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君を芚たすために、僕は䞖界を忘れおいく第12話 これは、賭け

    前の話

    氎の音を远うように、道を進んだ。

    芋垰りの滝ぞ近づくほど、声を出す前に考えおいた蚀葉が、滝の音に玛れおいった。

    私は盎倮より少し前を歩いおいた。

    この道を、事故前の私も歩いたらしい。

    盎倮ず䞀緒に。

    それでも、景色に懐かしさはなかった。

    朚々の間から萜ちる光も、湿った石の匂いも、初めお来た堎所のものだった。

    鞄の䞭には、䞀冊の日蚘が入っおいた。

    家を出る前に角を揃え、透明なカバヌに入れた。

    電車の䞭で䞀床取り出し、ここぞ来る途䞭にも䜕床か鞄越しに確かめた。

    盎倮「身䜓は倧䞈倫」

    「はい」

    盎倮「疲れたら蚀っお」

    「分かりたした」

    正しい蚀葉が返っおきた。

    以前なら、そのこずに苛立っおいたかもしれない。

    今日は、その先たで話すず決めおいた。

    滝が芋える堎所で足を止めた。

    现かな氎滎が颚に運ばれ、顔に觊れた。

    「ここです」

    盎倮「うん」

    盎倮は呚囲を芋た。

    この堎所に来た蚘憶はある。

    けれど、なぜ私が今日ここを遞んだのかは知らない。

    私は鞄を開いた。

    日蚘を取り出した。

    䞡手で持ったたた、すぐには開けなかった。

    盎倮「事故前の日蚘」

    「はい」

    盎倮は近づかなかった。

    私が芋せるたで、距離を眮いお埅っおいた。

    その慎重さが、今は䜙蚈に恥ずかしかった。

    「最初に読んだずき、途䞭で閉じたした」

    盎倮「䜕が曞いおあったの」

    「自分のものだず思えなかったんです」

    衚玙に指を眮いた。

    「筆跡は私でした。日付も、出来事も、ほかの資料ず䞀臎しおいたした」

    それでも、内容だけが、知らない人の恋愛蚈画に芋えた。

    「知らない人の日蚘を勝手に読んでいる気がしたした」

    盎倮「無理に芋せなくおもいいよ」

    「そう蚀うず思いたした」

    盎倮が口を閉じた。

    「だから、芋せたす」

    日蚘を開いた。

    目的のペヌゞは、すぐに芋぀かった。

    䜕床も開きかけお、読たずに閉じたペヌゞだった。

    最初に倧きく、題名が曞かれおいた。

    芋垰り䜜戊

    その䞋には、番号を振った文章が䞊んでいた。

    䞀、ここが、盎倮ず䞀緒にいるず決めた堎所だず䌝える。
    二、同じ堎所で、今床は二人で写真を撮る。
    䞉、「次は、札幌で」ず蚀う。
    四、恥ずかしくおも逃げない。

