
昭和、渋谷で、恋をしたり 2-5 |好きだけど、無理なんだ
前回のあらすじ(2-4)
夏奈恵に振られた泰輔は、終電を逃し、仕方なく夏奈恵の家を目指して走り出す。早朝に国立駅についた泰輔が電話をすると、ことの顛末に驚く夏奈恵だったが、泰輔を自宅に招くのだった。
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射手座と蟹座とイルカ座と
「いまから会いたい。いま国立駅の前にいるんだけど、少しでもいいから話したくて」
当然寝ていたはずの夏奈恵だが、意外にもあっさり私の無茶を受け入れてくれた。
駅からまっすぐに伸びる並木道。秋の入口らしい早朝の冷えこみに、緊張と不安。半袖の私は震えていた。
駅からまた15分ほど歩いただろうか、僅かに見覚えのある2階建てのアパートに辿り着く。音が立たないよう階段を上り、部屋番号を3度確かめて呼び鈴を鳴らした。
「どうぞ」
ドアを開くと、上下スウェットで無表情の夏奈恵が現れた。
「ごめんね、変な時間に」
「……謝るくらいなら来ないでよ」
「うん……」
奥の和室に座るように促されると、ちゃぶ台の上には渡した写真が重ねられていた。
「もう少し常識のある人だと思ってた……。コーヒーでいい?」
夏奈恵は、私の返事は確認せずに、キッチンに立ちお湯を沸かしはじめた。私はちゃぶ台を前に正座をして、写真を手に取らず、眺めていた。
「少しでもいいから話がしたくて」
私は電話でこう言って、こんな非常識な時間に、強引に押しかけてきた。
それにも関わらず、何を話せばいいのかわからず途方に暮れていたというのが正直なところだった。

夏奈恵はコーヒーカップを、ちゃぶ台に置いた途端「あっ」と言ってキッチンへ戻ると、灰皿を出してくれた。
何を話せばいいのかわからなかった私は、必死にタバコを探すのだが、そんなものは吉祥寺駅でとっくに吸いきっていた。
「タバコ切らしたの?」
「うん……」
「買いにいってくる? 自販機あるよ」
「いや、いい。タクシー乗ってお金もないし……」
「本当、頭のいい人がすることとは思えない」
「そうだよね」
まっとうな指摘に失笑しかできなかった。
「電話くれれば、とりあえずウチまで来てお金貸したのに」
「そっか、そうすればよかったのかぁ」
思いがけない優しい言葉に、体が軽くなった。
「でも本当に来たらかなり怒ったけど」
「そうだよね……」
「ねえ、溝口さんは何座?」
「え? 射手座だけど」
「そっかぁ」
夏奈恵の唇がゆるんでいた。
「射手座と蟹座って相性悪いの。知ってた?」
まさか、それで付き合えないと言っているはずはないだろうと思ったが、同時に思い出したことがあった。
「夏奈恵ちゃん、蟹座なの?」
「そうよ。誕生日7月14日だもん」
「射手座とイルカ座の相性ってどうなんだろう?」
すると夏奈恵は苦笑いして、手にしたコーヒーカップを見つめながら続けた。
「溝口さんのこと好きだよ。でも私とは住む世界が違うから。だから無理なんだよ」
思いがけない「好きだよ」の言葉。
嬉しかった。しかし、すぐに困惑した。
「世界が違うってどう違うの? 『じゃあ、無理』だとか『好き』だとか、もっとわかるように説明してよ」
私の声が少し大きくなっていた。それでも夏奈恵は、動じる様子は一切なく、はっきりと言い放った。
「説明なんかしたくないの」
夢が覚めたような気がした。
「する必要ない」
夏奈恵はそれだけで言葉を切った。
それからのことはあまり記憶がなく、私は畳の上で力つきるように眠ってしまったのだが、眠りと覚醒の狭間の最後の記憶が残っている。夏奈恵が私に毛布をかけながら「頑張ったね」と言ってくれたのだ。

夏奈恵の気持ちを歌った、挿入歌「ツギノナツ」です。
ぜひ聴いてください!