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金緑色の砂の倜に 章

金緑色の砂の倜に TOPペヌゞぞ


雪降る小路、゚ステル銙の䜙韻

 ここは雪降る郜垂の賑やかな倧通りから脇に逞れた小路沿い。我々はこの现い道に沿っお架かる電線の䞊に留たりながら、その電線に積もる皋の雪に䞡足を沈たせおいた。ちらちらず降り出した雪は、この倜空の空気の湿床を我々に再認識させ、さらには倧通りの喧隒をくぐもらせ、間もなく日を跚ぐ時間垯に差し掛かったこずを䞀局匷く感じさせた。

そしお、ゆっくりず深く吞い蟌んだ倜空の空気は、僕の肺の奥をしっずりず冷やした。

 我々の留たる電線の真䞋には、䞊質な黒いりヌルカシミダのコヌトを矜織り、銖元には臙脂色のマフラヌを巻いた女性が物憂げに立っおいた。圌女が咥える火の぀いた玙タバコは時折り赀いかそけき光を攟぀。虚ろな溜息に合わせ昇っおくる靄は、圌女の吐息がわずかに混じったタバコの煙だ。

賑やかな倧通りから、随分ず疲れた顔の男がこの小路に流れおきた。サックスブルヌのシャツ、ネむビヌベヌスにむ゚ロヌオヌカ系のストラむプが入ったレゞメンタルタむ、スヌツはグレヌのグレンチェック。倖套には黒のチェスタヌコヌトをボタンを閉めずに矜織り、銖元にはブラりン系のりヌルマフラヌを匕っ掛けおいる。足元は倚分、黒のストレヌトチップだろう。先端の反射から良く手入れされおいるこずが䌺えた。

圌は䞀床圌女の前を通り過ぎた埌、䞀瞬はっずしお螵を返し圌女の前に戻り立ち止たった。
「ここは貎女のお店ですか」
圌は圌女の埌方のドアに指をさしお聞いた。
圌女は埌方右䞋に向け䞀息に煙を吐いおから答えた。
「・・・はい、そうですね。」

ドアに掛かったプレヌトの衚瀺は『CLOSE』だった。
「今日は店を閉めおしたったんですか」

圌女はふふっず口元だけ笑っお答えた。
「プレヌトはい぀も『CLOSE』にしおるの」
「そうなんだ。それは、なんだか面癜いね」
「䜕が面癜いの」
「分からない。具䜓的には分からないけど面癜いね」
女性の目元が䞀瞬緩んだ。
「はは、良く分からないけど、これが面癜いの」
「うむ、かなり面癜いよ。よく分からないけれど」
「䜕それ、あはは」
二人の間を冷たく柔らかな倜颚が吹き抜ける。
「ずっず倖にいるのは寒くないですか」
「圓然寒い。でも、今は久々に笑ったからちょっずだけ暖かい・・・かもしれない」
「もし良かったら、䞭で䞀杯飲たせおもらうこずは叶うかな」
「どうぞ」
軋むドアから店に入る黒コヌトの二人は、烏の぀がいのように芋えないこずもない。

我々の留たる電線から、僅かにドア暪に掛かった看板が芋えた。

  • Bar Crows -

我々はこの店の屋根の軒䞋にあるドヌマヌのような窓からそっず店内に忍び蟌んだ。ちょうど店の真ん䞭に梁が通っおいる。その梁の䞭倮付近、二人を芋䞋ろせる䜍眮に我々は留たった。店内は暖房で皋良く暖められおいた。たるで圌が来るこずを予め知っおいたかのように。

それぞれコヌトを脱いだ二人はカりンタヌ越しで改めお向き合う。圌女はバヌテンダヌの栌奜を、圌は先述の通りの栌奜で、決しお背䌞びし過ぎない皋床の控えめな栌奜を心掛けおいるようだ。

店内はカりンタヌ垭が垭のみず小さな䜇たいだ。圌は䞭倮の垭を案内されおいた。圌は改めお店内を芋回した。退廃的な内装ず雰囲気は荒く削られ歪になった圌の心の茪郭線にしっくりず嵌り劙に萜ち着いた。このバヌそのものが自分を暖かく歓迎しおくれおいるのではないかず感じおしたうほどだった。

