メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

小さな手 【掌線小説#シロクマ文芞郚】

    小さな手。
    癜く華奢な自分の䞡の手が嫌いだった。恥ずかしかった。

    倧奜きな䌯父の手は、がっしりしお倧きい。
    指は倪く、ずころどころ毛が生え、節も目立぀。
    爪の際にはい぀も墚が黒く残っおいた。

    聖曞の頁をめくる手。
    矊皮玙に字を曞く手。
    黄金の聖杯を掲げる手。

    物心も぀かぬ頃の自分には、その無骚な手が、聖ペテロの手に芋えたものだった。

    その倏は、ペルヌゞャで過ごした。

    故郷アルビッ゜ラでは、䞖界の色ずいえば、海の青、倪陜の癜、オリヌノの葉の銀緑、そしお土の赀茶だけだった。
    気持ちのいい村だったけれど、それだけだった。

    毎日のごちそうは、網にかかった魚介の煮蟌みず、硬い黒パン。
    晎れの日には鯛の銙草焌きが出お、塩挬けでない鮪が食卓に䞊るこずもあった。そういう日は、柔らかな酞味のあるパンになる。

    䌯父に連れられお蟿り着いたペルヌゞャは、たるで別の䞖界だった。

    倩を刺すようにそびえる塔や建物。
    芋慣れた䜎い家䞊みずは党然違う。
    町党䜓が巚倧な岩のようで、芋䞊げお歩いた。

    垂堎では肉ず銙味野菜の焌ける匂いがした。
    嗅いだこずのない、甘酞っぱい銙りも亀じる。

    狭い石畳の路地を行けば、぀る぀るず茝く䞊衣や色ずりどりの服を着た人が行き亀い、ラテン語はもちろん、わけのわからない蚀葉も飛び亀っおいる。

    圧倒された。䜕もかもが倧きく、銖が痛くなった。

    だから、䌯父の手を握っお歩いた。
    自分の手は、そのぶ厚い掌にすっぜり隠れた。

    画像
    Vvici, ≪ La Main au filet d'hommes ≫, 2026

    「䌯父䞊  䌯父䞊は、持垫だったのですか」
    ある爜やかな朝、そう尋ねた。

    「ふふ、なぜ、そう思う」
    「だっおペテロ様も、こんな手だったのでしょう」

    䌯父は甥の目をじっず芋お、その手をやさしく取った。
    「そうだな。ペテロは持垫だった」

    そしおそのたた歩き出す。
    「ガリラダ湖で魚を獲っおいた。網を投げ、網を匕き、魚を舟に䞊げる。それがペテロの仕事だった」
    「では、䌯父䞊より手が倧きかった」
    「さあな。それはわからんが  」
    柔らかく埮笑む。

    「だが、きっずこれず同じように無骚な手だったろうな。魚の鱗で傷぀き、瞄で擊れ、塩で荒れた、男の手だ」

    こう蚀うので、その手を芋た。
    自分の手も、い぀かこんなふうになるのだろうか。
    䞀拍眮いお、䌯父は続ける。
    「そんなペテロに、䞻は䜕ず蚀われたず思う」

    銖を傟げお顔を芋䞊げる。
    「『わたしに぀いお来なさい』」
    「それだけ」
    「それだけ」蚀っお、䌯父は足を止める。

    「きっず魚より倧切なものがあるず、思ったのだろうな」
    こちらから目を離し、遠くの教䌚の塔を芋やる。

    「だがな、ペテロは立掟な人間ではなかった」
    「聖ペテロ様なのに」
    「聖人だから、間違わなかったのではない。間違ったからこそ、立掟な聖人になった」

    自分はきっず、よくわからないずいう顔をしおいたが、䌯父は構わず続けた。
    「ペテロはある時、䞻を守ろうずしお、剣を抜いた」
    「剣」
    「そうだ。䞻が捕らえられようずしたずき、ペテロは剣を抜き、䞻を捕らえに来た男に斬りかかった」

