
昭和、渋谷で、恋をしたり 1-17 |消えたスポットライト
消えたスポットライト
佐藤さんとは別れたのだ。舞台は整っていた。
帰りは新宿で夕食を取った。夏奈恵の部屋で抱きしめきれなかった悔しさと、和美と別れたことで夏奈恵を抱くことを正当化していた私は、前の晩から、食事の後は新宿のホテルに行こうと考えていたからだ。
陽が落ちきった靖国通りを渡り、新宿コマ劇場のそばにあったお好み焼き屋に入った。
煙にいぶされた畳の座敷で2人向かい合うと、夏奈恵は江ノ島の風景を細かく回想した。
吹き付ける海の匂い。水族館で見たイルカの流線型の輝きや、アザラシの瞳の愛くるしさ。東京で見るより一回り大きな富士山。広い空と海の間を自由に行き交う海鳥の羽ばたき。
互いにお好み焼きを焼き、互いの味に文句なんかつけながら、笑いのつきない時間はあっという間に過ぎていった。

余計なことを一切考えず、私も笑った。腹が満たされても、笑って喉が渇くものだから、ついつい酒がすすんでいた。
夏奈恵もグラスが空くと、「次は何にしようかな」と考えては注文していた。
そして夏奈恵がトイレに立って戻った時だった。2人のグラスは半分まで減り、氷がすっかり溶けていた。
「もう11時? 3時間もいるんだぁ」
夏奈恵は一度時計を確認すると、そばを通りかかった店員に向かって人差し指をクロスさせた。
終電に乗り遅れて、やむなく――という作戦には暗雲が立ちこめる。
すると店員は「レジでお願いします」と大きな声を出すものだから、すぐに席を立つことになった。
暗雲は濃い雨雲となりかけていた。
店を出ると、すっかり夜の歌舞伎町だった。
風俗店のネオンや電光掲示が競うように発光し、体格の良い客引きの男たちが、通りゆく男性に声をかけたり、雑談を交わしていた。
「はあ、気持ちいい」
夏奈恵が、この街のいかがわしい雰囲気には似合わない台詞を言うので、思わず笑った。
「何かおかしい?」
「いや、別に」
「涼しくて、気持ちよくない?」
昼間の江ノ島が嘘のように、9月らしさが肌に馴染む涼しい夜。
微笑む夏奈恵は、私の舞台で、歌舞伎町のネオンというスポットライトを浴びていた。
しかし、その明かりは突然、消えてしまった。
夏奈恵は顔をこわばらせると、何も言わずに、駅とは逆方向に歩き出したのだ。
