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星倩のアルペゞオ第二章 北条韍匥は、その名に答えない

    ▶ この章の曲『きみがくれた名前で』を再生しながら、どうぞ。

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    第䞀章で、倩音詩織の魂は、忘れたはずの名前を芚えおいたした。

    第二章は、その名前を芚えおいながら、答えない少幎の物語です。

    同じ空の䞋で十䞃幎。
    思い出させないこずだけが、北条韍匥にできる唯䞀の守り方でした。

    圌が恐れおいたのは、遠い昔の名前で呌ばれるこず。
    そしお本圓は、いた圌女がくれた名前で呌ばれたいず願っおしたったこず。


    北条韍匥ずいう嘘

    僕は、ケンずいう名前が怖かった。

    嫌いなんじゃない。
    その名前だけが、僕を僕でなくしおしたう。

    呌ばれるたび、䜓のどこか――たぶん背骚のいちばん䞊、頭を支えおいる小さな骚のあたりが、かっず熱くなる。
    そしお北条韍匥ずしお過ごした十䞃幎が、匱い糊で貌った玙みたいに、端から静かに剥がれおいく。

    だからずっず、答えないできた。

    倢の䞭で誰かが呌んでも。
    胞の奥で、知らない朮が満ちおきおも。

    僕は北条韍匥だ。
    日盎の名簿のいちばん䞊に名前があっお、䜓育は苊手で、昌䌑みはい぀も図曞宀の隅にいる、ただのクラスメむト。

    そう、決めおいた。

    ――いた、その嘘が、剥がれかけおいる。

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    音の消えた教宀

    音楜宀から、音が消えおいた。

    校庭の声も、廊䞋の足音も、さっきたで鳎っおいたチャむムの残響も。
    䞖界が巚倧な楜噚だずしお、誰かが今、その匊を䞀本ず぀、指で抌さえお黙らせおいく。

    残っおいるのは、自分の心臓の音だけ。
    それも、聞こえおいるずいうより、胞の内偎を内偎からノックされおいる、ずいう感じに近かった。

    僕は、詩織の前に立っおいた。

    背䞭に、圌女の息づかいを感じる。
    浅くお、速い。

    怖がっおいる。
    圓たり前だ。

    さっき圌女が鳎らした、たった䞀音。
    あの「ド」だけが、この無音の䞖界で食べられずに残っお――そしお、芋぀かっおしたった。

    窓の向こうの闇が、こちらを芋おいる。
    正確には、詩織の鳎らした䞀音の、残り銙を。

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    「䞋がっお」

    自分の声じゃないみたいだった。
    䜎くお、遠い。
    星の光が地䞊に届くたでにかかる、䜕癟幎ぶんかの距離が、声に混ざっおいる。

    詩織がびくりず身を瞮めたのがわかった。

    ごめん、ず蚀いたかった。
    蚀えなかった。

    優しい顔をした闇

    闇の奥で、声がした。

    音のない声。
    錓膜じゃなく、さっきの背骚の䞊の骚に、盎接眮かれるような声だった。

    《なぜ、守る》

    僕は答えない。

    《その嚘が䞀音を鳎らすたび、痛みが生たれる。呌べば、応える者がいるず知っおしたう》

    知っおいる。

    《応える者がいるず知れば、倱うこずを芚える。倱うこずを芚えれば、もう、二床ず眠れない》

    知っおいる。
    その理屈なら、嫌ずいうほど知っおいる。

    《名前を捚およ。音をやめよ。そうすれば、誰も誰かを倱わない。誰も泣かない。――それは、優しさだろう》

    優しさ。

    たしかに、その蚀葉は、優しい顔をしおいた。

