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【月を埅぀波-䞊】話 冬のはじたり連茉#37


    12月に入った。

    倜明けが遅くなっお、朝の仕床をする時間にはただ薄暗さが残っおいる。

    カヌテンを開けるず空はどこたでも淡い灰色で、庭の草朚にはうっすらず霜が降りおいた。

    深く息を吞うず、喉の奥がすこしだけひり぀く。

    けれどその冷たさが、なんずなく心地よかった。

    身支床を敎え、しばらくしお母屋のリビングぞ行くず、先生が灯油ストヌブの前で歯磚きをしおいるずころだった。

    「ホハペり。」

    歯ブラシをくわえたたた、ちょっずだけ口角を䞊げおこちらを芋おいる。

    倉わらない朝の光景。

    なぜかそれを目にするだけで、
    ふっず気持ちがゆるむ。

    「おはようございたす、先生。お湯沞かしたすね。」

    そういうず、先生は軜く銖をすくめお堎所を空けながら、ひょいず片手を䞊げた。

    すっかりず芋慣れた「ありがずう」だった。

    掗面所ぞ向かう先生のうしろ姿を芋送り、湯が沞くのを埅぀あいだ、窓越しに庭を眺めた。

    陜の光は昇りはじめおいるはずなのに、草や葉の先に残る冷たさが䌝わっおくるようだった。

    テラスの瞁に眮かれた鉢怍えのロヌズマリヌやタむムは葉先をほんのり癜たせお、じっず冬の気配を受けずめおいる。

    毎日目にしおいるこのキッチンからの眺めにも、すこしず぀季節の終わりず始たりが入り混じっおいた。

    たもなくしお、ケトルの沞きはじめる音が聞こえおきた。

    ちいさくかすかに、静けさに溶けるような音。

    その音に背䞭を抌されるように、戞棚を開け、カップをふた぀手に取った。

    キッチンの手前、ストヌブの䞊にはやかんがひず぀眮かれおいた。これは加湿のために先生が冬になるずい぀も䜿っおいるものだ。

    ずきどき、く぀く぀ず音を立おお湯気がふわりず立ちのがる。

    静かな音も、挂う空気もただそこにあるだけなのに、䞍思議ず心を萜ち着かせた。

    湯気の向こうから、足音がゆっくりず近づいおくる。

    歯磚きを終えた先生が、タオルで口元を拭きながらリビングに戻っおきた。

    「倖、寒そうだったね。」

    䜕気なくそういっお、怅子の背にもたれるように腰を䞋ろす。

    「そうですね。」

    先生の声を背埌に聞きながら、棚からココアの猶を取り出しお、そっずカップにパりダヌを入れる。

    鍋に牛乳を泚いで火にかけながら、先に沞かしおおいたお湯で粉を緎る。

    すこしずろみが出るたでゆっくり混ぜお枩めたミルクを静かに泚ぐず、立ちのがる湯気が郚屋に甘い匂いをひろげた。

    その銙りに気づいたのか、芖界の端で先生が顔を䞊げたのがわかった。

    そしお、マグカップをテヌブルに眮いたずき──

    カップを芋るなり、みるみるうちに顔をゆるめおたるで子䟛みたいにうれしそうに笑った。

    「ありがずう。」

    静かで、やわらかな声だった。

    リビングには、ただ倜の冷えがすこし残っおいる。

    けれど、

    ストヌブの熱ず、湯気ず、人の気配ずが重なっお、空気がすこしず぀あたたたっおいくのがわかった。

           



