
2×3×4 ユンデとメーテ【第二片】
あらすじ
二人の人間、三つのテーマ、四つの物語に沿って描かれる同時多発的連続作品。
時に甘く、時にグロく、同じ名前であれど姿形や背景は様々。それは何も特別なことではなく、よく言えば普遍で、悪く言えばありきたり。ゆえに近しく、ほどよく暗い。見落としやすい。そんな薄暗がり。手元に広がる小宇宙。
ユンデとメーテ【第二片】
1:パパ
ユンデとメーテが人々に話しかける
「「あなたがアタシたちのパパ?」」
※太陽が彼女たちを孕ませた。
ユンデとメーテは双子の女の子。
孕むはずがない。
しかし、あるときから胎に子がいることに気づく。
そこで二人は、パパ探しを始めた。
「いいえ、私は、寝ている女しか犯しません。断じて、起きている女を犯したりなんかしません。眠っているときこそ、お互いに気持ちいいと感じられるのです。何故なら、私は顔がブサイク、体臭キツい、肥満体だからです」
「「ふーん、そうなんだ」」
「ねぇ、メーテ」
「なぁに、ユンデ」
「あの人、なんだか気味が悪いよ」
「そらそうよ。だって男だもの」
「え? 男ってみんなあんななの?」
「そうよ。みんなあんななの。普段はキレイに取り繕ってるけどダメね。もれなく全員。
頭の中で考えてることが匂い、表情でわかる」
「男ってどんなこと考えてるの?」
「アタシたちみたいな女を孕ませたいって考えてるの。それが根幹にあるの。だから、あんななの。外見がどれだけよくったって、ついてるものはついてるし、臭いものに蓋をしたって無駄なの。それを隠そうとすること自体が卑しいってわかってないの。かといって、自然体だと、あんなの。男は、そんな自分たちを悲劇って称しているわ」
「悲劇? そんなキレイな代名詞でいいの?」
「じゃあクソで」
「納得!」
「今会ったような男がクソで、取り繕ってる男は上品なクソ。どう? 言い得て妙でしょ」
「流石メーテ、わかりやすい!」
2:深海
深海の真
教えに基づき
糞になった
おかげでビーチは滑らか
「ボクたち、深海の底にいるんだよね?」
「そうよ。何度も言わないでちょうだい。頭が痛くなる」
「いつも頭が痛いって言ってるのに?」
「だからよ。余計に痛くなるから同じことを言わないでって言ってるの」
「メーテだって、同じことばっかり」
「は? 何言ってるのよ」
「だから! 『同じことを言わないで』って、さっきも言ってたよ? こんな調子じゃ、ボクの頭も痛くなってくるよ」
ユンデとメーテ。十歳にも満たない双子姉弟。深海の表面から転落し、今では深海の底。
すぐに気づくだろう。ここが深海の真であると。
地上とは天空であり、天空とは宇宙である。
ロケットが月の左目に刺さった。
地球の広場は大惨事。
地上からの砲弾が太陽の周りを飛び交い、それが世界の終わりの兆しであると五百年前の公衆便所の壁に落書きされる。
二人は、仲良く手を繋ぎ、同じ歩幅、同じ速さで深海の轍を歩く。
目的のない歩行ほど頭の痛くなるものはない。彼らは度々、頭を鈍器で思いきり殴られたかのような激痛に襲われ、身悶える。
「ねぇ、メーテ。どれくらい歩いたかな」
「ユンデ。口を開いてはダメ。かえって疲れてしまう」
「でも、何かを口にしていないと、本当に気が滅入ってしまいそうなんだ」
「はぁ……。そんなことで今後、生きていけると思うの? 今だけ生きているなんてことはないの。考えが甘すぎるわ。ここがどこかわかってる?」
「深海の底だよ。深海の真……。そんなのわかってるって」
「わからなそうだったから訊いただけよ」
「じゃあ、なんで、そんな、わかりきったこと訊くの?」
「もう! あんたなんなの! 意思疎通よ! 意思疎通! あんたが言い始めたんでしょ! あんたが! 口を開いたから、こっちも口を開いてあげてんの! ああ! もう! 本当に、どうにかなってしまいそう」
「メーテ! 黙って!」
ユンデが何かに気づいた。
メーテの後ろに、巨大な何かがいる。
ユンデはメーテに、声が出ないよう接吻した。さらに非言語で、声を出してはいけないと説明した。
巨大なユメナマコ。
ボウボウと燃えている。夢の中で人を愛するときの色で発光している。狂気の中で凛々しく正しく漂い、静止している。大きな口を開けて。
気づいたときには、表面が真っ赤に燃え、今にも爆発しそうなほどにギラギラと輝いていた。
ヒレは、母親の唇を連想させた。
その姿は、寝返りをうつ母親の姿を連想させた。
「ふぉおおおおおおおお……。ぉぉぉおおおおおおおお……」
クジラの声ではない。クジラは無人島に、突き刺さってもいないのに痛いだの嫌だのと身を捩るだけ。
ユメナマコは、艱難辛苦を耐え得る母親としての自覚がある。
