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月日・Q半島・杏のパン皮【午前】食の短線小説

    䞉぀の蚘事で
    䞀連の小説になっおいたす
    【午前】【午埌時】【午埌時】
    順番にどうぞ

     円筒圢のガラス瓶の向こう偎に黄土色の半固䜓がある。半液䜓ずいった方がいいかもしれない。ヒヌゎスは、ぷ぀ぷ぀ず埮かな音をたおお泡が生たれるのを芋おいる。瓶の底にたたずむ黄土色のそれは、圌の拳が浞かるくらいの分量だ。
     ヒヌゎスは䞍思議そうに眺めおは、瓶に耳を充おたりしおいる。

     倧嵐は去ったはずだが、空はたっさらになるこずはない。Q半島を囲む海原から氎蒞気を吞い䞊げおできた雲が、颚にちぎられお、倩球に貌り぀き、東の地平をめがけお流れおいる。悠々ず。もうひず぀の嵐が来るず、メヌカラヌは蚀っおいる。
     ヒヌゎスはメヌカラヌの家の絊仕だ。嵐をやり過ごすあいだは、庭朚の手入れもできない。備えにぬかりはない。だから、ふたりはパンの生地を぀くっおいる。メヌカラヌが誘ったのだ。圌女は叞祭の家の出で、倩文孊者でもある。亜麻色の長い髪を背䞭でたずめる、金の髪留めには、無花果の葉があしらわれおいる。
     食堂の長いテヌブルには、ガラス瓶ず穀物袋やボりルが䞊ぶ。テヌブルの倩板はヒヌゎスの二の腕くらいの厚みがあった。

     倧気は、いたミネラルを含んでいる。メヌカラヌはそれが分かるずもなく感芚しおいた。圌女は石貌りの壁に嵌められた朚戞を開けお、空を仰いだ。手をこすりあわせお、宙に挂う埮生物を掌に纏わせた。祈りの仕草のようでもあるが、やすらかな衚情。

     テヌブルには、䞉本の瓶が䞊んでいる。ひず぀めのは、濃い色の杏子の実がひず抱え、容れおあり氷砂糖が、その果汁を拐かどわかしおいる。瓶の底には透き通るシロップが貯たっおいる。杏子に棲んでいた埮生物が糖を啄んでは、炭酞ガスを吐きだしおいる。メヌカラヌはこの埮生物を「バヌビヌちゃん」ず呌んでいるが、ヒヌゎスはもっず倩文孊者が぀けるようなお名前をお付けにならないものかず思っおいる。
     「お蚀葉ですがメヌカラヌ。酵母ずは芪を意味するのに、バヌビヌちゃんはいささか倉ではないですか」「そうね。しかしバヌビヌちゃんは、母であるず同時に、パンの赀ちゃんなのよ。それに泡を䜜る感じが合っおいる響きじゃない。ご䞍満かしら」

     ふた぀めの瓶には、その果汁シロップにアタ粉ず氎が加えられおものが玍められおいる。バヌビヌちゃんたちが泡を䜜りながら、生地のなかで増殖しおいる。さっきたでヒヌゎスが芳察しおいるのはこの瓶だ。この瓶のなかみに぀いお、本来この地では、ディアンムヌ元皮ず呌ぶ。みっ぀めのには、あらかた果汁を出されお、氷砂糖の浞透圧によっお朰れた杏の果実。もちろんここにも酵母は存圚する。ここには、ヒヌゎスの提案でスペルト小麊が粒のたた䞎えられおいた。やはりシュワシュワず気泡を生み出されおいる。

     メヌカラヌは、ふた぀めの瓶から円盀状のコルク栓を倖しお、瓶に長い柄杓を差し蟌む。倥しい気泡を含むディアンムヌに柄杓が沈み蟌む感芚は、圌女の指先にもズブズブブブブずシュワシュワず響いた。もしかしたら「ワアワア」ずバヌビヌちゃんが笑っおいるのかもしれない。
     朚のボりルにディアンムヌを柄杓に四杯。小麊粉をカップに二杯、湯さたしがカップに䞀杯、いれられた。湯は、銅の鍋で沞かしお人肌よりもすこし暖かい皋床だ。倪錓のばちのような棒で材料を混ぜ合わせる。ぐるぐるずボりルの䞭で棒を回しおゆくず、たずたっおくる。じきポロポロしかけおくるずころに、ヒヌゎスは、圌女の蚀うように傍に立っお、カップの湯さたしを少量ず぀加える。
     圌女はボりルの䞭に泚意を泚いで、「もうすこし」「ずめお」ず声をかけた。棒を眮いお、今床は玠手でこねる。ヒヌゎスはボりルの瞁の方ぞ湯さたしを萜ずしおゆく。「もうすこし」「ゆっくり」「その半分」「はい」
     ボりルのなかで生地を匕き延ばしおは纏める動䜜を五床ほど繰り返すず、生地はふっくらずした、たあるいかたちに萜ち着いた。「これでいったんお昌寝させたしょう」ず釜戞の偎に眮いお、お湯を含たせお絞った綿垃をかぶせた。
     
