど声が小さくなる。

    「馬鹿じゃないのか? 暇じゃないんだろ」
    数年ぶりに会ったにも関わらず、中村の変わらず歯に衣着せぬ物言いは、今の相澤にはありがたいものだった。

    中村は相澤の様子を値踏みするようにじっくり眺めていた。

    「安心したよ」
    髪を汗で濡らし、泥の跳ね返った格好で息を切らせている相澤の姿に少しうれしそうに言った。

    「お前、まだちゃんと人間の顔をしてる」

    中村は、ピンセットとふるいを置くと相澤に近づき、水筒を差し出した。

    相澤は自分がひどくのどが渇いていることにやっと気づいた。
    水筒を受け取ると一気に飲み干した。

    「加藤のことだろ。俺はお前と違って人の心が分かるからな」
    相澤から水筒を受け取り、口をつけると空であることに気づき、苦笑した。

    中村は切り株に腰掛け、プラスチックの小さなケースを指先で弄んだ。
    透明な壁の向こうで、数匹の小さなゾウムシが、不器用な足取りで荒い腐葉土の上を這い回っている。

    「俺の調べているゾウムシの脳はな、わずか十万個のニューロンしか持っていない」
    中村はケースの底の、せわしなく動く黒い点を、泥のついた爪先でコツコツと叩いた。

    「だけど、現実の不条理なノイズをありのままに受け入れて、正しく生きてる。とってもシンプルだ」
    相澤は、その小さなプラスチックの箱をただ見つめた。
    上空の雑木林の葉が、湿った重い風に揺れて、ざわざわと騒がしい音を立てている。

    「あいつは」
    相澤の絞り出すような声を、中村はケースを見つめたまま受け流した。

    「なんであんなことをした」

    中村は呆れたように答えを返す。
    「お前のためだろ」

    「それは分かっている」
    相澤は一歩、中村の影を踏むように足を進めた。

    「だが、きちんと言語化してくれないと困る」

    「まったく呆れたやつだ」
    中村は呆れ顔で汗を拭い、少し間を置いてから続けた。

    「脳みその研究をしているとな、人間という奴がいかに愚かかよくわかるな」

    相澤の困っている様子に真面目な表情に戻る。

    「加藤は、お前にEMMAを取り戻してやると言ってたぞ」

    「それは俺も本人から聞いたから知っている」

    「いいや、わかってないね」

    中村は立ち上がると、持っていたケースを軽トラの荷台へ置いた。
    しばしの沈黙の後、振り返って言った。

    「お前、最後にEMMAときちんと向き合ったのはいつだ?」

    容赦のない問いが、相澤の胸の真ん中を正確に撃ち抜く。

    「加藤はお前に昔のかわいい姿の赤ん坊を渡すなんて言ってない。今の姿のEMMAに責任を持てっていう意味だ」

    その時、風が雑木林の中を吹き抜けた。
    相澤は、汗まみれの顔に当たる風の心地よさに自然と空を見上げて目を閉じた。

    「タクシーを呼んでやるから、もう帰れ」

    相澤の姿を見ていた中村が安堵の混じった声で言うと、また腐葉土の山に向かっていった。

    単純な話だ。あとはやるだけ。
    オフィスに戻るタクシーの中で、相澤は静かに目を閉じた。

    【目次】

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    #創作大賞2026
    #お仕事小説部門


     
     
    急に小説を書きたくなったので書き始めました。 私は面白いと思っているので読んで下さい。

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