深海の表面には、カメラマンと記者とアナウンサーしかいない。誰も助けない。そんなことは理解できていた。
『わかり切っていることでも意思疎通は大事だろ?』
手を伸ばすことも、支援金を出すお金も、同情する余裕も深海の表面にいる人間にはない。
表面の非情を知るのと、深海の真で起きていることを受け入れるのと、どちらが不安と恐怖を感じるものであるか……。表面上で溺れそうになっているだけの人間にわからない。
ユメナマコが遠ざかっていく。
ユンデは唇を離した。
「ぷはぁ、はぁ、はぁ。何とかなったね」
「ユンデ、急にどうしたの?」
「巨大なユメナマコがいたんだ。多分、気づかれていたら喰われていたと……思う」
「そう。ありがと。さっきは、ちょっと気が動転してたみたい。ごめんなさい」
「いや、いいよ。謝らなくて。……メーテ。ほら、歩こう?」
再び、目的地も目的もない歩みを進める。進んでしまった以上、自分たちが落下したところまで戻ることも探すこともできない。歩むことが目的である彼女らには歩むことしかできない、歩むことでしか目的地に辿り着けない。
深海の表面にいる人間たちが心温まる姿で死に向かうのである。笑顔を浮かばせながら歩んでいく。深海の表面からの歌や涙は無色透明のサンゴ礁になるだけ。
恋人繋ぎの指と指の切れ目から冷や汗がポタポタと表面に浮かび上がっていく。お互いに顔を見合わせ、生温い涙を上へ上へと押し上げる。深海の表面には、波紋しか広がらない。
深海の真にとって、死に向かって歩むのにそんなものはいらないという。
歩んでも歩んでも、向かう先は闇。
細やかな現実逃避。
浅はかな誇大妄想。
ここは常闇。
ここは現実。
誰も見ちゃいない。
深海の表面にいる人間以外。
「はあ、疲れたよ。メーテ、少し休憩しようよ」
「ダメよ。ユンデ、あともうちょっとなんだから」
「『あともうちょっと』って、さっきからそればっかり」
「本当に、あともうちょっとだから……」
あともうちょっと。
それは、ほんの少しの勘違い。
ほんの少しの目測の誤り。
人生脚本の修正ミス。
マトモに刺さる的すらない。
ほんの少しの錯視の角度は、どんどんと大きくなっていくだけ。
どんどんと広がっていくだけ。
こんな簡単な間違いも、深海の真では、まったくもってわからなくなってしまう。
暗いからなんていう理由は、子どもの言い訳にすら到達しない。
弄ばれる判断と認識。
拐かされる判断と認識。
覆い隠される判断と認識。
「メーテ! しっかり!」
「うぁ。頭が痛い。ガン! ガン! ってハンマーで思いっきり叩かれてるみたい……。
寒い。暑い。気持ち悪い……。でも、アタシには何もない! 吐き出すものも、流れ落ちるものも、何もかも!」
「メーテ! ダメ! ……じ、自分を保って!」
「アタシたち、巨大な何かに食われて死ぬしかないの! そうなるしかないの! もうこれ以上、生きていくなんて、やだ! 痛い、暗い」
「だ、大丈夫だから。……! 大丈夫――」
「ねぇ! お願い! アタシを! アタシを……! 独りにしないで!」
深海の底。
深海の真に非力に響くメーテの叫び。
その声に応えるかのように、大きな光がボンヤリと現れた。
低く、重たい声。
「オマエは、過去の長さと未来の長さが同じであると思うか?」
「え?」
「いいから答えろ。深海の表面ではこれが流行りなんだ。はい、か、いいえで答えろ」
「い、いいえ……?」
「じゃあ、過去と未来。どちらが長いと思う?」
ユンデは、自分の腕の中で、今にも死んでしまいそうなメーテを一瞥した。メーテに答えを訊こうとしたが、もう、答えられるような状態ではなかった。
「早くしろ」
「え……。えぇっと……」
もう一度、メーテを一瞥した。
「み、未来……」
「ほう、そうか。じゃあ、食わないことにしよう」
「?」
「――お前さんはな」
光の正体はチョウチンアンコウだった。ガバァっと大きな口が開かれた。多種多様な生物の血の色と臭いが混ざっていた。
チョウチンアンコウは、ユンデの腕の中で死にかけていたメーテを乱雑に巨大な歯でひき剥がし、チュルンと啜り、バリボリと噛み砕き、ゴクンと飲み込んでしまった。
「ゲフゥ……。ごちそうさん」
ユンデは、チョウチンアンコウの下品なゲップの臭いの中に、メーテの髪の毛の匂いがあることに気がついた。
3:太陽
手のひらを太陽にすかしてみれば
ペロリと舐めて
ニコっと笑った
「こんな仕打ちを与えたのはね。キミたちが、オヒサマをこんなんにするからいけないんだよ。これは、しょうがないことなんだ。オヒサマは悪くない。ホントだよ。ほら御覧、 この笑顔。赤ん坊みたいでしょ?
