
がんユニバーシティを読んで
コロナ禍からSNSでフォローしている🐼先生/ハギー先生こと萩野先生。先生の投稿から多くを学んだ。そして、私が膠原病発症後は、先生の膠原病専門医・指導医の立場からの投稿及び先生の本にかなり助けられた。
そのハギー先生が下記「がんユニバーシティ」という本で、がん診断に直接的には関わらない少し離れたお立場で登場すると聞き非常に興味をもった。なぜなら、私は乳がんサバイバー14年生で、2年半ほど前に膠原病を発症しているので、リウマチ膠原病指導専門医のハギー先生が、がんについてどのようなお話をされるかに非常に興味があった。
加えて、私は、この2年半、膠原病治療で免疫抑制剤を服用しているので、「免疫を抑制すると、がんの再発リスクは上がるよね」という素人的な漠然とした考えから、膠原病発症前より「乳がんサバイバー」を意識するようになっている。
さらに、最近、がん治療で免疫チェックポイント阻害薬が続々と登場し、その副作用として、膠原病/自己免疫疾患様な症状や、自己免疫疾患がある人は悪化すると聞くようになり、関心を持つようになっている。がん細胞を攻撃するために免疫を強くするのはいいが、免疫を「当事者にとって」強くし過ぎてしまうと、免疫が暴走してしまうことがあるんだろうな…..と素人的な理解をしている。
それで、まずは「がんユニバーシティは私が理解できるのか」を確かめるべく丸の内の丸善本店に向かい、理解できそうだったので購入してみた。因みに、「がんユニバーシティ」は下記のようにAmazonで紹介されている。
“まるごと人間”としての「がん」に向き合うとはどういうことか。
本書は病理医・市原真氏が、仲野徹氏をはじめとした第一線の医師、研究者、当事者ら、がんをまなざす17名との対話を通じ、その本質を探求した一冊です。診断・治療の現場から創薬研究、心理的ケア、当事者の経験まで、多彩な視点が交錯することで「がん」の真実を立体的に描き出していきます。
医学・医療の枠を超え、人間そのものを深く学ぶ全17講義。がんに関わるすべての人に贈る、希望のカリキュラムです。
ここでは、素人乳がんサバイバーで、ここ14年ほど断続的に医療とがっつり関わり合いがあり、諸外国在住時には現地の医療を垣間見る機会があった私が、感じたことを書いてみる。あくまでも私の体験に基づいた感想メモだ。
本書から多くを学んだが、素人患者/サバイバーとしては、『賢い患者になる、患者力を身に付ける』ことが重要で、本書を読んだことで、賢くなったような気分になっている。専門的な部分は読み飛ばしても問題なく学ぶことができた。
Chapter 0:学長特別講義
まずは、インタビューに答える形式で仲野先生のお話から始まる。とても興味深く引き込まれた。
【納得】がんの転移は運
『転移のメカニズムは分からない、解明できない可能性が高い、by chanceの要素があり、患者は運と捉えた方が楽だと思う』というお話は、私には説得力がありとても印象に残った。
なぜ説得力があるのか。それは体験に基づく。その「一例」を書くと….。
14年ほど前に乳がん闘病でお世話になった病院は、症例数がもの凄く多い病院で、私は多くの闘病仲間に恵まれた。その時に出会った仲間の病理結果を、退院直後に少なくとも30は見たと思う。その中だけでも「浸潤径数cm(結構大きい)でリンパへの転移なし」「ホルモン強陽性の大人しいタイプの浸潤径数mmでリンパへの転移あり」などえ?え?の驚きだらけだった。
【再認識】細かいことに捉われ過ぎず、本質をおさえる、自身の生き方が問われる
↑この小見出しに関する内容は、私が乳がん闘病を通して気づいたことだった。最近忘れ気味で「そうだったな…..」と思い出しながら読んだ。
乳がんは、初発で遠隔転移がない場合の治療は、標準治療に沿い自身が置かれている状況を鑑み、自身の価値観に照らし合わせて選択することになる。正解はない。「患者が病と闘う覚悟を持ち、自身の価値観で治療を選択決定していくことが必要、遠隔転移がある場合は尚更」「細かい数値などに捉われてしまいがちになるが、俯瞰し客観的に見ることを心がけ、本質を見失わないことが重要」と乳がん闘病で痛感していたので、小見出し内容は響いた。
