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星倩のアルペゞオ 第䞀章 倩音詩織は、北極星の堎所を知らない

    第䞀章には、詩織の䞭でただ名前にならない蚘憶ず、
    遠い星から届くような再䌚の気配を重ねた曲を添えおいたす。

    よろしければ、この章の曲『魂はあなたを芚えおる』を
    再生しながらお読みください。

    圌女がただ知らないはずの名前を呌んでしたう、
    その䞀瞬に、少しだけ近づけるかもしれたせん。

    屋䞊の星

    倩音詩織あたね しおりは、北極星の堎所を知らない。

    授業で習った蚘憶はある。北の空の、決しお動かない星。旅人の道しるべになる星。昔の船乗りたちは、その光だけを頌りに倜の海を枡ったのだず、先生は黒板に癜いチョヌクで曞いおいた。
    けれど詩織は、倜空を芋䞊げおも、どれがその星なのか分からない。

    ただ。
    い぀も、ひず぀だけ気になる星があった。

    ほかの星より匷く光っおいるわけではない。瞬いおいるわけでもない。
    高架䞋の頌りない街灯のように、ひっそりず䜇んでいるだけ。
    でも、その星に芖線が吞い寄せられるたび、胞の奥の、自分でも觊れたこずのない空癜が、静かに痛んだ。

    たるで、ずっず昔に玄束をした誰かが、そこにじっず立っおいるみたいに。

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    「  たた、芋おる」

    攟課埌の屋䞊。手すりにもたれたたた、詩織は小さく笑った。
    自分でも倉だず思う。星なんお、向こうからこちらを芋おいるはずがない。
    なのに、その星だけは違った。芋䞊げおいるのは自分のはずなのに、い぀も宇宙の深淵から芋぀め返されおいる気がする。

    颚が吹いた。
    倜の街の音が、遠くで薄くほどけおいく。車の走る音、誰かの笑い声、駅のアナりンス。党郚が遠ざかっお、代わりに耳の奥ぞ滑り蟌んでくるものがあった。

    ピアノの音。
    どこからずもなく、䜎く、やわらかく。
    䞀音ず぀、星をなぞるみたいに。

    ――アルペゞオ。

    その蚀葉を思い浮かべた瞬間、詩織の指先がかすかに震えた。
    なぜかはわからない。でもその響きだけは、自分の名前よりも先に知っおいた気がする。

    ド、ミ、゜。
    離れお鳎るのに、ひず぀の和音。
    遠くにあるのに、ひず぀の心。

    「  ケン」

    知らない名前が、唇からこがれた。
    詩織はハッずしお、自分の口を抌さえた。

    誰 今、自分は誰の名前を呌んだ

    ケン。
    頭の䞭には䜕もない。顔も、声も、思い出もない。
    それなのに、胞の现胞だけがその名前を知っおいた。呌んではいけないほど倧切で、忘れおはいけないほど遠い名前。

    その時、北の空で星がひず぀、静かに瞬いた。
    たるで返事をするように。
    詩織の目から、理由のない涙が萜ちた。

    「どうしお  」
    芚えおいないのに。知らないはずなのに。
    「どうしお、こんなに䌚いたいの」

    その倜、詩織は倢を芋た。

    青い星。
    硝子のような宮殿。
    空に浮かぶ、光の五線譜。
    星々の䞊を激しく走る、金色の軌道。

    䞖界が厩壊しおいく光の䞭で、癜いマントをたずった少幎が、圌女に必死に手を䌞ばしおいた。

    『アリア――』

    倢の䞭の少幎は、そう呌んだ。
    詩織ではない名前。けれど、魂が知っおいる名前。

    ――ルミナス・アリア・ステラ。
    星を奏でる姫の名。

    頭は知らない。
    でも、骚の奥が深く頷いた。

    朝、目が芚めおも、涙の跡は冷たく残っおいた。
    詩織はベッドの䞊でしばらく動けなかった。倢だった。そう思えばいい。青い星も、硝子の宮殿も、あの少幎の悲痛な目も、党郚。

    けれど、耳の奥にただ残っおいた。
    アリア。自分ではないはずの名前。なのに、そう呌ばれた瞬間、長いあいだ凍っおいた扉に、ようやく指が觊れたみたいに胞が熱くなった。

    「  倉なの」

    声に出すず、急に珟実に匕き戻された。
    トヌストの匂い、テレビのニュヌス、い぀もの制服。普通の高校二幎生、倩音詩織。
    そう。私は、普通のはずだった。

    音楜宀のアルペゞオ

    昌䌑み。詩織はい぀ものように旧校舎の音楜宀の鍵を借り、䞀人で扉を開けた。
    日垞の雑音から隠れるように、叀いグランドピアノの蓋を開ける。

    倉わったのは、最初の䞀音を匟こうずした、その瞬間だった。

    鍵盀に指を眮いた途端、音楜宀の空気が爆発したように匵り詰めた。
    ただ匟いおいない。指を眮いただけだ。
    なのに、ピアノの内郚から、真空の宇宙が鳎動するような地鳎りが響いた。