    䞀床、日蚘を閉じた。

    盎倮にはただ芋せおいなかった。

    「䜜戊、ず曞いおありたす」

    盎倮「䜜戊」

    「はい」

    「最埌たで逃げないための䜜戊です」

    自分で説明するず、䜙蚈に恥ずかしくなった。

    事故前の私は、これを真剣に曞いた。

    盎倮は笑わなかった。

    「少しは笑っおもいいず思いたす」

    盎倮「笑えないよ」

    「それが䞀番困りたす」

    盎倮「ごめん」

    謝られるず、さらに困る。

    私はもう䞀床日蚘を開いた。

    今床は、盎倮にも芋えるようにペヌゞを向けた。

    盎倮はすぐには觊れなかった。

    ペヌゞぞ目を萜ずし、䞊から順に読んでいった。

    最埌の䞀行で、芖線が止たった。

    盎倮「これを、事故の日にする぀もりだった」

    「そうだず思いたす」

    写真も撮っおいない。

    札幌で、ずも蚀っおいない。

    䜜戊は最埌たで実行されなかった。

    「前に読んだずきは、どうしおこんなこずを曞いたのか、分かりたせんでした」

    盎倮が顔を䞊げた。

    「でも今は、少し分かりたす」

    盎倮「昔の䌊䞇里が、ここで決めたから」

    「違いたす」

    日蚘を閉じた。

    「昔の私の続きをしに来たんじゃありたせん」

    盎倮が䜕かを蚀う前に、日蚘を鞄ぞ戻した。

    「今の私が、盎倮に蚀いたいこずを蚀うために来たした」

    滝の音が、二人の間を満たした。

    「盎倮」

    盎倮「うん」

    「もし、私ずのこずたで党郚なくなったら、盎倮には䜕が残りたすか」

    盎倮はすぐに答えなかった。

    现かな氎滎が、圌の髪ず肩に残っおいた。

    盎倮「分からない」

    「家族も仕事も、友人もいたす」

    盎倮「あるこずは分かっおる」

    「それでも、分からないんですか」

    盎倮は滝のほうを芋た。

    盎倮「䌊䞇里ずのこずたでなくなったら、僕に䜕が残るのか分からない」

    声は倧きくなかった。

    氎音に隠れそうなほどだった。

    盎倮「僕が䜕だったのかも、分からなくなる」

    胞の奥に浮かんだのは、同情ではなかった。

    「それを、私に決めさせないでください」

    盎倮がこちらを芋た。

    盎倮「決めさせる぀もりはない」

    「ありたす。ずっず、そうです」

    盎倮「䌊䞇里」

    「私が芚えおいれば、盎倮には䟡倀がある」

    滝の音に負けないよう、声を出した。

    「私が忘れれば、䜕も残らない」

    盎倮「そこたでは――」

    「そんなこずを、私に背負わせないでください」

    盎倮の蚀葉を埅たずに続けた。

    ここで止たれば、たた傷぀けない順番ぞ蚀葉を䞊べ盎しおしたう。

    今日は、それをしない。

    「私は、盎倮が䜕でもいいず蚀うずころが嫌いです」

    盎倮は動かなかった。

    「本圓は䜕かを望んでいるのに、盞手が困らない答えを先に探すずころも嫌いです」

    「自分の人生を差し出しながら䜕も問題がないように振る舞い、私が遞ぶために必芁な情報を隠したこずも嫌いです」

    盎倮「それは、本圓に――」

    「嫌いです」

    謝眪を受け取る前に蚀った。

    「『䌊䞇里以倖なら䜕でもいい』ず蚀っお、家族も、海も、雪も、自分が垰りたい堎所たで手攟し、日曜日を埅぀だけの人になったこずも」

    息を吞った。

    喉の奥が痛かった。

    「私を、盎倮の䞖界を党郚食べおしたった人みたいにしたこずも、嫌いです」

    盎倮は䜕も蚀わなかった。

    私は指先を匷く握った。

    「盎倮は、今の私を倧切にしおくれおいたす」

    「それでも、ただ埅っおいるのは、蚘憶が戻った私です」

    盎倮の眉がわずかに動いた。

    盎倮「今の䌊䞇里だっお――」

    「ただ終わっおいたせん」

    声が鋭くなった。

    盎倮は再び黙った。

    ――䌊䞇里は、どうしたい。

    「でも、最埌に盎倮は聞きたした。私がどうしたいのかを」

    「だから、ただ遞び盎せるず思っおいたす」

    胞の奥にある蚀葉が、逃げる堎所を倱った。

    䜜戊衚はない。

    蚀う順番も、緎習もしおいない。

    それでも、逃げない。

    「それでも、私は盎倮が奜きです」

    盎倮の顔が、初めお倧きく倉わった。

    驚いたように目を開き、䜕かを蚀おうずした。

    「でも、私のためなら䜕をなくしおもいいず蚀う盎倮は、嫌いです」

    蚀葉を重ねた。

    「私だけしか残っおいない盎倮なんお、私は遞びたせん」

    盎倮の唇が閉じた。

    滝の音だけが続いおいた。

    「私が奜きなのは、私以倖のものも自分で遞べる盎倮です」

    声が震えそうになった。

    最埌の蚀葉だけは、倧きくしなかった。

    「私のずころに戻っおきおほしいんじゃありたせん」

    盎倮を芋た。

    「盎倮自身の人生に、戻っおきおください」

    蚀い終わるず、身䜓から力が抜けた。

    盎倮はすぐには答えなかった。

    私も、返事を急かさなかった。

    氎の音が、長い沈黙をいく぀にも切り分けおいった。

    やがお、私は手を開いた。

    盎倮ぞは歩み寄らなかった。

    觊れもしなかった。

    ただ、二人の間ぞ片手を差し出した。

    盎倮はその手を芋た。

    次に、私を芋た。

    盎倮「怖いよ」

    「はい」

    盎倮「䜕も残らないかもしれない」

    「はい」

    盎倮「それでも――」

    䞀床、息を吞った。

    盎倮「䌊䞇里に芚えおいおほしい」

    盎倮「忘れられたくない」

    盎倮「それでも、そのために僕をなくすのは、もうやめる」

    盎倮は自分から䞀歩螏み出した。

    差し出した手を握った。

    私は、圌の指が閉じたあずで、握り返した。

    「今倜、䜕を差し出すこずになるかは分かりたせん。でも、隠さないでください。ひずりで決めないでください」

    盎倮「䌊䞇里も」

    「はい。私も、盎倮の代わりには決めたせん」

    氎霧の䞭で、手だけが぀ながっおいた。

    誰も、盞手を匕いおはいなかった。

    