そんな、いたいけなオヒサマをどうして睨むんだい? コトは済ませたじゃないか。なんで、そんなに引きずるんだい? キミたちだけじゃ何もできないくせに。
いっつもオヒサマが出てくるとさ、洗濯物やら パネルやら、『ありがとう』やらくれるけどさ。正直、いらないんだよね。気持ちだけ。それだけだったら、また、仕打ちを与えなくちゃいけない。だってもう、ほら、こんなに大きくなってるもん。オヒサマの右手と左手は、もう、そこに飛びつく勢いで待ってるよ。
ほらぁ。キミたちを凝視した瞬間、頭をカクカク、ブリキのおもちゃみたいに、上に下に微振動しだした。この興奮を与えたのはキミたちなんだよ。わかる?
『なんで、そんな訊き方するの?』だって? そりゃキミたちが、わかってなさそうな顔をしているからだよ!
最近の若者の悪い所!
感じ悪い!
服ダサい!
人相酷い!
は? 散々悪口言っといて『人間の悪口言うな』だって? ほんとさぁ……」
⁂
「ねえ、メーテ」
「何? ユンデ」
「暑いね」
「ええ。そうね」
「なんでオヒサマってボクたちをいじめるの?」
「何言ってるの。いじめてなんかいないわ むしろ感謝すべきなのよ」
「でも ボクたち。こうやって路地裏で涼んでるじゃん」
「そりゃ暑いもの。日陰で涼みたくもなるわよ」
「……」
「私はオヒサマを信じているわ。いじめられてなんかないもの」
〔オヒサマは ユンデとメーテを いじめていた〕
「でもさ。周りの人たちはさ。暖かそうな服を着ているよ」
「そうね……。見栄を張っているのよ」
「そうかな。これが普通です、みたいな顔して歩いてるよ」
「そう……? あら。人が倒れてる」
「ほんとだ」
〔オヒサマは 見知らぬ誰かを よく殺す 固まった笑顔で〕
「ボクたち、いつもこのオンボロの服だね」
「色々楽でいいじゃない」
「でも……」
「わがまま言わないの」
〔オヒサマは このオンボロの服が 大好きだ〕
「お水が飲みたい」
「私も飲みたいわ。だけど、我慢してるの。ユンデも我慢して」
「……うん」
〔ついこの間まで使えていた井戸は オヒサマが壊した〕
「あ! この間使った井戸! あそこから水を――」
「ダメよ」
「何でさ」
「あの水は、もうないのよ」
〔二人の いざこざを固まった笑顔で迎える オヒサマ〕
「ないって……。メーテが飲み干した?」
「違うわよ。干上がったのよ」
「え……。それじゃあ、やっぱり――」
「いじめられてないわよ。言っとくけど」
〔罅を好む オヒサマ〕
「でも……。やっぱり、いじめられてるよ」
「何よ。そんなにいじけて。学校で何かあったの? 言ってごらん?」
「その訊き方、ホントにいや」
「はぁ!? 何が気に喰わないのよ!」
〔二人の雰囲気が崩れるのを楽しむ オヒサマ〕
「そんな訊き方するんだったら何も言わないし、話したくない」
「何? 声が小さくて聞こえない」
「だから! メーテには何も言わないし、話したくないって言ってるの!」
「そんなに怒ることはないでしょ!」
〔一人きりの オヒサマは 二人を欲した〕
「そうやって何で理不尽なことを言うの!?」
「どこが理不尽なのよ。ねえ、私、何か理不尽なこと言いましたか?」
「ああ、もう! まるでお母さんみたいだ!」
「お母さんのもとで育ってないくせによく言うわ」
〔オヒサマは とまらない〕
「今の話に関係ないだろ!」
「いいえ。あなたの考えの根幹にあるから」
「ボクの頭の中が分かるの?」
「ええ、何となくね。簡単な頭してるから」
〔オヒサマ 果ててしまう〕
果てたと同時
白い雨が降る
オヒサマは 固い笑顔のままだった
白い雨は二人を
路地裏を
住宅街を
地域を
国を
空を
惑星を
覆っていく
あたりを見渡せば
人間の赤ん坊
赤ん坊
赤ん坊
小さいものから大きいものまで
多種多様
人間から人間の赤ん坊を
犬から人間の赤ん坊を
猫から人間の赤ん坊を
象から人間の赤ん坊を
ライオンから人間の赤ん坊を
家屋から人間の赤ん坊を
財布から人間の赤ん坊を
筆箱から人間の赤ん坊を
水道から人間の赤ん坊を
目から
鼻から
口から
耳から
ユンデとメーテにも 天災が降り注いだ
髪から
頭から
目から
鼻から
口から
耳から
ホクロから
肩から
腋から
肘から
手首から
手の平から
指先から
爪から
