ー設計者は何を見ているか #6ー判断基準は、育てるもの
前回、私は、
図を描くことで、
状態遷移モデルを共有している、
という話を書いた。
では、
状態遷移モデルが共有されたら、
設計は終わるのだろうか。
実際は、
そこからが始まりだった。
ある自動車シートのレビューでは、
設計案が何種類も並んでいた。
どれが正しいか。
そんな議論になりそうな場面が何度もあった。
でも私は、
すぐには答えを出さなかった。
「描いてみよう。」
「確認してみよう。」
「やってみれば分かる。」
「決めなくていい。」
そんな言葉を、
何度も繰り返していた。
後から逐語録を読み返して、
自分でも気付いたことがある。
私は、
案を比較していたのではなかった。
判断基準を育てていた。
例えば、
ある案について、
「良さそうだね。」
と言った直後に、
「でも荷物は取り出せる?」
「ロックは?」
「置き場は?」
「斜めに動かしたら?」
と、
次々に条件を変えていく。
答えを否定したいわけではない。
その案が、
どこまで成立するのかを見ている。
だから、
一つの案に飛びつかない。
条件を変え、
視点を変え、
状態を変えていく。
その繰り返しの中で、
何を優先すべきかが、
少しずつ見えてくる。
会議の終盤、
私はこう言っていた。
「決めなくていい。」
「決めてもらえる材料を集める。」
設計会議なのに、
決めなくていい。
自分で話しながら、
改めて設計とはそういう仕事なのだと感じた。
判断とは、
思いつきではない。
判断材料が揃った結果、
自然に決まる状態を作ることだ。
だから私は、
「この案が正しい。」
とは言わない。
代わりに、
「その場合はどうなる?」
を繰り返す。
答えを教えているのではない。
判断基準を育てている。
振り返ると、
これは設計だけではない。
人材育成でも、
1on1でも、
キャリア支援でも同じだった。
答えを渡せば、
その場は終わる。
でも、
判断基準が育てば、
次の場面でも、
自分で考えられるようになる。
設計者は、
部品を設計しているようで、
本当に設計しているのは、
人の判断基準なのかもしれない。
