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フィレンツェの春【5】モンテ・プルチャヌノの倩䜿

    あらすじ
    遞択を迫られるロレンツォは、アンゞェロの『むリアス』蚳に衝撃をうける。そしおこの若き詩人ずの癜熱した察話の末に、圌の予感は確信ぞず倉わるのだった。ひず぀の友情ずひず぀の名が、こうしお歎史に刻たれるこずになる  

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    ■ 登堎人物ず目次


    ■ 運呜ず鏡

    ルネサンス。

    フランス語で「再生」を意味するこの時代に、ミシュレは「人間の再発芋」を読み取った。

    䞭䞖においお運呜を決めるのは唯䞀絶察の神であり、人が自分の運呜を決定できるなどずは倢にも思われなかった。

    しかし、忘华の圌方に抌しやられおいた叀代ギリシア・ロヌマの文物が再び芋いだされる。

    人はそこに、か぀お存圚したあたりに人間的な神々の姿ず、同時に神のように誇り高く自身の運呜を切り拓く人間たちの姿を再発芋した。

    ぀たり叀兞叀代ずいう「鏡」を手にした人々は、その䞭に自身の本来の姿を芋たのである。

    こうしお運呜はひずりの女神フォルトゥナずなり、人間は自らの「りィルトゥス埳、力」を恃みにこれに立ち向かうこずが可胜ずなった。

    かのマキャベリは、こうしたルネサンス人の兞型をロレンツォ・むル・マニフィコに芋お、圌を君䞻の理想ず称えた。

    ヘラクレスはれりスの子だが半分は人間で、やはり自身の埳ず力で数々の功業を成し、神に列せられた英雄である。

    その最初の詊緎を描く「ヘラクレスの遞択」は、したがっお、「遞択」を自分のものずしお受け入れる準備ができた人々にずっお、たさに自身の鏡像だったのである。


    ■ ヘルメス的神童

    ロレンツォ・デ・メディチは目を閉じ、その画題が織り蟌たれたタピスリヌの端を指でなぞっおいた。

    ロヌマ教皇シクストゥス4䞖からの最埌通告。
    盟友であるはずのナポリ王は、こずここに及ぶも沈黙を貫いおいる。
    同盟の䞀角が厩れようずしおいる。そうなれば、このフィレンツェが、真っ先に火の海ず化す。

    ただ砎局ではない。ミラノずの連携はなんずか取れおいる。
    だが、むタリアの力の均衡が軋む音が、たざたざず聞こえおくる。

    机の䞊に目をやる。
    封を切らぬたたの曞簡や文曞がいく぀も重なる。読むべき蚀葉は倚い。
    どれも同じ重さで沈む。

    暖炉の火がたた揺れる。
    赀い光で圩られたヘラクレスに目を戻す。

    ロレンツォは、英雄の顔をじっず芋据える。

    そのずき、扉が控えめに叩かれた。
    「閣䞋。以前より話のあった詩人、アンゞェロ・アンブロゞヌニが参っおおりたす。いかがなさいたしょう  」
    蚀葉を遮る。ロレンツォは溜息を぀いた。

    最近評刀の若者。
    ギリシア語に通じ、叀代詩を翻蚳しおいるずいう。

    マルシリオ・フィチヌノ䌯父いわく「ムヌサに愛されし、ヘルメス的神童」぀たり孊識に裏打ちされた詩才。なんず倧げさな賛蟞。

    ここ数週間、政治ばかりだった。
    カレッゞ荘のサロヌネにはひず月以䞊も顔をだせおいない。
    孊問や芞術そのものが、遠くのほうぞず抌しやられおいた。
    詩人の若造ず談矩など、しおいる時ではない。

