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旅と仕事と|動いて縁を紡ぐ ⑥ 失敗の博物館:menulingual ── 使ってくれた店は、1軒もなかった

    menulingual のメインビジュアル。海外客でにぎわう飲食店の写真に「誰でも分かる外国語メニューを10分で簡単作成」「100ヶ国語対応」「2018.2 サービス開始」の文字、menulingual のロゴとメニュー見本
    「誰でも分かる外国語メニューを10分で簡単作成」。2018年、これがニュースリリースのトップに掲げた、サービスの顔でした

    今回の「失敗の博物館」は、これまでと少し毛色が違います。決定打が、ないんです。

    mama cookie は船便でカビが生えて終わりました。holoholo tokyo は伸びていたのに自分から手放しました。どちらも「これで終わった」という分かりやすい瞬間がありました。

    でも今回の menulingual(メニュリンガル) は、そういう山場がありません。作って、出して、誰にも使われないまま、数ヶ月で静かに消えました。

    正直に言うと、6つの中でいちばん地味な失敗です。でも、いちばん「自分たちの本気度のなさ」が、そのまま出ている話でもあります。

    世界一周で、メニューが読めなかった

    きっかけは、世界一周でした。

    知らない国のレストランに入ると、メニューが読めません。といっても、国によります。英語や、スペイン語・ポルトガル語・イタリア語あたりなら、なんとなく当たりはつく。でも、アラビア語やロシア語になると、もうお手上げです。文字が、ただの記号にしか見えない。

    裏を返すと、漢字圏の近隣アジアを除けば、日本に来た外国人の多くは、まさにこれと同じ状況に置かれているわけです。私たちがアラビア語のメニューを前にして固まるのと、同じこと。

    しかも厄介なのは、仮に文字が読めても、料理名と材料と調理法くらいしか書いていないことが多いこと。「中身と作り方は分かったけど、味つけは? そもそも、どんな見た目で出てくるの?」と、結局そこは想像がつかない。雰囲気と勘で頼んで、隣のテーブルの料理を指差したことも、何度もあります。

    帰国して、街に外国人観光客が増えていくのを見ながら、ふと思いました。自分があれだけ困ったんだから、日本に来た人たちは、もっと困っているはずだ。 ひらがな・漢字・カタカナが混ざった日本のメニューなんて、たぶん記号にしか見えません。

    2018年。ちょうど、訪日外国人が一気に増えていた時期です。当時調べたら、訪日外国人と満足にコミュニケーションが取れる日本人は、3割に満たないというデータもありました。(個人的には、3割もいないと思います。分かっていても話せない、シャイな人が多いので w)

    課題としては、悪くないと思ったんです。今振り返っても、ここの目のつけどころは、そんなに外していなかったと思います。

    誰の、どんな困りごとか

    ターゲットは、街の個人経営の飲食店でした。チェーン店や大きな店は、お金をかけて多言語メニューを用意できます。でも、外国人観光客が「ふらっと入ってみたい」と思うのは、むしろ路地裏の小さな店だったりする。そういう店ほど、外国語のメニューがありません。

    困っているのは、店だけじゃありません。入ってきた外国人のお客さん自身です。メニューが日本語だけだと、何が食べられるのか、そもそも分からない。さっき書いた、世界一周中の自分とまったく同じ状況です。

    そこで作ったのが、飲食店が自分で外国語メニューを作って、紙に印刷して使える Web サービスでした。画面で見せるのではなく、最後は紙のメニューとして刷って、テーブルに置く。そこが肝でした。

    menulingual の使い方説明画像。「メニュー作成方法 How to make 01 新規登録」と書かれたオレンジ色のグラフィック
    サービス内の「使い方ガイド」より。まずは新規登録から

    使い方はシンプルです。スマホで料理の写真を撮ってアップする。自動で翻訳がかかって、おかしいところは手で直せる。料理ごとに番号を振って、アレルギーはアイコンで示す。最後に、紙に印刷する。100以上の言語に対応して、主要な6言語(英・中・韓・仏・西・伊)は画像として書き出せるようにしました。慣れれば、1ページ10分くらいで一通りできる。店長がご高齢でも、なんなら若いアルバイトの子なら、サクッとやれてしまう。そのくらいの手軽さを目指していました。

    menulingual で作成した日本語メニューの例。9品の料理写真に番号と、日本語の料理名・説明・価格が並んでいる
    実際に作れる日本語メニュー。写真・番号・価格。これをそのまま各国語に翻訳できる

