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【短編連載小説】水槽④

    前話: 【短編連載小説】水槽③

     次の日、私はもう立ち上がることができませんでした。横になっても強い空腹が押し寄せてきます。私は空腹感をまぎらわそうと両手で腹を押さえ、身体を丸めました。精神的な疲労も積み重なっていました。
     何を何度試みようとも、ここから抜け出すための足がかりさえ見出せないのです。気力でどうにかできる次元ではなく、物理的に這い上がる術がないのです。
     空腹だと思考が暗く沈んでゆきます。惨めさが押し寄せてきます。涙が流れているのでしょうか。水の中ではそれすらわかりません。
     私は横になって膝を丸めたまま、顔を上へ向けて水面の白い光を見上げました。
     あの届きそうで届かない光は一体何なのでしょう。この薄暗い水の底から見るあの光はまばゆく、両目を焼いてしまいそうなほど強い光を放って見えます。
     ああ、あの光の向こうでは皆が当たり前の日常を送り、家族や友達、親しい人々と幸福な時を過ごしているのです。この暗く冷たい寂しい部屋と違い、外の世界は暖かな光に満ちているのです。それなのに、どうして私はその光の下へ行くことができないのでしょう。けっして手の届かないあの光が恨めしくて仕方がありません。
     そして、無視しようとしても、三つの影が否応なしに視界に現れて来るのです。老人はしょっちゅう壁に口を付けては藻をかじっていました。男性も時々壁の藻をかじるようになっていました。男性も女性も老人も生気のない一定の足取りで歩き続けており、その気味の悪い振動を床伝いに感じます。 その振動がまるで時計の秒針に追い立てられているかのように感じられ、私の焦燥感は一層募るのでした。
     三人の中でも特に、古い傷だらけの着物を着た老人を見ると気が沈みました。老人は壁から口を離すと口をぱくぱくさせて頭をゆらゆらと揺らしながら歩き回っています。おぞましい姿です。老人を見ていると、自分はもうどうにもならないのではないかという不安が押し寄せて来るのでした。
     この部屋に助けが来るはずがないことも悟り始めていました。手を差し伸べられることはなく、自ら這い上がるしかないのです。それなのに、何をどうすべきかまるで見当が付きません。
     絶望感と無力感の中で、腹の奥からふつふつと怒りが湧き上がって来るのを感じました。
     何故私がこんな所へ落とされなければならないのか。私が一体何をしたというのか。この世界の不条理に対して激しい怒りがこみ上げて来ます。
    私は膝をぎゅっと引き寄せると、強く握った右のこぶしで床をだんっと一度殴りつけました。
     やがて夕暮れ時となり、薄暗い室内は徐々に黒い闇に沈んでゆきました。

                                                                                                                      (続く)

    次話: 【短編連載小説】水槽⑤|凍頂桂花


     
     
    凍頂桂花と申します。 翻訳家志望なのですが文の流れを読む力の弱さを痛感し、力を付けるために大学時代ぶりの小説を書き始めました。 感想等いただけましたら嬉しいです😊

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