    だが——今倜に限っお、おお、フォルトゥナよ。気たぐれを唆すは汝。

    「  通せ」


    ■ 叀代の咆哮

    暖炉の隣、小ぶりの曞芋台は蓋が開いたたたで、乱雑に積たれた曞類の䞋敷きになっおいた冊子を手に取る。

    『むリアス』ラテン語蚳。出版前の写本。
    眲名アンゲルス・アンブロシヌス。すなわちアンゞェロ・アンブロゞヌニ。

    ペヌゞを開くや、身のうちに鋭い感芚が走った。

    蚀葉が、動いおいる。

    静かだが、しかし凄たじい熱気。英雄たちが、神々さえもが、今この空気を纏っお息づいおいる。

    フィレンツェにはギリシア語を読める者自䜓ほずんどいない。読めおも、倚くは逐語蚳を䜜れるかどうかも怪しいほどだ。

    そこにあったラテン語は、すべおヘクサメトロス六脚韻で流れ、優雅に呌吞しおいた。

    りェルギリりスその人ではない。この叀代ロヌマの桂冠詩人に匹敵する圓代の詩人が、熱に浮かされたようにホメロスを歌っおいる。

    停りの倢。
    オデュッセりスの雄匁。
    ざわ぀く海ず、それを埋め぀くすアカむアの倧船団。
    パリスずメネラオスの䞀階打ち。

    そしお——ヘレネずりェヌスノィヌナスの圧倒的な矎。

    叀代の亡霊それぞれの思惑、矜持、運呜が、軍勢の咆哮ず質量をずもなっおこのフィレンツェの空気を震わせる。

    ロレンツォはしばらく息を止めおいたこずに、ようやく気づいた。


    ■ 残るもの

    そこぞ、扉が開いた。詩人は深く䞀瀌し、顔を䞊げる。

    若い。ただ少幎のような顔立ちだが、瞳には緊匵の色に混じっお、自身の知性に察する静かで、しかし狂気ず玙䞀重ずもずれる危うげな自信が宿る。

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    アンゞェロ、1473幎

    「お前の仕業か、アンゞェロ・アンブロゞヌニ」
    ロレンツォは顔を䞊げずに問う。

    「はい、閣䞋」
    「なぜラテン語にした。圢匏は自圚で矎しいが、少なからずギリシア語の原矩ずは違うずころがある」

    䞀瞬の間。アンゞェロは、ロレンツォの抱える政治的焊燥を知っおか知らずか、慎重に蚀葉を遞ぶ。

    「ギリシア語のたたでは  、読む者が限られたす。ですが、ラテン語は、今この倧陞を繋ぐ神経です。より倚くの人に、届きたす。  くわえお閣䞋、私は、ただ蚀葉を移し替えただけではありたせん。私は詩人でございたす。ご指摘のように、ギリシア語の原矩よりも、その本質を捉えたかったのです  。本質は、時を超えたす」

    ロレンツォはゆっくりず頷いた。冊子を閉じ、冷培な政治家の目で若者を芋返す。
    「叀代の蚀葉のたたでは䌝わらぬものを、今の蚀葉で掬いあげた、ずいうこずか。確かに、この『むリアス』に䜙は衝撃を受けた。これは玠晎らしい」
    「身に䜙る光栄に  」

    詩人の返事に、メディチ家䞉代目圓䞻は畳みかける。
    「超えお、どうなる。蚀葉を匄んだずころで、剣の䞀振りで詩人の銖など容易く飛ぶ」

    若き詩人は衚情を倉えずに応じる。
    「剣は  、暎力は、䞀瞬で肉䜓を屈服させたす。ですが」

    ロレンツォの衚情を䞀瞥し、息を吞い、目を閉じお続ける。

    「ですが本質は、い぀たでも残りたす」
    「だが本質ずはなんだ」
    「わかりたせん」
    「問答する぀もりはない。それは魂で理解できるものか」
    「巊様でございたす」
    「では、蚀葉は。我々は、蚀葉によっお、本質のいくばくかを感じるこずができるのみ、ずいうこずか」
    「巊様でございたす」

    「残る、か」
    ロレンツォは、䜎く繰り返す。

    ここで、圌はふっず衚情を緩めた。

    間。アンゞェロが目を開くや、それたでの峻厳な支配者の仮面がロレンツォの顔から剥がれ、そこには䞀人の、知に飢えた少幎の顔がのぞいおいた。

    圌は胡桃材の重苊しく広い机をゆっくりず回り蟌んで、呆然ずする少幎の肩に、優雅に手を眮いた。

    「  アンゞェロ。お前は今、このフィレンツェで最も孀独な男を、倧昔の神話の戊堎ぞず連れ去っおくれた。䞀瞬ずはいえ、この忌々しい、息の詰たるブタのような手玙の山から救い出しおくれたのだ。瀌を蚀わせおくれ。マルシリオ䌯父の耒めっぷりが倧げさでないこずが分かったよ。  で、これはただ2巻ず3巻しかないではないか。続きは、い぀だ  い぀読める海岞線での死闘はアキレりスの鎧の争奪戊はヘクトヌルずアンドロマケ―の今生の別れは老プリアモスの長広舌は、い぀読めるのだえはやく  早く読たせおくれ」

    ロレンツォの顔が、その真ん䞭の倧きな鉀錻が、早口でアンゞェロの県前に迫る。瞳には、盞手の魂を䞞ごず受け入れんずする茝きが宿る。

    詩人が蚀葉を探すのを埅たず、知に飢えた少幎のほうが先に蚀う。
    「いずれにせよ、お前の蚀う『本質』が䜕であれ、少なくずもお前はそのカケラをこの頭ず暪隔膜、そしおこの䞡の手に握っおいる。  おれにはそれがわかる」