また、この章では「厚労省の人生会議」というフレーズも登場する。7月に最期やACP/人生会議について書いたばかりだったので(下記参照)、人生の最期の時間について考える必要性を再認識した。
仲野先生は、下記の本をお薦めしている。「末期がん」と「認知症」という2つのテーマがあり、治らない病気に対して、医学や患者自身がどう対処すべきかということが書かれているらしい。読んでみたいと思う。
Chapter 1:がんの臨床
インタビュイー/話し手として、消化器が専門の3人の医師(内科2・外科1)が登場する。『人を観る、コミュニケーション力、情熱、人間力、チームで診る(自身の専門の限界を知り、専門分野で勇気と覚悟で挑む)、臨床は研究材料のヒントの宝庫、なぜ?を研究に繋げる』という心惹かれるワードやフレーズが続々と登場する。
【疑問】若いネットネイティブ世代にどこまで伝わるか
「このような考えを持った医師の方々に診てもらえたら、例え治療が上手くいかなくても、納得できるだろうな、、」と私は思った。同時に「これらを語っている世代の先生方の想いは、若い先生にどこまで響くのかな?」と少し懐疑的にもなった。経験的にそう思った。「医学生や若い先生には、響かなくても、素直に頭の片隅に置いて欲しい」と願った。
「若い先生は、まずは、PC画面を見たままがん告知や説明をせず、患者を見て話すことから始めて欲しい」と私は経験的に思う。「患者の表情や人を診ていないから、あのようなコミュニケーションになるよね」と若い先生の診察時に思うことがあるからだ。また、「若い世代は、face to faceコミュニケーションに慣れていない」と様々な場面で感じるので、若い先生には外来におけるコミュニケーションの適切な指導訓練が必要なのかもしれないとも思う。
医学の進歩や高度化に伴い覚えるべきことが増えて大変なのは分かるが、細かい記憶はAIに任せて、人にしかできない診察をもっと重視して欲しいとBBA患者の私は思う。
私は全身麻酔手術を5回、手術室での局所麻酔手術を1回受けているので、外科医先生のお話は、自身の体験を思い出しながら読むことができ、印象に残るお言葉が多かった。膠原病以外は、外科医にお世話になっている。
Chapter 2:がんと研究
3人のがん研究者の方々がインタビューに答えている。大須賀先生の下記のようなお話は、私の想像を超えるものが多く含まれていた。
【衝撃】AIの登場で、医学・創薬はここまで変わっているのか…..
◆この世に誕生してからの年齢ではなく、がん発症に関与する遺伝子変異/ゲノム的な年齢で判断するようになる
◆エイジングサイエンス/アンチエイジング分野の著しい発展が、がん治療薬の開発にも寄与している
◆受精卵段階での予防治療
◆AIしか理解できない作用機序の薬の登場の可能性やAIしかできない診断
◆薬のデリバリー(悪性腫瘍に薬を届ける)手法
◆アメリカの研究環境
◆効果が期待できるがん治療薬は技術的に可能だが、費用/お金や社会が受け入れるか否かという問題がある
◆今後のがん治療薬は社会「全体」への貢献度の視点が重要になる
などなど、非常に興味深いお話だった。
本書/がんユニバーシティは、まずは最後のハギー先生の章から読んだが、大須賀先生の話を読んでハギー先生のお話の解像度が少し上がった。
Chapter 3:がんを深く観る
画像診断医1名と病理医2名のお話。乳がん闘病で、お顔を拝見することがない画像診断医や病理医が、がん診断で重要な役割を果たしていることを実感していたが、知らないことだらけだった。
【驚愕&興味】AIで大きく前進、データベースとしての役割も担う画像診断
◆画像診断には事前確率が非常に重要、がんの既往歴は事前確率に大きく影響
◆AIにより画像診断分野の見える化、定量化が大きく前進
◆後世のためのデータベースとしての役割
◆CTC/大腸CT検査の普及、普及による大腸がん検診率アップ(私は2年前の大腸内視鏡検査で、検査中に大腸を破ってしまう確率が高い形状と言われたので、CTC普及は大歓迎)
「AIにより医療が近い将来、どうなっていくのか」「日本は諸外国に比べてどうなる可能性があるのか」なども知れて面白い!
