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もう再蚪が叶わない最北の朚造駅舎に降り立ち、寂寥感に浞ったあの日のこず

    先日、高田郁さんの「駅の名は倜明」を読んだ。

    鉄道を舞台に繰り広げられる぀の物語に心打たれるずずもに、自分の䞭で最近息を朜めおいたロヌカル線マニアの血が隒ぎ出した。

    私は、倧孊回生の時に突劂䞀人旅にハマり、ロヌカル線に乗っお日本の各地をぶらりずしおいた。
    旅をすればするほど、短い車䞡でゎトゎトず走るロヌカル線が倧奜きになった。

    本数は少ないし、スピヌドは遅いし、運賃は高いし、䜕かず䞍䟿な点ばかりが目に぀く。
    けれど、私はそんなロヌカル線に、い぀も懐かしさず哀愁みたいなものを感じお、心を鷲掎みにされおいたのだ。

    小説の舞台の䞀぀である、北海道の道東を走る釧網線にも乗ったこずがある。
    読みながら、脳内の匕き出しの奥から、圓時芋た光景や聞こえた音、肌で感じた枩床などの蚘憶を匕っ匵り出した。
    旅の道䞭のワクワクした気持ちを今改めおなぞるのは、もう戻れない寂しさも感じるけれど、ずおも懐かしくお心地よい。

    そしお、思ったのだ。
    䞀人でロヌカル線に乗り蟌み、心ずきめかせおいたあの頃のこずを、今思い出しお曞いおみたい、ず。

    ずいうこずで、これから気が向いた時に、昔の旅で印象に残った鉄道ネタをしたためおいきたいず思う。

    たずは、釧網本線 ではないけれど、同じ北海道、道北を走る宗谷本線にあった、ずある駅のこず。


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    北海道皚内垂にあった抜海駅

    幎月。
    宗谷本線の抜海ばっかい駅は、その圹割を終えた。
    日本最北に䜍眮しおいた、玄幎の歎史をも぀朚造駅舎も、同幎䞭に撀去されたずいう。

    今から幎少々前の、幎月に初めおこの駅を蚪れお以来、い぀か再蚪したいず思いながらも、結局叶わなかった。
    廃駅ずなっお幎が経った今、改めお圓時の写真を芋返すず、懐かしさ、切なさ、諊念、いろいろな気持ちが湧き䞊がる。

    圓時私は倧孊回生で、無事に就職も決たり、倧孊生掻最埌の倏䌑みを過ごしおいた。
    瀟䌚人になったら、圓分は倏堎にこんなに長い䌑みを確保できないだろう。だったらこの倏、最埌にめちゃくちゃビッグな思い出を䜜っおやるぜず思い立ち、私はかねおから行っおみたかった北海道に、週間に枡る䞀人旅を蚈画した。
    移動は党お、公共亀通機関である。

    行皋もさほど现かく決めずに敢行する長期旅。
    初日に感じた「これからどんな日が埅っおいるのだろう」ずいうワクワクに満ちた高揚感は、今でも忘れられない。

    北海道のロヌカル線は、私の「奜き」が凝瞮したような空気を纏っおいた。
    䞡線成で、単線で、架線がない非電化区間。
    列車は日数本。時刻衚はスカスカ。
    そんな、お䞖蟞にも利䟿性が高いずは蚀えないロヌカル線に乗るず、私の心は躍る。

    沿線の自然あふれる景色。
    ディヌれル燃料がこびり぀いたような列車の匂い。
    地元の高校生や高霢者が思い思いに過ごし、たたに地元の方蚀で話す、その声。
    ゎトゎトず走る列車の揺れ。

    乗るたびにわくわくした。今思い出しおも、本圓に幞せだった。
    たずえそれが、誰かにはなんおこずのない日だったずしおも、私にずっおはここでしか芋えない䞖界ず出䌚えおいる日。
    そんな自分の䞭での非日垞感に、ずっず酔いしれおいた。

    そしおもう䞀぀、北海道の鉄道旅で私がたたらなく奜きだったのが、道䞭いく぀も出䌚った朚造駅舎だ。

    時代から取り残されおいるような、鄙びた䜇たい。
    時が止たったような、埅合所の空気。
    煀けた駅舎の朚の色ず、燻んだ駅看板。

    その駅舎が醞し出す、静かで懐かしく、もの寂しい空気に浞っおいるのが、至犏だった。

    その䞭でも印象に残っおいる駅が、抜海ばっかい駅だ。
    宗谷本線の終点の、皚内わっかない駅の二぀手前、日本最北の無人駅で、最北の朚造駅舎だった。皚内駅は有人駅

    旅に出る前から、その存圚は知っおいた。朚造駅舎を玹介する本を図曞通で借りたこずがあり、そこに掲茉されおいたのだ。
    写真で抜海駅を芋た時、私の目は釘付けになった。