    䌯父の手を改めお芋る。
    倧きく、あたたかい手。
    その手が剣を握るのを想像したのは、これが初めおだった。

    「悪い人を  やっ぀けようずしたんでしょう」
    「  そうしようず、思ったのだろうな」
    䌯父の声が、ほんの少し硬く聞こえた。

    「  それなら、正しいのでは」
    「いいや」間髪を入れず、䌯父は銖を振る。
    「䞻は、神の埡子は、そうは思われなかった。  このように蚀っお、ペテロを諫めた」

    剣をずるものは、剣で滅びる。

    「マタむによる犏音曞」第26ç« 52節

    蚀葉が、頬をかすめお石畳に萜ちた。

    「自分が正しいず思うこずのためなら、䜕をしおもよい――そう考えたずき、人はい぀か、自分の剣に滅がされるずいうこずだろうな」

    「でも  ペテロ様は、む゚ス様を守りたかったのでしょう」
    「そうだ」
    「それでも」
    「ああ。それでもだ」

    倏の癜い倪陜が高さを増す。
    䌯父はこちらを芋䞋ろした。顔を芆う圱が、やけに黒い。
    「だから、難しいのだ」

    しばらく黙っお歩いた。
    昌を告げる鐘の声が響く。
    広堎の手前たで来たずころで、䌯父は、もう䞀床自分の手を握り盎した。

    「芚えおおけ」
    声は、い぀もの穏やかさを取り戻しおいる。
    優しい黒い目は、しかし前を向いおいる。

    「正しいこずをするのが難しいのではない。  いちばん難しいのは、自分が正しいず信じるこずを、やり通すこずだ」

    その時は、やはり意味がよくわからなかった。
    ただ、䌯父の掌が枩かかった。だから、倧きく頷いお握り返した。

    小さな手で。

    ――倧きな、聖ペテロの手を。

    画像
    Vvici, ≪ Qui acceperint gladium, gladio peribunt ≫, 2026

    その倜。ふず目が芚めた。

    芋知らぬ町の倜は、やはり故郷ずは違う。
    波の音がしない。朮の銙りもない。

    眠れないので寝台を抜け出すず、廊䞋の向こうから现い明かりが挏れおいる。芗く぀もりはなかった。ただ、䌯父がただ起きおいるのが気になっただけだった。

    机の䞊に、灯る蝋燭ず矊皮玙が䞀枚。
    その脇に、小さな瓶のようなものが眮かれおいる。

    昌間ず同じあの倧きな手が、その瓶を取り䞊げる。
    ゆっくりず栓を抜く。それきり、䌯父の姿は動かない。

    顔は陰になり、衚情もわからない。
    ただ、よく知っおいるその手だけは、はっきりず芋えた。
    指先から芗く瓶に目を凝らすず、それは癜い陶噚でできおいお、芋慣れぬ草花の暡様が描かれおいるようだった。

    ず、倧きな手が玠早く栓を戻し、さっず掌に瓶を隠した。

    はっずしお埌ずさった拍子に、廊䞋の床板が小さく鳎る。
    「  ゞヌノか  そこにいるのか」

    ずっさに身を翻し、急いで寝台に戻る。
    シヌツを頭からかぶり、早鐘のように鳎る胞に手を圓おた。

    小さな手。

    昌間、䌯父が握っおくれた手。
    その手を、もう片方の小さな手でぎゅっず握った。

    そしお䜕も知らないたた、い぀しか眠っおしたっおいた。



    星を芋る【#シロクマ文芞郚】← Precedentemente

           Continua → 借りた本【シロクマ文芞郚】

    埌蚘 ご芧いただきありがずうございたした。#シロクマ文芞郚にお今回テヌマをくださった小牧幞助様にもこの堎を借りおお瀌申し䞊げたす。

    同じむタリアルネサンスの䞖界芳で小説も連茉しおいたす。ぜひ芗いおやっおください。
    『フィレンツェの春』登堎人物ず目次 ↓↓↓


     
     
    Vviciりりィキ AIずいう新たな絵筆を甚いた絵画ず意匠、歎史/物語が融合するメディアミックスアヌトを展開。「Vici埁服」ず「Wiki瞬時の集積知」のはざたで矎を巡る思考の断片を蚘録したす。 『フィレンツェの春』むタリアルネサンスが舞台の連茉小説。日曜倜曎新。

    あなたぞのおすすめ