中国で急速にキャッシュレスが進むのを見ながら、20年ほど前の中国在住時に、国営トップ銀行のATMから偽札が出てきたことを思い出したが、
今、画像診断の章を読みながら、25年ほど前のシンガポールやマレーシア在住時に、画像診断専門のクリニックがあり、必要があればそこで画像を撮影し、患者とオーダー医の双方が画像診断医による同じレポートが貰えたこと、当時のフィルム画像は患者保管で、オーダー医からは、もしセカオピが必要なら、その画像とレポートを持って違うクリニックに行ってみて、と言われたことを思い出している。
【衝撃】がんは特別ではない、顕微鏡で診たものを言語化
私が知らない世界が広がっていた。
◆病理学総論からすると、がんは特別なものではなく、横糸の1つに過ぎない
◆同じ組織でも診る方向性で変わる
◆目の前の組織だけでなく、患者(背景・年齢・状況など)を観て慎重に診断する
◆顕微鏡で見た/診たものを、臨床医の誤解を招かないように言語化する。正確&明確に言語化する必要があるが、かなり難しい
◆世界共通で分類診断することが必要
主治医による乳がん術後病理結果説明時に、大きな字で「浸潤の有無」と書かれている手書きの展開図?断面図?を見て、「うわ、、大変だ、、、ありがとうございます」と思いを馳せたのを覚えている。
Chapter 4:がん患者の声
乳がん患者のTV報道者、がんの当事者ではない新聞記者、「がん情報サービス by 国立がん研究センター」という信頼できるサイトの作成運営者の3人のお話を聞ける。
【重要】がんは「がん情報サービス」で知る・学ぶ
まずは、がんについて知りたいと思った時、アクセスして欲しい・すべきサイトと場所を紹介したい。全国にある、誰でも無料・匿名で利用できるがんに関する相談窓口「がん相談支援センター」に関する情報もある。
【再認識】置かれている環境・状況で変る当事者と、当事者でないプロが語る意義
予想通り、乳がん当事者は、置かれている立場や環境により、感じ取る想いや課題が違うことを再認識した。その状況環境に置かれている当事者だからこそ見えるものがあるので、そこから発信する意義はある。同時に、当事者でない記者/プロが客観的に伝えることの意義も理解した。
当事者のお話で登場するコーディネーターみたいな役割の方は、「医師の説明を翻訳・補い、診療の効率性を高める役割としていたらいいな」と私もずっと思っているが、この役割の必要性は「がん」に限ったことではない。「今の日本の制度では難しいのでは?」と私は感じている。
・患者は気持ちや困っていることを言語化し伝える
・信頼できる情報源からある程度は勉強する
・幼い頃からの医療/闘病/死生観などの教育
などが必要と私は漠然と思っていて、細かいところまでのブッシュ型支援は現実的ではないと懐疑的だ。
【体験談】地域性・環境の違いに関する10年ちょっと前のこと
私は、日本で1番かも?と思うほどの恵まれた環境で、14年ほど前に乳がん闘病が始まった。統計のピーク、40代半ばから後半での発症、症例数莫大病院だったので、入院しただけで同年代の闘病仲間が沢山できた。
コロナ前で、入院中に希望すれば、話しを聞いてもらうボランティアやカウンセラーと会うことができた。義務付けられていた理学療法士による生活指導もあった。企業やスタッフによる、ウィッグお試し会、抗がん剤治療中のメイク方法、お好きな帽子を差し上げます、などのイベントが沢山あった。退院後も、悩みに合わせた集まりの情報は容易に入ってきた。
そこそこアクセスがあった闘病ブログを初めて半年強で福岡に転居したが、東京から発信していた時は、ネット上の情報交換交流のみだったが、福岡では「会ってもらえませんか?」といきなり数人からメッセージを貰った。地域性かな?と思ったが、会ってみて「交流できる場が少ないのでは?」と気づいた。最初に会った人は7時間ぐらい話を聞き、途中からは涙、涙で、、。正直、今後、このようなサポートを続けられるかと自問した。
別れた後「本当に誰にも相談できず、気持ちも分かってもらえず、周りにも乳がん患者がいなくて救いでした」と彼女からメッセージが来た。彼女とは福岡在住中ずっと交流があり、インドに向かう時も送別会をしてくれたが、送別会の彼女は最初に会った時と同一人物とは全く思えず、がん告知による落ち込みを強く感じた。
