
Worldline Saturation 〜過去の自分を殺す、因果からの報復〜2/3
あらすじ
キューブで過去のクジや株を操作するも口座残高は変わらず、焦る星治は介入を重ねる。しかし時間の過負荷により世界は「飽和(バグ)」を始め、娘の葉は顔がモザイク状に歪んだ星治の絵を描き、隣人の子供は存在ごと消滅する。
異常気象とデータ圧縮の恐怖に怯える星治の前に、突如、世界線の歪みで半身が黒い灰と化した未来の自分が現れる。宇宙の完全消滅を防ぐため、「マシン完成直後の自分を殺せ」と遺し未来の星治は消滅。己の消去を覚悟した星治は、愛する家族の寝顔に涙の別れを告げ、セーフティを完全解除。狂気のプラズマを放つキューブへ身を投げ、片道切符の跳躍を果たす。辿り着いた因果の夜、全能感に酔う過去の自分と対峙した。
第4章:最初の過ち
カチャ。
四隅にスライド展開したチタン製フレームの向こう側に、星治は静かに右手を差し入れた。
肉体的な感覚は一切ない。まるで温度の消え失せた冷たい水の中に、音もなく腕を深く浸しているかのような、奇妙な浮遊感と拒絶感だけが指先を包み込んでいる。
青く透き通ったフィールドの向こう側に広がっているのは、三日前――夜十一時の、この全く同じ四畳半の部屋の景色だった。
卓上には、過去の自分が近所のコンビニで現実逃避のように買ったばかりの、無造作に放り出された宝くじの紙切れが乗っている。過去の自分が、大きくため息をついて風呂場へと向かった、ちょうどその瞬間。
星治は息を殺し、過去の自分が置いたそのクジを二本の指先でつまみ上げると、現代から持ち込んだ、あらかじめ一等当選番号が印刷されている「本物のクジ」へと、音もなくすり替えた。
腕を現代のこちら側へと引き戻し、エンターキーを叩いてキューブの接続を遮断する。パツン、と小さな音と共に青い光の膜が消え去り、展開していた四隅のパーツが元の大人しい金属の立方体へと折り畳まれた。
「……終わったぞ」
星治は自分の両手を見つめた。手のひらには、じっとりと嫌な汗が滲んでいる。歴史を、世界の記述を、今、自分の手で確かに書き換えたのだ。神にしか許されない因果の改変を、この四畳半で成し遂げた。胸の奥から湧き上がる全能感が、星治の唇を歪な形に吊り上げる。
すぐに星治はスマートフォンの画面を起動し、銀行口座の管理アプリを開いた。
だが。
『普通預金残高:2,318円』
表示された数字は、1ミリも、1円たりとも変わっていなかった。
星治は怪訝そうに眉をひそめ、冷たい視線を部屋の中に走らせた。古い木造アパートの染みの浮いた壁紙、隣の寝室ですやすやと眠る奏と葉の姿。何もかもが、先ほどと全く変わっていない。
(おかしいな。数理モデルにエラーはなかった。歴史は確実に書き換わったはずだ)
だが星治は、さほど焦らなかった。何しろ自分は、世界の時間を記述する数理モデルを誰よりも深く理解している絶対的な天才だ。すぐに脳内の計算空間が、一つの合理的な答えを導き出す。
(そうか。あの間抜けな過去の俺が、クジをすり替えられたことにも気づかず、そのままゴミ箱に捨てて換金に行き忘れたな)
ならば、もっと確実に、過去の自分が「嫌でも気づき、行動を起こす」方法で資産を増やせばいいだけのことだ。
星治は、再びキューブへと手を伸ばした。
カチャ、カチャリと四隅がスライドし、怪しい青い光が再び四畳半の壁を冷たく照らし出す。今度は一週間前の過去の時間軸へとアクセスし、過去の自分が眠っている隙を突いて、彼のスマートフォンを遠隔操作した。そして、これから確実に爆発的な値上がりを見せる銘柄の株式を、手持ちの全財産を使って強制購入させた。
翌朝、スマートフォンを確認する。
『普通預金残高:2,318円』
また、変わっていない。