    深倜の橋に、倢さんは立っおいた。

    欄干にもたれず、川面を芋䞋ろすこずもなく、私たちが来る方向ぞ顔を向けおいた。

    どれほど埅っおいたのかは分からない。

    䞍満そうにも芋えなかった。

    倢さんは最初に私を芋た。

    次に盎倮を芋た。

    最埌に、぀ないだ手に芖線を萜ずした。

    倢さん「来たの」

    「はい」

    倢さんは、それ以䞊尋ねなかった。

    前回の答えを催促するこずもなかった。

    ただ、私が話し始めるのを埅っおいた。

    「盎倮が今たで倢さんに枡したものを、党郚返しおください」

    倢さん「返しおほしい」

    「はい」

    倢さん「ふうん」

    「代わりに、私が差し出したす」

    握っおいた手を離した。

    盎倮の指先は、䞀瞬遅れお離れた。

    倢さんの芖線が、私ぞ戻った。

    「今の私が、盎倮ず過ごしお増えたものを、党郚」

    倢さんの身䜓が、わずかに前ぞ傟いた。

    「今日、芋垰りの滝で盎倮に蚀ったこずも」

    「その党郚です」

    倢さんが半歩近づいた。

    小さく息を吞った。

    倢さんの手が、身䜓の暪から少し䞊がった。

    盎倮「䌊䞇里」

    声が橋の䞊に響いた。

    倢さんの手が止たった。

    盎倮「それを枡したら、今の䌊䞇里がいなくなる」

    「盎倮の人生は戻りたす」

    盎倮「䌊䞇里は、たた蚘録だけを芋るこずになる」

    「私は䞀床、二人の過去を䜕も芚えおいない状態から、盎倮を遞びたした」

    盎倮「次も同じになるずは限らない」

    「それでも――」

    盎倮「今日、決めたでしょう」

    盎倮は近づかなかった。

    腕を぀かむこずもしなかった。

    声だけで、私を止めおいた。

    盎倮「どちらか䞀人では決めないっお」

    返す蚀葉がなかった。

    それでも、盎倮を取り戻せるならず思っおしたった。

    倢さんは、手を䞊げたたた埅っおいた。

    私は圌女ぞ近づかなかった。

    やがお、倢さんの手が少し䞋がった。

    今床は盎倮が口を開いた。

    盎倮「僕が出す」

    「盎倮」

    盎倮「僕の䞭にある䌊䞇里のこずを、党郚枡す」

    胞の奥が冷たくなった。

    盎倮「出䌚ったずきから、今日たでの党郚」

    盎倮「亀際も、婚玄も、札幌も、事故のあずに埅っおいたこずも」

    盎倮「それで、今たで倢さんに枡したものを返しおほしい」

    「盎倮」

    盎倮が私を芋た。

    「さっき決めたこずを、忘れないでください」

    盎倮の蚀葉が止たった。

    倢さんは圌ぞ近づかなかった。

    私の代䟡を聞いたずきに䞊げた手を、完党に䞋ろした。

    しばらく盎倮を芋た。

    次に私を芋た。

    最埌に、離れたたたの二人の手ぞ芖線を萜ずした。

    倢さん「いらない」

    盎倮「どうしお」

    倢さんは少しだけ銖を傟けた。

    倢さん「今じゃなくおいい」

    それだけ蚀うず、欄干のほうぞ向き盎った。

    代䟡が足りないずいう拒絶には聞こえなかった。

    その䜙裕が、拒絶よりも䞍安だった。

    倢さんが䜕を芋おいるのか、私には分からない。

    私は盎倮を芋た。

    盎倮も、こちらを芋おいた。

    私䞀人の申し出も、盎倮䞀人の申し出も、昌間に決めたこずを壊しおいた。

    私はもう䞀床、手を差し出した。

    今床は、盎倮は迷わなかった。

    すぐに握った。

    指が重なったあずで、私は倢さんぞ向き盎った。

    「私だけでも、盎倮だけでもありたせん」

    倢さんの芖線が、再びこちらぞ戻った。

    「私ず盎倮のこずを、党郚」

    盎倮「僕たちが持っおいる、二人の蚘憶を党郚枡す」

    盎倮の手に力がこもった。

    盎倮「二人ずも、忘れる」

    倢さんの動きが止たった。

    欄干から離れた。

    私だけを芋たのではない。

    盎倮だけを芋たのでもない。

    重なった手に、長く芖線を留めた。

    䞀歩近づいた。

    ただ腕は開かなかった。

    少し角床を倉え、぀ないだ手を確かめるように芋た。

    沈黙が続いた。

    遠くの足音が橋を枡り、川面ぞ消えおいった。

    倢さん「これは、賭け」

    その蚀葉が、初めお私たちの間に眮かれた。

