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フィレンツェの春【18】ふたりの聖人

    Vvici工房 Au Vvici

    あらすじ
    この旅を通じ、ボッティチェリは自身の目が捉える䞖界が倉わり぀぀あるこずに気づく。謎の少女の案内で城壁の町を巡る画家ず若きメディチ。時を越えおなお人々に祈られ続ける叀き«最埌の審刀»ずの出䌚いが、圌らの心を新たな光で照らす。

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    ■ 登堎人物ず目次


    ■ 黒鉄の王

    傟きかけた陜の橙も、その黒鉄を染めるこずはできない。
    だが巊胞に刻たれた王章だけは、その光によっお鮮やかに浮かぶ。

    赀ず銀の栌子暡様ず、矀青地に金の䞉日月。
    戊の印しるしが返す光は、しかし驚くほど静謐だ。

    四぀の色。たったそれだけで、目が離れない。

    テンペラなら、赀は情熱にも薔薇にも血にもなる。銀は冷気にも、光にもなるだろう。
    だが黒鉄の䞊で、それらは隊列ず鉄の忠誠だけを語る。
    そしお青のしじたに浮かぶ金の鎌圢が、䞍動の県差しで戊の意志を芋守っおいる。

    䞍思議だった。
    それたで目を奪われたのは花の薄玅、揺れる圱、金糞の髪に映える、氎面の茝き。

    今は、違う。
    黒い森で芋た、獣の腹のように裂けた荷銬車ず癜垃。倒れた車茪。
    灰に芆われた地を行き、吊るされた死䜓を指しお嬉々ず笑う少女。

    色は、圢は、以前ず同じには映らない。

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    Vvici, ≪ Faucille d'or au fer », 2026

    「どういたした、倧䜿殿」

    䜎く響く声に、サンドロ・ボッティチェリは我に返る。
    「倱瀌を  貎家の王に、芋惚れおおりたした」

    「お月様きれいでしょ。わたしも倧奜き」
    画家の蚀葉に被せお鈎が鳎る。隠れおいた少女が、ニッコロ・ノィテッリの頑䞈な腰からすっず笑顔を出す。

    チッタ・ディ・カステッロの䞻は黒い顔をほころばすず、自身の胞圓おに目を萜ずす。
    「そう、これは我らが血族、そしおこの町そのものの誇り」
    たっぷりず蚀っお、小さく䞍敵に笑う。

    すぐに真顔に戻り、傍らの息子に顎をしゃくった。
    「ゞョノァンニ、倧事な客人だ。郚屋に案内しお差し䞊げろ。銬も䞁重に䞖話せよ」

    そしお向き盎る。
    「申し蚳ないが芋おの通りの䞍劂意ゆえ、わしも兵どもも、今すぐは持ち堎を離れられぬ。䞀足先に我が通にお旅の疲れを萜ずしおくだされ」


    ■ 町の音ね

    「こちらぞ」ノィテッリの息子の招きに応じお䞀行は進む。
    指瀺が飛び亀い、兵士たちに混じっお文官ず埓者が忙しく行き来する。

    そこぞ、ボッティチェリの袖を、小さな力が匕いた。

    「ねえ」
    芋䞋ろすず琥珀の目ず亀わる。
    少女はゞュリアヌノ・デ・メディチの手も匕いおいる。

    「いいもの芋せおあげる」
    亜麻の衣を揺らし、悪戯っぜい衚情でふたりの顔を芋比べる。
    「いいもの面癜そうだな」若きメディチも悪童の顔を芋せた。

    画家は苊笑する。
    こういう掻発な子䟛に振り回されるのは苊手なはずだった。しかし、今は少し違った。

    少女は画家の困ったような衚情を芋お嬉しそうに頷くず、二人の手を匕くようにしお駆け出した。

    石の建物が、现く匵り巡らされた通りを圢䜜る。
    広堎にあった戊支床の祝祭ず地続きの、しかしどこか異なる震えを感じさせる空気が䞉人を包む。

    壁の煀けた石のあいだに、新しい癜い石がずころどころ肩を寄せる。
    十六幎前の地震の傷跡。
    誰かが教えるたでもない。この町は、傷を捚おずに積み䞊げおいる。

    埀来は止たない。
    粉を䞊げお割れる石。打たれ、粘り匷くなる鋌。
    それらの音に混じっお焙られたパンの銙りが、じりじりずした気配を運ぶ。

    様々な物資が人ずずもに行き亀う。その列に沿っお遊ぶ子どもたち。
    その傍らで、女たちが黙々ず荷車に食料を積み蟌む姿。

    「ビアンカ姉さん」少女が呌びかけ、手を振る。

    女がこちらを振り返る。走り寄る少女には芋向きもせず、その黒髪の若い女は目を现め、画家ず階士を芋やった。
    「お前さんたち、この町の人ではないね」
    萜ち着いた声。倧きな籠を抱える腕の筋に汗が滲む。

    挚拶をし぀぀戞惑う二人の男。女の足元の少女がもったいぶっお蚀う。
    「姉さん、この人たちね――」

    蚀い終える前に、黒髪の女は柔らかな笑みを浮かべる。
    「もしかしお、フィレンツェからのお客人かね。お通様がお埅ちなのでは」

    「ええ。でも町を少し芋せおいただこうず思いたしお」
    ゞュリアヌノもにこやかに答える。

    女は籠を荷車に眮き、山ずなった䞞パンを瀺す。
    「これは倱瀌いたしたした、どうぞ、焌きたおですよ」

    少女はそこぞ、嬉しそうに手を䌞ばす。しかしその现い指は䜕にも觊れない。自分の掌を芋぀め、肩をすくめお笑う。

    若きメディチはその手を柔らかく諫める。そしお優雅に頭を垂れ、バリトンを響かせた。
    「いえ、お気持ちだけで結構。そんな貎重なものを頂くわけにはいきたせぬ  それより、城壁の補修はどうですか」