    翻訳より、写真だった

    このサービスでいちばんこだわったのは、**翻訳の精度ではなく、「写真があること」**でした。

    日本にいると気づきにくいんですが、写真のないメニューって、意外と多いんです。文字だけ。紙面の都合も、写真を用意するコストもあるからでしょう。

    でも、さっき自分が旅先で味わったとおり、文字だけのメニューは、たとえ翻訳できても、写真がないと結局伝わらない。当時の自動翻訳の精度も、正直まだ高くなかったし、人の手で訳す有料オプションも用意するつもりでしたが、個人店が負担できるコストを考えると、そこに頼りきるのも現実的じゃない。

    だったら、まず写真だろう、と。翻訳の精度を上げることより、写真で「どんな料理か」が一目で伝わることのほうが、よっぽど大事だと思っていました。

    menulingual で作成した英語メニューの例。9品の料理写真に番号と、英語の料理名・説明・価格が並んでいる
    同じメニューの英語版。訳が多少ぎこちなくても、写真と番号があれば「これだ」と指させる

    もうひとつのこだわりが、紙に印刷して使う前提にしたことです。Webサービスなのに、最後は紙。時代の逆を行っている自覚はありました。それでも紙にしたのには、理由があります。

    デザインに力を入れている会社として、紙で仕上げることに意味がある、とは思っていました。といっても、当時のWeb技術では、ブラウザ上で作ったものを紙にきれいに出力すること自体がまだ難しく、デザイン性の高いものを刷れたわけではありません。 それでも紙にこだわった本当の利点は、現場での実用性でした。印刷したあとに、手書きでさっと直せる。しかも、お店の家庭用プリンターで刷ってもらう前提だったので、メニューが変わっても、その場で刷り直せる。個人店の現実には、けっこう寄り添えていたと思います。

    我ながら、ここの設計思想は、今振り返っても悪くなかったと思っています。

    作ることには、力を入れた

    正直に言うと、「作る」ことには、けっこう力を入れていました。

    まず、ロゴを作りました。本のかたちと、にっこり笑った口を組み合わせた、オレンジのロゴです。

    menulingual のロゴ。本を開いたようなマークと、オレンジ色の「menulingual」の文字
    ブランドロゴ。本のかたちと、笑った口のマーク

    居酒屋、ラーメン、うどん、そば、定食、お好み焼き、たこ焼き、中華、ハンバーガー、デザート ── 業態ごとに20種類くらいのデザインテンプレートを、溝口が一つずつ作りました。アレルギー対応や、ハラール対応のテンプレートも用意した。対応言語は、最終的に100以上。競合になりそうなサービスも一通り調べたし、「メニュー 英語」みたいな検索ワードが月にどれくらい引かれているかまで、エクセルにびっしり調べてありました。

    menulingual のメニューテンプレート4種の見本(写真グリッドのMENU、ランチセットメニュー、デザート&ドリンク、ラーメン)
    業態ごとに用意した「充実のテンプレート」。定食、セットメニュー、デザート、ラーメン……無料

    挙句に、会議をしているなかで、「メニュリンガール」というマスコットキャラクターのアイデアまで出てきました。 ホワイトボードにその場で描かれた、「あたいが訳すリン!」としゃべる女の子です。今あらためて見ると、ずいぶん楽しそうにやっているな、と思います(笑)。

    ホワイトボードに青いマーカーで手描きされた、ポニーテールの女の子のキャラクター。「メニュリンガール」と書かれ、吹き出しに「あたいが訳すリン!」とある
    会議中に出たマスコットのアイデア「メニュリンガール」。「あたいが訳すリン!」

    そこまでやって、リリースしました。問題は、ここから先でした。

    使ってくれた店は、1軒もなかった

    結論から言うと、実際に使ってくれた飲食店は、最後まで1軒もありませんでした。 有料で契約してくれたお店も、ゼロです。

    やったことといえば、知り合いの経営者に「こういうの作ったんですよ」と説明して、その人の知り合いの飲食店を紹介してもらって、一緒にご飯を食べながら「どうですかね」と感想を聞く。せいぜい、その程度でした。何社か、見せて、意見を聞いて、終わり。

    そして、数ヶ月で、自然に消えました。誰かが「やめよう」と決めたわけでもなく、何かが壊れたわけでもなく、ただ、動かさなくなって、消えた。

    書いていて、われながら情けないんですが、これが事実です。

    ひとつ、付け加えておきます。開発そのものは、知人に紹介してもらった外部のフリーランスの方にお願いしていました。その方の体調がすぐれない時期があって、開発がスピード感を持って進まなかったり、リリース後の改修や機能改善が滞ったりした ── というのは、正直、ありました。

    ただ、これを失敗の理由にするつもりはありません。リリース自体はできたわけだし、開発を社内に持たなかったのも、相手のタイミングにこちらが合わせにいけなかったのも、結局は自分たちの判断です。ボトルネックは事実としてあったけれど、いちばんの理由ではない。他責にしたいわけじゃなく、事実として書いておくだけです。