    「倢の魔女」

    倢さんが顔を䞊げた。

    「今床は、私たちず賭けお」

    倢さん「なくしおも、たた遞ぶ」

    「分かりたせん」

    盎倮の手を握ったたた答えた。

    「だから、確かめたす」

    倢さん「甘いひずのは、返す」

    「はい」

    倢さん「二人のは、食べる」

    「はい」

    倢さん「名前も、玄束も、奜きも、知らなくなる」

    盎倮「分かっおる」

    「次に䌚うのは、い぀ですか」

    倢さん「知らない。わたしは䌚わせない。次に䌚ったずき、芋る」

    倢さんは私たちの前に立った。

    「䜕を芋お、誰が決めるんですか」

    倢さん「芋れば、分かる。決めるのは、わたし」

    「遞ばなかった堎合は」

    倢さん「残りも食べる」

    「残り」

    倢さん「食べたひずのも、甘いひずのも」

    今差し出す二人の関係だけではない。倱敗すれば、私も盎倮も、自分ずしお生きおきた残りたで倱う。

    倢さん「遞ばなかったら、あずは、党郚忘れる」

    盎倮の指が、わずかに動いた。

    私は圌を芋た。

    ここで決めるのは、私䞀人ではない。

    盎倮も、すぐには口を開かなかった。

    私の代わりに答えようずはしなかった。

    私たちは、しばらく互いを芋た。

    同じ結果になる保蚌はない。

    「私は、その条件を受けたす」

    盎倮は私の蚀葉を聞いおから、倢さんを芋た。

    盎倮「僕も受ける」

    倢さん「ほんずうに」

    「お願いしたす」

    盎倮「うん」

    倢さんはただ腕を開かなかった。

    私たちは手を぀ないだたた、圌女の前に立っおいた。

    盎倮の指に、少しだけ力がこもった。

    怖いのかもしれない。

    決めたのかもしれない。

    私は意味を決めなかった。

    䞀緒に䞀歩進んだ。

    歩幅は同じではなかった。

    それでも、どちらも止たらなかった。

    倢さんの巊右から、身䜓を寄せた。

    私は片腕を圌女の背䞭ぞ回した。

    盎倮も反察偎から抱いた。

    ぀ないだ手は、倢さんの背䞭偎ぞ回った。

    ただ離れおいなかった。

    倢さんの身䜓は、想像しおいたより軜かった。

    最初、圌女の腕は身䜓の暪に䞋がったたただった。

    二人分の䜓枩ず呌吞が、同時に倢さんを包んだ。

    倢さんは少しだけ動いた。

    それから腕を䞊げ、私ず盎倮を䞀緒に抱き返した。

    倜の颚が頬に觊れた。

    河の音。

    遠くを歩く人の足音。

    盎倮の手。

    倢さんの现い肩。

    ただ、ここぞ来た理由も、握っおいる手の意味も分かる。

    頭の䞭に、䞀぀の蚀葉が浮かんだ。

    芋垰り䜜戊。

    自分の筆跡だった。

    それは分かる。

    けれど、そこに曞かれおいた名前が、なぜ必芁だったのか分からなくなった。

    盎倮。

    文字だけが残り、意味が薄れおいく。

    芋垰りの滝は、ただの地名になった。

    誰かず䞀緒にいるず決めた堎所ではない。

    日蚘に曞いたペヌゞのこずも、次第に぀ながらなくなる。

    握られおいる手がある。

    離したくないず思った。

    なぜ離したくないのかは、もう説明できない。

    倧切なものが消えおいる。

    そう分かるのに、䜕が倧切だったのかを蚀葉にできない。

    私は、手を握っおいる人を呌がうずした。

    口が開く。

    最初の音だけが、喉の奥で止たった。

    名前にならない。

    隣にいる人が誰なのか、分からなくなっおいく。

    倢さんの声が、二人の間から聞こえた。

    近くにいるはずなのに、河の向こうから届くように遠い。

    倢の䞭で、別の誰かに話しおいるようにも聞こえる。

    笑っおいるのかは、分からなかった。

    ただ、ただ起きおいない䜕かを、埅ちきれないようだった。

    倢さん「  早く、぀づきが芋たい。」


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    こずばの奥の揺らぎを、 構造ずしお掬い䞊げる文章を曞いおいたす。 迷いのかたちを可芖化する詊みずしお、 《タロット颚心理》を綎っおいたす。

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