🌙リボルテの街⑤ 願いを込めて
この物語は、チュチュ・テイルの世界を旅する記録です。
シルエットで描かれた猫たちや動物たちが暮らす、やさしい世界✨️
白いうさぎの旅人 エトワール の旅日記として綴っています。
はじめての方は、ぜひ固定記事からご覧ください🌙
「込める想いは決まったか?」
アルトから差し出された小さな鍵を、ぼくは、しばらく見つめていました。
想いを入れるための鍵。
そう言われても、すぐには答えが見つかりません。
ぼくは、机の上に並べられたパーツへ、もう一度視線を落としました。
星形のチャーム。
小さな宝石たち。
夜空みたいな青いリボン。
そして、夜空のような深いブルーの小箱。
その組み合わせは、どこか静かで、やさしい夜のようでした。
……ぼくは、何を込めたいのでしょう。
最初は、ただ、お返しをしたいと思っていました。
星空色のハンカチをもらったから。
宿代を安くしてもらったから。
何か、同じくらい大切なものを返さなければいけない気がしていたのです。
けれど。
カールとメリルの笑顔を思い出すと、その気持ちは、少し違う形をしているように思えました。
焼きたてのパンの香り。
運河沿いに揺れる灯り。
星柄の靴下を見つけて、楽しそうに笑い合うふたり。

最初は少しだけ滞在するつもりだったのに、気づけば、その穏やかな時間が、ぼくの中にも馴染んでいたのです。
「……お返し、ではないのかもしれません」
ぼくは、小さく呟きました。
アルトは、何も言わずに待ってくれています。
ローズも、机のそばで静かに立っていました。
「ぼくは、あのふたりの笑顔を、もう一度見たいのだと思います」
言葉にしてみると、胸の奥にあったものが、ほんの少しだけ形を持った気がしました。
「赤ちゃんが生まれる前の、静かな夜にも」
ぼくは、青いリボンに手を重ねます。
「赤ちゃんが生まれてからの、にぎやかな夜にも」
星形のチャームが、灯りを受けて淡く輝きました。
「この音を聞いた時、少しだけ安心できるような……そんなものを、贈りたいです」
アルトは、小さく頷きました。
「いい想いだな」
その言葉に、ぼくは少しだけ息を吐きます。
「でも、どう形にすればいいのかは、まだ分かりません」
「それでいい」
「想いは、最初からきれいな形をしてるわけじゃない」
「選びながら、触れながら、少しずつ形になっていく」
ぼくは、並んだパーツと小箱を見つめました。
まだ、何も飾られていないオルゴール。
けれど、そこには、これから何かが生まれるような静けさがありました。
「次は、音を選ぶ時間だ」
アルトが、奥の棚から細長い箱を持ってきます。
箱の中には、小さなカプセルのようなものが、いくつも並んでいました。
アルトに促されて、一つ手に取ってみると、
中に小さな粒が沢山入っているようでした。
「音の粒だよ」
「音の……粒?」
「この街では、オルゴールの音色を、そう呼ぶことがある」
アルトは、小さなカプセルを振って、いくつかの音の粒を鳴らしてみせました。
星が瞬くような音。
子どもの笑い声みたいな音。
そして。
眠る前に聞くと、心がゆっくりほどけていくような音。
ぼくは、その音を聞きながら、カールとメリルの宿を思い出していました。
夜、窓辺で灯るランタン。
運河を渡る風。
ミルクの甘い香り。
「……この音」
ぼくは、その音の粒が入ったカプセルを手に取りました。
「これが、いい気がします」

そのまま、カプセルを見つめるぼくの様子を見て、ローズが、静かに青いリボンを手に取りました。
「でしたら、この色は、夜の静けさに合うかもしれません」
そう言って、オルゴールの土台のそばへ、そっと置きます。
「深い青は、眠る前の空の色にも見えますから」
ぼくは、その青を見つめました。
夜空の色。
ハンカチの色。
「……本当ですね」
次に、ローズは星形のチャームを小さな箱の上へ置きました。
「エトワールさんの選ばれた星形のチャーム――星柄がお好きな夫婦と、響き合うように見えます」
ぼくは、思わずローズを見ました。
ぼくは、返す言葉が見つからず、
ただ、小さく頭を下げました。
「ありがとうございます」
ローズは、静かに首を振ります。
「わたしは、少し並べただけです」
けれど、その“少し”が、ぼくには、とてもありがたく感じられました。
アルトは、小さな鍵をオルゴールのそばに置きます。
「じゃあ、この鍵で、想いを入れてみようか」
「どうすればいいのでしょう」
「難しく考えなくていい」
アルトは、やさしく言いました。
「その音を、誰に聞いてほしいか」
「どんな時間に寄り添ってほしいか」
「それを思い浮かべながら、鍵を差し込むんだ」
ぼくは、小さな鍵を受け取りました。
手のひらに収まるほどの鍵です。
けれど、持ってみると、思っていたよりも少しだけ重く感じました。
それはきっと、この中に入れようとしている想いの重さなのかもしれません。
ぼくは、目を閉じました。
カールとメリルの笑顔。
星空色のハンカチを差し出してくれた朝。
やわらかな宿の灯り。
これから生まれてくる、小さな命。
まだ会ったことのないその子が、いつか、この音を聞く日が来るのでしょうか。
泣いている夜に。
眠れない夜に。
カールとメリルが、少し疲れてしまった夜に。
この音が、そっとそばにいられますように。
うまく言葉にできないけれど。
ぼくは、そんな願いを込めたいと思いました。

「……決まりました」
ぼくは、小箱を開けて、音の粒をオルゴールの仕掛け部分に流し込みます。
そして、小さな鍵を、オルゴールの中心にある鍵穴へ差し込みました。
かちり。
小さな音がしました。
その瞬間、オルゴールの中から、やわらかな光がふわりとこぼれました。
青いリボンが、夜空のように淡く光ります。
星形のチャームには、銀色の粒子が集まり、まるで小さな星が宿ったようでした。
そして、音の粒が、美しい音色に。
最初の一音が、工房の中へ広がりました。
それは、派手な音ではありませんでした。
けれど、胸の奥にそっと届くような、あたたかな音でした。
ローズが、ほんの少しだけ目を細めた気がします。
アルトは、満足そうに頷きました。
「いい音だ」
ぼくは、オルゴールを見つめたまま、しばらく動けませんでした。
……これで、よかったのでしょうか。
そう思いかけて――
『贈りものは、正解を当てるものじゃない』
『せっかく選ぶんだったら、自分の好きな気持ちも大切にしたいわよね』
ときめきの庭の工房での、アルトとコスメキャットの言葉が、心の中で響きました。
ーーこれでいいのかも、しれません。

「完成までは、もう少しかかる」
アルトが、工具を手に取りながら言いました。
「でも、軸は決まった」
ぼくは、小さく頷きます。
窓の外では、リボルテの街の灯りが静かに揺れていました。
オルゴールから、もう一度、小さな音が鳴ります。
夜の中に、やわらかく灯る音。
ぼくは、その音を聞きながら、ポケットにある星空色のハンカチに、そっと触れました。
カールとメリルの笑顔が浮かびます。
それだけで、なんだか少しだけ、あたたかな気持ちになったのでした。
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