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自伝的小説「夢の終わり」⑮決断

    第14話はこちらから

    2002年 秋
    原監督率いる読売ジャイアンツが西武ライオンズをストレートで破り、
    日本一を決め、松井秀喜選手がヤンキーズへ移籍するという大きな決断をしたこの頃。僕は相方に大きな決断をせまった。そしてまさかな答えが返ってくる事となる。

    お笑い新人グランプリ以降、割と安定していた。
    とは言っても、
    悪くもなくといった感じで特別良いと言える状況ではなかった。

    ネタ作りにも大分慣れた感じで、
    演出家も以前のように僕らのネタを見て不機嫌な表情を浮かべなくなり、時折笑ったりどちらかといえば好意的でさえあった。

    かといって特別仕事が増えるわけでもなく
    週何回かの劇場の出番と
    たまにある地方の営業に行くぐらいのものだった。
    確実に仕事は増えている
    が、ペースが遅い。

    これでは売れるまでに
    よくても何十年もかかってしまう。
    僕らが立っていた劇場は
    いわゆる若手中心と言われる劇場。
    一生立つ場所じゃない。
    僕はそう思っていた。

    この先何年立てるのだろう?

    それまでに売れなかったら?

    僕たちはどうなってしまうんだろう?

    不安だけが頭をよぎる。

    レギュラーイベントも
    先輩達がどんどん卒業していき、
    気がつけば僕らは
    上から三番目の先輩になっていた。
    芸歴で言うと5年目。

    今は5年目といったら、
    デビューしたての新人位の扱いだが、
    あの頃の感覚で言うと、
    芸歴10年位で中堅扱い、
    若手の劇場に30歳越えて出ているなんて
    想像できない。
    そんな時代だった。

    この時、僕の年齢は25歳。

    僕らに卒業はあるのだろうか?

    僕らのイベントは
    会社の人がこいつらは十分に力があり
    独り立ち出来ると判断されると
    卒業という形で
    上のクラスへと昇格していく事になっていた。
    ただし明確な基準があるわけではなく、
    あくまで会社の判断に委ねられていた。

    まったく先が見えなかった。

    そんな中脳裏をかすめる
    『東京へ行きたい』という想い。

    転機、転機が欲しい…

    売れたい…

    そしてその思いを打ち壊すかのように
    僕らは何度目かとなる地獄の降格へと陥った。


    「またかよ…」


    軌道に乗り始めたと思ったらいつもそうだ、
    勢いを止められる。
    また一からやり直し。
    苦労して上がっても、
    落ちる恐怖から逃れられない。
    いったいいつまでこんな生活が続くんだ?
    お笑いって本来勝ち負けじゃないだろう?
    こんな事続けていったい何になるんだ?

    僕は完全に追い込まれていた。


    そして、次の日の夜
    僕はある決断をせまる質問を相方に投げかけた。

    その日もいつものように相方の家でネタ合わせがおこなわれる、はずだった。相方はそのつもりだったに違いない。
    だけど僕の頭の中は違っていた。

    ある決断

    僕はその決断を相方に迫ろうと思っていた。


    そして


    沈黙が続く中
    相方の「ネタどうしよっか…」という問いに対して僕は言った。

    「俺らこの先このまま続けててもしょうがない。だから、東京行くか解散するかどっちかにしよう」



    相方は戸惑いを隠せない様子だった。

    「ちょっと考えさせてくれ」

    と相方が言うと、
    その日のネタ合わせはそのまま終わった。

    そして次の日、
    相方の家に再び訪れた僕が耳にした言葉は

    「解散しよう」



    だった。

    「東京行くか解散するか」



    それは僕にとっても大きな賭けだった。

    でも
    「東京に行く」

    その言葉を期待していた、、、。

    僕らは結成した早い段階から東京を意識していた。
    劇場にレギュラーになる前の目標でも
    レギュラーになって一年後には東京に行こうと約束していた。
    当然そうなると思っていた。
    だけど、
    理想と現実の狭間でズルズルと時が過ぎていき
    僕らは変わっていった。

    相方はこう続けた

    「このまま東京に行って
    誰も知らない土地でお前と一緒にいる空気が耐えられない」



    ショックだった。

    考えてみれば当然だった。
    レギュラー入りしてからというもの
    週一本の新ネタ作りに追われ、
    追い込まれていった僕ら。
    そしていつしか余裕はなくなり、笑顔は消え、
    ネタ作りに以前のような会話はなくなっていた。