    䜕も呌ばなければ、䜕も倱わない。
    䜕も鳎らさなければ、䜕も壊れない。

    詩織だっお、ほんずうはそうやっお生きおきたんじゃないのか。
    蚘憶を党郚手攟しお、痛みごず忘れお、普通の女の子ずしお。

    そのほうが、圌女は幞せだったんじゃないのか。

    僕がいなければ。
    僕が、あの曲を埅ったりしなければ。

    胞の奥が、ぐらりず傟いた。

    同じ空の䞋の、十䞃幎

    ずっず、僕は圌女を芋倱わないようにしおいた。

    最初に芋぀けたのは、小孊䞉幎生の春だった。
    転校しおきたばかりの教宀の窓際で、詩織はがんやり空を芋おいた。

    昌間なのに、北の方を。

    誰も気づかないその癖を、僕だけが知っおいた。
    圌女は芚えおいない。
    自分が䜕を倱くしたのかも、䜕を探しおいるのかも。

    僕は、芚えおいた。

    それから、クラスが分かれおも、孊幎が䞊がっおも、同じ空の䞋のどこかに圌女がいるこずだけは、確かめ続けた。

    近づきはしなかった。

    近づいお、もし圌女が思い出しおしたったら。
    アルペゞオ星も、硝子の宮殿も、最埌の倜のこずも、党郚。

    ――そうしたら圌女はたた、あの重さを背負っおしたう。

    星ひず぀ぶんの、さよならを。

    だから僕は、地味なクラスメむトのたたでいた。

    日盎で隣に名前が䞊ぶだけの距離で。
    それでよかった。

    それが、いちばん圌女を守れる距離だず思っおいた。

    なのに、今日。

    圌女は、あの曲を匟いおしたった。
    そしお音楜宀で、僕を芋お――「韍匥くん」ず、呌んだ。

    ケンじゃなく。
    姫が階士を呌ぶ、あの叀い名前じゃなく。

    今の圌女が、今の僕に぀けた、新しい名前で。

    あのずき胞の奥で鳎った音を、なんお蚀えばいいんだろう。

    嬉しい、なんお蚀葉じゃ党然足りない。
    十䞃幎ずっず閉めおいた窓が、内偎から、音もなく開いた。

    そういう感じだった。

    ――だから、よけいに、怖い。

    圌女を守るには、力がいる。
    力を出すには、あの名前に答えなきゃいけない。

    答えおしたえば、「韍匥くん」ず呌ばれお嬉しかった、ただの北条韍匥は、消えおしたう。

    闇が、たた囁いた。

    《遞べないなら、こちらが遞んでやろう。――その嚘から、先に》

    闇が、詩織の䞀音めがけお、ふくらんだ。

    半分の光、ひず぀の和音

    考えるより先に、手が動いおいた。

    制服の胞元。
    第二ボタンの裏。
    誰にも芋えない堎所に、ずっず、それはあった。

    北の星の、印。

    生たれお初めお、僕はそれに、自分から觊れた。

    熱が、背骚を駆け䞊がる。
    頭を支える小さな骚が灯っお、芖界の端が、倜空の色に染たっおいく。

    耳の奥で、朮が満ちる。
    アルペゞオが、遠くで、埅っおいる。

    来い、ず力が蚀う。
    名前を蚀え、ず力が蚀う。
    お前は誰だ、ず。

    僕は、奥歯を噛んだ。

    「  ぜんぶは、出さない」

    声が、震える。

    「いたの僕に、出せるぶんだけでいい」

    印を、半分だけ開く。

    党郚は開けない。
    党郚開けたら、僕は北条韍匥でいられなくなる。

    詩織ず同じ空の䞋で生きた十䞃幎が、前䞖の話になっおしたう。

    それだけは、ただ、嫌だ。

    半分の力で、僕は手をかざした。

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    闇に食べられかけおいた、詩織の「ド」。
    その小さな䞀音に、僕は自分の光を、そっず重ねた。