【伝えて欲しい】医療は不確実で限界がある
がん情報サービスの提供されている若尾先生のお話からは、『医療者として患者さんに伝えて頂きたいのは、「医療は不確実であって、限界がある」と「世の中にはエビデンスに基づかない情報が溢れていて、時に医者もそういった情報を出してしまっている」の2つ』が特に印象に残った。
「医療の不確実性と限界」は、医療と継続的にがっつり接点がない人は、「ちゃんと」理解していない。私もそうだった。例えば、「XX検査のXXの副作用は10%」と説明を受けても、体験的に学習していない限り、自分が10%に入る可能性を考えない、イメージできない。これも「医療の不確実性と限界」の認識に関連すると思っている。
私は、乳がん術後の乳房再建時、形成外科の診察で自家組織再建に関する説明を受けた時に、「医療は工業製品ではないので、やってみないと分からない。副作用が0.1%でも、あなたが0.1%に入る可能性もある」とはっきりと言ってもらえて、とてもすっきりした。私の性格だからかもしれないが。
「医療行為はやってみないと分からない、統計的確率は参考になるが、個人の確率は50%、上手くいく・いかないの50%」と考えるようになってから、私は治療方針を考えやすくなったし、楽になった。
【疑問】情報は届いても理解したくない・できなくなってしまう
若尾先生は常に「情報が届かないところ」を意識されていると感じたが、私は、正しい情報が届いても、その情報や説明が頭に入らない状態になる・なってしまう人がいることを思い出し、このあたりはどのようにお考えなのかな?とふと思った。情報は届いているが、自己防衛なのかリスク/マイナス情報をシャットアウトしてしまうような感じだ。
私の周りでは、学歴もキャリアも高い方で、自身の治療以外に関しては理解力があり聡明な方がそうだった。乳がんに限らず、自身の治療になると全く駄目で、本人もそのことは理解していて、考える時間がない方がいい的なことを言っていた。
がん告知以降は、殆どの人が一定時間が過ぎると「ある程度」冷静に判断ができるようになるが、いつまでも駄目な人が一定数いるように思う。そういう場合、標準治療のレールに乗っていればいいのだが、悪魔の手があちこちから伸びてくるので厄介だ。
【体験談】標準治療のレールに乗り、そのレールを進み続けるのは容易ではない
私の経験を話すと……
大病や医療接点がなく、知識ゼロのところに、次から次へと決断が迫られる乳がん告知・治療方針決定が突然やってきた。しかも心は激しく揺れ動く。
地元クリニックで乳がん疑いになった時、「現段階ではグレーで、精密検査をしないと診断できないのは分かりましたが、先生の現時点での見解を聞かせて欲しい」と私が言うと、「限りなく黒に近いグレーで、超早期の可能性が高く、その場合、再建の選択肢があった方がいいので、どこの病院でも紹介できるが、XX病院でXX先生がいい」と言われ、先生を信じられると思ったので、医療知識ゼロの私はそれを信じた。医師個人間のコネクションや病院間の連携があることは、ちょっとしてから分かったが。
私がFBで一種の公表をした時、「乳がんは専門外でよく分からないが、XX病院は日本で最も信用できる病院の1つなので、信じて闘って」と先日、急逝した医師の同級生が私に言ってくれた。
同級生の中には道を外した医師もいて、彼がFB上で私に何かを言うと、他の同級生医師から私が道を外さないようにフォローが入ったこともあった。
このように、様々な情報が溢れる中、ポイント・ポイントで、私がブレないような助言があり助けられた。
当時は、標準治療における低い柔軟性・患者が治療方針決定に参加しづらい雰囲気/環境があり、それにより患者が標準治療から離脱することもあったが、このあたりは、この14年でかなり改善されたと感じている。
私は、乳がん発症以降の14年ほどは断続的に医療とがっつり関わっており、知識も当時とは比べ物にならないほど高くなっているので(それでも浅い)、今なら「まずはガイドラインを理解し…..」となるが、当時は道を外しかねない場面もあった。
【感じていること】特に乳がんは似非科学ターゲットになりやすいのでは?
