昭和、渋谷で、恋をしたり 1-16 |海は古くならない
海に関する2つの設問
売店で飲みものを買って、しばらくベンチに腰を下ろしていた。
「海っていいよね。なんで飽きないんだろう……」
「なんでだろうね」
「なんでだろうじゃなくて、聞いてるの。答えてよ」
私が答えに窮している間に、ジュースを飲み終えた夏奈恵は、空き缶を捨てに立ち上がった。ゴミ箱に寄ったついでに柵に両手をかけ、優雅に空を舞う鳥の姿を追った。
「ねえ、せっかくあんなにすごいカメラあるんだから、もっと写真撮ろうよ」
振り返った夏奈恵が歩み寄ってきたので、私はカメラを取り出し、夏奈恵の写真を数枚撮った。
「このカメラ、使うの難しい?」
リクエストに応えてピントだけ合わせて渡すと、夏奈恵は嬉しそうに相模湾の風景や私の写真を撮り始めた。そして数枚撮り終えると、道ゆく人に声をかけた。
「すいません。シャッター押してもらえませんか?」
こうして私たちは、2人で写真を撮ってもらった。夏奈恵はすぐにカメラを受け取り、丁寧に頭を下げていた。

「ねえ、聞いていい?」
夏奈恵は私にカメラを差し出した。
「もしね、彼女から『私とカメラ、どっちが大事なの?』って聞かれたら、なんて答える?」
答えはもちろん決まっていたが、正直に答えるべきなのか迷っていた。
「カメラって言ってよ」
「どうして?」
「だってカメラはどんどん新しいのが出て、そのたびに欲しくなるでしょ?」
「うん」
「でも彼女や奥さんは、歳をとって新鮮味がどんどんなくなるでしょ。佐藤さんにとって私は新しいカメラだったんだよ。でも、また新発売のカメラが欲しくなったんじゃないかな」
「……」
「男なんてみんな、そんなもんでしょ?」
「人にもよるし、相手にもよるよ」
「ずるい」
夏奈恵は口を尖らせると、また相模湾からの風に向き直った。
「どうして?」
尋ねると、夏奈恵は少し間を置いて振り返った。
「溝口さん、私とキスした時はまだカワイイ彼女いたでしょ」
それを言われると、もう打つ手がなかった。
「溝口さんも普通の男の子なだけだよ」
慰めているつもりなのか。
しかし、ここで引くわけにはいかなかった。
「じゃあ、夏奈恵ちゃんは誰とつきあっても、いつか別れちゃうってことになっちゃわない?」
「そうかもね。だから私の場合は、別の条件があるの」
「条件って?」
「私よりね、長生きしてくれるって約束してくれればいい」
昨日、弁天橋で夏奈恵は言っていた。
死んだら誰が私をお墓に入れるのか。それがわからないうちは死ねない、と。
イルカの写真を撮って欲しいと言った夏奈恵。
自分の星座をイルカ座だと言い張った夏奈恵。
それらが、一本の線でつながった気がした。
「それって、約束していいことなのかな」
「でも、これだけは守って欲しいの。私はアリオンでいたいから」
「イルカ座だもんね」
「そういうこと! じゃあ、頭のいい溝口先輩にもう一つ質問!」
「なに?」
「海は古くなってるはずなのに、どうして新しい『海』が発売されないんですか?」
大学の入試やテストと違い、参考書もなければ、取扱説明書もない。だからこそ夏奈恵に惹かれていった。ただ、夏奈恵の取扱説明書が、想像以上に厚いことを、この時はまだ知らなかった。

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