星治は今度こそ、眉根をぐっと深く寄せた。脳内の計算空間をフル回転させながら、別の仮説を立て、別の過去の時間軸へとアクセスする。三日前。一週間前。二週間前。異なる介入経路、異なる資産操作。
二度、三度、四度。
貪るように何度も、何度も過去のタイムラインへと干渉し続けながら、星治はある奇妙な感覚に気づき始めていた。
介入を重ねるたびに、部屋の空気が、ほんの少しずつ、重くなっていくような気がする。それは気圧の変化ではない。もっと根本的な何か――世界そのものが、微細な軋みをあげているような、嫌な感触だった。
(気のせいだ。まだ計算通りの範囲内だ)
だが、キューブの底面に仕込まれたインジケーターの赤黒い光が、まるで限界を迎えたインフラが悲鳴を上げるように、激しく、狂ったような明滅を繰り返していることに、星治は気づいていながら、目を向けることを意図的に避けていた。
本来、世界線という名のシステムは、人間の選択肢の広がりや社会の緩やかな変化に合わせて、数年、数十年という単位をかけて安全率を保ちながら「未来の器」をゆっくりと拡張していくものだ。器が大きくなる速度には、厳然たる成長限界速度が存在している。
しかし今、星治はその器の底へ、わずか数時間のうちに、数年分、数世界線分に相当する「莫大な選択肢と確定した未来の情報」を、濁流のように一気に流し込んでいた。
限界速度を遥かに超えた過負荷が、世界のインフラをパツパツに膨れ上がらせ、目に見えない次元の裂け目に、致命的な歪みを生み出し始めていた。
翌朝。
「パパー! みてみて、お絵かきしたよ!」
いつも通り元気に寝室から駆け寄ってきた葉が、星治の膝の上に勢いよく飛び乗り、一枚の画用紙を誇らしげに差し出してきた。
「お、葉、何を描いたんだ? 上手だな」
星治が何気なくその絵を見つめた、次の瞬間だった。
心臓を冷たい氷の楔で直接突き刺されたかのような、凄まじい悪寒が星治の背筋を駆け抜けた。
「これね、パパのおかお!」
葉は、いつもの汚れなき、澄んだ笑顔で笑っている。
だが、画用紙にクレヨンで描かれていたのは、純粋な狂気のビジュアルだった。昨日までは綺麗に丸く、優しく描かれていたはずの星治の顔の輪郭が、無数の、粗くて不自然な「四角いモザイク」で埋め尽くされていたのだ。まるで、画像データのレンダリングが致命的なエラーを起こして処理落ちしているかのような、歪で血の通っていない四角い立方の集まり。
「……葉、これ。なんでパパの顔を、こんなに四角く描いたんだ?」
星治の声が、無意識のうちに小刻みに震える。
「え? だって、パパのおかお、ときどきこうやって、カクカクってなってるよ? ほら、いまも!」
葉は屈託のない瞳で星治を見上げ、小さな指で星治の頬を指さした。
「なにいってるの、葉。パパのお顔はカクカクしてないでしょ? ちゃんと丸いよ」
キッチンでもやしを炒めていた奏が、フライパンを揺らしながら苦笑交じりに声をかける。だが星治の額からは、脂ぎった冷や汗が引き結ぶように滲み出ていた。
星治は、自分の両手をじっと見つめた。
気のせいか。指先の輪郭が、ほんの一瞬だけ、画像データのバグのように二重にブレて、四角く歪んだような気がした。
世界が、飽和を始めている。
だが、分かっていながら、星治はキューブへと手を伸ばした。娘の純粋な絵が放つ恐怖よりも、まだ、「今度こそうまくいく」という全能感への執着の方が、この瞬間、遥かに強かった。
(第4章・終)
第5章:未来の自分との遭遇
世界線が、目に見えない音を立てて軋んでいた。
その翌日から、街の様子が急激におかしくなった。
真夏だというのに、突如として空が暗転し、真冬のような霙(みぞれ)が激しくコンクリートを叩きつけた。テレビのニュース番組では、気象台の予報官たちが青ざめた顔で「前例のない気圧配置の乱れ」をパニック状態で報じ続けている。