    『会話なんかしてる暇はない』

    そう感じるようになっていた。
    とにかくネタを書いてやらなくては…
    二人の間に重苦しい空気だけが流れる毎日だった。

    それでも僕らは毎日顔を合わせた。

    それを続ける事だけが不安を取り除く唯一の方法だと思ったからだ。

    怖かった。

    それを辞めたら一生ネタが作れなくなるんじゃないかと不安だった。

    しかし会話はない。
    いつしか僕らは何も話さなくなった。

    お互いの事も
    普段の事も
    今日あった事も

    そして
    相方の情報は何も知らなくなった。
    何を考えているのか?
    何も分からなかった。

    たまに聞く情報はいつも第三者からだった。

    「え?そうなんだぁ」

    初めて聞く情報ばかりだった。

    近くにいるのに遠かった。

    コンビ結成した頃、毎日が楽しかった。

    毎日会話が絶えなかった。

    二人で居ることが当たり前だった。

    ライブの時もいつも二人隣同士に座って、空き時間も二人だけでいつもしゃべっていた。

    それがいつしか

    相方は他の先輩や後輩の芸人と連るむようになり
    僕の居ないところで
    楽しそうに会話をするようになった。
    相方の楽しそうな姿を見て
    僕は、心のどこかで嫉妬していたのかもしれない。

    それは
    恋人を取られたそれに近いかもしれない。

    会話がしたかった。

    だけど
    僕に対して何も話さない相方に僕は腹を立て

    「なんで俺から話しかけなきゃいけないんだ」

    と意地をはって話しかける事はなくなった。

    そして僕らは

    楽屋での場所も離れ
    仲間との食事の時も
    決して隣同士には座らなかった。

    地方への移動の新幹線でも
    隣同士の席の指定席をわざわざ変えてもらい
    離れて座った。

    結果、僕らには修復出来ない程、
    大きな溝が出来ていた。

    「分かった」

    僕は力なくそう答えた。

    「明日の夕方に
    劇場の支配人に解散を報告しに行こう」


    『解散』



    次の日、
    僕はバイトをしながらずっとその事を考えていた。

    時間が経ち、
    夕方が近づくにつれ
    その気持ちはしだいに大きくなっていった。

    そして、
    あと数時間で報告しなくてはいけないと思った時、
    その気持ちは抑えきれないほどに膨れ上がり、
    ついには弾けた。

    僕はバイト中にもかかわらず、
    いたたまれなくなりバイト先の店を飛び出した。
    そして裏の駐車場に着いた途端

    僕の目から涙が溢れ出た。
    止めどなく溢れ出た。
    拭いても拭いても
    溢れ出た。


    拭けば拭くほど溢れ出た。

    僕は解散することの悲しみを抑えきれずに
    溢れ出る涙を止める事が出来なかった。
    頭の中を走馬灯のように駆け巡る思い出たち。

    たくさんのお客さんの歓声
    笑顔
    そして笑い声


    僕はネタ作りに追われる毎日で
    大切なことを忘れていた。
    舞台に立てる事の喜びを。

    舞台に立ちたいと思っていても、
    立てない芸人は大勢いる
    その中で僕たちは立たせてもらっている。

    その事がどれだけ幸せな事なのか。
    この単純な事を僕は忘れていた。

    あんなにも立ちたくて
    必死に頑張って
    同期にもバカにされても
    それでもネタを作り続けて
    やっと手に入れた劇場の出番。

    それがどれだけ嬉しかった事なのか
    それが、今日で終わる。
    これでなくなってしまうのかと思うと
    涙が止まらなかった。

    辞めたくない。
    東京だとか大阪だとか、場所なんかどうだっていい。単純に舞台に立ち続けたい。大勢のお客さんの前に立ちたい。辞めたくないよ…



    そう思うと僕は電話をしていた。

    「もしもし」

    電話に出た相方に僕は無我夢中で言った。

    「もう一度話をさせてほしい」

    僕はバイトが終わるとすぐに相方の家に向かった。

    「俺が悪かった。辞めたくない。東京に行かなくてもいい。コンビ続けさせてくれないか?」

    相方は

    「一度切れた糸は戻らない」

    と言った。

    それでも、何度も何度も僕は頼んだ。

    「やらせて欲しい」と。

    そんな僕の姿を見て相方はこう言った。

    「分かった。
    だけど、続けてもし俺が無理だと思ったら、その時は辞めるからな」

    「ありがとう」


    こうして僕らはコンビを続ける事になった。

    夏の暑さがまだ残る長い長い秋の夜の事だった。
    (つづく)

    第16話はこちらから


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    マンスリーよしもと2002年8月号より

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