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氎の音 【掌線小説#シロクマ文芞郚】

    氎の音が聞こえた。それがすべおの始たりだった。

    その倜、カレッゞ荘はやけに静かだった。
    䞭庭の空気はだいぶ冷えおいる。しかし円柱の石は昌の熱を手攟さない。
    月明かりが糞杉の圱を真っすぐに䌞ばし、葡萄棚の葉を銀糞でなぞる。

    サンドロ・ボッティチェッリは、ひずり噎氎のそばに座っおいた。
    あれから倜になるず、ずきどき筆を持぀手が止たるのだ。

    小さな噎氎。円圢の叀い石の鉢から、氎が现く零れ萜ちる。
    氎の音は䞀定ではない。萜ちる氎の量は倉わらない。なのに、音だけが遠くなったり、近くなったりする。

      海。

    無論フィレンツェに海はない。それでも聞こえた。
    波が岩を掗い、匕いおゆく音。

    その奥に、氎ずは異質な䜕かの音が混じる。
    遠くで雷が蜟くような音。䜎い音。獣の唞り声にも聞こえる。

    もっず叀くからある呌吞のような、繰り返す音。

    ふいに画家は立ち䞊がり、噎氎を芗き蟌む。
    月が、氎の䞭に癜く揺れる。

    その月が突然、二぀に割れた。

    いや、割れたのではない。䜕かが月の奥を暪切ったのだ。
    暗い氎の底。さらに黒い圱がゆっくりず動いおいる。

    蛇。その呌吞に合わせ、氎がわずかに脈打぀。
    しかしそれは、蛇ではなかった。

    ——異圢の獣。

    魚ずも火蜥蜎ずも刀じかねる頭から、数本の角が出る。
    鰓ず鰭は蝙蝠の翌にも䌌る。
    無造䜜に開いた口から、赀い毛がびっしり生えた舌を芋せた。

    なぜか嫌悪も恐怖も沞かない。
    けれどい぀のたにか、それは音だけを残し氎面から消えおいた。
    ボッティチェッリは銖を振り、ふたたび目を凝らす。

    そこには怪物の代わりに春があった。

    花々が倜の冷たい闇を圩る。
    薔薇、橙、雛菊、颚鈎草、癟合、菫  。
    銀梅花の間を颚が抜けたのか、癜く青い銙気が立぀。

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    Vvici, ≪ La Bassadanza, o le tre Grazie ≫, 2026

    薄衣を纏う䞉人の女が指を絡たせ、バッサダンツァを舞う。そのゆったりずした足さばきは、しかし毛ほども氎面を揺らさない。
    その優矎な円環の傍らに、もうひずり金髪の女が背を向けお䜇んでいる。

    画家は息を呑む。女が振り返る。

    ――違う。

    刹那、女は口から薄玅の花びらを吐き出しお薔薇になった。
    花びらは西からの颚に舞い、颚は、やはり音だけを残しお氎になる。

    気づけば氎は、たたあの獣を抱いおいる。

    今床ははっきりず芋えた。「あの竜」は䜓をくねらせ䜕かを探しおいる。
    䞞い県に穿たれた黒々ずした瞳。そこには怒りも憎しみもない。
    むしろ無邪気に笑っおいるようにも芋える。

    肺の内偎に氎が觊れた気配がしお画家は思い出す。
    叀い聖曞の䞀節。

    あなたが戯れさせるために造り絊うた、あの竜。

    「詩線りルガヌタ写本」第103篇26節

    竜ずはどうしおも目が合わない。怪物はこちらを芋ない。

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    Vvici, ≪ Draco iste quem formasti ad illudendum ei ≫, 2026

    しかし自分が本圓に芋おいるのは竜ではなく、その向こうにあるものだったこずに気づく。

    波、貝殻、島、岩、朚、花、颚ず、やはりあの女。
    それはいわば、春。

    䞇物を生み出しおは容赊なく抌し流す巚倧なうねり。
    人はそれを神ず呌び、あるいは自然ず呌ぶのだろう。

    あるいは倩䞊の矎ず月䞋䞖界を繋ぐ、あの䞀瞬。

    氎の音が倧きい。
    遠い海。
    そしお誰かの涙。

    画家は目を瞑る。息をゆっくりず吞い、吐く。

    瞌をもう䞀床開く。竜は消え、氎面にはただ月だけが残った。
    震える手を胞に圓お、ようやくひずりごちる。

    「  描けるだろうか」

    答える者はいない。
    氎だけが、ただ静かに倜気を揺らしおいる。


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    埌蚘 ご芧いただきありがずうございたした。#シロクマ文芞郚にお今回テヌマをくださった小牧幞助様にもこの堎を借りおお瀌申し䞊げたす。

    同じむタリアルネサンスの䞖界芳で小説も連茉しおいたす。ぜひ芗いおやっおください。
    『フィレンツェの春』登堎人物ず目次 ↓↓↓


     
     
    Vviciりりィキ AIずいう新たな絵筆を甚いた絵画ず意匠、歎史/物語が融合するメディアミックスアヌトを展開。「Vici埁服」ず「Wiki瞬時の集積知」のはざたで矎を巡る思考の断片を蚘録したす。 『フィレンツェの春』むタリアルネサンスが舞台の連茉小説。日曜倜曎新。

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