だが、それ以上に星治を芯から恐怖させたのは、もっと身近な、そして静かに進行する世界の「バグ」だった。
その日の夕方、星治が工場の重いシフトを終えてアパートに帰ってきた時のことだ。外階段の踊り場で、隣の部屋に住んでいる母親と出くわした。彼女には、星治の娘である葉ともよく遊んでくれた、二歳になる双子の男の子の兄弟がいたはずだった。
「ああ、奥さん。こんにちは。……あれ、今日は弟の蓮くんは一緒じゃないんですか?」
星治が何気なく声をかけると、彼女は怪訝そうな、どこか気味の悪いものを見るような目で星治を振り返った。
「え? 高橋さん、何を言ってるんですか? うち、最初から一人っ子ですよ。この子は律です」
冗談を言っている風では、決してなかった。
星治は彼女が去ったあと、しばらく踊り場に立ち尽くしていた。
三輪車だ、と思った。アパートの玄関横に、いつもは二台並んでいたはずの三輪車が、一台きりに変わっている。それだけではない。玄関脇の靴箱の横に、蓮のものだった赤い長靴がいつも置いてあった。今は、その空間だけが、まるで最初から何もなかったかのように、ただのコンクリートの床になっていた。
(消えた。単純に、忘れられたのではない。存在の記述ごと、消去された)
星治の脳内で、冷たい計算回路が結論を弾き出した瞬間、全身の血液が一斉に凍りついた。
(容量オーバーだ。未来の情報が増えすぎて、世界のシステムが、似たような人間という「データ」を一人分に圧縮し、処理落ちさせ始めてるんだ)
自室へ駆け込み、鍵を閉め、ガタガタと膝をついて床に座り込んだ。
引き金を引いたのは、自分だ。あの赤いインジケーターを無視し続けた自分が、隣の子供の存在を、この世界から消したのだ。胸の中で、その事実が、重く、冷たく、どこまでも重く、内臓を押し潰すように沈んでいく。
泣きたかった。叫びたかった。だが、声が出なかった。
ただ、両手を見つめ続けた。この手が、宝くじをすり替えた。この手が、株を操作した。この手が、あの子を消した。
しばらく経って、星治はゆっくりと立ち上がり、キューブへと向かった。
謝罪のためではなかった。
(修正できる。俺ならできる。もう少し精密に介入すれば、世界の安全率を保ちながら、目的を達成できるはずだ)
天才の頭脳は、絶望を燃料にして、また次の計算を始めていた。それが、この瞬間の星治には、最もたちの悪い呪いだった。
その時だった。
ピキ、ピキピキピキ、と空間そのものがガラスのようにひび割れる、悍ましい高周波の音が部屋中に響き渡った。
四隅に展開してもいない、仕事机の上のキューブが、突如として猛烈な赤黒い光を放ち始めたのだ。バチバチと超伝導コアが火花を散らし、周囲の空間をストロボのように明滅させる。光が爆発するたびに、視界が狂ったように切り替わった。
テレビの液晶画面のように、何十畳もある豪華な大豪邸の書斎の景色と、今自分がいる一間のボロボロの壁紙が、一秒間に何度も激しくフレームアウトを繰り返す。
「う、あ……っ!? なんだ、何が起きてる……っ!」
眩い光の突風が部屋の中を吹き抜けた、直後のことだった。
床の上に、一人の男がもんどり打って倒れ込んだ。
「ごほっ……げほっ……! はぁ、はぁ、はぁ……!」
激しく咳き込むその男の姿を見て、星治は悲鳴を上げそうになりながら、壁際へと這いつくばって後ずさりした。
ボロボロに焼け焦げた、見たこともない高級なシルクのスーツ。その顔は、鏡で毎日見ている自分自身――。だが、髪には白髪が混じり、何十年もの歳月を地獄の業火の中で彷徨ってきたかのように老いさらばえた、未来の星治だった。
さらに異常なのは、彼の肉体の端々だった。右の腕の先、スーツの裾が、まるで燃え尽きた灰のように、赤黒い光のチリとなってサラサラと空気中に崩れ落ち続けているのだ。