     ヒヌゎスはその始終を䞍思議そうに芋おいた。「メヌカラヌは、なぜ目に芋えない酵母たちを操るこずができるのですか。」思うのず同時に口から出た。圌女はスペアミントずレモンバヌムを煮だしたお茶をゎブレットに入れお口に含んだ。「おいしい。」嵐が来るたえにヒヌゎスが摘んでおいたハヌブだ。そのゎブレットをヒヌゎスに飲むように差し出した。

    「酵母は操るものでもないのです。ヒヌゎス。あなたは虹をみたこずがあるでしょう。」
    「メヌカラヌ、からかっおいるのですか。わたくしの祖囜には、虹の季節ず呌ばれる時季があるくらいです。この地にきおからずいぶん、虹が芋れなくなったず思っおいたす。」
    「そう。虹はあなたの郷土では幞運の兆しではないのかしら」
    「いいえ。わたくしは虹が珟れるこずを奜機の城しだず信じおいたす。」
    「それはよかったわ。ではヒヌゎス。『虹はぐうぜん・・・・には芳枬できない』ずいうこずは刀るかしら。」
    「どういうこずですか」
    「あなたが虹を芳られるのには、明確な条件がある。それがすべお揃ったずきだけ芳られる。」メヌカラヌはヒヌゎスの県を芋ながら蚀った。「はい。」
    「その条件が揃っおいるのに芳られないずいうこずも、絶察にないわ」
     圌女の右目は圌の巊目を芋お、圌女の巊目は圌の右目を芋た。釘でも打぀ように。ヒヌゎスは額を芋えない巚倧な手で掎たれおいるように動けなかった。メヌカラヌが埮笑むずそれは解けた。

     「同じようにバヌビヌちゃんが育ち、働くのには、簡朔な条件があるのよ。条件を揃えればパンはかならず膚らむ。条件が揃わなければ、膚らたない。簡朔な条件以倖にもいろいろな芁因はあるけれど。」

     虹を芋るために、この倩球の珟象をコントロヌルするこずはできない。パンを焌くためにこの食堂ず厚房、保管宀ずガラス瓶の䞭のコンディションを敎えるこずはできる。毎朝、毎倜、酵母の掻性状態を芋お、発酵の音を聞き、匂いを嗅ぎ、枩床を確かめおいる。新鮮な空気を吞わせお、きれいな氎ず確かな粉で栄逊を䞎える。瓶の内偎に぀く氎滎、保管宀の匂い、食堂のテヌブルの艶にも気を配る。そんな話をしながら圌女は、ヒヌゎスに、バヌビヌちゃんたちぞの『氎ず粉の䞎え方』を教えた。

     それから、この半島の蚀葉の話し。ここには、「酵母の機嫌をずるティロり」ずか「酵母に逌をやるラガサ」ず䞀語で蚀える動詞があるが、ほかの囜には類語がないのだず、蚀葉の孊者から聞いたこずをヒヌゎスに䌝えた。
     ヒヌゎスは、深く頷きながらも、やっぱりバヌビヌちゃんっお䜕かしっくりこないなず思っおいた。

    【午埌1時ぞ続く】

    ヒヌゎスは米を䞻食ずする島囜の民族の出。倧陞ぞ茶を献䞊する船に乗っおいたが難砎し、この半島に挂着した。半島で船が座瀁したり挂着するこずは珍しいこずではない。混血を必芁ずする叞祭の家では生存者を迎え入れる慣習がある。

    あらゆる蚭定を含め、架空の話です。耳慣れない暪文字には共通点がありたす。気になった方は調べおみおね。日本気象協䌚に電話するのがいちばんの近道です。


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