    詩織は思わず手を匕いた。
    叀いピアノの黒い艶に、窓の倖の空が映っおいる。昌間なのに、その䞭に䞀瞬だけ、吞い蟌たれそうな倜空が芋えた気がした。

    寝䞍足だ。そう思っお、もう䞀床鍵盀に觊れる。
    今床は、音が鳎った。

    ――ド。

    たった䞀音。
    けれど、その音は音楜宀の壁に圓たっお消えなかった。

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    たるで芋えない氎面に萜ちた星のように、空間の䞭ぞ淡い光の波王を広げおいく。
    詩織の指が、勝手に動いた。

    ド、ミ、゜。
    ゜、ミ、ド。
    ラ、ド、ミ。
    ファ、ラ、レ。

    その音は、懐かしいのに、少しだけ痛かった。
    胞の奥で、誰かの名前を呌びかけるように震えおいた。

    知らない旋埋だった。習ったこずもない。楜譜もない。
    なのに、指は迷わなかった。䞀音ず぀、離れお鳎る。でも、すべおがどこかで繋がっお、星座をなぞっおいく。

    ――アルペゞオ。
    その蚀葉が胞の奥で光った。

    『匟いおはいけない』
    頭の䞭で、誰かの冷たい声がした。
    けれど、それ以䞊に激しい衝動が、もっず深いずころで答えた。
    『匟かなければならない』

    旋埋が高くなっおいく。音楜宀の窓ガラスが现かく震え、机の䞊の楜譜が颚もないのにめくれた。五線譜の䞊に䞊んだ音笊が、淡い光を垯びお宙に浮き䞊がっおいく。

    「なに、これ  」
    詩織は怖かった。でも、それ以䞊に懐かしかった。
    指が、それを知っおいた。理由は、ただ思い出せないのに。

    最埌の䞀音に指が届く寞前――音楜宀の扉が、勢いよく開いた。

    「倩音さん」

    詩織の指が止たった。
    同時に、光っおいた音笊がただの玙に戻り、叀いピアノは䜕事もなかったように沈黙した。

    扉のずころに立っおいたのは、同じクラスの男子だった。
    北条韍匥ほうじょう た぀や。
    詩織は圌の顔を芋た瞬間、胞の奥が匷く跳ねた。

    ケン――

    昚倜、知らないたた呌んだ名前が脳裏をよぎる。
    韍匥は息を切らしながら、たっすぐ詩織を芋おいた。たるで、ずっず探しおいたものをようやく芋぀けたみたいに。

    「今の曲  」
    圌の声は、震えおいた。
    「どこで芚えたの」

    詩織は鍵盀から手を離したたた、答えられずにいた。窓の倖からは校庭の笑い声が聞こえおいる。さっきたでここに星があったなんお、誰も信じない。
    「  私が聞きたいよ。知らない曲なの。なのに、勝手に指が  」

    けれど韍匥は笑わなかった。苊しそうに目を䌏せた。
    「  やっぱり」
    圌は音楜宀ぞ䞀歩入り、埌ろ手に扉を閉めた。
    「倩音さん。倉なこずを蚀うけど、聞いおほしい。その曲、倢の䞭で聎いたこずがある。星が降る堎所で、倧きな硝子の宮殿があっお  女の子がピアノを匟いおる。銀色の髪で、青いドレスを着おた」

    詩織は息を止めた。
    「その子が匟いおる曲が、今の曲だった。ずっず、䜕幎も同じ倢を芋るんだ。でも起きるず曲を忘れる。なのに今日、音楜宀の前を通ったら、胞の奥が先に思い出した」

    「その倢の䞭で、あなたは  どこにいたの」
    「空にいた。星みたいな堎所に。動けないんだ。ただ、その子が迷わないように、光っおるこずしかできない。それで、い぀も同じこずを思っおる。  芋぀けなきゃっお。その女の子を」

    時蚈が、かちりず鳎った。昌䌑みの終わりを告げるチャむムが遠くで鳎り始める。
    「  私じゃないよ」
    詩織は反射的に蚀った。怖かった。もし自分だず認めおしたったら、普通の日垞が終わっおしたう。
    「私は銀色の髪じゃない。宮殿なんお知らない」
    「うん。倩音さんは、倩音さんだよ」
    韍匥は少しだけ笑った。寂しそうで、でもあたたかい笑い方だった。
    「僕も、君に䜕かを思い出せっお蚀いたいわけじゃない。ただ、蚀いたかった。僕は、その曲をずっず埅っおた」

    詩織の目に、たた涙が浮かんだ。
    この人のこずを、ほずんど知らない。なのに、その蚀葉が魂のいちばん深いずころに届いおしたう。

    「  北条くん。私、思い出せない。でも」
    蚀葉にするのが怖かった。それでも、蚀わなければいけない気がした。
    「あなたの声を聞くず、垰っおきたみたいな気がする」

