
昭和、渋谷で、恋をしたり 2-17 |また、いなくなる
前回のあらすじ(2-16)
泰輔は、夏奈恵の幼き日の思い出を聞きながら「私とは世界が違う」と言われた意味を、ようやく理解していた。そして、その先の結末に怯えていた。
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また、いなくなるなぁて思っちゃう
駅に到着し、改札口までくると、夏奈恵の表情はいっきに険しくなった。
「今日はありがとね」
「いや、オレのほうこそ」
夏奈恵は鼻をふくらませ、大きく息を吸い込むと、何度か頷いてから真っ直ぐに私を見つめた。厳しい宣告が下されるような緊張感が私を支配する。
「溝口さんにはいろいろ助けてもらったし、本当に感謝しているの」
「そんな大げさだよ」
「ううん……。でもね、これ以上はダメなの。溝口さんに甘えちゃうと、また、ね……」
「夏奈恵ちゃん、甘えてなんかないよ」
「ううん。わかってるの。これじゃ、また繰り返すって。だから……」
「何を繰り返すの?」
「うん……」
「教えてはくれないの?」
夏奈恵はうつむきながら、「うん……」と小声で繰り返すだけだった。
「どうして? どんな過去があっても、関係ないよ」
歯を食いしばりながら、言葉を振り絞る。
「関係あるよ」
夏奈恵に真っ直ぐ見つめられ、気圧される。
「なんで?」
「施設で育ってるし、大学にも行けてないんだよ」
「そんな人いくらでもいるし。悪いことなんかじゃないし」
「悪いわよ。『学歴社会』なんて言葉があるくらいじゃない」
「オレはそんなことで人を判断したくない」
「でも、そんなことで判断されることの方が多いわ」
「オレは気にしない」
「でも溝口さんは『学歴社会』の中で生きている人でしょ。そうである以上、まったく気にしないなんて無いと思う。それに溝口さんの家族だって」
「親はまあ……。だけど、すぐに結婚するわけじゃないし」
「でも付き合うってことは、そういう可能性が出てくるってことでしょ?」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
夏奈恵は目を伏せ、間を置いた。ホームから、電車が到着する旨のアナウンスが聞こえてくる。
「また、いなくなるなぁって思っちゃう人を好きになるの、もう嫌なの」
「じゃあ、行くね」
夏奈恵が意を決したように強い眼差しで顔を上げた。私は思わず腕をとっていた。
「まだ待ってよ」
「離して」
二人の小競り合いに注がれた駅員の視線が気になった私は、手の力をつい緩めてしまった。その隙に夏奈恵はろくに定期券も見せず、改札を駆け抜け、階段を下りていった。
きっと私は、どんなに頑張っても体育の成績を上げることはできなかっただろう。その代わりに数学や英語を頑張った。それはもう仕方ないことだった。
そう考えれば、夏奈恵も体育と同じで、諦めるしかないのだろうかと、私は初めて現実と向き合わされた。
嫌だった。どうしても。でも、どうしようもないことだってある。
帰りは自転車を押して歩いた。頭の中では「君に胸キュン」がループしていた。
どうしようもない、切ない、言葉にできない、初めての感情だった。
これを人は「寂しい」と表した気がした。