「……見つけたぞ。過去の、まだ、引き返せる……俺……」
未来の星治は、血走った目を剥き出しにして、現代の星治を睨みつけた。その右手には、パーツが無惨に砕け、内部の量子液漏れを起こしてドロドロになった、完全に破壊されたキューブの残骸が握られていた。
「お前が……未来の俺なのか!? 一体何が起きている! その身体はなんだ!」
「時間、が……ない。世界線の記述が……異物である俺を、完全に消去しようとしている……」
未来の星治は、チリと化して消えかけている右腕を激しく震わせながら、掠れた声で言った。その声すらも、デジタルのノイズのように二重にブレている。
「俺は、お前を……タイムマシンを完成させ、因果の書き換えを始めた直後の自分を、殺すためにこの時代へ跳んできた。アイツを、過去の俺を殺さなければ、世界線が完全に飽和して、この宇宙のすべてが処理落ちして消滅するからだ……! だが、ダメだった……!」
「ダメだったって、どういうことだ!」
「世界線の破綻が、俺の計算よりも早すぎたんだ! 俺はキューブのセーフティを無理やり解除して、完成直後の時間軸を目指して過去へ跳んだが……この歪みきった世界線の圧力に拒絶され、弾かれ……ここ、お前がいる『この時間』まで跳ぶのが、器の限界だったんだ……っ!」
未来の星治の脚が、また音もなくサラサラと黒い灰になって崩れ落ちていく。彼の言う通り、世界が彼という矛盾を力尽くで圧殺しようとしていた。
「俺のキューブはもう死んだ。過去へさらに跳ぶエネルギーは残っていない……だが、お前だ。お前の持っている、『そのキューブ』なら、かろうじて、あの完成直後の夜へ跳べる……!」
「待てよ……! 俺に、過去の自分を殺せって言うのか!? そんなことをしたら、俺はどうなるんだ!」
「過去の自分を殺せば、そこから派生した未来はすべて消える。つまり、大富豪になった俺も、ここにいるお前も……存在の記述ごと、この世から消滅する。だが、それで世界線は元の『安全率』を取り戻し、安定するんだ……」
星治は、未来の自分の崩れかけた顔を、しばらく黙って見つめていた。
消滅する。自分が、消える。
だが、次の瞬間、視界の端に、寝室の隙間から漏れる葉の寝息が聞こえた。さっき、外階段で見た、あの玄関横の空っぽのコンクリートの床が、脳裏に蘇る。赤い長靴があった場所。最初からそこには何もなかったかのような、あの空白。
(奏も、葉も。あの双子の弟みたいに――)
「分かった」
星治は、震えを止め、静かに言った。
未来の星治は、半分灰になりかけた顔を絶望に歪ませながら、血の涙を流して頷いた。
「頼む、星治……。家族を救うために……あの完成直後の部屋に跳び、お前自身の手で、俺たちを殺してくれ……っ!!」
それが、最後の言葉だった。
バサリ、と重い音を立てて、未来の星治の身体は完全に黒い灰へと変わり、アパートの古い畳の上へと崩れ落ちた。あとには、主を失って冷たくなった、壊れたキューブの残骸だけが残されていた。
静まり返った部屋の中で、星治はガタガタと全身を震わせながら、自分の手元にある、まだほのかな青い光を残したキューブを見つめるしかなかった。
(第5章・終)
第6章:片道切符のタイムトラベル
足元の畳の上にこぼれ落ちた黒い灰が、冷たい現実としてそこにあった。
かつて世界最高峰の研究室を震撼させた天才ゆえの冷徹な計算回路が、パニックを起こした脳内で、ただ一つの冷酷な最適解を弾き出していた。
(俺が過去へ行き、マシンを完成させた直後の俺を殺す。そうすれば、因果の連鎖は断ち切られ、この狂った現在は消え去る。……当然、そこに連なる俺という存在も、すべて消える)
代償は、自分という生命の完全な消去。
星治は静かに立ち上がり、重い足取りで隣の寝室へと足を向けた。襖をそっと引くと、薄暗い部屋のベッドで、奏と葉が互いに身を寄せ合って眠っている。