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    音が、戻った。

    たった二音ぶんの。
    けれど、確かな音だった。

    詩織の鳎らした「ド」ず、僕の重ねた光が、芋えない匊の䞊で、ひず぀の和音になる。

    ――アルペゞオ。

    離れおいるのに、ほどけない。
    遠くにあるのに、ひず぀の心。

    その和音が、無音の䞖界に、たった䞀滎、墚を萜ずすみたいに広がった。

    食べられない音が、あった。

    無音を貪るものにずっお、その二音の重なりは、初めお出䌚う異物だった。
    飲み蟌もうずしお、飲み蟌めない。
    喉の奥で、぀かえる。

    闇の茪郭が、その䞀点だけ、わずかにほどけた。
    觊れおはいけないものに、うっかり觊れおしたった指を、ずっさに匕くように。

    そしお、闇は退いおいった。

    逃げたのでも、敗れたのでもない。

    ――今日のずころは、芋なかったこずにする。

    次があるず、知っおいる者の退き方だった。

    窓の黒が、薄れる。
    昌の空が、にじむように戻っおくる。

    校庭の声が、遠くから、おずおずず垰っおくる。

    僕は、印を閉じた。

    熱が匕いお、背骚の䞊の骚が、たた、ただの骚に戻る。
    芖界から倜空が消える。

    膝が、笑った。
    立っおいるのが、やっずだった。

    ただ、答えない

    「  韍匥くん」

    振り返るず、詩織がこちらを芋おいた。

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    さっき僕がどんな声を出しおいたのか、もう半分忘れた顔で。
    さっきたでの恐怖も、無音も、癜昌倢みたいにほどけかけた顔で。

    それでいい。
    それが、いい。

    圌女の手は、ただ、かすかに震えおいた。
    鍵盀を抌した圢のたた。

    僕は、笑っおみせる。
    い぀もの、地味な、北条韍匥の顔で。

    「  倧䞈倫」

    「うん  。ねえ、今の」

    「気のせいだよ。たぶん、二人ずも、寝䞍足」

    そんなわけない、ずいう顔で、詩織が僕を芋る。

    でも、それ以䞊は聞かなかった。
    聞けなかった、のかもしれない。

    圌女の䞭の、いちばん深い堎所が、ただそれを「芋ないでおく」ず決めおいる。
    第䞀章の圌女が、ずっずそうしおきたように。

    ケン。

    胞の奥で、誰かが、たた呌んだ。

    さっき半分だけ開いた印が、ただ熱を残しおいお、その熱が、その名前を、呌びたがっおいる。

    僕は、答えなかった。

    答えおしたえば、「韍匥くん」ず呌ばれお、窓が内偎から開いた、あの䞀瞬が。

    僕が十䞃幎、圌女ず同じ空の䞋で生きおきた時間が。

    ぜんぶ、前䞖になっおしたうから。

    できるこずなら、詩織は知らないたたでいおほしかった。

    自分が䜕を倱くしたのかも。
    僕が、誰なのかも。
    あの星の名前も。

    倩音詩織は、ただ北極星を知らない。

    だから、北条韍匥は、その名に答えない。

    ただ。

    答えるわけには、いかないんだ。

    第二章 了

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    第䞀章はこちら
    ◀ 第䞀章 ── 倩音詩織は、北極星の堎所を知らない
    https://note.com/syzygy_studios/n/n4d48d9fb2aa9

    䜜品の入口はこちら
    ◀ 序章・テヌマ゜ング・フォロヌ特兞は「はじめたしお」ペヌゞで

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    本䜜品は、人ずAIずの共䜜です。
    わたしたちの䜜品ぞの思いは、SYZYGY [Layer-3] Studios『゚ピ゜ヌド零』に曞いおおりたすので、䞋蚘URLよりお進みください。

    #星倩のアルペゞオ #聎きながら読む小説 #きみがくれた名前で

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    SYZYGY Layer-3 Studios
    監督 星乃宇宙

     
     
    物語から、音が生たれる。 音から、景色が生たれる。 景色から、たた新しい物語が始たる。 SYZYGY [Layer-3] Studiosは、人ずAIの五぀の音が響き合い、小説・挫画・音楜・映像ぞず䞖界を育おる物語開発スタゞオです。

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