乳がんは、平均罹患年齢が低く罹患者数が多い(市場が大きい)。また、微小転移を念頭に再発予防のための薬物治療がメインになるが、抗がん剤やホルモン療法などの薬物療法の効果を実感できない。術前抗がん剤の場合は、抗がん剤の効果を悪性腫瘍の変化を画像で確認できるが。そして、薬物療法、特に抗がん剤の副作用は実感でき辛い場合が多い。
ある程度知識がつき、客観的な判断ができれば、乳がんの微小転移へのアプローチが非常に重要なことは理解できるが、医療知識・乳がん知識が乏しい当事者だと難しい。自分を振り返ってもそうだ。
それに、乳房にメスを入れることにより、パートナーとの関係性が微妙になる・崩れる話も珍しくない。著名人が乳がんを公表することも増えており、それを機に乳がんに注目が集まり、その注目を利用した発信が増える。こういった要因から乳がんは似非科学のターゲットになりやすいのでは?と私は感じている。
乳がんとの対比として書くと、最近、高市首相が関節リウマチ/RAなので、似非科学界隈がRA患者向けにも怪しげなことを言っているのが散見される(基本、乳がん患者向けに言っていることと同じ)。それらについて、SNS上で膠原病やRAの方々が話しているのを見るが、RAの場合、標準治療から離れると、激しい痛みが必ず戻ると思うので、標準治療から離れることは殆どないと私は考えている。治療が上手くいってない人が見れば心が揺れるとは思うが、怪しげな治療で痛みが取れるとは思えない。
標準治療を中心におき、他の情報を参考に、経済的にも精神的にも無理がない程度に生活習慣を見直し実践することは、私はOKだと思っている。ただ、例えば、食事に気を付けることに嵌りすぎて、気を付けること自体がストレスに繋がっている人もいるので、このあたりは本当に難しいと感じている。冒頭で添付した「最期」記事内で触れたが、何か信じるものがないと、心が保てないのだと思う。
Chapter 5:がん患者の近くに
この章では、緩和ケア医、腫瘍精神科医(がん専門の精神科医)、マギーズ東京のセンター長(訪問看護の草分け的存在)の3人が登場する。がん患者や家族の近くにいる専門家の方々の話は、納得の連続だった。
【納得】敏感であり、鈍感であること
◆緩和ケア医として必要な資質は、敏感であり、鈍感であること、かもしれない。患者と医療者の境目が曖昧になりがちだが、医療者はあえて第三者であり続け、専門家として客観性と冷静さを保つことが求められる。
◆患者が主観的に表現する言葉を大切にする。
が特に印象に残った。
乳がん闘病時に多くの闘病仲間が、「主治医(乳腺外科医)は私が前回の診察で言ったことを覚えていない、もっと患者に寄り添って欲しい」と愚痴をこぼしていた。私もそう思ったこともあった。
が、主治医が手術日に朝から3例の手術をし、私が3例目で午後3時からの予定が午後5時半になった時の、主治医や手術室スタッフの様子を見て、「前の手術がなんらかの要因でかなり伸びたが、前のことは忘れて私に集中してね」「こんなに忙しければ、覚えてられないことも多いよね…..」と思った。それ以来、診察時の質問の仕方も主治医に求めることも変わった。なので、「敏感であり、鈍感であること」は私には響いた。
【確かに】眠るのが怖い
『患者さんは眠るのが怖いとおっしゃる。朝目がさめて「今日も生きていた」とほっとする方と、「今日も朝が来てしまった」とちょっとがっかりする方がいる。眠れない方が多く、夜が長くつらいと言う』といったお話からは、色々思い出してしまった。終末期の方々から聞いたことがある。
【その通り】がんは「分かりやすく死を意識する病気」、非常に衝撃が大きい
乳がん闘病を開始した時、院内で「腫瘍精神科」を目にして、「何を診る診療科なのかな?」と疑問だったことを思い出しつつ読んだ。がん専門の精神科医のお話は、自分が経験した心理状態や変化を論理的に説明している部分が結構あり、納得しながら読んだ。下記は、お話の言葉そのままではないが、印象に残ったフレーズだ。
◆がんは「分かりやすく死を意識する病気」
→がんになると早期でも多くの人が「死」を意識する。