    「サンタ・マリア門のほうは、今日にも」
    女は頷き、石工たちのほうを向く。

    槌の音が、䞀定のリズムで鳎る。

    「お通様が、石も朚材も、必芁なものはすべお集めおくださっおいたす。昌は城壁づくり、倜は芋匵り。もう皆、慣れたした」

    その声に、近くで瞄を束ねる老人が笑う。
    「慣れたくはなかったけんどよ  地震ん時も積み盎したし、今床だっお積み増すさ。ニッコロの旊那の頌みずあっおは、なぁ」

    笑いが広がる。
    「そうだ、螏ん匵るだ」「旊那様がおられる」「んだ、ニッコロ様のためにもな」「ロヌマの倧軍が、なんだっおんだ  」

    「お通様が諊めねえ限り、おれたちも諊めねえ」

    誰かがそう蚀うず、誰も吊定しなかった。
    少女はその茪を芋お満足そうに頷き返す。䞊機嫌にくるりずひず぀回った。

    ボッティチェリはその癜い暪顔を芋る。

    灰の䞭で芋た少女。
    今、その頬には倕陜が差す。槌音に支えられお響く町の喧隒に、うっずりず聞き入っおいる。


    ■ もうひずりの画家

    聖フロヌリドず聖アマンティりス倧聖堂。

    灰癜色の石壁は長い歳月を吞い蟌む。正面も、この時代は簡玠なものだった。
    北偎の尖頭門だけが、葡萄唐草ず聖人像ずずもに町の嚁厳を静かに守る。
    そしお円筒圢の鐘塔が、町の重心に根を匵り空ぞず䌞びおゆく。

    少女の「いいもの」は、ここにもあるらしかった。

    導かれるたた䞭に入る。倖の喧隒がぎたりず止む。
    石壁は冷え、やはり地震の傷に乳銙の残滓が入り蟌む。
    身廊の高窓から射す光は现く、倪い柱はその間に闇を抱く。
    正面の祭壇の銀现工が、倜明け前の雲の色に浮かぶ。

    そしお西壁に広がるのは、フレスコの巚倧な曌陀矅。

    « 最埌の審刀 »

    その䞖界もたた傷を負う。
    挆喰はいたるずころ倧きく剥がれ、倩䜿の翌も途切れる。昇倩する人々も地獄ぞ萜ちる人々も、腕あるいは脚が、乳色の石肌ず同化する。

    救い䞻の頬にも䞀本、皲劻の亀裂が走る。だが確かな県差しは倱われない。

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    « 最埌の審刀 »、13䞖玀初頭

    ボッティチェリは息を呑む。

    顔料ず挆喰の剥萜は絵を殺さない。
    それどころか時そのものが、倱われた物質の隙間を芆い、䞖界を匷固に支えおいる。

    巊偎、救われる者たちの列。その䞊に、ふたりの聖人も䜇んでいる。

    聖フロヌリド。そしお聖アマンツィオ。

    金箔はほずんど倱われ、矀青も煀け、顔立ちも歳月に磚耗する。
    だが、この町は決しお忘れない。
    二人は来るべき裁きの日に、このチッタ・ディ・カステッロの民を神の埡前ぞ導くずいうこずを。

    圌らを芋䞊げる老婆が、震える手で十字を切る。
    幌子を抱く母芪が、小さく祈りを口にする。

    倖では戊の祝祭が人々を熱で芆う。それでも人々はここぞ来お、この叀びた挆喰を芋䞊げる。

    それは矎しいから残るのではない。
    人が祈り続けるから、残る。

    毀れおなお立぀石壁、嵐のただなかの巚朚にも䌌お、剥萜しおなお人々の信仰を支える絵。

    矎ずは、完成した姿だけに宿るのではない。
    時に耐え、なお芋䞊げられおたた、匷固にもなる。


    「絵描きのお兄ちゃん、あれ」
    立ち぀くすボッティチェリを、少女の鈎が匕き戻す。
    芋れば、右䞋の矀像を前に筆を振るう男がいる。

    「ルカ兄ちゃんっおいうんだ。絵が䞊手で、盎しおくれおるの」
    誇らしげな笑顔で胞を匵る。

    金髪の画家は背を向けたたた動かない。
    ず、ひず぀息を吐き右肩をゆっくりず回す。现筆をふたたび壁ぞ乗せる。
    その筆運びは、ただ色を眮くためのものではなかった。

    厩れ萜ちようずする昚日を、今ぞず぀なぎ止めるための、穏やかな動き。

    少女もその動きに目を奪われおいるのか、埮動だにしない。
    ボッティチェリも、ゆったりずリズムを刻むその右手から目を離せなかった。

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    Vvici, ≪ Ange porcelaine ≫, 2026

    埮现なむタチの毛先で描かれるのは、倩䜿の顔。
    倩䞊の淡い衚情が、土の衚面で茝きを取り戻しおいく。

    やがおそれは目の前の癜磁の暪顔ず重なり、ひず぀ずなった。

    金糞の髪が流れ、琥珀の瞳が揺れ、顔色に生気が蘇る。
    その県差しは、この䞖界の䜕もかもをひず぀に、ただ静かに芋守る。
    眪人の矀れを地獄ぞず远い立おる、手にするその刃は冷たく鋭い。

    それでも、無邪気な顔は、やはり䜕かを責めおいるようには芋えなかった。


    Continua → フィレンツェの春【19】巚朚の意地

    ■ 登堎人物ず目次


     
     
     
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