圌女は小さく床、咳払いをしおから蚀った。
「それでは改めたしお、本日はご来店頂きありがずうございたす」

「バヌテンダヌの栌奜、ずおも䌌合っおいたすよ」

「茶化さないでください。ご泚文を承りたす」

「いやいや、茶化しおなんかいないですよ」

店内には特にメニュヌらしきものもボトルも芋圓たらない。
「そうだね、䜕を頂こうかな。スコッチ・・・マッカランは王道すぎるかな」

「お客様が今飲みたいず思ったものが、今飲むべきものなのではないでしょうか。それにお応えするのが私の仕事でございたす。」

「なるほど感心したよ」

「マッカランですずダブルカスクの幎がございたす」

「ぜひお願いするよ、楜しみだ」

「飲み方はいかがなさいたすか。本来の銙りを楜したれたいのであればトゥワむスアップにいたしたしょうか」

「僕は昔ね、先茩から『挢は黙っおオン・ザ・ロック』ず教わっお今日たで生きおきたんだ。だから今回もその教えを堅持しようず思う。ご提案いただいたずころ申し蚳ないが」

「ふふ、かしこたりたした」

圌女、今床は目も笑っおいる。梁の䞊で僕はちらっず暪を芋たが、盞倉わらずペストマスクのカラスは䜕を考えおいるのか分からない。でも䜕ずなく僕ず同じような感情なのではないかず感じた。䜕ずなくだが。

圌女は慣れた手぀きでアむスピックを扱い、よく柄んだ氷の塊からロックアむスを削り始めた。

「このカりンタヌの肘をかけるずころ、これはいいね。すごい幎代物ずいうか、本堎のものなんじゃないかな」

「この店は芪戚から居抜きで䜿わせおもらっおいるだけだから詳しいこずは分からないんです。でも英囜から取り寄せた、なかなか立掟なものだずは聞いおいたす」

そんな話をしおいる最䞭に圌女の埌ろ、カりンタヌ奥の棚の䞋に眮かれおいる幎季の入った黒い革補の箱が圌の芖界に入った。箱の偎面には持ち手が぀いおおり、その䞡偎にロックが付いおた。片手で持ち運びできそうなサむズ感だが、その䞭身が䜕なのか芋圓は぀かなかった。

圌女はどこから出したのか、件のりィスキヌをボトルからロックグラスにちょうど泚ぎ終えたずころだった。

「お埅たせしたした。ザ・マッカラン ダブルカスク 幎、オン・ザ・ロックでございたす」

グラスに収たった球圢の氷は、琥珀色の湖面に浮かぶ透き通った満月のようにも芋えた。

「あゝ、綺麗だなあ」 

「ふふ、たずは目で楜しんでいただくのも乙かず思いたす」
「うん・・・あゝ、綺麗だなあ・・・」

「どうぞ、こちらもお召し䞊がりください」
小皿にはチャヌムずしおダヌクチョコレヌトが枚䞊んでおり、圌女は説明を添えおくれた。
「ご存知かずは思いたすが、このお酒は繊现で耇雑な深みが特城です。埌からくるシトラス、たあオレンゞに近いでしょうか、それらを螏たえお、チャヌムにはビタヌチョコを遞びたした。このお酒のスパむシヌさが際立぀かず思いたす。喜んでいただければ嬉しいです」

僕は梁の䞊でその蚀葉を聞きながら、圌女の経隓に裏打ちされたであろう知識の深さや感性の鋭さに感心しおいた。そしお圌は䜕床か深く頷きながらその味わいを噛み締めおいた。

「僕は語圙力がなくお栌奜良い蚀葉が浮かばないけれど、この䞀杯は本圓に芋事だよ。有難う、玠晎らしい、玠敵だよ。」
「あはは。あ、倱瀌したした。喜んでいただけたようで私ずしおも嬉しい限りです」

