
昭和、渋谷で、恋をしたり 2-14 |手も足も出ない
前回のあらすじ(2-13)
夏奈恵は、施設の人間関係に辟易し、一人暮らしを始める。しかし、働きながら定時制高校に通う生活は、怠惰で、ただ解放感に流される日々だった。
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止められない強がり
言われてみると、そうだった。新宿・歌舞伎町で食事をし、店を出た途端に、夏奈恵は無言でバッティングセンターまで早歩きしていったのだ。
「目の前をね、ホステスやってたときの同僚が通ったの。ちょっとトラブルがあった男でね。でも、私、今じゃ髪型も服装も化粧も全然違うから、バレなくて助かったんだけど」
そして夏奈恵の話は高校卒業後に移った。
進学せずにすっかり歌舞伎町に慣れた20歳のころ、夏奈恵は妊娠した。
相手は愛人として囲ってくれた、ある会社の重役だった。もちろん妻子のある相手なので、相談すれば中絶を強要されるだろうし、関係自体が途絶えることは百も承知だった。それでも夏奈恵は、この重役に打ち明けた。
「結果はわかってたのに、言いたかったんだよね。やっぱり好きだったから」
すると、その重役は翌日に分厚い封筒を差し出して言ったのだ。
「病院には話をしてある。行く前に連絡を入れてから行きなさい。それから費用と、その後に必要となる生活費も少しだけ入れてある。とりあえず、これで終わりにしておこう」
手切れ金は100万円だった。
予想はできたにもかかわらず、傷ついていた。そして知った。同情は愛情とは違う、と。
同情とは、同情する側の都合にだけ左右される感情なのだと。どんなに「愛してる」と言われても、同情から派生した「愛」には期限が伴うのだと。
「同情って、やっぱり『するもの』で『されるもの』じゃないんだよね」
そして、そんな身勝手な同情に言いなりにしかなれない自分が嫌だった。生きる価値すら見失いそうになるほど落ち込んだ。自分が子供を産むことを、どうして他人に決められなければならないのか、と。
「つまんないでしょ? こんな話」
夏奈恵が口元を緩める。

「そんなことないよ。話してくれて嬉しいよ」
味わったことのないショックを受けていた。嬉しくなんてなかったが、それくらい強がらないとダメだと思っていた。
「誰だって嫌だと思う。子供をおろしたことのある女なんて」
「そんなの関係ない」
強がりは止められなかった。いや、止めてはいけなかった。
「いいの。でもね……」
それ以上、夏奈恵の打ち明け話に耐える自信がなかったんだろう。私は夏奈恵の台詞を遮った。
「もし妊娠してなくても、やってることは同じだろ?」
「そうかもしれないけど……」
「たまたまやん。そんなん関係なか。そんなん……」
精一杯、耳を塞ぎながら強がっていた。
「もう、いいの、もう大丈夫だから」
夏奈恵は優しかった。
「どうしたらいいのかわからなかった。どうしたいのかもわからないし。『生きている』のが面倒で、じゃあやめようかなって。だけどやっぱり怖くって」
「手も足も出ない」とは、こういうことだった。夏奈恵が背負っているものは、私にはあまりにも大きく映って、かける言葉が見つからなかった。
それでも、夏奈恵は私の太腿に手を乗せると、こう言った。
「ありがとう」
