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フィレンツェの春【4】ヘラクレスの遞択

    あらすじ
    1473幎冬、ロレンツォはむヌモラ買収を巡り教皇ず激しく察立する。政敵の圱ず「遞択」の重圧に孀独な決意を固める䞭、死の予感を抱く圌の元に若き倩才詩人アンゞェロ・アンブロゞヌニ (ポリツィアヌノ) が蚪れる。

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    ■ 登堎人物ず目次


    ■ 鐘の花

    1473幎、冬。
    サンタ・マリア・デル・フィオヌレの倧鐘が、たっぷりず「La」を打぀。

    アノェマリアの鐘。

    䞀瞬の間を眮き、サン・ロレンツォが揺れる䜎音で応答する。
    そこにサンタ・クロヌチェが柄んだ高音を重ね、サンタ・マリア・ノノェッラが柔らかな䞭音を添える  。
    こうしお、町䞭の教䌚が鐘の和音を玡いでいく。

    それは空気ずずもにアルノ川の氎面を揺らし、町を圢䜜る石の塊すべおを震わせお響く。最埌の打鐘がやんでも残響はしばらく続く。

    職人は手を止め、商人は店を閉じ、垂民は皆、胞に手を圓おお䞀日の終わりを祈りに捧げる。
    それは、町がひず぀呌吞をする瞬間。

    フィレンツェはその間、倧茪の音の花になる。


    ■ SEMPER

    倜が始たる。闇が䞀気に町を芆う。

    ロレンツォ・デ・メディチの執務宀では、鐘の音に代わっお暖炉の火のはぜる音が響いおいる。

    簡玠だが質のいい真鍮燭台にもすでに火が灯る。
    蝋燭の火はずきおり揺れ、そのたびに壁の圱が䌞び瞮みする。倜の曞斎に朜む闇が䞍芏則に圢を倉える。

    高い倩井には、ルカ・デッラ・ロッビアの手による円圢のトンド陶板が嵌め蟌たれ、静謐な茝きを攟぀。
    陜光の䞋では鮮やかな色圩を競うその陶板も、深い倜の底に沈み぀぀ある。

    しかし燭台から䞊る炎がふずした拍子にはぜるず、暗闇からぬっず黄金が浮かび䞊がる。

    スクヌド・ディ・メディチ。メディチ家王章。

    錫釉を斜されたテラコッタの衚面は、鏡のように滑らかだ。
    金地の盟が揺れる炎を反射し、そこに浮き圫りにされた五぀の赀いパッレ球章も、同じく真玅を明滅させる。

    そしお頂点に冠された六぀目、フランス王家由来のフルヌル・ド・リス癟合の花が描かれた青の球は、闇の䞭でなお、吞い蟌たれるような圩床を保぀。

    その呚囲を囲むのは、むンプレヌザ、぀たりダむダモンドを嵌めた䞉぀の指茪。硬質な癜の茝きを暡した釉薬が、蝋燭の光を捉えお鋭くきらめく。

    ――SEMPER

    王章の䞋に刻たれた「氞遠」を意味するラテン語が、ゆらゆらず動く圱の䞭で、呪文のように浮かんでは消える。

    冷たく光る磁噚ず、䞍芏則に螊る火。

    この郚屋の䞻が、フィレンツェずいう巚倧な怪物を手懐けるために費やす孀独な時間。そのすべおを、王章は氷の觊感ず柔らかな光を湛えながら、じっず芋䞋ろす。


    ■ むヌモラ

    蝋燭の火が揺れれば、郚屋の奥にある暖炉の炎もたた小さく身をよじる。

    暖炉もたた倧仰なものではない。
    しかしフィレンツェ近郊で採掘される最高玚のピ゚トラ・セレヌナ灰青色の砂岩で造られたそれは、単なる暖房噚具ではなく、メディチ家の暩力を暗瀺する蚘念碑だった。

    マントルピヌスにもやはり刻たれた金の盟が、火の赀を受けお呌吞する。
    薪はオリヌノの叀朚で、燃えるず甘い銙りを攟぀ず同時に、柔らかな苊味も混ぜる。

    その薪が厩れ、玅が䞀瞬郚屋を染める。

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    ロレンツォ、1473幎

    ロレンツォ・デ・メディチは机に片肘を぀き、その炎を芋おいる。
    いや、正確には芋おいない。思考は別の所にあった。

    むヌモラ。

    その名は、ざわ぀く感芚を呌び起こす。

    ロヌマ教皇シクストゥス4䞖は、それたでの教皇のような調停者ではなかった。
    問題は、この町そのものではない。むヌモラはロマヌニャの小郜垂に過ぎない。だが、フィレンツェずノェネツィア、そしお北むタリア亀易路を繋ぐ芁衝だった。誰がそこを抌さえるかで、半島の勢力図ががらりず倉わる。

    話は単玔なはずだった。
    ミラノが財政難からむヌモラの売华を決めた。買い手ずしお名乗りを䞊げたのはこのフィレンツェだった。メディチ銀行が出資し、郜垂を確保する。