「そう蚀えばね、さっき少し気になったんだけど、そのカりンタヌの奥の棚に入っおいる箱には䜕が入っおいるんだろうか。あ、答えにくいものだったら無理に答えずずも結構ですよ。興味本䜍で聞いおいるだけだから」
女性は䜕の事だろうかずいう衚情をしながら埌ろを振り返った。棚を眺める芖線を少し䞋に萜ずしたずき、ああ、ず声を䞊げた。
「よく気付かれたしたね」
「随分ず幎季の入った雰囲気の箱だったからね。自然ず目に止たっおしたったんだ」
「これはですね」
ず蚀いながら女性は棚から持ち出したその箱をカりンタヌに眮いお蚀った。

「なんだず思いたす」

「え、䜕だろう。芋圓も぀かないな。家宝の宝食品がたくさん入っおいるずか」
「はは、流石にそれをここに眮いおおくのは無甚心が過ぎるかもしれたせんね、ふふ」
圌女は既に自然に笑うようになっおいた。圌女はその箱の持ち手の䞡偎面に぀いたロックを぀倖し蓋を開けおみせた。箱の䞭にはアルトリコヌダヌより幟らか倪めの筒状のものが数個に分かれた状態で固定されおいた。芋たずころ朚補のようだ。

「これ、䜕か分かりたすか」

筒状の郚分には指で抌さえられそうな穎が幟぀か空いおいた。
「笛のような感じはするんだけどもそれ以䞊は。䜕かの楜噚だろうか」
「そんな感じです。少々お埅ちくださいね」

女性は慣れた手付きでその朚補の筒状のものを組み立おた。

「それで、こんな感じで暪向きに構えるんです」

「なんか、フルヌトみたいだね」
「あ、ほが正解です。これはフラりト・トラノェル゜ずいっお、今のフルヌトの元ずなった楜噚です。今では叀楜噚に分類されおいたす」
「ぞえ、これがフルヌトのご先祖様なのか」
「ええ、芁するにそういうこずですね。これは我が家で代々受け継がれおきたものなんです。䜕故かは知りたせんが。」

そういうず圌女はそのフラりト・トラノェル゜ずいう楜噚に息を吹き蟌み、䞀通りの調敎を終えた。そしおそのたた、その楜噚がモダン楜噚ずしお扱われおいたであろう䞖玀頃の曲を吹いおくれた。

「聞いたこずがある曲だず思ったらペツォヌルトのメヌ゚ットだね。ト長調のほうのや぀。子䟛の頃に嫌々ピアノの緎習で匟いおいたよ。でも、こういう感じで聎かせおもらうず印象がガラリず倉わるね」
「ええ。圓時の宮廷音楜の雰囲気を少し感じられるかず思いたす。たあ、倚分ずしか蚀えたせんけどね。」

「そのフラりトなんずかっおいうのは、音に枩もりを感じるね」
「モダンフルヌトず比べるずそう感じられるかず思いたす。それに加えおどこずなく牧歌的で、幟らか玠朎な雰囲気も感じたせんか」
「間違いないね」
「私はそんなずころも含めお愛着を持っおいたす。本圓は自分自身も垞にそういう気持ちで圚りたいず思っおいたりもしたす」
「それは倧切にしお欲しいな。その楜噚も、その心も」

梁の䞊から僕はがうっず圌らの様子を眺めおいた。圌女はそれから䞖玀圓時に䜜曲された無䌎奏フルヌト゜ナタなんかを数曲、圌に披露しおいた。

「そろそろ最埌の曲にしようかな。リク゚ストはある」
「クラシック音楜ずいうかバロック時代の音楜はさっぱり明るくないからなあ」
「じゃあ、これを聎いお。倚分知っおいるず思う」

圌女が奏でる旋埋は、䞀定の秩序のもずに䌞びやかであり、そこにこの楜噚の枩もりず優しさが重なり、䞀皮の哀愁を挂わせおいた。圌女は Johann Sebastian Bach 䜜曲の管匊楜組曲第番ニ長調 BWV1068 の第曲を挔奏した。
埌にノァむオリン独奏のために線曲された『G線䞊のアリア』ずしお知られおいるあの曲だ。

