
漫画写楽 エピソード1/10 春朗、破門される
先に、GPT Images 2.0による作画の一端を、6コマ漫画としてご紹介しました。写楽のドラマチックな生涯(仮面パフォーマンスの10ヶ月間)を6コマ漫画に落とし込んでみたものです。おかげさまでご好評をいただき、さらには事務局からお招きもいただいたので、写楽の全パフォーマンスを10のエピソードにブレークダウンし、各エピソードにつき一個の6コマ漫画を制作してみることにしました。10エピソードなので、6コマ漫画10個ですね。パソコン画面で落ち着きのいい横長設定としました。紙印刷やスマホ視聴を考えると縦長設定の方がいいのかなあ、などと余計なことも考えつつです。
本稿では、最初のエピソードを漫画にしたものを掲載します。10エピソード分の筋書きは、もう全部できています。10エピソード通して楽しめる絵になるかどうか、着手時にはわかりませんでしたが、このテキストを一部改稿している6月24日時点で振り返ると、10本とも初々しい仕上がりです。エピソードその1となる本稿では、春朗破門のシーンから写楽旅立ちのところまでです。写楽というマグマのようなエネルギーが、どこから噴出してきたのかに関する一仮説が絵になりました。
EP.01 春朗、破門される
―北斎、表舞台から消える―

■ 筋書き・概要
安永八年(一七七九年)、勝川春朗は師・勝川春章に入門した。以来十五年、役者絵を量産し続けた。しかし寛政五年(一七九三年)末、春朗の名は浮世絵界から忽然と消える。破門か、自発的離脱か——理由は今も判然としない。
田中英道が最初に注目するのはまさにこの「空白」だ。春朗=北斎は宝暦十年(一七六〇年)生まれ、このとき三十四歳。天才が最も熱い時期に、活動記録がぷっつりと途絶える。そして寛政六年五月、春朗の空白と入れ替わるように「東洲斎写楽」が現れる。田中は断言する——「この偶然の一致は偶然ではない」。
春朗期を振り返ると、北斎は勝川派の内側で役者絵を百点以上描き続けた。しかし勝川派の「見立(みたて)」、つまり舞台を実見せずに型どおりに描く手法に、春朗は深く飽き足りなさを覚えていた。彼の目は役者の眼の奥の狂気まで捉えていたが、それを解放する場がなかった。
蔦屋重三郎との縁は春朗期からある。蔦屋の耕書堂からは春朗名義の黄表紙・役者絵が多数出ている。蔦屋はこの男の才の深さを熟知していた。破門は終わりではなく、仮面をつける準備の始まりだったのである。
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以降、順次6コマ漫画を、10番目のエピソードまでご紹介してまいります。