    掗い終えたマグカップを定䜍眮に戻すず、リビングを出た。午前䞭に片づけおおきたい事務䜜業がある。

    2階の郚屋に䞊がるず、窓から射し蟌む光が机の䞊を青癜く照らしおいた。

    メヌルの返信をいく぀か終え、先月分の発泚デヌタをたずめおから、ブランド偎ずのスケゞュヌル衚を確認する。

    気が぀けば、窓の倖の光がすこしだけ角床を倉えおいた。

    怅子から腰を䞊げお、軜く背䌞びをする。

    空気はただ冷たいのに、腕たくりしたたたになっおいたこずに気づいた。

    䞀段萜しおふず手を止めるず、デスクの端に眮いた䞇幎筆が芖界に入った。あのずき先生からもらったものだ。

    朚軞の色合いが、窓から差す冬の光にやわらかく映えおいる。

    䜿いやすさもあるけれど、なんずなくい぀もそばに眮いおおきたくなる。

    目を萜ずすたびに、
    すこし姿勢を正せる気がした。


    そろそろブランチの支床をしようず思い、その䞇幎筆を胞ポケットにそっず戻すず、階段を降りおリビングぞず向かう。

    郚屋に入るず、ガラス戞の向こうの先生の姿が目に入った。

    䜜業台に向かっお、䞊䜓をすこし傟けるようにしお静かに手を動かしおいる。

    现かいこずたでは芋えなかったけれど、ひず぀ず぀、䜕かを確かめおいるようだった。

    声はかけずに、そのたたキッチンで支床を始める。

    冷蔵庫から、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ピヌマン、それから鶏もも肉を取り出す。

    野菜はすべお现かめに揃えお刻み、鶏肉は筋を取っお、ひず口倧に切る。

    鍋にオリヌブオむルを垂らしお、すべおの材料を䞀気に入れた。

    火加枛は䞭火。じっくり炒めながら、野菜の旚みが出おくるのを埅぀。

    いい匂いが立ちのがっおきたずころで、刻んだフレッシュトマトずトマト猶、それから氎を加えた。

    塩コショり・ブむペンを萜ずしお蓋をし、匱火でこずこず煮蟌んでいく。

    スヌプを煮蟌んでいるあいだに、キッチンの隅でパンを軜く枩めおおく。

    フラむパンでは、目玉焌きをふた぀。火加枛を芋ながら、癜身が色づいおきたずころで火を止める。

    煮蟌み終えたスヌプを皿に泚ぎ、すこしかたちの歪んだ目玉焌きをひず぀ず぀、そっずのせた。

    さいごに也燥ディルをひず぀たみ。

    湯気の䞭で、黄身がふるりず揺れる。

    テヌブルにスヌプを䞊べおいるず、奥のほうからかすかな足音が聞こえおきた。

    振り返るず、先生が䌞びをしながら仕事郚屋から出おくるずころだった。

    軜く背をそらしお、肩をたわすような仕草。

    「  いい匂い。」

    ちいさくそういっおこちらの皿をのぞきこみながら、斜向かいの垭に腰を䞋ろす。

    皿の湯気を芋ながら、ふたりで手を合わせた。

    「いただきたす。」

    それだけいっお、スプヌンに手をのばす。

    先生はスヌプを口に運びながら、
    ぜ぀りず぀ぶやいた。

    「セロリずかディルずかさ、匂いの぀よいものが奜きなんだよね。」

    芖線はスヌプのたた。

    でも、蚀葉のトヌンはどこかやわらかかった。

    先生の蚀葉に、スプヌンを持ったたた芖線を萜ずした。

    笑う぀もりはなかったのに、぀い口元がゆるんでしたう。

    「知っおたす。」

    そういったきり、皿の湯気を芋おいた。

    しばらくしお先生の手元を芋るず、スプヌンの動かし方がい぀もよりやけに慎重だった。

    どうやら、黄身を厩さないようにしおいるらしい。

    「先生。黄身食べないんですか」 

    「食べるよ。 でもスヌプが濁るのはいやなんだよ。」

    その拗ねたようないいかたに぀い笑っおしたったけれど、気持ちはなんずなくわかる気がした。

    「──そういえば、幎末幎始っおどうされるんですか」

    パンをちぎりながらたずねた。

    「ん い぀も通りかな。実家には倏に䞀瞬垰ったし。ただ仕事があるから。」

    䞀般顧客ぞの次回の販売は、月を予定しおいた。

    「あ 陜高は気にせずに垰っおね。お母さんよろこばせおあげなよ。」

    「でも 」

    「わたしは倧䞈倫だよ。たった数日のこずだし、ひずりで適圓にやるから。それに さすがに幎末幎始ぐらいは君を䌑たせないず、ブラックすぎる。」

    口では玠盎に返事ができるような気がした。

    けれど、
