
昭和、渋谷で、恋をしたり 2-16|君に、胸キュン
前回のあらすじ(2-15)
かつて過ごした施設を再訪し、姉のように慕った陽子と再会した夏奈恵は、亡き母へ宛てた手紙を書いては燃やしていた思い出を振り返った。
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君に、胸キュン
手紙を燃やして煙になれば、星まで昇る。
星になったお母さんにも届くはず。
そんな陽子の言葉に、夏奈恵も興奮しながら手紙を書き、屋上で嬉々として燃やしたのだ。
「かわいいでしょ?」
「そうだね……」
確かに夏奈恵の言う通りだった。私と夏奈恵の世界は違うものだった。プラネタリウムで出会うまでに過ごした時間も、そこへたどり着くまでの道のりも、あまりにも違いすぎた。
そのとどめを刺したのが、この手紙の話だった。
手紙を書いて、すぐに燃やす。
そしてまた、燃やすために手紙を書く。
何のための手紙なのだろう。
しかし、まだ小学生だった夏奈恵にとって、「書いた手紙を燃やす」ことが、初めて手応えを感じた「希望」だったのかもしれない。
「手紙、何通書いたかなぁ? 結構書いたんだよ。全部燃やしちゃうんだけどね。なのに、もしかしたら返事が来るかもって思ってたなぁ」
どんなこと書いたのか?そう聞こうとしたが、聞くことはできなかった。
どれほどの勉強をしてきたというのか。こんなときに何も言えないような勉強ばかりじゃないか。
強かった西陽が急ぎ足で顔を隠すと、とたんに空気が冷たくなった。
「もう帰るね」
軽く身震いした夏奈恵を引き止めたかったが、引き止めたところで何かを提案することも、話すこともできなかった。
私は仕方なく首を縦に振り、せめて夏奈恵を駅まで送ることにした。
「初めて溝口さんに会ったときね……変な子きたなって思った。男版『ドジでのろまな亀』だよねって、みんなで話してたし」

当時のヒットドラマの台詞に例えられていたことを初めて知り、少し憤慨したのだが、夏奈恵は気付く様子もない。
「同い年で大学生で、それも普通の人がいけないような大学でしょ。私、勉強なんかしてこなかったし、会ったことがない感じの人だし、なんか嫌だったの。ガリ勉のエリートなんてどれほどのものなのって……。
でも話しているうちにだんだん気になってきちゃって。自分でも『あれれ?』って。別にかっこよくもないのにね」
「褒めてるの?」
「うん、褒めてるよ。『君に、胸キュン』だったみたい」
「ねぇ、溝口さんは私に会ったときどんな風に思ったの?」
すぐに答えることはせず、考えた。
初めて会ったとき、夏奈恵は投影機の側に立ち、天井のスクリーンを見つめていた。凛と伸びた背中は、曲がることを知らないように真っ直ぐだった。
曲がらないってことはキレイなんだ、と初めて思えたかもしれない。
「真っ直ぐな人だなって思った」
「ウソ? 屈折していると思うけど。やっと好きな人できても、また奥さんいるし、学習能力もないよね」
「でも、それが第一印象だから」
「溝口さんのほうがよっぽど真っ直ぐだよ。眩しいくらい……」
時間とともに、夏奈恵の表情がどんどん優しくなっていた。
でも、優しすぎて、心の距離は離れていくばかりだった。