→例えば、心不全は、人によるが、終わり(死)というイメージが明確には見えないが、固形がんで再発すると、そう遠くない未来に自分は死ぬということを患者は覚悟する。
◆がんに罹患して「かわいそうな人」と思われることに抵抗感がある人が多い。
◆死の心構えがない人が、突然がんに罹患し、当事者になって死に直面することは、例えようのないほど衝撃がものすごく大きい。
◆「がんになって良かった」という人はまずいない、「がんになって分かったことがある」ということは多くの人が言う。
◆がん患者さんはストレスが積み重なると、うつ病の診断基準を満たすことが多い。が、がんや痛みなどのストレッサーや性格特性の影響が大きいので、一般精神科診療で使用する薬物療法があまり効かない。患者も薬物療法を求めていない。
◆心的外傷後成長(PTG)モデルでは、がん患者の心理をとても分かりやすく説明している。
→悲しみという感情は大切。泣いたり、悔しがったり、ネガティブな感情に圧倒される時期が落ち着いた後に、「起こってしまったことは変えられない」という感じで、だんだんと受容みたいな感覚がやってくる。価値観が変わっていく。
→長期サバイバーになると、「あの時の死ぬかもしれないという感覚を最近忘れている」といったようになるが、ネガティブ感情は、新たな危機を迎えれば戻ってくる。価値観自体は戻らない。その時の体験が心に根ざしている。「人は生きていると突然何が起こるか分からない」ということを心の奥に置いておけるようになるのではないか。
【振り返り】私の心理・価値感は、心的外傷後成長(PTG)モデルの通りになっている
私は40代半ばで乳がんに罹患したが、乳がん疑いのあたりが一番辛かった。ネガティブ感情に圧倒されていた。それから1ヵ月弱後の告知あたりには、受容になっていたように思う。
「今後の人生は10年単位で考えよう」と当時思ったし、とりあえずの目標は60歳だった。友人達が70代以降の老後の話をしても、「今は私は70代という老後を考えられない」と思っていた。
今は乳がんサバイバー14年。時間の経過とともに、現実味を帯びた死に怯えてた感覚は忘れつつあるが、「今、ここで再発しても不思議ではない」「予想外の何かが起こっても不思議ではない」という感覚は常にある。海外転勤や海外生活で理不尽なことが起こっても、「腹が立つし面倒で嫌だが、そういうこともあるよね」と理不尽耐性が上がっている。
【知らなかった】暮らしの保健室
1992年に訪問看護の道に入られたマギーズ東京の秋山代表。訪問看護の草分け的存在で興味深いお話が聞けた。
冒頭で添付した「最期」記事内で触れたが、私は、93歳の母(亡くなる1年前に心不全から末期がんと判明)を、母の認知症発症前の希望や乳がん闘病で学び感じた感覚に従い母の最期を私が1人で決め、訪問診療と訪問看護などで環境を整え、自宅で昨年見送ったので、「私が決めた最期は間違っていなかったかな?」と思えた。
お話で、「マギーズ東京」と「暮らしの保健室」が出てくるが、私は後者は知らなかった。AIによると、暮らしの保健室は全国で50ヶ所以上に広がっているらしいが、その情報が正しいのか否かは分からない。
【賛同】患者本人の考える力、患者力を身に付けることが必要
◆マギーズ東京や暮らしの保健室を訪れる患者さんは、沢山話したい、表現したい人もいて、それらを時間をかけて聞き、もつれた糸をほぐしていくと、患者さんは少しすっきりし、次の診察で主治医に何を聞けばいいかすっきりする。そうすると、患者本人の考える力が増し自分で歩いていけるようになる。
◆サポートはするが、最終的には「自分の力を取り戻す」ことが必要で、答えを全部教えるスタイルではない。
◆医療者と患者の共同作業で診療を進めていくのが今の流れ。なので、患者も「どう聞いたらよいか、もう少し工夫をしたらいいか」といった患者力を身に付ける必要がる。
などといったお話は、経験的によく分かるし賛同できる。
がんの場合は、がん告知あたりのネガティブ感情が圧倒している時期には難しいが、事実の受容段階になれば、ある程度は出来るようになると思うし、せざるを得ない状況が続くと思う。