葉の小さな手には、星治が工場の端材で作ってやったアルミの車が、今も大切そうに握りしめられていた。ふと、開いたままの勉強机の上を見れば、一時間ほど前に奏が「あんまり無理しないでね」と淹れてくれたコーヒーのマグカップが、もうすっかり冷めきって佇んでいる。
二人のために、すべてを賭けたはずだった。
だが、自分がやろうとしていたのは、世界という器を破綻させ、二人を存在の記述ごと消去する最悪の暴挙だったのだ。傲慢なエゴが生み出した、独りよがりの歪んだ愛。
星治はそっとベッドの傍らにひざまずき、二人の寝顔を、網膜の裏へ焼き付けるように見つめた。
溢れそうになる熱い涙を、奥歯が砕けるほど必死に噛み殺す。
部屋を出ようと、そっと扉に手をかけた、その時だった。
「……ん……星治くん……?」
布団が擦れる衣服の音と共に、奏がうっすらと目を向け、寝ぼけた声で呟いた。
「まだ起きてるの……? あんまり、無理しないでね……」
それだけ言うと、奏は愛おしい寝息を立てて、再び深い眠りに落ちていった。
胸が、鋭いナイフで抉られるように張り裂けそうだった。
「ああ……無理はしないよ。ありがとう、奏」
星治は声にならない掠れた声でそう返し、静かに扉を閉めた。
これが、彼女と交わす最後の言葉になる。世界線が修復されれば、この三日間の自分の歪んだ選択は消え去る。いや、過去の自分を殺せば、彼女の隣にいるはずの「夫」すら消えるのかもしれない。それでも、彼女たちが世界の処理落ちに巻き込まれて消滅するよりは、一億倍マシだった。
仕事机に戻った星治は、自分のキューブを両手で包み込むように持った。
そして、ノートPCのキーボードへと指を走らせ、システムの奥底に隠されていた、時間記述の安全装置――セーフティの完全解除コマンドを打ち込む。液晶画面に「WARNING: SAFETY DEVICE PURGED」の血のような文字が躍る。
「覚悟を決めろ……跳べ」
最後のキーを激しく叩いた瞬間、キューブが異様な変貌を遂げた。カチャカチャと四隅のパーツが限界を超えてミリミリと外側へ開き、そのフレームの間に形成されたフィールドが、いつもと違う狂気的な色彩を放ち始める。
青、紫、赤、白――。あらゆる時間軸の色彩が混ざり合い、視神経を直接灼くような激しさで明滅を繰り返す。バチバチと激しい音を立てて紫色のプラズマが机の上を走り、部屋中のスプーンや精密ネジといった金属製品が、巨大な磁石に吸い寄せられるようにガタガタと震え出した。
星治は、網膜を突き刺す極彩色のプラズマの渦へと、自らのボロボロの身体を思い切り投げ入れた。
光が、音を立てて爆発する。
――次の瞬間、星治の全身を、猛烈な重力と内臓をひっくり返されるような吐き気が襲った。視界が激しく揺れ、床に強く叩きつけられる。
鼻を突く工場の油の匂い。隣の寝室から聞こえる、静かな、聞き覚えのある寝息。
星治は必死に目を開け、自分の手元を見た。手のひらの中で、四隅に展開していたキューブが、寿命を迎えた電球のように数回、弱々しく明滅した。そして――パサリ、と音を立てて、それは一瞬にして黒い灰へと変わり、星治の指の隙間から床へとサラサラと崩れ落ちていった。
「帰れない……。本当に、片道切符だ」
星治はゆっくりと顔を上げた。
そこは、数日前の、あの「タイムマシンが初めて完成した夜」の自室だった。部屋の片隅、乱雑な仕事机の真ん中には、つい先ほど初めての「青いフィールド」を展開させることに成功し、全能感に満ちた狂気の笑みを浮かべている――数日前の、過去の自分が座っていた。
過去の星治が、背後の異様な気配に気づき、驚愕の表情でゆっくりと振り返る。
ついに、二人の「星治」が、運命の夜に対峙した。
(第6章・終)
7章〜9章(最終章)
1〜3章