胸元から
乳首から
臍から
腰から
背中から
お尻から
太腿から
膝から
ふくらはぎから
踝から
踵から
つま先から
赤ん坊をたらふく出して
念願の水に溢れて
果てた
オヒサマは 相変わらず 固まった笑顔で 二人を眺めていた
4:宮殿
過去は
カルバンクラインで隠れてしまうほどに薄い
ゆえに
真っ白なカーテンであれば
人生そのものを隠すことができる
「ようこそ。こちらは、メーテの宮殿でございます。そして、向かいにございますのはユンデの宮殿。何も怖がることはございません。何せ、あなたは嘘という美しい行為をなさらない。なさることができない臆病者なのですから。何です……? 美しい……? 私がですか……? そういったお世辞は、生きている内にしておいてください」
⁂
なんて大きな宮殿なんだ。こっちにも、あっちにも宮殿……。そうか。これまでに私は 色々なことをしてきたということだな。良い事、悪い事がすべて、これらの宮殿に……。
しかし、そういったことをしない正直者である私は、この宮殿をトラウマとして見るであろうという予想もできず、ただただ、大きく、美しい建造物だと思っていた。
ポトポトと宮殿周りを歩いていると、妙に色気のある青年が目に入った。こちらから声をかけようかと思ったが、ほんの少し先に彼が声をかけてきた。
⁂
男に迫るトラウマの大群は,真っ白なカーテンの裏に身を潜め,様子を伺う。
ユンデの宮殿は足を運ぶものに現実を突きつける。絶望青年。手にかけるは、真っ白のカーテン。
鍵を握るのは、彼だ。今さっき、そこを歩いていた男はまだ、ユンデ青年の素性を知らない。
ユンデ青年、真っ白カーテンに手をかける。
ユンデ青年、真っ白カーテンに手をかけた。
⁂
「あなたは生きていますよ。生きている内にというのも、これから死ぬと言う訳ではありませんよ。
あなたは生きている。しかし、生きてない内がある。それが何か、分かりますか?
私は知っている。あなたの生きていない内を。
それが分かれば、私のこの手にかけている真っ白のカーテンを開く必要がなくなります。
さあ、生きていない内を必死に考えて私に応えてください」
⁂
私は怖くなった。これから死ぬのではあるまいかと。
怖くなったから彼に聞いたのだ。よかった。死ぬわけではなさそうだ。ん? 生きてない内? 私が生きていないと? 少し考えさせてくれないか。この質問は、踏み外したら大変なことになるかもしれんからな。
⁂
男は青年の全てが好みだった。顔、髪、声、色、その他諸々。
相手を煽るようでいるのに、迎え入れているような、もどかしい感じ。
そんな多面性がある。
これが男にとっては、ご馳走だった
しかし男は、生きていない内が未だわからずにいた。
⁂
「山は女で、太陽が男でね。そう。月じゃないの。山は乳房で、太陽の光は男根なんです。
夢の人々は、それを『綺麗だ。神秘的だ。壮大だ』と絶賛するの。
これって何か違和感ありません?
そう。私たちが、ちっぽけであることを非議してないんです。
誇りにしているんですよ。フハハッ。
ね。何か、ありませんか?
少しの違和感も……?
まあ、あなたはまだ、自分の生きていない内に気づいていないから――」
⁂
面白い解釈だな。私には全然。そうだなぁ。私もその夢の人なるものと同じ意見だ。
綺麗だし、美しいし、大きい。。女や男には見えないな
くそ。またか……。その生きていない内というものが、私にはまだ――」
⁂
意気地なしの男。宮殿の大きさと自分の生きていない内とが関係していることに気づかない。
青年のアドバイスにより内が揺らぐ。
自然を性の対象にする男は青年に詰め寄るも、気づかない。気づけない。
生きている内を――。
⁂
「これは……?」
「それはカーテンです。先ほどメーテがアナタに説明したものです。綺麗でしょう。このカーテン。真っ白で、シミのない。まあ、これからシミだらけになるのですがね。アナタのせいで。
フフフ。笑ったら喜んでしまうんでしたっけね。変わってますね。あ。これもダメ?
とんだ地雷人間ですね。アナタ。
メーテは、気づかない内があると言っていました。アナタにある気づかない内です。
ずっとワタシのことを見ているせいか気づいていない。
ほら、ワタシから目を背けて、後ろをご覧になってください」