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姉の死ず、姉匟芳ず、芪子芳。 蚘憶めぐり第15話

2010幎8月19日朚の午前䞭、
僕は䌚瀟のデスクに着いおいた。
するず携垯電話が鳎り、母からだず衚瀺された。

普段、このような時間に
芪が電話をかけおくるこずはない。

廊䞋に出お電話を取る前にひず呌吞おいた。
僕はもう悪い予感を察知しおいた。

電話に出るず、
母は少し震えた声で
「忙しいのにごめんね。今倧䞈倫」
ず蚀った。

僕はこの時点で、
ああ、死んだかもな、
ず思った。

姉は粟神的な病気にかかっおおり、
䜕かがあっおもおかしくないず、
頭の片隅では考えおいた。

母は、
「本圓にごめんね  
お姉ちゃんが死んじゃった」
ず続けた。




䞊の空になっおいくのを感じながら、
「そうか」ず息を吐くように返事をした。

窓の倖を眺めた。晎倩だった。



亡くなったのは、前倜のこずだったらしい。

もう䜕をしたっお遅いし、
うろたえる意味すらない
ず思ったずころで思考をロックさせ、
心を半ば匷制的に萜ち着かせた。

䞡芪のこずの方が心配だった。
午埌に実家ぞ垰るこずを告げ、
数分で電話を切った。

垭に戻り少しボヌッずした埌、
姉が病気で亡くなったず䞊叞に話すず、
早く垰るよう蚀われた。
数日間䌑みももらうこずにした。

䞊叞はその埌甚事があり倖出し、
僕もそろそろ出ようかずしおいるず、
他のベテランの先茩から唐突にランチぞ誘われた。

なんず断っお良いかも分からず、
少しでも別のこずを考えおいたかったこずもあり、
たた珍しい誘いでもあったので行くこずにした。

しかし、やはり腹は空かず、
料理の味も党く分からなかった。

それでもなんずか、
仕事の話をしお少し気を玛らわせた。



その埌家ぞ戻り支床を敎え、実家ぞ向かった。

電車の䞭では、人生の䞭で
䞀番深いため息が挏れた。



実家に戻っおからは、
䞡芪から詳しい話を聞いた。

姉は統合倱調症を患っおいた。
幻芚や幻聎に苊しむ病気だった。

僕が姉ず最埌に䌚ったのは2009幎の幎末で、
その埌、姉は粟神科ぞ通うようになった。

通院しおいるこずは聞いおいたが、
その埌、特に連絡がなかったので、
どちらかず蚀うず、順調に回埩しおいるのかず思っおいた。

だが、姉は
薬の圱響で創䜜意欲たで倱っおしたっおいた。

8月11日の誕生日圓日にお祝いの電話をしたずき、
姉はただリハビリ䞭だった。
姉がほずんど話せない状態なこずもわかり、
さすがに少し動揺した。

でも、「お誕生日おめでずう」ず蚀うず、
姉はビデオ通話越しに、にこっず笑っおくれた。


亡くなった圓日の昌、
姉がベランダ暪の危険な堎所で
呆然ず立っおいるずころを父が芋぀け、
慌おお連れ戻した。

そのたた病院ぞ連れお行き、
薬を投䞎しおもらい、
䞀床は萜ち着いたそうだ。

実はこの時、い぀もの担圓医は䞍圚で、
別の医垫が察応しおいた。

埌日、凊方した薬の量が少なかったこずに぀いお、
その医垫から䞡芪ぞ謝眪があった。

もし十分な量が凊方されおいたら結果は違ったのか。
今ずなっおは分からない。

ただ、玠盎に謝眪されたこずで、
䞡芪にも、それ以䞊䜕かを远及する気力は残っおいなかった。


その日の倜、
母が姉を颚呂ぞ入れ、姉は先に䞊がった。

数分埌、母も颚呂から出おリビングぞ戻ったが、
そこには父しかいなかった。

嫌な予感がしお父がベランダから芋䞋ろすず、
姉は䞋で倒れおいた。

寝間着姿で髪を也かし、
リビングぞ戻らず、
そのたた静かに家を出おいたらしい。

柵の向こうに続く裞足の跡は、今も忘れられない。


その堎で苊したずに亡くなったそうだ。

8月11日に29歳の誕生日を迎えた、
そのわずか䞀週間埌の出来事だった。




芪からの説明を䞀通り受け、
遺䜓安眮所ぞ向かった。

正盎、リアリティがわかなかった。

だから、姉の顔を芋お、
リアリティを目に焌き付けよう
ず道䞭に芚悟を決めた。


姉ず二人っきりになりたかった。

申し蚳ないずは感じ぀぀、
芪にはその間話しかけないよう䌝えた。

それでも母は声をかけ、
手を取ろうずしおきたので、
僕はゞェスチャヌで断った。

父は僕のその態床を汲んでくれたのか、
母の肩にそっず手を眮き、静かに匕き寄せた。


ごめんね、母さん。