    作ることが、目的になっていた

    なぜ、こうなったか。

    いま振り返ると、「作ること」自体が目的になっていたんだと思います。

    IT会社をやっているんだから、自分たちのサービスをひとつ持ちたいよね。アイデアも良さそうだね。じゃあ作ってみよう。── そのくらいの軽さで始めました。「作りたいから作る」に近かった。

    これは、後づけの言い訳ではありません。今回この記事を書くために、10年ぶりに当時の事業計画書を開いてみました。そうしたら、スケジュールの欄に「Phase1 正式リリース」までは書いてあるのに、その先の「Phase2」「Phase3」は、ただ『???』とだけ書いてあった。 どうやって稼ぐか(マネタイズ)の欄も、『別途要検討』。つまり、作ったその先を、当時の自分たちも、決めていなかったんです。

    しかも同じ資料の中で、自分たちで、こうも書いていました。「技術的にハードルの高いものではないため、競合が増えることは容易に想像できる」「テクノロジーの進化を強く意識する必要あり」と。── 分かってはいたんです。分かっていたのに、そこを本気で詰めにいかなかった。

    致命的だったのは、作る前も、作っている最中も、「作った後にどうやって使ってもらうか」を、ほとんど考えていなかったことです。サービスは、リリースしたら勝手に広まるものではありません。出してから、どこに売り込んで、どう使ってもらって、どう改善していくか。そこを回し続けて、はじめて立ち上がる。

    頭では分かっていたつもりでも、当時の自分たちには、それを本気でやり切るスキルも、覚悟もなかった。リリースした後に「何をしないと売れないのか」が、そもそも分かっていなかったんだと思います。

    具体的に何が足りなかったかと言われれば、答えははっきりしています。飲食店に売り込んで、使ってもらって、改善していく営業の地道なループ。 そして、自分たちでサービスを直し続けて回していく力。 そのどちらも、本気では取りにいきませんでした。

    でも、本当のところは、もっと手前の話です。「誰かがうまくやってくれる」とまでは言わないにしても、リリースさえすれば、それなりに反応があって、少しずつでもWebで広がっていくんじゃないか ── そのくらいの、ふわっとした楽観が、どこかにありました。チラシも作りました。でも、本気で売るための準備をして、実行したかと言われると、していない。そこは、はっきり事実です。

    menulingual のA4チラシ。外国人客でにぎわう飲食店の写真に「誰でも分かる外国語メニューを10分で簡単作成」、下半分にサービス説明とキャラクター
    営業用に作ったA4チラシ。「FAX・メールでの依頼も可」とある。でも、これを手に、本気で店を回ったわけではなかった

    それでも、と言い訳はしない

    正直に書いておくと、当時は、公私ともに余裕がありませんでした。

    子どもがまだ小さくて、目の前の売上も稼がないといけなくて、クライアントの仕事も回していて。新しいサービスを本気で立ち上げるための時間も、お金も、気持ちの余白も、今ほどはなかった。

    ただ、それを理由にするつもりはありません。余裕がなかったのは事実だけど、「余裕がなかったから本気になれなかった」も含めて、本気度がなかったということです。本当にやりたかったら、余裕がなくても、どこかにねじ込んでいたはずなので。

    mama cookie のときに書いたことと、holoholo のときに書いたことと、結局は同じ場所にたどり着きます。決定打に見えるものの手前に、いつも、自分たちのスキル不足と本気度の問題がある。

    menulingual には、その「決定打」すらありませんでした。カビも生えなかったし、撤退の決断もしていない。ただ、本気で取りにいかなかったから、立ち上がらなかった。それだけです。

    次回

    menulingual は、課題の目のつけどころも、サービスの設計思想も、悪くなかったと思います。それでも、作ることで満足してしまって、使ってもらうところまで本気で取りにいかなかった。いいアイデアは、それだけでは立ち上がらない。むしろ、いいアイデアほど「作れた」時点で満足してしまう罠がある、というのが、今の自分の反省です。

    次回も「失敗の博物館」を続けます。

    立ち上がる事業は、良くて10分の1。だからこそ、立ち上がらなかった話を、ちゃんと残しておこうと思います。

    最後まで読んでいただいてありがとうございました。気が向いたら、また次回も読みにきてください。

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    ミミミ

    野口和央|株式会社アイティプラス 代表

    「旅と仕事と」シリーズ vol.0「アイティプラスの考え方」(Studio Design Award 2024 グランプリ)はこちら ▶ https://www.itplus.co.jp/story-vol0


     
     
    IT+代表 13年目。日本HPを辞めて妻と50日日本一周→世界一周、メキシコでの出会いから2014年起業。「旅と仕事と」(SDA 2024 グランプリ/続編「建築旅」2025 iDID賞)の続編。子供とともに動き、一次情報に触れ、立ち上がる事業は1/10が現実。#旅と仕事と

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