
漫画写楽 エピソード2/10 蔦屋の賭け
前号に続いて写楽漫画のエピソード、その2です。写楽を生み出そうとするクリエイティブなエネルギーの反映として、全体的な発色を明るめにしました。春朗はヒーローとしてカッコよく造形しています。このエピソード2は、蔦屋重三郎の意思決定が重要なドライバーなのですが、絵的にも春朗寄りになりすぎました。底本の著者・田中英道さんは、漫画の表にはなかなか出てこないようにしてあります。

■ 筋書き・概要
寛政三年(一七九一年)、松平定信の「寛政の改革」が浮世絵出版界を直撃した。山東京伝は手鎖五十日の刑。蔦屋重三郎は財産の半分を没収された。江戸一の版元・耕書堂の屋台骨が揺れていた。
にもかかわらず、蔦屋は賭けに出た。役者絵の世界に革命を起こす——それが蔦屋の答えだった。当時の役者絵市場は勝川春好・春英が担っていたが、どれも勝川派の枠内に収まる。歌川豊国は競合版元が押さえていた。
そこで蔦屋が選んだ男が、春朗——後の北斎だった。田中英道は問う。なぜ蔦屋は財産没収直後の窮乏の中で、黒雲母摺という最高級技法を用い、二十八枚を一挙に出版する大勝負に打って出られたのか。「無名の新人絵師」への投資では、説明がつかない。実績ある北斎という保証があってこそ、その決断が生まれたのである。
変名の理由も明確だ。幕府の検閲は厳しく、「作者不知書物」は商売禁止だったが、一方で絵師の本名が当局に割れれば危険もある。「東洲斎写楽」という虚像の絵師は、蔦屋の守りであり、攻めでもあった。大田南畝の『浮世絵考証』に写楽の生没年・住所・俗称が記されていないことも、田中は「正体隠蔽の証拠」として読む。
■ 底本
この漫画化連作は田中英道「実証 写楽は北斎である―西洋美術史の手法が解き明かした真実」を底本として用いています。前に述べたとおりです。田中さんには他にも名著が多いので、どうぞ色々お試しください。一年あまり前の2025年4月30日に他界されました。享年83歳。東北大学名誉教授で、フランス・イタリア美術史の第一人者でした。代表的な著作を列挙します。
『ラ・トゥール 夜の画家の作品世界』(造形社、1972年)
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品研究の初期代表作。留学時の博士論文を基にした専門書で、彼の西洋美術史研究の出発点。『レオナルド・ダ・ヴィンチ 芸術と生涯』(新潮社、1978年/講談社学術文庫、1992年)
レオナルドの生涯と作品を深く分析した著作。『微笑の構造』など関連研究とともに、ルネサンス美術の権威を示す一冊。『イタリア美術史 東洋から見た西洋美術の中心』(1980年代)
イタリア美術を東洋の視点から位置づけた意欲作。彼の専門分野であるフランス・イタリア美術史の集大成的な位置づけ。『日本美術全史 世界から見た名作の系譜』(講談社など)
日本美術の全体像を世界的な視野で描いた代表作。西洋美術史の知見を活かした独自の評価が特徴で、後年の日本文化論の基盤。『国民の芸術』(産経新聞出版など、2000年代)
日本美術や文化の国民性・独自性を論じた著作。美術史から日本史・文化論へ広がる彼の思想を象徴する一冊。
■ 豆知識
本稿では、4項目に関し、基礎知識を補強しておきます。
🔴勝川派: 江戸時代中期に興った浮世絵の主要流派。祖は勝川春章(1726?-1792)で、宮川派から派生。 役者絵で革新を起こし、従来の様式化された鳥居派に対し、役者の個性を捉えた似顔絵(リアルな表情・姿)を確立。一世を風靡し、大首絵の先駆けも。相撲絵や美人画も手がけ、門下に春好・春英らを育て、葛飾北斎(勝川春朗時代)も所属。 写楽の役者絵にも影響を与え、浮世絵の写実的方向性を広げた重要な流派です。
🔴蔦屋重三郎: 蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう、1750-1797)は、江戸時代中期の著名な版元(出版社)。新吉原生まれで、吉原細見の出版から成功を収め、日本橋に「耕書堂」を開業。 喜多川歌麿の美人画、東洲斎写楽の役者絵、葛飾北斎や山東京伝、曲亭馬琴らの作品を次々とヒットさせ、「江戸のメディア王」と称された。黄表紙・洒落本など大衆文化を牽引し、化政文化の隆盛に大きく貢献。企画力・才能発掘力に優れ、現代のプロデューサー像を思わせる人物です。蔦屋書店を営む増田宗昭(カルチュア・コンビニエンス・クラブ=CCC創業者・会長)は、蔦屋重三郎と系図でつながっていませんが、彼の祖父が副業で営んでいた置屋(芸者の置屋)の屋号が「蔦屋」だったため、1983年の1号店「蔦屋書店 枚方店」の店名に、その屋号を冠したよし。1号店オープン当日に友人から広辞苑の「蔦屋重三郎」項目のファクスが届き、初めて知った増田は「江戸のメディア王・プロデューサー」に大きな感銘を受けました。以後、「蔦屋」の名のもとで現代の文化プロデューサーとして文化を広める役割を自らに課し、共通点(色町育ち、レンタル業スタート、才能発掘など)を強く意識しています。精神的な連帯感は非常に強く「蔦屋重三郎を尊敬しています」といった発言をしています。
🔴黒雲母摺(くろきらずり): 浮世絵版画の特殊摺り技法「雲母摺」の一種です。 雲母(うんも)の粉末を膠で溶き、黒い地色の上に摺ることで、角度によってキラキラと輝く黒い背景を生み出します。重厚感・深み・高級感を演出し、特に東洲斎写楽の役者大首絵で多用されました。 写楽のデビュー作を象徴する豪華技法で、蔦屋重三郎のプロデュースにより当時最高水準の贅沢な表現を実現。光の当たり方で表情が変わる視覚効果は、現代のホログラムに通じる先進性があります。
🔴大田南畝の『浮世絵考証』: 『浮世絵考証』(浮世絵類考)は、江戸後期の浮世絵研究の基礎資料です。 蜀山人こと大田南畝(1749-1823)が寛政年間(1790年頃)に執筆した浮世絵師の伝記・考証書。岩佐又兵衛を元祖とし、菱川師宣、英一蝶、鳥居派、奥村政信、西川祐信、鈴木春信ら歴代絵師の系譜や逸話をまとめました。 山東京伝らによる追考・加筆を加え、写本で伝わってきました。写楽研究などでも頻繁に引用され、近世浮世絵史の最重要文献の一つです。『浮世絵考証』は大田南畝による原本。『浮世絵類考』は、南畝の原稿に、笹屋邦教(系譜追加)、山東京伝(追考)、式亭三馬・加藤曳尾庵・斎藤月岑らによる加筆・補訂を重ねた完成形・写本群の総称です。浮世絵研究の基本史料として広く知られるのはこちらです。