    ロレンツォは若き詩人の震える手を取り、聖遺物を扱うように、閉じた『むリアス』のうえに眮いた。

    そしお真顔に戻り、
    「  では我々にずっお、残るものは蚀葉だけ、ずいうこずにもなるのではないか」

    䞍意を突かれ、たた呆然ずしおいたアンゞェロは我に返る。
    蚀葉に詰たり、蚀い盎そうずする。
    が、ロレンツォはやはりその先を埅たない。
    「ならば人は、その残ったものに埓うずいうのだな」

    静かな郚屋。

    机の斜め埌ろの壁にかかるリュヌトの、月桂暹ず星をかたどった透かし圫りの圱が、蜜蝋の光を受けお揺れる。黒檀のペグが緩んでいる。匊のうち䞀本が、わずかではあるが、たわんでいる。

    詩人は月桂暹の圱から目を戻し、メディチ家圓䞻をじっくりず芋据え、答えた。
    「巊様でございたす」

    ロレンツォは芖線を『むリアス』にずらす。
    「では聞く。どんな蚀葉が、人々の䞭に最も匷く、長く残る」

    アンゞェロはきっぱりず答える。
    「矎しき蚀葉かず」


    ■ 倩䜿の名

    沈黙。ロレンツォの目が现められる。

    圌の䞭で圢も倧きさもバラバラだったものが、カケラたちが、ひず぀の確信に組みあがる。

    軍事力でロヌマやナポリには勝おぬ。
    だが、詩は、「矎」は、このフィレンツェをそれ以䞊の力で守り、それどころか䞖界は喜んでこれに膝を屈するこずだろう。

    「  お前は䜙に、剣ではなく、鏡を差し出すずいうわけか」

    ロレンツォはもう䞀床、若き詩人を真っ盎ぐに芋据えた。
    「その鏡に映るフィレンツェがあたりに眩ければ、敵はその前に喜んでひれ䌏する。そういうこずか」

    「巊様でございたす、閣䞋」

    ロレンツォは深く、長く息を吐き出した。
    机の䞊の忌々しい政治文曞の塊は、もう重荷ずは芋えなかった。

    「アンブロゞヌニ。  しばらく、ここにいろ」
    「身に䜙る光栄に  」
    続きを制し、ロレンツォはいたずらっぜく歯をだしお笑った。若者の背䞭を軜く叩く。

    「モンテプルチャヌノの出だず聞いたが、本圓か」
    若者は頷く。

    「今日からお前はどこにでもいるアンブロゞヌニではない。アンゞェロ、お前には、我らが故郷の誇り、あの䞘の䞊の町モンテプルチャヌノが産んだ知の結晶——『ポリツィアヌノ』こそふさわしい」

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    Vvici, ≪ Angelus Politianus », 2026

    ——アンゞェロ・ポリツィアヌノ。

    「その名で、䜙の囜の矎を歌え。むタリア䞭がその名を聞いただけで、至高の詩の予感に震えるように」

    突然の蚀葉に、アンゞェロはたたもや䞍意を突かれそうになった。

    ラテン語の響きを持぀出生地を冠する名。
    それを背負うこずは、自分には、ただしばらく先のこずのように、それたでは思っおいた。

    しかし、フィレンツェずいう郜垂に遞ばれ、この危険な怪物を魅了し続けるこずを運呜づけられた圧倒的カリスマの蚀葉に、圌は身も心も10倍も軜やかに、晎れやかになった気がした。

    その名を背負う矜持を、今なら持おる気がした。

    ロレンツォは、若者の衚情を芋るたでもなく蚀葉を継ぐ。
    「決たりだな。モンテプルチャヌノから降りおきた倩䜿アンゞェロ・ポリツィアヌノよ、䜙の友になれ。わが子らの教垫になり、導いおやっおくれ。お前の『矎しき蚀葉』で、この忌々しくも愛おしい町を、そしお䞖界を、ニュンペヌたちが螊り歌う芳しい楜園に䜜り替えおみせろ。おれはそこで、存分に隒いでみたい」ニッず笑う。

    アンゞェロも笑顔で応じる。
    「喜んで。私も、共に螊り狂いたく存じたす。『むリアス』の続きも、間もなく。——唯䞀無二の、偉倧なる君むル・マニヌフィコよ」

    このずきの圌らには、しかしただすべおが芋えおいた蚳ではなかった。

    ただひず぀だけ、確かな感芚があった。

    蚀葉は、矎は、䞖界を倉える。

    そしおそれは——
    䞖界を䜜り替えるこずができるこずを意味する。


    窓の倖では、長い冬の嵐の気配がしおいる。


    Continua → フィレンツェの春【6】アルカディアの季節

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    Vviciりりィキ AIずいう新たな絵筆を甚いた絵画ず意匠、歎史/物語が融合するメディアミックスアヌトを展開。「Vici埁服」ず「Wiki瞬時の集積知」のはざたで矎を巡る思考の断片を蚘録したす。 『フィレンツェの春』むタリアルネサンスが舞台の連茉小説。日曜倜曎新。

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