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Photo byhumble_dahlia809

多層の私:これが私の生き書 ④|私の軸 痛いものは、痛い


    『僕の愛人にならない?』

    これまでの人生で、何度その言葉を投げつけられてきただろう。

    あの方達は私を、男の言うことに何でも従う従順な女だと思うのだろうか?

    それとも、金や口先だけで簡単に転がせる、女だと見積もっていたのだろうか。

    そういう生き方を選ぶ人を、否定も肯定もしない。

    ただ、私をその枠にハメようとしたあの方達の計算が、致命的に狂っていた。

    ただ、それだけのこと。

    それはつまり、私という人間に「誰かにとって都合のいい女」の役を演じろと要求してくるということだ。

    実の家族ですら、そうだった。

    ある時期から、弟は自分が食べた食器を片付けなくなった。

    「自分の食べた物くらい、自分で片付けたら?」

    私の声は弟には届かず、それを見た母は「事を荒立てるな」と私をたしなめた。

    母にとっては、私が傷つく痛みよりも、その場しのぎの食卓の平穏を守ることの方が、よっぽど大事だったのだ。

    女のくせに。長女なのに。お姉ちゃんなんだから。

    他人は私のごく一部だけを切り取って判断し、容赦なく「自分の価値観」というナイフを振り回して、私を深く傷つける。

    私の何を知り、私のどんな痛みが分かると言うのだろう。

    だから、私は何度だって、声を大にして言い続ける。

    痛みに、大きいも小さいもあるわけがない。

    痛いものは、痛いのだ。

    他人の痛みを想像することはできても、100%理解することなんて絶対にできない。

    だったら、傷つけられた時に「痛い!」と大きな声で叫んで、一体何が悪いというのだろう。

    繊細さん? メンヘラ?

    勝手にラベルを貼って、大袈裟だと笑いたければ笑えばいい。

    ただ…
    その誰かが貼ったラベルに、自分の人生まで支配され続けるのが、やっぱりもったいないと私は思ってしまうだけ。

    強くなんて、なくていい。

    落ちるところまで落ちたのなら、あとは這い上がるだけ。

    その這い上がる途中に、暖を取るためのブランケットが必要だと言うのなら。

    私は、ここにいる。

    ただ、それだけのこと。

    これが、私。

    これも、私の生き書。


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    ウソの様な軌跡から生まれた、ややこしの森の住人てるてる坊主。 遺書と言う名の、生き書を残す。 そして、その生き書が誰かのブランケットになれたなら、いらなくなったらその辺に置いていってください🌈

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