でも、本圓に、その時だけは、
誰にも邪魔されたくなかったんだ。


音からも遮断されたかったので、
むダホンを付けお、
Hoobastankの"The Reason"を音量党開で流した。

曲が終わるたでの4分間で、
姉のために流す涙は党郚流そうず思った。


「お前が生きた蚌は、
俺の䞭で生き続けるから、
安心しお逝けや。

倩囜で絵を描いずけ。

ただ、芪を悲したせたこずを
少しでも申し蚳ないず思っおるんなら、
せめお䜙った奇跡を俺のために眮いおけ。」


そんな自分勝手なこずを、心の䞭で考えおいた。


4分埌、涙は止たっおいた。

葬匏は、身内だけでひっそりず行った。



姉が逝った盎埌は、父の方が母よりも動揺しおいたらしい。
救急車を呌んだのは母だった。

だが、葬匏を終えるず、母の緊匵の糞が切れ、
䞀気に悲しみに暮れ始めた。

母は、「自分のせいだ。もっず䜕かできたはずだ」ず
毎日のように泣き、どんどん痩せおいった。

父は、その母をずっず支え続けおいた。

ベランダを芋るたびに思い出しおしたうからず、
実家は手攟すこずになった。

母が回埩するたでには、䞀幎以䞊かかった。

ある日突然、「このたたではいけない」ず思ったらしい。
それからレバヌを食べ始め、
母は少しず぀元気を取り戻しおいった。



その間、僕は最䜎限しか䞡芪のケアをしなかった。

芪ずしおも、息子が仕事で倧事な時期に、
過床に心配されるこずを望んでいなかったず思う。

僕は僕で葛藀があった。

できるだけ姉のこずを思い出したくなかった。

客芳的に芋れば、
かなりドラむな家族関係なのかもしれないし、
実際にそういう郚分もあるだろう。

でも、うちはこういう家族だった。

衚に出さなくおも、心の底で信頌しおいる。
それが分かっおいれば良い、ずいう家族だった。



姉を亡くしおからただ1週間も経たないころ、
先茩や機関投資家から、
「お姉さんの死は残念だが、今こそ仕事を頑匵る時だ」ず蚀われた。

ただ芋習いの僕の身を案じ、
喝を入れようずしおくれたこずは理解しおいる。

たた、圌らも、たさか自殺だずは想像しおいなかっただろう。

それでも僕は、その蚀葉を受け入れるこずができなかった。

なぜそんな蚀葉を今このタむミングで蚀えるのか、
本気で分からなかった。

こんな䟡倀芳の人たちがいる䞖界に、
僕はずっず居続けられないず思った。

金融業界から離れたいず考えるようになった、
䞀番倧きな理由だった。

もちろん、キャリアや経隓は将来の圹に立぀。
だから割り切っお仕事は続けた。

ただ、この出来事を境に、
僕の䞭の䟡倀芳は確実に倉わった。


䜕を倧切にしたいのか。
どんな人間ず関わっお生きおいきたいのか。
どんな堎所に身を眮きたいのか。


以前ず同じ感芚では、
もうこの業界を芋るこずができなくなっおいた。

姉が亡くなった日。

あの日は、間違いなく、
僕の人生が䞀番倧きく倉わった日だった。



ここから先は、姉の死そのものよりも、
あの日に至るたでに
家族の䞭で䜕が起きおいたのかを曞いおいく。

圓時のこずを思い出しながら、
䜕床も手が止たり぀぀曞いた。

ここから先は、軜い気持ちで読める内容ではないかもしれない。

それでも、
ここたでこの連茉を読み進めおくれおありがずうございたす。
そのうえで、この郚分に぀いおも、避けずに曞いおおきたかった。

姉のこずや、姉が描いおいた絵に぀いおも、
少しでも知っおもらえたら嬉しい。

姉が亡くなる玄1週間前から前日たでの間、
リハビリのために描かれおいたスケッチブックが残っおいる。
有料郚分では、その19枚のペヌゞをそのたた掲茉しおいる。

これは、姉の話であり、家族の話であり、
今の僕がどうやっお出来䞊がったのか、
ずいう話にも぀ながっおいる。

※この連茉を初めお読む方は、プロフィヌル蚘事から読んでいただくず、
流れが分かりやすいず思いたす。

次の蚘事は、こちら
蚘憶めぐりその16
『僕は染たりきれないカメレオン』



 
 
幌少期をむギリスで、思春期をアメリカで過ごした。 垰囜子女ずいう肩曞きだけが先走り、自分の茪郭はずっず曖昧なたただった。 姉を亡くし、15幎以䞊経っおやっず、過去ず向き合う気になった。 姉は絵を残した。僕は蚀葉を残す。

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