圌女の挔奏は終わった。終わっおしたった。
圌はしばし呆然ず圌女を芋぀めおいた。
そしお我に返り、割れんばかりの拍手を目の前の圌女、
ただ䞀人ぞず送った。

「玠晎らしいよ、蚀葉にできない。有難う。有難う・・・」
「久々のトラノェル゜は本圓に気持ち良かった。こちらこそお聎きいただき有難うございたした。」

「最埌に吹いおくれたのはバッハの䜜曲した曲だよね昔、音楜の授業で聎いた蚘憶がある」
「そうですね。あ、お客様、ちなみにバッハっお䜕のこずかご存知ですか」
「バッハはバッハであっお、バッハ以倖の䜕ものでもないず思っおいるよ。知っおいるこずずいえば偉倧な音楜家の名前だずいうこずくらいだろうね」
「バッハはですね、ドむツ語で『小川』ずいう意味だそうですよ」
「ずいうこずは、バッハさんは日本颚に呌ぶず小川さんずいうこずなのかな」
「そうです、小川さんなんです。あはは」
「なんおこった、䌚瀟にいるクセの匷いオッサンず同じ苗字だ。䞀気に珟実に匕き戻されちゃったよ。あはは」
「それは倱瀌したした。あはは」

「おかげさたでクラシック音楜を身近に感じられるようになったよ」
「それは䜕よりです」
「久々に腹から笑ったよ、有難う」
「私もです。有難うございたした」
「そんな、敬語なんか䜿わなくおいいですよ」
「今床はお客様が敬語を䜿っおいらっしゃいたすよ」
「ほんずだ、あはは」
二人の笑い声が小さな店内に響き枡る。

䞀方、梁の䞊。
県䞋の二人は俗䞖を枡り歩くためこれたで取り繕いながら被っおきた仮面を、人生のこの䞀瞬だけ脱ぎ捚おたのだ。たずえほんの䞀時だったずしおも、そんな心の亀わりを「うたかた」ずか「かりそめ」ずいった蚀葉で圢容するこずに、僕は抵抗を感じた。
返事のないこずなど分かりきっおいるが、カラスに同意を求めるべく暪を芋るず、圌奎の姿はドヌマヌのすぐ手前にあり店の倖に出る盎前だった。もう少しこの二人の様子を芋おいたかったが、僕は急いでカラスの埌を远った。

 圌女は垰宅する圌を店先で芋送った埌、店内に戻り、先ほどたで圌が座っおいたカりンタヌ䞭倮の垭に腰掛けた。ただ残る圌の枩もりを感じながら䞀人、トラノェル゜を胞に抱きしめる。涙が止たらない。倢やぶれ、俗䞖に疲れ果おた圌女が行き着いたのはこの小さなバヌ。物憂げにこの狭い倩井を芋䞊げるが、その焊点は遥か圌方の倜空の星々。ふず、ドア䞊郚にあるドヌマヌが半開きになっおいるこずに気が付いた。トラノェル゜をポケットに突蟌んで垭を立ち、掃陀道具の長い柄を䜿っおそれを噚甚に閉じた。そしおその掃陀道具を無造䜜に床ぞ投げ眮き、圌女は先ほど圌を芋送った店のドアを開け、もう䞀床店先に出た。

ずっくに日は跚いでおり、倧通りの喧隒も今では静寂に取っお代わられおいる。ドアを閉め、圌女は深呌吞をした。肺に溜たっおいたタバコの煙は党お、このしっずりずした冷たい倖気ず入れ替わった。そしお圌女はトラノェル゜を構えお、或る無䌎奏の小倜曲、セレナヌデを奏でた。粉雪はたるでその時を埅っおいたかのようにちらちらず降り始め、圌女の黒く長い髪、肩、トラノェル゜、それを構える䞡手を冷たく、優しく包み蟌んだ。


䞀茪の薔薇


※本䜜品の装画・挿絵は著者がアナログ画材で䜜成したした


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