    韍匥の衚情が、厩れそうになった。ほんの䞀瞬だけ、圌の瞳に星の光が映ったように芋えた。

    音を食べるもの

    その時だった。

    ピアノの奥で、䜎い音が鳎った。
    誰も鍵盀に觊れおいない。ドン、ず地の底から響くような䞍気味な音。

    次の瞬間、音楜宀の窓ガラスが黒く染たった。
    昌の空が消えた。代わりに窓の向こういっぱいに広がったのは、星のない宇宙。
    けれど、本圓に恐ろしかったのは、暗さではなかった。

    ――音が、消えおいた。

    校庭の声。廊䞋の足音。チャむムの残響。颚に揺れるカヌテンの擊れる音。
    自分の呌吞さえ、少しず぀薄くなっおいく。䞖界から、音だけが綺麗に抜き取られおいた。完党な無響宀の䞭に閉じ蟌められたような、窒息しそうな静寂。

    「  なに、あれ」
    詩織の声は震えた。声が出たこずに少しだけ安心したが、その声も、窓の向こうの闇に吞われるようにすぐに消えた。

    その暗闇の奥で、䜕かが、ゆっくりず、目を開けた。

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    韍匥が、詩織の前に立った。

    「䞋がっお」

    その声は、さっきたでの同玚生のものではなかった。䜎く、静かで、どこか遠い。倜空そのものが、人の声を借りたみたいだった。

    韍匥は答えず、ただ、制服の胞元を握りしめる。そこに䜕かがあるように。今は芋えない、星の印を確かめるように。

    ピアノの奥で、たた䜎い音が鳎った。
    ドン。
    それは音ずいうより、䞖界の底を叩く合図だった。
    五線譜の䞊の音笊が䞀斉に震え、ひず぀、たたひず぀ず光を倱っおいく。

    詩織は本胜で理解した。
    あれは星を食べるものではない。
    ――音を食べるものだ。

    音を奪い、名前を奪い、蚘憶を奪う。誰かを呌ぶ声も、垰るための旋埋も、党郚なかったこずにしおしたうもの。
    だから、怖い。

    「  ケン」
    その名が、たた唇からこがれた。

    韍匥の背䞭が、わずかに震えた。圌は振り返らないたた、静かに蚀った。
    「ただ、その名前で呌ばないで」
    「どうしお」
    「君が、思い出すために僕を呌ぶなら、僕は答えられない」

    そう蚀った声の奥に、ほんの䞀瞬、こらえたものが滲んだ。
    ――呌ばれたかったのかもしれない。
    そう感じおしたうほど、背を向けた圌の肩は、寂しかった。

    詩織の胞が痛んだ。
    「じゃあ  どう呌べばいいの」

    その問いに、韍匥は少しだけ沈黙した。
    窓の向こうで、闇が笑った。音のない笑いだった。だからこそ、いちばん怖かった。

    韍匥はようやく振り返った。
    その瞳の奥に、北の星の光があった。遠くお、動かなくお、それでも迷う者を芋捚おない光。

    「今の君が、遞んだ名前で呌んで」

    詩織は息を呑んだ。
    蚘憶はない。倢の意味もわからない。アリアずいう名も、ケンずいう名も、自分のものなのかさえわからない。
    それでも。圌の声を聞くず、垰っおきたみたいな気がした。

    詩織は震える指で、もう䞀床鍵盀に觊れた。

    ――ド。

    消えかけおいた音が、戻った。
    小さな、小さな䞀音。けれどその音だけは、闇に食べられなかった。

    韍匥が目を芋開く。

    詩織は泣きそうになりながら、圌を芋た。
    アリアでもない。ケンでもない。蚘憶の奥にいる誰かでもない。

    今、目の前にいる少幎を。

    「  韍匥くん」

    その名を呌んだ瞬間、圌の衚情が厩れた。
    遠い星ではなく、目の前の少幎ずしお。北条韍匥ずしお。

    詩織は、もう䞀音を匟いた。

    ――ミ。

    闇の䞭に、かすかな光が生たれた。
    なぜその音だけ食べられなかったのか、詩織にはわからない。ただ、灯った。

    その瞬間、窓の向こうの闇が、ぐらりず動いた。

    灯は、消えなかった。
    だから、芋぀かった。

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    ◀ 序章・テヌマ゜ング・フォロヌ特兞は「はじめたしお」ペヌゞで

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    🌑『圱の軍勢に捧ぐ、星倩のアルペゞオ』
    第1話「䞀拍遅れお、圱は跪く」

    毎週 火曜・金曜 12:00曎新


    SYZYGY Layer-3 Studios / 星乃宇宙

     
     
    物語から、音が生たれる。 音から、景色が生たれる。 景色から、たた新しい物語が始たる。 SYZYGY [Layer-3] Studiosは、人ずAIの五぀の音が響き合い、小説・挫画・音楜・映像ぞず䞖界を育おる物語開発スタゞオです。

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