Chapter 6:がんの少し外から
最終章は冒頭で述べたリウマチ膠原病指導専門医の萩野先生のお話だ。豊かな知識と表現力で本質を本音も含めて語られている。読み手によって解釈が変わる部分もあると思う。「皆さん、本を読んで!」なのだが、私自身の理解を深めるためにメモを書いてみる。
先にも書いたが、私は乳がん闘病で「医療行為はやってみないと分からない、統計的確率は参考になるが、個人の確率は50%、上手くいく・いかないの50%」「一種の賭け」と学び心に刻まれている。なので、AI時代における人間医師の役割として「価値判断・責任の取り方」あたりの医師の立場からのお話は興味深かった。
医療者による養生の強制から患者中心の医療へ
◆自分の病気をよくすること自体を人生の目的にして生きないと、生き延びられない時代があった。
◆以前は「あなたはがん患者だから養生しなさい」「あなたはリウマチ患者でしょ。だから、、」といったように医療者による養生の強制、ある種の生き方の規定・強制があった。が、ここ20年ほどで、これらの強制が崩れ、患者中心の医療、個別化医療の流れになってきている。少なくともその方向を目指している。現場では、以前ほどの強制ではなくても残る部分があるかもしれないが。
◆しかし、コロナ禍でこの流れが逆行した。医療者が手洗いやマスクなどの感染対策をSNSで呼び掛けて、最初はみんな従うも、そのうち一部からの強い反感を買った。
なるほど….。
新型コロナに関しては、未知のウイルスでヒトヒト感染があったので、「公衆衛生の観点」から感染対策指導や呼びかけは当然・仕方がない(特に初期は)と私は理解しているが、医療者は逆行・介入・バイオポリティクス(生政治)に関しての視点が……ということなのか…..。
確かに、他の専門家の方々もおっしゃっているが、最近は、診療は医療者と患者の共同作業で進めていくスタンスで、下記リンクの冒頭にも『納得のいく医療を受けるためには、患者さんが標準治療(=最善の治療)や診療方法について正しく理解したうえで、医師と相談し、ご自身に合った治療を選択すること(=Shared Decision Making)が重要です』と明記されている。その流れの中でコロナ禍を振り返ると、見える景色が少し変わるようにも思う。
日本は臓器別で診るシステムで、臓器にこだわらない診療科が弱い
◆日本では、腫瘍内科主導で、抗がん剤治療コントロールするかたちではない。進行胃がんは手術を行った消化器外科、腎細胞がんは泌尿器科といったかたちで行われている。
◆がん治療で免疫チェックポイント阻害薬を使用し、その副作用としてirAE(免疫関連有害事象)が出た場合も、免疫チェックポイント阻害薬を処方した診療科(先の例で言うと、腎細胞がんは泌尿器科)が対応するのが殆ど。
◆日本のシステムとして、伝統的に、リウマチ科、感染症科、腫瘍内科など、臓器にこだわらない診療科が弱い。
◆臓器を横断的に教える場がない。大学の講座がない。
◆腫瘍内科医もリウマチ科医も数が足らない。
私は、総合的に診てもらう場所/診療科が欲しいとずっと思っている。ここ10~20年、有効な新しい分野の薬が続々と登場し、がん分野でも薬物治療が中心になってきている。同時に、新薬の副作用が複雑化しているとも聞く。
そんな状況下では、臓器にこだわらない診療科の役割の重要性がかなり高まっているが、医療現場は人手/量の不足の問題からそれに追いついていけない、と私ですら感じている。
疾病が人生に占める割合を下げる
萩野先生のSNS発信などから、私は「病気や痛みを受け入れ、それに捉われ過ぎず、もともとある人生や生活の軸を保つことが大事」という認識があるが、これに関する深い議論が展開されている。「病気も自身のアイデンティティを形成する」「がん撲滅が正義という考え方にたつと、人はどうやって幕を閉じるのか…..」「疾病の割合を下げる点からは予防は大切」といった内容を読みながら、いろいろ考えた。
