
昼だけの関係、という逃げ方|第3話
あらすじ
——
昼の時間にだけ、人と会うことがある。
決まっているわけではないが、
気がつくと、そういう関係になっている。
ある日、コミュニケーションサイトで見かけた
一行の言葉に惹かれ、一人の女性とやり取りを始める。
会うのは決まって昼。夜は互いの生活に戻る--そんな
「踏み込まない関係」は、気楽で、どこか心地よかった。
けれど、言葉を重ねるうちに、次第に距離は曖昧になっていく。
触れないまま近づいてしまったふたりが選んだのは、
関係を続けることか、それとも--。
——
その日は、少しだけ長く一緒にいた。
昼の時間の中で収まる範囲で、
いつもより少しだけ。
帰り道、駅まで送る流れになって、
自然と同じ車に乗り込んだ。
密室、というほどでもないのに、
ドアが閉まる音で、少しだけ空気が変わる。
さっきまで普通に話していたのに、
急に言葉が減る。
沈黙が気まずいわけじゃない。
むしろ、
何かを確かめるような時間だった。
助手席に座る彼女との距離は、
手を伸ばせば触れられるくらい近い。
それでも、その距離が埋まることはなかった。
信号待ちで、ふと横を見る。
窓の外ではなく、
ほんの一瞬、こちらを見ていた視線と重なる。
すぐに逸らされたけれど、
その一瞬で十分だった。
言葉にしなくても、
同じことを考えているのがわかる。
触れようと思えば、触れられる。
でも、触れない。
その選択を、お互いがしている。
会話をしようと思えば、いくらでもできたはずなのに、
あえて何も言わない時間が続く。
カーオーディオから流れる音楽だけが、
やけに輪郭を持って聞こえた。
こんな時間が、いちばん危ういのかもしれない。
何も起きていないのに、
何かが起きてしまいそうな気がする。
駅に着いて、車を止める。
「ありがとう」
それだけ言って、ドアに手をかける。
ほんの一瞬、迷ったような間があった。
何かを言いかけて、やめたような。
けれど結局、そのまま降りていった。
ドアが閉まる音が、やけに静かに響く。
走り出すタイミングを、少しだけ遅らせた。
バックミラーに映る後ろ姿が、
見えなくなるまでの時間。
それを見届けてから、
ゆっくりとアクセルを踏んだ。
あのとき、もしどちらかが、
ほんの少しだけ踏み込んでいたら。
たぶん、何かは変わっていた。
それでも--
変わらなかったからこそ、
残っているものもある気がする。
——
※始まりは、あの静かな昼だった。
——
※夜を知らない関係、続けますか?