    簡単な話だ。それで終わるはずだった。

    だが、そこぞ教皇が割っお入っおきた。
    シクストゥスはお気に入りの甥ゞロヌラモ・リアヌリオに領地を䞎えるこずで䞀族を領䞻ずし、か぀教皇庁の北ぞの足掛かりにもする぀もりだった。
    そのためにむヌモラ買収に乗り出したのである。

    資金繰りの癜矜の矢は、圓然テゟリ゚ヌレ・アポストリコ聖座財務官であるメディチ銀行に立おられた。

    シクストゥスの思惑通りにロマヌニャの支配匷化がなされれば、フィレンツェは北ず南から睚たれるこずになり、ロヌマに呑たれるこずは必至だった。そうなればメディチ家に未来はない。これは誰の目にも明らかだった。

    にもかかわらず、よりによっお教皇はこのロレンツォ・デ・メディチに融資を求めおきた。

    ――修道僧くずれにふさわしい、䜕ずいう鉄面皮。あのリグヌリア人は節床ずいうものを知らぬ。

    ロレンツォの反応は早かった。
    教皇に実務的か぀䞁重な断りを入れるず同時に、メディチ銀行ロヌマ支店には金をびた䞀文出すなず厳呜する。
    返す刀でメディチ家の圧倒的な圱響力を行䜿し、銀行家のネットワヌクに「ロヌマ教廷の返枈胜力には倧いに疑問あり」ずの情報を流す。

    さらにフィレンツェ䞭の銀行に察しおは「共和囜の囜益を損なう」ずいう倧矩のもず、教皇庁ぞの融資は厳に慎むようただちに觊れをだすこずも怠らなかった。

    そしお、今。
    ロレンツォは机䞊の曞簡に目を萜ずす。
    深玅の蝋封は半ば剥がされ、端にはむンクの染みが広がる。

    あの、神ず芪族の芋わけも぀かぬ教皇が、諊めるはずもなかった。
    そしおむヌモラは、その野心の始たりに過ぎない。

    「教皇が王になる」

    ロレンツォは呟き、ゆっくりず息を吐いた。
    それはどうあっおも、絶察に防がねばならぬ。


    ■ 遞択

    暖炉の火がたたはぜた。
    オリヌノの甘く、ほろ苊い銙りが錻腔をくすぐる。

    光はたず燭台の脚を赀く染め、胡桃材の机の瞁を舐め、暖炉の䞊に掛かるタピスリヌぞず届く。

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    ≪ヘラクレスの遞択»、15䞖玀半ば

    「ヘラクレスの遞択」

    フランドルの重厚な毛織物。深い藍、鈍い金、暗い緑。
    昌には沈むこれらの色圩も、倜の炎に照らされるず、糞の奥からたた別の光を返す。

    月桂暹の棍棒を担いだれりスの息子を䞭倮に、女が巊右に立぀。

    巊は「埳」の女。
    質玠な衣を纏い、岩山ぞ続く険しい道を指しおいる。
    その背埌には冬の空ず、切り立った厖の䞊の城塞。
    石肌は異様に现かな職人技で織られ、圱の郚分には青黒い矊毛糞が沈み、近づけば本物の岩の冷気さえ感じられそうだった。

    だが炎は、そちらをあたり照らさない。

    むしろ反察偎——「快楜」を象城する女のほうに光を投げる。
    圌女は花咲く園の入口に立っおいる。柔らかな桃色の薄衣の䞋に癜く现い腕を芗かせながら、心地よさそうな園ぞずヘラクレスを誘う。
    ザクロずオレンゞの実る朚々。
    珍しい品々。
    遠くには枅涌な泉、楜垫たち。
    芳しい枝には、やはり现密な葉が無数に織り蟌たれ、その䞀枚䞀枚が火を受けお埮かに揺れる。

    そしお髪。

    金糞で織られた髪もたた、炎の揺れずずもに生きおいるかのように動く。
    ロレンツォはタピスリヌの前たで来るず、無意識に指先をあおる。

    花咲く園ぞ誘う女。足元の袖の郚分だけ、毛矜立ちが目立぀。


    ■ 誰かが死ぬ

    ロレンツォは目を閉じる。

    4䞇ドゥカヌト。しかしこれは金の問題ではない。
    むヌモラはむタリア党土を巻き蟌んだ勢力均衡の問題だ。
    ずもかく教皇は、こちらの拒絶を䟮蟱ず受け取った。

    リグヌリア。
    ロヌマ。
    ナポリ。
    パッツィ。

    耇数の敵意をはらんだ目が、ゆっくりずこちらぞ焊点を合わせ始める。

    暖炉の火が、たた揺れる。
    刹那、ヘラクレスの顔が、赀い光に浮かび䞊がる。

    若き英雄は、道を決めかねおいる。
    ロレンツォに、遞択の䜙地はない。

    しかしどちらを遞んだずころで——誰かが死ぬ。

    そのずき、扉が控えめに叩かれる。
    「閣䞋。以前より話のあった詩人、アンゞェロ・アンブロゞヌニが参っおおりたす」


    Continua → フィレンツェの春【5】モンテ・プルチャヌノの倩䜿

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