リウマチ膠原病の場合は、患者は強い痛みや微熱などの辛い症状があり病院に行くので、症状が改善しないとどうしても病に捉われてしまう。なので、症状が改善し、よくなったと実感できることが大切になる。症状を改善するには、高額な治療薬を一生/かなりの長期間使用する必要があることも多く、経済的ハードルを越えられない方々がそれなりにいるので、そこが課題だと感じている。
リウマチ膠原病治療の流れ・課題
リウマチ膠原病患者としては、下記はメモっておきたいと思った。★印の疼痛に関するメモは、萩野先生が常におっしゃっていることで、私も患者として何とかならない?と思うことがよくある。
製薬会社マネーは、乳がん患者・サバイバーとして「乳がんは市場が大きいので恵まれている部分があるな」と実感することがそこそこある。また、高くてよく効く薬の開発登場については、肯定的に歓迎する一方、高額な費用が伴う治療選択肢が増え、自分自身で線引きをしたり、経済的理由で諦めざるを得ないことが増えたりして、患者本人や家族の苦悩が増すのでは?と思ってしまうことがある。
◆関節リウマチ/RAについては、21世紀に入ったら突然パラダイムが変わって、「色々やってもあまり効かない、最終的には手術で人工関節」から「骨びらんを作ってはならない、軟骨を破壊させてはならない」という時代になってきた。
◆そこに生物学的製剤の嵐が吹いてきた。
◆RAの治療に関しては、「外科的手術より、薬の組み合わせ」というようなコンセンサスが出来上がってきた。
◆薬を飲めばなんとかなる時代、高くて効く薬をやめられなくなってしまう時代、患者はひたすら薬価の負担を背負わなければならない時代が始まった。
◆この変化には、製薬会社の投資戦略(どの診療領域にお金を投じるか)が寄与/関与した部分もある。変化をもたらした当時、リウマチ科に集まったお金は、今は違う診療科に流れつつあるように思う。
◆2000年以降、高価だが非常によく効き、しかし「やめられない」治療が主流になってきた。極めて高価だが、一度きりの投与で膠原病疾患が完治しうる治療が現実味を帯びてきている。こうした時代が近づくなか、現在の医療保険制度のどのような枠組みで対応すべきなのか、明確なアイデアを持てていない。
★筋骨格の軟部組織の愁訴が出たときのアセスメントならびに治療方針が日本はおかしいと思う。筋骨格の内科的ケアについて教えるところ・大学の講座がない。
★レントゲンに写らない疼痛の原因は沢山ある。例えば腰痛。「レントゲンを撮ってもほぼ正常なのに、なんでレントゲンを撮るの?」と思うが、レントゲンを撮る傾向にある。
★手術が要らない腰痛や膝の痛みを診るクリニック整形外科医。凄く熱心にエコーを当てる医師から、痛い場所のレントゲンだけ撮って「骨に異常がないですね」と患者に告げ、ロキソニンなどの鎮痛剤や湿布だけ出す医師までいて、診療の質の差が大きい。
下記はこの章で紹介されていた本。
特に惹かれた内容は
特に惹かれ印象に残ったのは、冒頭の学長・仲野先生と最後の萩野先生のお話、そして、訪問看護の草分け的存在の秋山さんのお話だ。なぜ、3人のお話に引き込まれたのか。ここでも少し触れているが、その辺りを少し詳しく書いたのが↓埋め込み記事。下記7項目について書いている。
がんの当事者感は薄れつつあるが、医療介護とは長年関わっている
医学薬学の進歩に複雑な想いがある
そういう年齢なのだと思う
様々な場面で感じる運
運と捉える意味は
医療介護全体の中で「がん」をどう考えるのか
参考:フランスでの「死ぬ権利」に関する議論
追記参考メモ
編集中原稿
この投稿をアップした後に、下記のようなものがあると知ったので、ここにリンクを貼っておく。
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書籍『がんユニバーシティ』で行ったインタビューの、「編集中の原稿」を全文公開します。書籍版ではここから大幅に編集をし、各先生方からの寄稿をはじめとするたくさんの文章をコラム的に散りばめて、一冊の本にまとめます。このブログでは、インタビュアー(市原)が興奮し続けた「生の雰囲気」、編集前の原稿だけが持つ猛烈な(ちょっと読みづらい?笑)エネルギーを味わっていただきたいと思います。
書評
がんユニバーシティの出版社、医学書院の下記に書評がある。