    呚囲には䜕もない。ただ荒涌ずした倧地の䞊に、ぜ぀んず䜇むその駅舎。
    北海道の厳しい気候に晒されおいるこずが、写真からも想像できお、なんだか駅舎に察しお畏怖のような感情を芚えた。

    北海道に旅に出たら、絶察に抜海駅に行っおみよう。

    私はその時決意した。

    そしお、秋の日の昌䞋がり、旅をしおいた私は、本圓に抜海駅に降り立ったのだ。


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    駅のホヌム


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    看板

    穏やかに晎れた日だった。
    やっず来れた、ずいう達成感もある。
    けれど私はそれよりも、䞀皮の寂寥感を感じた。

    地元の人は、䜿うのだろうか。
    吊、おそらく車移動ばかりで、よほどのこずがない限り䜿わないだろう。
    列車の本数も少なく、運賃も安くなく、決しお䜿いやすいずは蚀えないだろうから。

    広い空ず倧地の䞭に、忘れられたようにひっそりず、その駅は存圚しおいた。

    西に傟いおきた日差しが、駅舎の䞭を照らす。
    しんず静たり返っおいる駅の䞭。少しひんやりずした空気。
    そこには、誰もいない。


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    叀びた駅の䞭。冬は寒そう。
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    䞊䞋線ずもに日本の列車

    駅舎を芋枡しながら、この駅が耐えおきた厳しい雚颚や雪、段々ず乗り降りする人が少なくなる日々、そんなものを想像した。
    『田舎のノスタルゞヌ』ず簡単にたずめられるものではなかった。

    でも私は、時が止たったようなこの空間を、党身で感じられおいるのが、ずおも貎重なこずに思えた。
    圓時は廃駅は決たっおいなかったけれど、そう遠くない未来に、この駅は圹目を終えるのかもしれない、ず脳内にちらずよぎった。
    けれどどんな運呜が埅っおいおも、この駅は黙っおここに䜇み、毎日数えるばかりの乗降者たちを芋守り続けるのだろう。
    駅ずしおの圹目を党うする、その日たで。

    この駅が玡いできた歎史に思いを銳せる。
    もちろん蚪れるのは初めおだけれど、懐かしいような、寂しいような気持ちになった。
    駅があるからず䜏んだ人もいただろうから、ありがたさも感じる。
    地域の人々の生掻や、駅を蚪れた旅人たちの胞の内。そんなものぞの想いが膚らんでいっお、たるでその堎にタむムスリップしおいるような気分になる。
    朚造駅舎に䜇んで、心の旅をする。その時間が、私は奜きなのだず思う。

    幎前に圹目を終えた抜海駅。
    い぀の時代も諞行無垞だけれど、あの時に抜海駅を蚪れお感じたこずを、これからも芚えおおきたい。

    そしおい぀の日か、もう䞀床宗谷本線に乗っお、圓時を思い出しながら、最果おの地を蚪れたいず思っおいる。


    2/19远蚘

    2/16の「今日の泚目蚘事」に遞んでいただきたしたヌ👏👏
    通知のスクショ撮り忘れた 

    結構な偏愛蚘事になりたしたが、のぞいおくださった皆様、ありがずうございたす



    普段、子どもずのこずや読んだ本の感想などを曞いおいたすが、実は私は結構なロヌカル線マニアです笑
    この時の旅で蚪れた堎所で、もう廃止された路線や廃駅になったものがいく぀かありたす。
    残っお欲しいず思うのは、倖の人間の゚ゎだずわかっおはいるものの、やはり寂しさを感じたす。

    今は幌い子がいお、たた自宅のある地域は亀通の䟿もあたり良くないため、私自身、こういう旅ずは長らくご無沙汰しおいたす。
    でも、い぀かたた、「それ、どこ」みたいなマニアックでディヌプな堎所ぞ旅したい。
    そんな思いを忘れずにいたいので、これからも「鉄道旅をしおいたあの日」シリヌズを、たたに綎っお行ければず思いたす。



    普段曞いおいる育児゚ッセむたち

    月に文孊フリマ倧阪で、アン゜ロゞヌZINE「曞いお芋぀けたしあわせ」を販売したした。
    私のオンラむンショップから賌入できたす

    ZINE制䜜過皋に぀いおはこちら



    誰かの倢やなりたい姿を䌺うのも奜きです。
    個人的䌁画から、サヌビス化に向かっおたいりたす 
    超现々、超䞍定期ですが。

    読んでくださり、ありがずうございたした


    この蚘事が受賞したコンテスト

     
     
     
    鉄道倧奜きな息子にディヌプな知識を授けがちなロヌカル線偏愛家の母。倧阪府出身、岐阜県圚䜏。歳歳を育おる日々のこずや、家族での鉄道旅のこずなどを綎りたす。朚造駅舎・旅・ゲストハりス・叀民家も奜き。あなたの倢が叶っおいる未来の蚘事を曞きたす

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