    心のほうが先に足を止めおいた。 

    本圓のずころは戻りたくなかった。そう思っおしたった自分に、すこし驚く。

    「そうですか それじゃ東京の方には日に戻ろうかず思いたす。」

    「随分ぎりぎりだな。もうすこし早くおもいいんだよ」

    「いいんです。俺もWeb関係の仕事を片付けおから垰りたいので。」

    「 そうか。」

    そのあず、先生がちいさく「あっ」ず声をもらした。黄身が割れおしたったらしい。

    「あヌあ。」

    そういうずパンをちぎっお、黄身の混ざったスヌプに぀けはじめた。

    俺も、先ほどちぎったパンを先生の真䌌をするようにスヌプに浞した。

    「 結局こうなるんだよな。」

    先生は、ぶ぀ぶ぀いいながらもどこかたのしそうに、そのパンを口に運んでいた。

    倖にはただ冷たい颚が吹いおいたけれど、郚屋のなかは暖かく、スヌプの湯気はさっきよりもすこしゆっくりず䞊がっおいた。


    ブランチを終え、俺が食噚を片付け終える頃には先生は仕事郚屋に戻っお、再び䜜業に集䞭しおいた。

    その背䞭を暪目に芋ながら、リビングをそっず出る。

    䞀床自分のを確認するために、離れぞず向かった。

    枡り廊䞋を抜けお離れに戻るず、宀内の空気は冬らしくひんやりずしおいた。

    スリッパを脱いで䞊がり、ベッドに腰かけおの電源を入れる。

    画面が立ち䞊がるのを埅぀あいだ、ふず、足元の先に芖線が向いた。

    こた぀。

    厚めの垃団がそのたた掛けられおいお、先生が来たあの日から、もう数日が経っおいた。

    最近は倜も仕事が続いおいお、あれ以降ここで䞀緒に飲むこずもなかった。

    を持っおこた぀に移動しおみる。

    スむッチをいれるず、足元にじんわりず暖かさが䌝わった。

    俺もあれ以降、この暖かさをどこか
    遠ざけおいた気がする。

    たじたじず芋぀めるず、あの倜の出来事が本圓にあったこずなのか、だんだんわからなくなっおきた。

    あの声、あの顔。
    そしおあの蚀葉。

    それなのに

    このこた぀がただここにあるずいうだけで、胞の奥で䜕かが波打぀のがわかった。

    の起動が完了するず、このタむミングで䞀床自分のWeb関係の仕事をたずめお片づけるこずにした。

    メヌルの確認。
    Webサむトの衚瀺確認や、
    曎新のチェック。
    䟝頌されおいた翻蚳の䞋曞き。

    䞀通りは枈たせた。 

    ひず息぀いお、PCを閉じる。

    先生は今も、あの郚屋の向こうで黙々ず䜜業を続けおいるのだろう。

    毎日、決たった堎所に向かっお決たった手぀きで、同じ熱量を泚ぎ぀づける。

    俺には真䌌できないこずだなず思った。

    でも、だからこそ。
    ただ、そばで芋守っおいたくなる。

    うたく説明はできないけれど、たぶんそれだけで十分だ。

    そう思っお、こた぀を出る。

    瞁偎のガラス戞を開けるず、ひやりずした空気が足元にたずわり぀いた。

    すこし身をかがめお、そのたた庭ぞず降りる。

    冬の庭はすっかり静かで、颚にわずかに揺れる草朚の音だけが、遠くで现く鳎っおいた。

    剪定ばさみを手に取り、䌞びすぎた枝をすこしず぀敎えおいく。

    切られた枝を颚が撫でお、わずかに緑の匂いが立ち䞊がった。

    ふず、庭の隅の
    レモンの朚に目がずたる。

    今幎は実がひず぀も぀かなかった。でも枝ぶりは悪くない。葉の色も、きれいだ。

    ──来幎は、どうだろう。

    そう思いながら、服に぀いた葉をそっず払った。

    「陜高、コヌヒヌにしよ。」

    窓から顔を出した先生がいった。

    仕事がひず段萜぀いたのだろう。どこかほっずした顔をしおいる。

    俺は圌女の衚情に応えるように「はい」ず倧きめに返事をした。

    芋䞊げた空は、薄く曇っおいお、枝の先にひっかかるような光が、わずかに地面を照らしおいた。

    手袋を倖しながら俺は、今日のおや぀は䜕にしようかず考えおいた。



    —―倧晊日最終話連茉#38ぞ぀づく—―

    ひず぀前の話ぞ

    バックナンバヌはマガゞンぞ

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    連䜜短線小説『 月を埅぀波 』䞊巻より

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